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あなたも知らないあなたを知らせるテレビ。シャープ「ココロビジョン」の狙い

 シャープは現在、「家電にココロを入れる」ことにご執心だ。同社の「ココロプロジェクト」は、音声認識や音声合成をUIとして、AIを生かした家電を作る試みである。第一弾は、ロボット電話機の「RoBoHoN」であり、本記事で紹介する「AQUOSココロビジョンプレーヤー」(AN-NP40)はそれに続くものとなる。実売価格は約2万円。

AQUOSココロビジョンプレーヤー「AN-NP40」

 本製品は、テレビに接続して付加価値を出す「プレーヤー」であり、OSにはAndroid TVが採用されている。Apple TVやNexus Player、Fire TVなどと同じジャンルの製品なのだが、そこには、シャープならではの思想と工夫が込められており、素のAndroid TVとは大きく違うものになっている。

 シャープはテレビ製品にどのような「ココロ」を入れようとしたのだろうか? 開発者に聞いた。お話を伺ったのは、シャープ・コンシューマーエレクトロニクスカンパニー
デジタルシステム事業本部 国内事業部 商品企画部 部長の指出実氏、同事業本部 グローバル開発センター グローバル商品企画部 次世代TV推進担当 チームリーダーの上杉俊介氏、クラウドサービス推進センター イノベーション企画部 部長の小林繁氏、クラウドサービス推進センター サービス事業企画部 部長の松本融氏だ。

左から、松本融氏、小林繁氏、上杉俊介氏、指出実氏

4K対応、行動履歴から「AIがおすすめ」

 まず、ココロビジョンプレーヤーの機能を把握しておこう。ココロビジョンプレーヤーはAndroid TVをベースにした機器であり、Android TVの基本機能はすべて使える。だから、NetflixやHulu、dTVといった一般的なVODはもちろん見られるし、アプリも使える。初期出荷状態でNetflixアプリがインストールされており、リモコンにもNetflixボタンがあることからもそれはわかる。4K映像出力に対応しており、4KのVODを手軽に見るための周辺機器としても価値がある。

開発基盤はAndroid TV。そのため、各種VODやアプリも使える

 ただし、ココロビジョンプレーヤーとしては、それだけを軸に置いているわけではない。シャープが独自に開発した「COCORO VISION」を重視した製品だ。

 COCORO VISIONでは、利用者の行動と連携してコンテンツを「おすすめ」したり、利用者に話しかけたりする機能がある。本体内蔵の人感センサーを使い、利用者が近づいたことを検知して起動し、話しかけてきたり、その日集まった情報や視聴した動画情報も分析し、語りかける内容のキーに使う。

COCORO VISION。4つの領域にわけて、これまでの行動履歴からおすすめを提示。同時に音声での語りかけも行なう

 もっとも効果的に働くのは、同社のテレビ「AQUOS」シリーズのうち、2016年発売のAQUOS XD45/US40/U40シリーズの各製品と組み合わせた場合だ。これらと接続して使うと、普段視聴しているテレビの番組や、その視聴時間などのデータを収集し、テレビ番組のレコメンドをしてくれる。対象は放送だけではなく、VODや見逃し配信も含まれる。そうしたデータはすべてシャープのクラウドサービスに送られ、その上でいわゆる「機械学習」が行なわれ、その人に合った反応を返す。そうした部分をシャープは「COCORO VISION」というアプリ+クラウドサービスで実現しようとしているわけだ。

AQUOSココロビジョンプレーヤーとLC-60US40を連携

 すなわちこの製品は、Android TVという、いままでのテレビ用プラットフォームより高度なクラウドサービス連携アプリが搭載しやすい基盤を使い、新しい「テレビを楽しむための環境」を作った、ということなのである。指出氏も「いままでのLinuxでは限界があります。Androidである、ということはあまり関係なく、あくまで手段」と話す。

AQUOSココロビジョンプレーヤー

買い替えサイクルの長くなるテレビに「新しい価値」を

 では、なぜシャープはそうした機器を作ることになったのか。背景にあるのは、「テレビ」というビジネスに対する危機感だ。指出氏は、現在のテレビ市場を次のように分析する。

