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第467回

改革を終え「攻め」のフェーズへ。「Xperia 1 II」の価値はフォーカスにあり

Xperia 1 II

ソニーモバイル・岸田光哉社長への単独インタビューをお届けする。例年同社は、2月末開催の「MWC」で新製品を発表し、それが日本の携帯電話事業者の春商戦モデルになる……という流れになっている。

だが、今年はMWCがキャンセルになり、オンラインでの発表になった。携帯電話事業者の「5Gスタート」に合わせて新機種「Xperia 1 II」「Xperia 10 II」は発表されたものの、発売は5Gスタートの3月末と同時ではなく、5月末。この難局の中でなかなか難しいことだが、販売に向けてのアピールはここからが本番、というところだろう。

同社はこの数年にわたり構造改革を続けてきたが、2020年は「事業黒字化」を公約した、重要な年でもある。昨年以降大きく変わった製品の考え方や、今後の製品戦略をどのように考えているのだろうか?

岸田社長に、「新型コロナウィルス禍の中でのビジネス」「2020年の製品戦略」などについて聞いた。

ソニーモバイルの岸田光哉社長。昨今の状況を考慮し、取材はネット経由で行なわれた

マークIIの次は「III」!? ソニーらしさを失わない「柱」を大事に

ソニーモバイルの今年の新製品と言えば、先ほども挙げた「Xperia 1 II」「Xperia 10 II」の発売を控えている。これらの製品については、筆者も短時間だがすでに触れている。名前やデザインは似ているが、中身はほぼ総入れ替え、といっていい大きな進化を遂げている。「II(マークツー)」を最後につけるネーミングルールは、デジカメで行なわれてきた方法論を思い出させる。

Xperia 1 II

岸田社長(以下敬称略):(昨年モデルの)Xperia 1が、我々が新体制になって最初の機種だったんですけれど、実はXperia 1を出す前に、「我々ソニーモバイルはなにを柱にするのか、なにを中心に押し出すのか」という議論を繰り返したんです。

そこで行き着いたのが、「好きを極めたい人々に想像を超えたエクスペリエンスを」というコーポレートメッセージです。

なぜ=Whyを突き詰め、Howを編み出して、What=なにを作るのか、という作業の中で、実際、「Xperia」のモデル名をどうするのか、という議論も徹底してやりました。それが2018年頃、まだ新体制の初期の頃です。

ソニーモバイルの公式ページより。現在はコーポレートメッセージとして「好きを極めたい人々に想像を超えたエクスペリエンスを」という言葉が使われている

岸田:そこでXperia「1」「5」「10」といったネーミングが出てきたのですが、そこから着実に進化させ続けていくという思いを込めて「1」から「1 II」へ、ということになりました。さらには「1 II」から「1 III」、「1 IV」へ、ということになるのかもしれません。

不変のソニーモバイルの姿勢を出したい、ということもあり、いろんな議論はあったんですが、「1」のあとは「1 II」になったんです。

ソニーモバイル内部で2018年に考えられた「次への改革」が、2019年以降のモデルに、中身はもちろん「名前」という形でも現れている、ということなのだろう。

岸田:2018年・19年というのは、我々にとって大きな変革の年でした。

それまで、体制そのものだとか商品を開発していく姿勢、設計のやり方、調達のやり方、生産の場所、販売のあり方、さらには仕事に使う情報システムまで、ソニーとは別物だったんです。一言でいえば、「ソニーと一体化させる」ことに2年間を費やしてきたんだな、と思ってます。

2019年には、特に海外を中心とした営業体制をソニーの販売会社と一体になって構築することを行なってきましたが、4月1日から、日本国内でも営業体制が一体になります。

製造については、今日現在はタイに集約し、生産する体制に変わりました。

あらゆるレベルでの変革を成し遂げた2019年だと思います。2019年度の3月で、そうした変革は完了した、ということを、マネジメント層とも社員の方々とも共有しています。そもそも計画では2020年度いっぱいまでかかる、ということだったのが、みんなの意識合わせと頑張りにより2年で完了できた、ということは言えると思います。

