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第397回

録画の次の進化を模索する「おうちクラウドDIGA」。“レコーダ”はどこへいく?

 パナソニックは現在、ビデオレコーダ「DIGA(ディーガ)」の上位モデルに「おうちクラウドDIGA」というキャッチフレーズをつけている。このキャッチフレーズは2017年秋のモデルより採用しているが、今春発売のモデルでも継続し、現行製品では全6モデルが「おうちクラウドDIGA」になっている。

おうちクラウドDIGA「DMR-UBX7050」

 レコーダ市場は、地デジへの切り換えが行なわれた2011年以降、低迷が続いている。その中でパナソニックが打ち出した施策は、過去の「レコーダ」という価値観とは異なるものだった。事実、4月に開かれた「おうちクラウドDIGA」の発表会では、「録画」機能に触れず、写真や映像を使ったコミュニケーションをアピールした。これは大きな変化だ。彼らはどのようなビジョンの元に、「おうちクラウド」を軸に据えることとなったのだろうか?

 パナソニックでレコーダ製品の商品企画を手がける、パナソニック・アプライアンス社 ホームエンターテインメント事業部 ビジュアル・ネットワークビジネスユニット 商品企画部 商品企画一課 課長の神高知子氏と、同・コンシューマーマーケティング ジャパン本部 AVC商品部 ホームエンターテイメント・メディア商品課 課長の大井直子氏に話を聞いた。

需要が「底値安定」したレコーダ市場の不安

 パナソニックの戦略を語る前に、国内レコーダ市場の概要を把握しておこう。すでに述べたように、国内レコーダ市場は長期低迷を続けている。地デジ移行で大きな需要があったものの、そこで需要の先食いがあったこともあり、前年割れが続いていた。このところ減少幅も落ち着き、「ほぼ底を打った。横ばい」というのが、家電メーカー共通の見方だ。テレビとセットでテレビ売り場で売れていく……。そんな風なビジネスになってきている。パナソニックも基本、そこは変わらない。

 だが、問題が一段落したわけではない。

神高氏(以下敬称略):問題は、レコーダの販売台数は減ったのに、レコーダを出しているメーカーの数は減ってない、ということです。その中でパナソニックはありがたいことにトップシェアですが、「寡占」できる状況にはありません。ワールドカップやオリンピックのような大型イベントがあると、レコーダの販売数量が伸びるのは事実なのですが、それは「需要の先食い」ですしね。事業の成長性からすると、いつまでもこれでいいのか、という問題があり、需要層を開拓するのが急務です。

商品企画部 商品企画一課 課長の神高知子氏

 要は、その「開拓」の手段こそが「おうちクラウド」、ということになる。

 「おうちクラウド」を備えたDIGAは、スマートフォンと、そこにインストールした「どこでもDIGA」アプリを連携させて使う。DIGAとスマホはWi-Fiで連携し、スマホの中にある写真や動画をDIGAの中に蓄積できるようになっている。それらは、テレビの画面にDIGAから表示できるのはもちろん、スマホの中で「どこでもDIGA」を介して見ることができる。録画番組も同様だ。

 DIGAの中に録画した番組が、「どこでもDIGA」を介してスマホから見れる。宅内はもちろんだが、公衆回線を使い、宅外からも視聴可能だ。

おうちクラウドDIGAのコンセプト

 また、DIGAにはCDをリッピングする機能もあるが、これも「おうちクラウド」の対象となる。DIGA内に蓄積した音楽データを、宅内でスマホから視聴可能になる。

 神高氏は、この変化をもっとシンプルな言葉で説明する。

神高:テレビの平均視聴量は世代によって異なります。10代・20代ではネット動画の視聴時間の方が長くなった、という調査結果もあります。一方で、テレビをたくさん見ている、という高齢者を含め、全世代で「テレビの視聴時間が短くなり、ネットの視聴時間が延びている」という傾向そのものに変わりはないんです。

 つまり、スマートフォンの利用時間が上がってきている。「個人で見る」という側面が強いとはいえ、テレビから潮目が変わっているのは間違いありません。

 これまで、DIGAのパートナーは「テレビ放送」でした。しかし、テレビ視聴の需要が低迷していくのは目に見えていて、「将来性が弱いなあ」という評価になっていました。

 しかしここで、DIGAのパートナーを「テレビ」から「スマホ」に変えるとします。スマートフォンの写真や動画をDIGAに蓄積すれば、それを大画面のテレビで見たい、ということもあるでしょう。ぜんぶDIGAに貯めてしまい、DIGAを「データの置き場所」として使う、という世界も作れるのでは、と考えました。そうすれば、違う需要がのっかってくるのではないか、と考えたのです。