指出氏(以下敬称略):テレビの需要がなかなか戻ってきません。2015年度も500万台に到達せず、前年割れが続いています。製品故障も少なくなり、テレビの買い替えサイクルも長くなっているのでは、と分析しています。

シャープ・コンシューマエレクトロニクスカンパニー デジタルシステム事業本部 商品企画部部長の指出実氏

 その中でどうやってテレビを差別化していくのか? 結局テレビはコンテンツを見て楽しむものですから、そこを重視したい。昨年以来、NetflixなどのVODが増えてきて、視聴スタイルとして「見たい時に見たいだけ」という形が増えてきました。押し付けでリアルタイム視聴を……というのは昭和の話であり、もうそれが流行る、という現象は起きないでしょう。

 調査してみると、ネットとの接触率は上がっていて、すでに20代ではテレビを逆転しています。とはいえ、ネットで見ているものをよく分析すると、テレビ由来のものが多い。テレビをみなさんが嫌いになったわけではなく、リビングの大型の製品は伸びています。コンテンツへの接触の構造が変わっているだけなんです。

 我々としては、単純に「もっとテレビを使ってほしい」と思っています。若い人にも「テレビって使えるじゃない」と思ってほしい。今は「いかにきれいな表示が出来るか」を工夫していますが、それにくわえてひとひねり、味付けをしている、というところです。

 上杉氏は、テレビの売れ方の分析として、ネットワーク機能を詰め込んだテレビがうまくいかなかった理由を「お客様のフィーリングと合わなかった」と分析している。

上杉:ご存知の通り、テレビのスマート化はなかなかうまくいっていません。顧客視点に立ち返ってみると、テレビになにを求めるか、というところで合わなかったのではないか、と。

 GoogleからAndroid TVに関する最初のプレゼンテーションを受けた時に、「人はテレビの前に座るとIQが10下がる」と言われました。テレビを見るとはパッシブなものである、ということですね。なにもしなくてもログが収集されて、面白いものを教えてくれる、そのくらいのものが、テレビアプローチでのスマートのあり方ではないか、と考えました。

シャープ・次世代TV推進担当 チームリーダーの上杉俊介氏

機械学習の力で「顕在化しない」要求を発掘

 テレビにおいて「レコメンド」は、キーになる技術である。NetflixやdTVのようなSVODは、積極的にレコメンデーション技術を使い、継続的にコンテンツを視聴する環境を整えようとしている。

 またそもそも、テレビの世界では「全録」や「おまかせ録画」がある。これらはシンプルな検索技術であり、いわゆるレコメンデーションとは異なるものだが、使う側の視点で見れば似ているように見える。では、COCORO VISIONはなにが違うのだろうか? COCORO VISIONを含めたココロプロジェクトの開発を担当する小林氏は、「重要な違いがある」と話す。

クラウドサービス推進センター イノベーション企画部 部長の小林繁氏

小林:COCORO VISIONを開発した背景には、「ザッピング」に対する疑問があります。テレビを見る時間はどんどん減っています。そこでシリアルにコンテンツを探すのではなく、パラレルに見つけるようにしたい。今は一つのデバイスでやっていますが、今後はマルチクライアントで、デバイスをまたいでお客様の嗜好を発見する、ということをやっていきたいと思っています。

 いわゆる自動録画や単純なキーワードによるレコメンデーションと異なるのは、「もともとお客様自身、なにを見たいかを理解していない」ということなんです。自分でジャンルなどを指定したとしても、「あなたのために見つけました」と言われたものがずれていたら、まったく使えない機能になります。我々の狙いとしては、「あるドラマを全部録画」というものとはちょっとちがうんです。

 人工知能を使う良さというのは、「お客様すら気づいていない、潜在的なもの」に気づいていただく、ということです。そうすれば、「こんなのも見てもいいか」と思っていただく出会いに繋がります。