この前倒しは、これからの製品に影響して来るだろうと思います。

我々はもう長い間、縮小均衡・構造変換をできるだけ早くやり切ろう、ということでやってきました。それが完了したことで、我々のマインドも前向きに商品力の強化に向けて進む、という方向になれます。

昨年の「Xperia 1」や今年の「Xperia 1 II」は、ある意味、ソニーモバイルの「改革最終段階」で生まれた製品と言える。別の言い方をすれば、攻めのための第一歩でもあった、ということだろう。

岸田:時間が経てば色あせて来る部分はあるでしょう。しかし、「1から1 IIにする」と決めた段階で、「どんなに色あせてもソニーらしさを失わない」「柱になるものは受け継いで進化する」という意識を合わせて作り始めました。

もちろん工業製品ですから、商品を出す時期が決まっています。世に出すタイミングで、さまざまな事情から搭載できなかった機能、というものもあります。「1」に残念ながら入れられなかったものも、「1 II」に十分盛り込めました。またこれが次の「III」「IV」になる時には、着実な進化をしていきます。

PROは「アップリンク」を重視、販路は「幅広く」想定

岸田社長のコメントでもわかるように、同社はしばらく「Xperia 1」「Xperia 10」的なネーミングに、「モデルナンバー」を追加するネームルールを続けていくようだ。

Xperia 10 II

岸田:マークIとマークIIの間隔が1年ごと、ということも決めていませんし、「1」「5」「8」「10」といった数字に縛られない、全然違うモデルを出すチャンスが来るかもしれませんが、まず我々の基本的な商品は「1から10の中でしっかり出していく」という意思の現れだ、と思っていただければと思います。

今年は5Gの年であることが、日本市場にとっては非常に大きい。5Gモデルについては、広い層に向けた「Xperia 1 II」と、「Xperia PRO」の2モデルが用意される。同じ技術をベースにしながらも、後者はHDMI入力やミリ波対応など、より「映像で発信するプロ」に向けた仕様の製品になっている。

今回、5Gを2モデルに分けた理由はどこにあるのだろうか?

岸田:5Gが今年重要なテクノロジーワードであるのは間違いなく、ソニーモバイルとしても、「5Gが来る」ということは、もう一度成長するための重要なテクノロジーという認識で、この2年開発を進めてきました。

電波(5Gエリア)の立ち上がりというのは、我々の商品で形作る面もありますが、それぞれの国の事業者の皆さんと協力して進める部分もあります。

今後はもっと広がって、全体の用途デザインまで含めて考える時代になったと思います。

昨年12月には、NBC Sports・Verizonと3社共同で、テキサスのスタジアムを使い、5Gのミリ波によるアップリンクの実証実験を行ないました。

ミリ波のネットワークやスポット・エリアの立ち上がりは国によって、地域によって違うでしょうし、私は2020年度については、スタジアムやコンサート会場などの「人が集まる場所」、スポーツやエンターテインメントをお届けする会場のスポットが中心の展開になると思っています。

そこでのアップリンク向けのアプリケーションとなると、プロが映像を放送に持っていく、といった用途が重要になるかな、と思います。そのために素晴らしい端末を提供するソニーモバイル、という形を目指したい、と考えています。

そこで気になるのは、「PROはどの販路で売るのか」ということだ。一般向けモデルとは違う性質のものなので、広く販売されるのかどうか気になる。またビジネスとしては、いわゆるB2B販路は大きなものになるだろう。

岸田:私自身としては、「あらゆる販路で売りたい」と思っています。私も使いたいです。開発の段階では、一眼レフのαと組み合わせた時のたたずまいまで作り込んでいますし、組み合わせた時に電波をどう受けるのか、というところまで考えて作っています。

昨年、「Xperia 1 Professional Edition」を発売させていただきました。それ自体はそこまで大きな販売数量ではなかったんですけれど、「PRO」はもっと広く、B2Bのお客様にも売りたいと思いますし、オペレーター(携帯電話事業者)の方々ともお届けしたいですし、我々自身の販路でもお届けしたいと思います。

Xperia 1 Professional Edition

そうなると気になるのは、「Xperia 1 II」自体の販路だ。まずは携帯電話事業者経由で発表されているが、ソニーがSIMフリー版を販売する可能性はあるのだろうか?