NASでなく「おうちクラウド」。スマホをパートナーに進化

 技術がわかる方ならば、これがどういうことなのか、よく理解できると思う。元々DIGAには、映像のスマホ視聴に関わる機能があり、SDカードを介し、写真をDIGAに蓄積する機能もあった。CDリッピングも同様だ。それが1つのスマホアプリに束ねられ、よりシンプルに使えるようにしたのが「おうちクラウド」の正体であり、技術的には、DLNAをはじめとした、既存技術の積み重ねだ。

 ある意味、現在のNAS(ネットワークストレージ)がウリにする機能を、家電的にシンプル化してまとめたもの、といっていい。

 写真を蓄積し、テレビで視聴する機器としては、バッファローの「おもいでばこ」シリーズもある。昨今のNASは多機能化しており、テレビとの接続機能を持つものも多い。

 実際のところ、「おうちクラウド」で出来ることのすべてはNASで可能であり、より柔軟な部分もある。

 しかし、「おうちクラウドDIGA」は「レコーダ」であり、NASではない。レコーダの延長線上に「スマホをパートナーに選んだデバイスがある」ことが重要なのだ。

大井:現状、PCや他のものを入り口にすると、お客様には「難しい」と思われてしまいます。今のあり方として、「入り口がレコーダ」であることが重要です。要は、「番組と同じようにスマホの写真も見れますよ」「スマホでの録画視聴と同じように、写真や動画の保存もできますよ」という形です。こうすることで、テレビ売り場にきたけれど、録画もレコーダも興味がない人に「これだ」と思わせることができます。

AVC商品部 ホームエンターテイメント・メディア商品課 課長の大井直子氏

神高:実際のところ、PC離れは進んでいます。30代・40代のファミリーで、家庭にPCがない、もしくはあっても触っていない……というところが増えています。これは「PCを使えない」という話ではないんです。会社にはPCがあって、仕事では常にPCを使っている。でも、これがプライベートになると、スマホがあるので使わない。これから、この傾向は加速するだろうと予測しています。

 だとするならば、それにかわる、いつでも家の中で動いているもの、として「おうちクラウドDIGA」のメリットを再提案できるんじゃないか、と思ったんです。

大井:日本特有の部分かもしれませんが、クラウドだとまだなんとなく不安、という部分を解消するものとして役立てるのではないか、ということです。

 実際、店頭で若いお客様に機能を説明すると、「確かにそこに困っていた。だったら欲しい」といっていただけます。

スマホの写真をDIGAに
DIGAで写真を管理

 重要なことは、「この製品をテレビ売り場で売っている」ということだ。レコーダを買いに来た人でも、スマホの情報を記録しておくことについて、悩みは抱えている。一方で、そうした悩みを抱えた人々が、あえてスマホの周辺機器売り場やPC周辺機器売り場に行くかというと、そうとは限らない。「DIGA」は長く培われたブランドがあり、目立つ売り場を確保しているため、そこで「スマホの悩みを解決する」製品を勧められれば響きやすいのではないか……。これが、パナソニックの作戦だ。

大井:現状、反響は二極化しています。お客様によって響く場所が違う状況です。お勧めして「いらない」という人と、「すごくいい」という人に別れています。いまは過渡期かな、という印象があります。しかし、家電の売り場がこうなっている以上、レコーダからこうした機能を提案していくことが重要だと思っています。

 レコーダにこういう機能がある良さは「家庭内に定位置がある」ことなんです。レコーダはテレビの下に定位置がありますが、NASなどはどこに置くべきか定まっていない。そこも含めて考えると、「レコーダである」ということを活かして提案するのがベスト、というのが、今の考えです。

2016年搭載の「CDリッピング」はおうちクラウドのテストだった?

 すでに述べたように、「おうちクラウドDIGA」で提案されている機能は、決して目新しいものではない。だが、神高氏も「過去からしつこくやってきたもの」と苦笑しながら認める。しかし、過去と現在とでは、置かれている状況が変わっている。

神高:昨年の秋の製品でのアンケートでは、全体で65%の購入者が、「おうちクラウド」の機能を重視した、と答えています。

 ですが、これらの機能は過去からずっとやってきたもの。昔は、写真取り込みなどの機能は、利用率でいえば「一桁パーセント」でした。それが大きく変わったんです。

 実は同社は、「おうちクラウド」路線に入る前に、ある実験を行っていた。それが、2016年秋モデルにて、上位機種に搭載した「CDリッピング機能」と、それをホームサーバーとして家庭内で利用する機能だ。