 現在のAIでは、「答えは見つかったのに、なぜこれが答えなのかわからない」ということが多々ある。確かに分析するとその傾向はあるのだが、なぜその傾向が出るのか、という因果関係は、分析の中に出てこないからである。複数の条件を勘案すると、積み重ねの結果こういう答えになる、とわかる場合もあるが、そこには人間側での「気づき」が必要になる。気づきをすっとばして「こういう傾向がある」という答えにたどり着く可能性があるのが、AIの価値でもある。小林氏の発想は、テレビコンテンツの発見という部分において、視聴動向から、消費者自身が言語化できていない「好み」を見つけ出す、ということでもある。また、次のようにも説明する。

小林:コンテンツに正解はありません。その時には、たまたま「見たいものがない」と出る場合もある。しかし、それが「好みのコンテンツがなかった」のか「好みのコンテンツが見つからなかっただけ」なのかはわかりません。それがどちらなのか、その時どう答えるべきかは、あなたのこころをよく分析する必要があります。

 COCORO VISIONのレコメンデーションには、もうひとつ特徴がある。通常、この種のサービスでは、ユーザーひとりひとりにIDが設定される。個人ごとにレコメンドを出すためだ。趣味趣向が異なるから当然、といえる。しかし、COCORO VISIONにはIDがなく、機器単位でチェックしている。これは「あくまでリビングの機器である」(指出氏)という発想からのものである。

小林:リビングとパーソナルは異なるものです。一般的に、こういうものは一人一人家族を認識して……という使い方になるのですが、COCORO VISIONでは「パーソナライズ」はやりません。なぜかといえば、ゆるい、求心的なものを目指そうとしているからです。

 テレビのコンテンツもひとのこころの動きを誘発するものですが、そのコンテンツを楽しんでもらうだけでなく、なにかしらの「ひっかかり」を作るようなものにしたいんです。

 例えば、テレビ番組を見ていて、結果的に「旅行に行きたくなる」とか。ある種の料理を食べたくなる、でもいいでしょう。そういう「欲求を誘発するもの」を解析から見つけたい。人の意思決定はひょんなことで起きるものですが、そこには外的な要因での誘発があります。それを、あくまで「ゆるく」引き出したい。なんとなく一緒にテレビを見ていて、「ああ、ここ旅行に行きたいね」という会話が出れば、それは家族の絆であり、お客様のこころを動かすことになります。

 単純に「これを見てください」ではなく、いっしょに見る、気持ちをひっかけるような情報を出したいんです。

 そのためになにをすればいいか、は具体的に方法論があるわけではない。しかし、ごくゆるい形で「ヒントを語りかける」ならできる。そのヒントは、視聴行動の中にある。だから、番組を直接的にレコメンデーションするものとは少し異なる、という枠組みだ。

 そのため、ココロビジョンプレーヤーでのレコメンデーションは、「どちらかといえば、その人が好きなドラマが全話出る、というものではなく、ヒット作や新作から、その人の琴線に触れるものを提示して気づきを与える、という傾向になる」(松本氏)という。

自社でVODを作るのは「データ」のため

 ココロビジョンプレーヤーの発売と同時に、シャープは自社で独自のVODサービス「COCORO VIDEO」を始める。これは、COCORO VISIONとともに使われることを前提としている。コンテンツはVODの大手であるビデオマーケットと協力し、その調達能力を使うことになる。ということは、コンテンツ量・ラインナップとしては既存のVODと同じ、ということになり、シャープの独自性がないように見える。これだけ競争の激しいVODの世界に、いまさらシャープが参入する意味は薄そうだ。

ココロビジョンプレーヤーのためにスタートするVOD「COCORO VIDEO」。レコメンデーションはCOCORO VISIONと連携する

 だが、COCORO VIDEOが「COCORO VISONとともに使うためのもの」であると特化して考えると、また別の側面が見えてくる。

松本:ココロビジョンプレーヤーでは、機器の使い方、視聴ログを取得します。これは、お客様の生活サイクルをつかまえるためのものです。単にテレビを見ていた、ということでなく、「慌ただしくニュースをチェックしていた」のか、「ゆっくりリラックスして楽しんでいた」のか。そうしたことを、利用状況から分析できるわけです。

