西田宗千佳のRandomTracking
第526回
今年のREGZAは「色」だ!開発チームに聞く"2022年の狙い"
2022年7月14日 07:30
今年も、REGZA商品企画・開発チームへのインタビューをお届けする。
今年のREGZAはどこが売りか? そう尋ねると、彼らはすぐに「色」と答えた。ラインナップは広がっているが、その中でも全体として、発色の改善に取り組んだのが2022年モデルの特徴と言える。
新パネル/バックライトの採用もあるが、同時に新画質エンジン「レグザエンジンZRα」を搭載し、久々にハードウエア全体が大幅に刷新されたモデルとなっている。
現在のテレビ市場をどう分析しているのか? そして、そこに対してどのように製品を提供しようと考えているのかを聞いた。
今回ご対応いただいたのは、TVS REGZA株式会社・取締役副社長の石橋泰博氏、同・営業本部 ブランド統括マネージャーの本村裕史氏、R&Dセンター 半導体開発ラボ グループ長の山内日美生氏、商品戦略本部 商品企画部 シニア プロダクト プロデューサーの槇本修二氏の4名だ。
REGZA、2022年のラインナップ戦略とは
石橋副社長は、今年のREGZAの全体戦略を次のように説明する。
石橋副社長(以下敬称略):今年はラインナップを圧倒的に強化しました。高画質エンジンを新しい「レグザエンジンZRα」に変えたのもそうですが、液晶でもバックライトにミニLEDを搭載した「Z875L」「Z870L」を投入。有機ELもラインナップを強化しました。
昨年は搭載モデルが減ったために「タイムシフトマシンはどこに行ったの?」と言われたのですが、今年はちゃんと搭載しました。
では最大のポイントはどこか? それが、冒頭でも述べた「色」だ。
石橋:OLED(有機EL)と通常の液晶モデルの間に、「ミニLED採用機種」と「量子ドット搭載液晶採用機種」が挟まることで、バリエーションが増えています。
今年のトレンドは「ミニLED」と「量子ドット」です。この2つは、ディスプレイの発色を向上させる上で大きな役割を果たします。OLEDも新しい世代のパネルは発色が改善しています。
結果として、今年のREGZAは「色」がいい。スピーカーなども強化しているので、正確には「今年は色と音がいい」のですが(笑)
こうしたラインナップ戦略は、ディスプレイパネルなどの技術トレンドに、REGZA自身による国内テレビ市場の分析を加味した考えに基づいている。本村氏は以下のような状況分析を示す。
本村:国内テレビ市場は、昨年まで伸長しました。年間で600万台くらいの台数だったのですが、今年は少し減るかもしれない、とは予想しています。
ただ、大きく減り続けるという話ではなく、「日本のテレビ市場は、地デジ移行から10年を経てようやく安定期に入った」ということだと理解しています。
ご存知の通り、日本のテレビは2011年の地デジ移行によって「需要の先食い」が生まれ、売れ行きが急激に減った。それが、リビングに置かれる大型製品=一家に一台のテレビの買い替え需要が戻ってきたことで安定した時期になっている、というのが本村氏の説だ。筆者もこの分析に同意する。
本村:いいものは欲しい、そういうニーズは高まっていて、高付加価値路線は堅調です。
多くの方は買い替えですが、そこでは「サイズアップ」のニーズが大きい。だいたい42型くらいからの買い替えが多いのですが、50型・55型が選ばれるようになっています。今年はさらに、65型も選べる価格帯になってきましたから、「55型から65型の時代が来たぞ」とメッセージングさせていただいています。
石橋氏も現在の市場について、以下のように話す。
石橋:従来はどうしても「いいものを」と言いつつ、価格的には真ん中のモデルが一番売れていました。それがより安いものを求める方々と、もっと良いものを求める方々に二極化してきた印象はあります。弊社としてもできるだけ価格帯が上のゾーンで支持されたいと考えています。
そこで出てきたのが、ディスプレイデバイスの価格帯に分けて使うデバイスを変える、というやり方だ。今までにも「OLED」「直下型バックライト+液晶」「サイドライト+液晶」という形で分けられていたのだが、今年は「OLED」「ミニLED+量子ドット液晶」「サイドライト+量子ドット液晶」「直下型バックライト+液晶」「サイドライト+液晶」と、さらに細分化された。このうち、特に色域が上がるのはOLEDと量子ドット採用液晶ということになり、メイン機種は「色域拡大」で通常液晶は価格重視モデル、という形になった形だ。詳しくは以下記事もご参照いただきたい。