CDリッピング機能を搭載

神高:あの時から「おうちクラウド」の構想はありました。CDリッピング機能を搭載すると、2016年モデルでは、いきなり利用率が3割を超えました。「これは環境変化が確実にあったな」という風に判断する材料になりました。

大井:大きいのは、スマホの普及とともにWi-Fi環境も広がった、ということでしょう。過去に比べ、機器をネットにつないでもらう、機器同士をネットでつないでもらうことが簡単になっています。

神高:弊社レコーダのネット接続率は、秋の段階で全体平均だと3割です。低いように見えますが、これは、低価格な2チューナ以下のモデルも含んでいるからです。全自動録画モデルでは6割、3チューナ以上のモデルだと5割程度です。しかし、最新の数字ではもっと上がっているはずです。

DIGA内の曲をアプリに転送して再生
外出先からのストリーミングにも対応

 スマホの普及、という当たり前の環境変化によって、レコーダの中の機能の使われ方も変化した。レコーダ市場の閉塞感に悩まされていたパナソニックは、「スマホありき」のレコーダである、「おうちクラウド」の方向性を模索していた。そこに、接続率の上昇と、CDリッピング機能から得られた「手応え」を感じたという。そこから、同社は2017年以降、一気に舵を切る。

大井:昔はやってみたけど時期尚早、というところがありましたが、今の環境だったら受け入れられる。では、その時なにが必要なのか、ということがだんだん描けてきた感じです。

 昔は、写真取り込みもSDカード経由が主流だった。しかし、「スマホをパートナーとする」今は、スマホアプリからの取り込みが主流になった。新画像フォーマットなども、昔はデジカメやビデオカメラがトレンドを握っていたが、いまやスマホがトレンドだ。直近のアップデートでは、縦画面で撮影された動画への対応が行われた。こうした動きは、「スマホが家庭の中でどういう位置付けにあるか」ということを示したものであり、そのコンパニオンとなりつつあるレコーダにとっても、重要な変化のひとつである。

「操作も画面もスマホ」でいい、機能アップは「レコーダ内」でなくスマホから

 スマホ連携機能を搭載する、ということは確かに大きな変化である。だが、それ以上に重要なのは、機能を実装する上で重視することが大きく変わっている、という点だ。

全自動で「新着番組」など録画機能も着々と強化している

 過去の「付加機能」の多くは、テレビの上で使うことを前提としていた。「おうちクラウド」もDIGAの機能である以上、テレビの上で使える。ただし、それは「テレビでも見れる」という意味だ。テレビの上で、テレビのリモコンを使って写真アルバムを作ったりするわけではない。これが、「テレビをパートナーとする」のではなく「スマホをパートナーとする」という思想の表れだ。

大井:どちらで操作するのがわかりやすいか、ということですね、結局は。皆がスマホをもっていて、そちらと一緒に使うのが前提であるなら、面倒な操作はスマホでやってもらえばいい。DIGAは「蓄積」に専念してもらい、見る時には録画番組と分け隔てなく、並列に見てもらえるようにすればいい、ということです。

 こういう風に作れば、新しい機能を追加するのも楽になります。スマホアプリの側をどんどん改良していけばいいんですから。DIGAのファームウエアを作り替えていくのは大変なことです。DIGA側の改変は必要とされる範囲に抑えて、スマホ側の操作で完結できることはスマホアプリにやらせよう……と考えたんです。

神高:スマホアプリ対応も、以前からかなりやりました。でも、あまり使われてなかったんですよね。それも当然で、「リモコンで出来る操作」と同じものをそのままスマホに持ってきていたから。リモコンのボタンを押せば済むものを、わざわざスマホの側でやろうとはしませんよね。「スマホだから便利」という形にしないといけなかったんです。

 現在同社では、スマホアプリを介して、DIGA上で様々な新しいことができないかを「検討中」だという。具体的になにが、ということはまだ公開できないが、スマホでは便利にできることを、うまくレコーダ側のストレージ機能と連携する形で実装を考えているようだ。

神高:スマホアプリはボタンではなく「ユーザーインターフェース」ですからね。技術的にできることも見えてきたので、デジタルなところとアナログなところをつなぐものを作っていきたい、と思っています。

 そうなると、気になるのは「ブランド」だ。DIGAはレコーダのブランドだが、もはやビデオ録画だけの存在ではない。「売り場」としてレコーダ売り場とその接客プロセスを使うのが強みとはいえ、「スマホがパートナーとなったおうちクラウドDIGA」では、DIGAのブランドがふさわしいのだろうか?

神高:そこは社内でも議論がありました。でも、長くお客様に浸透しているものですから。今後、ゆっくりと「DIGA」のロゴのサイズが小さくなるのかもしれませんが(笑)、DIGAの名前を変える予定はありません。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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