クラウドサービス推進センター サービス事業企画部長の松本融氏。ココロプロジェクトで使われるクラウド側の開発を担当する

 それは、家電に直接アクセスできる、家電メーカーでないとできないものです。一般的なVODのサービスログとは異なり、AQUOSの視聴ログからは、本当の使い方が透けて見えてくるんです。

 また、VOD側でも、詳細なログをとっていきます。そうやって、好みを分析してきます。他社のVODを組み込んだとしても、そうしたログは取得できません。だからこそ、自分たちでVODをやる必要があるのです。とはいえ、自分たちではコンテンツ調達能力に限界がありますので、今回はビデオマーケット様と協業、という形を採用したのです。

 こうした判断の背景には、データの取得と活用に関する限界がある。

 行動データは強くプライバシーに関わるものだ。現在はどの機器も、機器の改善などを目的にログ取得を行なっているが、それを野放図に、家電メーカーの外に出すことはできない。ユーザーの理解と許諾が必要だが、嗜好に密接に紐付いたものを、軽々と複数の企業間で共有する方向にはない。VODを運営する企業も同様に行動データを持っているが、それも、その企業の外に出すわけにはいかない。

 シャープが考えるように「キーワード検索をはるかに超える気づき」を見つけるには、いわゆるディープラーニング(機械学習)の手法が必要になるが、そのためには、数百・数千程度のデータ量ではまったく足りない。

 だとするならば、自分たちで、自分たちだけが使うデータを集め、日々進化する家電を作る目的で使うしかないのだ。シャープは横断的に「ココロプロジェクト」を展開中だが、これは、AIやサービスのソフトウエア開発を共通化してコスト削減を図る、という目的だけでなく、行動データの利活用、という側面もある。だからこそ、わざわざVODを立ち上げ、複数の家電で使うAIの基盤を構築するのである。

 それでも、データ量が必要であることに変わりはない。ココロビジョンプレーヤーも、購入から数日程度ではその真価を発揮するのは難しく、1週間・2週間と「一緒に暮らす」ように使うことで真価を発揮するという。それがいまの限界でもある。

 筆者はココロビジョンプレーヤーを取材の場でしか見ておらず、「数週間後の真価」をまだ把握できていない。どこまで「いままでと違うレコメンデーションの感触」を実現できるかがポイントといえそうだ。

現在は外付け、本命は「テレビ組み込み時」か

 このように、実はかなり野心的な製品なのだが、ここでひとつ疑問もある。なぜ「外付け」なのだろうか? 製品の特徴を考えれば、当然、テレビの中にココロビジョンプレーヤーの機能が盛り込まれているべき、である。シャープは、日本向けのテレビには、まだAndroid TVを採用していない。海外向けでは使っているため「不可能ではない」(指出氏)とはいうものの、現在は、まだ色々と技術的難題もあったようだ。

指出:内蔵することもできなくはないのですが、今年はあえて切り離しました。AQUOSは国内で4,000万台が出ていますが、「新製品のAQUOS 1モデルだけで」というのは、面白くない。HDMI CECと組み合わせ、連携すれば、すでに販売されたAQUOSと組み合わせて使えます。今後は、内蔵機種の展開も視野に入れています。

 とはいえ、フル機能が使えるのは2016年モデルとの組み合わせのみで、過去機種との連携は少々わかりにくいとも思える。やはり本命は「内蔵モデル登場後」という印象はぬぐえない。

 一方で、上杉氏は、「商談や提案会での説明はぱっくり2つに分かれる。まだ、こういったSTBの存在が知られていないのではないか」とも指摘する。

上杉:5,000円のFire TVでいい、という理解の方には、2万円の製品は興味をもっていただけません。しかし、「4Kビデオへの対応も含め、これだったら払える」という方も少なくないのです。まだ浸透していない市場に、きちんと付加価値を提示していければ、と思います。

 VODの盛り上がりの中で、「快適なコミュニケーションでテレビを楽しめる機器」という価値をどこまで説明できるか。すべてはそこにかかっているように思える。

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西田 宗千佳