「量子ドット」はなぜ「今年から採用」だったのか
本村氏は「色」の拡大について、次のようにも説明する。
本村:我々は常々、テレビの画質を決める要素は3つある、というお話をしてきました。それは「精細感」「ダイナミックレンジ」「色」です。
精細感は4Kで、ダイナミックレンジはOLEDで実現しましたが、残るは「色」です。そこは特に今年は液晶で、「量子ドット」で拡充できると考えています。
すでにご存知の方もいると思うが、改めて「量子ドット」について説明しておきたい。
現在の液晶はバックライトに青色LEDを使い、さらに黄色を含む蛍光体を含んだ層に当てて、光の色を「白」にしている。それを赤・緑・青のカラーフィルターを通すことで全色を再現しているのだが、フィルターを通る段階で光の成分が減衰し、光量も色の鮮やかさも減衰している。
量子ドットとは、数ナノメートル単位の微粒子を混入させ、光の波長を高効率に変換する技術を指す。要はカラーフィルターの技術だ。
ただ、白い光にカラーフィルターをかけるのではなく、青色LEDの青い光に「赤を取り出す量子ドット」「緑を取り出す量子ドット」を重ねて赤・緑・青の色とし、さらにカラーフィルターで調色することで、純度の高い色を取り出そう……という仕組みである。
実のところ、量子ドット自体は新しい技術ではない。中国系メーカーは数年前から先駆けて導入しており、サムスンも「QLED」「Neo QLED」の名称で量子ドットを使って液晶テレビを拡販していた。日本でもTCLなどが販売している。
だが、日本で量子ドットはそこまで流行らなかった。筆者もこれまでの製品を見たが、そこまで色が良くなっている印象は受けていない。取材の中で、REGZAを含む日本のテレビメーカーに「量子ドットは?」と質問もしてきたが、去年までは色良い返事が返ってこなかったのも事実だ。
では、REGZAはなぜ今年、態度を変えたのか?
槇本氏は変化が「明るさ」にあったと話す。
槇本:現状、考えうる最高画質のテレビがOLED採用のものである、ということに変化はありません。総合してみると、コントラストなどは別格です。
今年は液晶モデルに、ミニLEDを導入しています。これはやはり、映像が明るく、コントラストが高くなります。量子ドットについては、通常の液晶とミニLED、両方で採用した形です。
去年と今年でなにが違うかといえば、バックライトの明るさです。
過去、通常の明るさの液晶テレビに量子ドットを入れてみたのですが、明るさが足りず、色がどす黒くなってしまいました。決して画質はよくならない、と評価していたのです。
問題を解決するにはバックライトを明るくすればいい、ということはわかっていたのですが、コストの点で導入が難しかった。
今年はコストの点でブレイクスルーがあったので明るいバックライトを採用することができて、結果として量子ドットの採用に至ったのです。
石橋:要は、そうすることで普及帯の価格レンジにも、量子ドット採用パネルを落とし込むことができたのです。
本村:現在の我々は、技術アピールの高価格モデルを作るつもりがありません。手に届く価格の製品に採用することが重要。そういう意味で、量子ドットを使った「Z770L」「Z670L」シリーズはエポックと言えます。
新プロセッサ「ZRα」開発の狙い
もう一つのトピックが、プロセッサーを新しい「レグザエンジンZRα」にしたことだ。このプロセッサーは、OLEDのフラッグシップとなる「X9900L」と、ミニLED採用で液晶のフラッグシップとなる「Z875L」に採用される。
ZRαは今年の1月、CESでお披露目されているが、製品としては今年のモデルからの採用となった。
レグザ、CESで次世代エンジン「ZR α」披露。初のミニLEDも
プロセッサー開発を指揮した山内氏は、「従来のアプローチの延長線上では高画質化に繋がらない。そのため、新しいプロセッサーが必要になった」と話す。