岸田:我々のグループが、コンシューマ向け営業のグループと一緒になりましたので、(スマートフォンを)αと一緒に売ったり、ハイレゾ関係の製品と一緒に売ったり、という可能性もあります。量販店の中で、一緒に色々な製品とスマートフォンを一緒に体験していただけるような場を提供する必要もあるでしょう。

これはオペレーターのみ、これは量販店のみ、という形では切り分けて考えないようにしたいです。

答えとして明確ではないが、可能性はゼロではない、ということだろうか。

徹底した「瞳オートフォーカス」のためにToFセンサーを活用

現在、スマートフォンに搭載される「カメラの数」は増えている。昨今のトレンドとしては、増えるだけでなく「センサーの大型化」も進行中だ。同じイメージセンサー技術を使いつつ、距離を測る「ToFセンサー」の搭載も進んでいるが、これもある意味「多眼化」の1要素だ。

今回、「Xperia 1 II」には、3つのカメラとToFセンサーが搭載されている。

Xperia 1 IIのカメラ構成

こうした「多眼化」について、ソニーはどのような方針をたて、製品を開発しているのだろうか?

岸田:軸が定まっていないと、Xperiaをお買い上げいただく方々にご満足いただけないだろう、という風に思い、原点に帰って、立て直してきました。全員でやってきたつもりです。

ソニーのカメラって、正直で、絵も「作り物」じゃなく、あまりウソっぽくない、というところがあります。今回は三眼+ToF、ということでやってきましたが、ToFの使い方一つみても、我々の意思がご理解いただけるんじゃないかな、と思うんです。

我々はToFを、オートフォーカスのために集中して使います。

今回はリアルタイム瞳フォーカスを実現するためにも、AI技術を総力を結集して開発しています。

それはなんのためなのかというと、本当に正しくフォーカスを合わせて、その瞬間を切り取るためです。ToFというとARで、という方々が多くいらっしゃいますが、我々は暗所のAF性能を追求し、「どこにいても瞳にAFが合う」ことを実現したいんです。1コマで本当に多くの場所を測距しているんですが、狙いは瞳にフォーカスを合わせるためです。人間は顔、特に瞳に惹きつけられますから、そこのフォーカスがバッチリ合っていると、印象が大きく変わります。今回はこれを徹底してやっています。イメージセンサーを1/1.7インチの大きなものにして、測距センサーと合わせて、「暗いところでも瞳にフォーカスを絶対に合わせるぞ」というものに仕上げました。

スマホなので一眼と同じことはできません。しかし、「スマートフォンでこんなことができる」という驚きをお届けしたいんです。

「Xperia 1」から、カメラの「画角」について、35mm換算で表記するようにしましたが、これも「カメラとしての価値をわかりやすく伝えるため」です。この点は、他社も追随して35mm換算で表記するところが増えてきましたね。

瞳AFのイメージ

5G対応スマホを考える時には、いくつかの方法論がある。もっともわかりやすいのは、「5Gが必要な、特別な機能を搭載していくということ」だ。8Kビデオ撮影が可能なカメラを搭載するのはその代表例だろう。だが、「Xperia 1 II」も「Xperia PRO」も、搭載しているカメラは8Kに対応していない。というよりも、「5Gのためにこの機能を搭載しました」というアピール自体をあまりしていない印象だ。

これはどのような発想に基づくものなのだろうか?