REGZAはこれまでもずっと独自のプロセッサーを組み合わせて高画質化をしてきた。だが、毎年半導体を完全刷新できたわけではない。1つのアーキテクチャを作ると、それを毎年少しずつ最適化し、ソフトウエアを含めた改善をしながら進化させてきた。
今年は久々に「プロセッサーを完全刷新」し、高画質化のアプローチにも新しい方法論を加えている。それが、画像解析高度化を目的とした「ディープニューラルネットワーク・アクセラレーターを搭載したハードウェアAIエンジン」である。
ZRαの開発には3年かかっており、同社としてもかなりの大規模プロジェクトとなっている。
山内:たとえば今回、「立体感復元超解像」を搭載しました。背景にあるものと手間にある被写体とでは、超解像やエッジエンハンスのかかり方は違っているべきです。従来もそう考えて処理はしていたのですが、ちょっと背景の山に超解像がかかり過ぎてしまうなど、立体感が失われることも多かったのです。
判別は非常に難しいものです。もっと上手く見分けるにはなにが必要か? ということで、AIを活用することにしました。学習をしていくことで、人間に近い形で被写体と背景を見分けることができるようになったので、今回のような画質が実現できています。
もちろん、今までの技術も有効で、使っています。しかし、今までのレベルでは先に進めなかったところにAIの判定を加え、さらに画質を上げているわけです。
そうした結果をマージする回路は、オリジナルエンジンでなければ作れない部分です。
現在、テレビメーカー以外が作るプロセッサーも能力は上がってきている。オリジナルのプロセッサーを作るテレビメーカーの方が少数派で、日本・韓国合わせて5社程度しかない。ほとんどのメーカー、特に価格を重視するところは、半導体製造専業のメーカーから「テレビ向けプロセッサー」を調達し、それで製品を作っている。
REGZAも低価格製品ではそうしたパーツを使っているし、ハイエンド以外では、他社から調達したパーツに自社のソフトと追加ハードウエアを組み合わせる形で製品に仕立てている。
他社との違いはどこにあるのか? 石橋氏は「弊社は、買ってきたものをそのまま使って製品にすることはしない」という。その点こそが、REGZAの差別化ポイントであり、自社設計プロセッサーを用意する理由でもある。
山内:重要になるのは、低消費電力とリアルタイム性能。いかに高速に動くAIエンジンがあるか、という点です。
また、高画質化エンジンの周りの「つなぎ」の部分も大切です。超解像であったりカラーコントロールであったりという処理を生かすには、自社設計が必要なところです。“あり物“ではつながらないのです。
その上で、エンジンにかかるコストを考え、製品のバリエーションを作っていくのですが、重要なのは「差異化できる部分」と「必ずやらなくちゃいけない部分」があること。差異化できる部分を「画質専用エンジン」とし、どんな製品でもやらなくちゃいけない部分を「メイン」に分けます。
ここで、どこまでを「共通部分」として残すかも重要な判断なのですが……。たとえば、コントラストや精細感をあげる基本的な部分は共通部分に入っています。今なら、ネット動画を高画質化する「ネット動画ビューティー」も共通化部分です。
その先を「ZRα」に入れています。「立体感復元超解像」もそうですし、バンディングノイズの低減も、ZRαで行なっています。
パネルの高色域化も、エンジンの開発と改良に大きく影響している。
山内:鮮やかさの恩恵、エンジンの差が大きく効いてきます。
今年のOLEDは1.2倍くらい明るくなっているのですが、その結果としてカラーボリュームも広がっています。要は明るさを表現する上で、(LGディスプレイのOLEDの特徴である)ホワイト画素の発光に頼らない領域が増えているんです。
そこで色を第一に明るさを出そうとすると、色が飽和してしまったりもします。ですからちゃんとコントロールが必要。特に人の顔の輝度領域で重要です。
液晶も含め、トータルで色が上がっているので、なにもしないと色が褪せて見えるので、エンジン側での配慮が重要になります。
こうした部分は、メーカーから出荷されてくるパネルデバイスやバックライトの特性を把握した上で、全体で色調整を行なう必要が出てくるところだ。この部分こそ、石橋氏が「REGZAは買ってきたものをそのまま使って製品にすることはしない」と話す部分である。
「タイムシフトマシン」はネット時代だから売れる?!