岸田:今は、何か特別なひとつのテクノロジーで5Gを表す、ということにはならないのではないか、と思います。さまざまな案件の中でも、5Gは「撮って送って見る」、そこまで全部まとまらないと難しいものではないか、と思います。

8Kを搭載しているスマホを批判するわけではないのですが、「それをどこで見るのか」という問題がつきまといます。各事業者の方々と協力し、「撮るところから見るところ」まで一気通貫な環境が提供できて初めて価値が出ます。

そもそも、日本は4Gの環境が非常に素晴らしい。そこに5Gのスポット的なエリアが組み合わさることで、必ず5Gらしい用途が作れると思っていますし、その目線で各事業者の方々と協業していきたいと思っています。

現在の5Gはエリアが狭い。そのため、今年の5G対応スマホは、「5G対応であること」を目的に売れていく、という状況にはならない可能性がある。低価格な5Gモデルも早期に必要とされる可能性がある。そこをどうみているのだろうか?

岸田:現在はハイエンドの「1 II」、4Gでお手頃な「10 II」という形になっていますが、通信事業者の方々のネットワークの普及状態が改善し、5Gのインフラが整って来る時期になれば、自ずとお求めやすい5Gのモデルも用意しないといけない、という状況になると思います。

なにより、今はお客様が「それを手に入れることによる直接的なメリットがどのようなものになるのか」を相当シビアにみていらっしゃいます。端末と通信料金を分ける「分離プラン」も一つのきっかけだと思いますし、これまで以上に国内のマーケットが激変する中で、「本質的な価値はなにか」ということが問われます。

「これはとにかく5Gだから」というような発想はもう通じないんじゃないか、と、個人的には思います。「5Gで通信プランとこう組み合わせるから、こんな楽しみがある」ということが納得されないと、響かないのではないか、と。そうすると、エリアとアプリとプランと、そうしたものを通信事業者の方々と一緒になって商品開発をしていきたいと思います。

私見だが、こうした発言を聞くと、ソニーモバイルとしてはやはり「携帯電話事業者とのパートナーシップ」を重視しており、端末だけを切り離した形でのビジネスには消極的なのではないか、とも感じる。

生産はタイに集中、開発もテレワークで。「スマホ以外」の商品を積極展開か

現在、世界はいかにパンデミックに対応するのか、という点に翻弄されている。影響を受けている、ということではソニーも例外ではない。

岸田:本当はMWCでみなさんに新機種をご紹介したかったのは事実です。MWCキャンセルの状況を受けて、弊社では対応を開始しました。2月末からテレワークに移行しました。もちろん不便はあるものの、開発を含め、出来る限り在宅で業務を進めています。

影響はない、とは言えません。

今回の状況は中国から始まったものです。ご存知の通り、現在のスマートフォンは多くの部材を中国企業に依存しているため、一部の部品について、初期に遅れが出ています。しかし、状況は日々改善しており、遅れを取り戻しつつあります。今年の計画、製品投入についても黒字化についても影響が出ないよう、必死に進めているところです。

ソニーモバイルの場合、製造は全数タイに移管しています。タイも非常事態宣言が出ており難しい状況にあるのですが、毎朝お互いに確認しながら進めています。

残るは「スマートフォン以外」の戦略だ。

ソニーモバイルはここ数年、「スマートフォン」に注力してきた。「Xperia Ear」「Xperia Hello」などのガジェット的製品にも取り組んではいるが、数は多くない。タブレットはもう3年以上、新製品を投入していない。こうした「スマホ以外」の商品ジャンル、特にタブレットなどについてはどう取り組んでいくのだろうか? 岸田社長は「個々の製品の今後についてはコメントできませんが」としつつ、次のように語った。

Xperia Hello

岸田:この2年間、ソニーモバイルは「ソニーと一体になる」という目線でやってきました。5Gの時代というのは、「スマートフォンだけが通信機器という時代ではない」と言い換えることもできます。そうすると、ヘッドフォンそのものが通信に直接つながったり、カメラそのものがつながる時代、ビデオがそのままつながる時代が来るかもしれません。ソニーとしては新しい商品群が作れる時代が来るのだと思います。

我々はソニーモバイルを立て直すことに注力するため、「スマートフォン」という商品に絞り、利益を出せる体制を目標にやってきました。しかし今後は、もっと広い製品群について、通信が組み込まれていく時代だと固く信じていますし、そうしないといけないと思っています。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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