今回の製品では、昨年以上に「タイムシフトマシン」搭載モデルが増えている。この点については、「ネット時代」ならではの事情から、利用者に刺さるコミュニケーションのあり方が変わっている、という。
槇本:ネット配信だと、番組を「好きな時に最初から見られる」のはあたりまえじゃないですか。
タイムシフトマシンについても同じで、途中からでも「最初から番組を見られる」ことの評価が高まっています。
店頭で店員さんがやっているのを見てもわからないんですよ。でも、自分で試していただくようにすると、一発で理解できます。
こうした「自分で試してもらう作戦」は、本村氏の経験に基づくところからスタートしている。
本村:「タイムシフトマシンは全録で便利」と、10年間言い続けてきたんですが、その便利さがなかなか伝わらないことにジレンマを感じていたんです。
ところが、ある販売店向けのセミナーで、ぽろっと「『初めにジャンプ(放送中の番組を最初から見る)』だけ説明してください」と言ったら、すごくウケたんですよね。
実際、店頭でリモコンを手に持って「初めにジャンプ」を体験していただくと、非常に喜ばれる。ようやく、タイムシフトマシンを説明するための強力な「ワントーク」が見つかったということです。これは大きな成果だったと思っています。
たしかに「なるほど」と思う。レコーダーをよく知る人なら基本中の基本と言える機能だが、VHS時代の「録画」という行為に頭が縛られていたり、配信によって「いつでも最初から見られる便利さ」に気づいているが、録画をあまりしたことのない層にとっては、「初めにジャンプ」は意外な体験かもしれない。そしてその便利さは、自分で選んで録画しているのではなく、タイムシフトマシンのような「全録」だからこそ生まれる要素だ。
Android TVは「止めたわけではない」。その背後にある「開発効率追求」
もう一つ、今年のREGZAには変わった点がある。
昨年投入した「Android TV」採用モデルが1つもなく、すべて、組み込みLinuxベースでずっとREGZAが作ってきた基盤の上で作られているからだ。
スマートフォン由来のOSを使ったプラットフォームは、アプリの導入が楽であり、新しい映像配信への対応が早い、という利点はある。一方で、動作の遅さや複雑さの原因にもなり、一長一短であるのは否めない。
なぜAndroid TVを止めたのか?
それを聞くと、石橋氏は「止めたわけではないし、そのつもりもない」と答えた。
石橋:今回は新プロセッサーの導入も含め、いろんな新しいことをやっているので、Linuxを使って自分たちでやった方が開発は短期で済む、という判断をしました。
テレビにお客様が求める要素は色々あります。そこに、Androidに求められるものもあると思っているので、止めたつもりはないです。実際、Androidが悪いとも思っていません。
スマホのようなオープンプラットフォームに慣れている人、若い人などには使いやすいかも、と思います。
また、小さなサイズの個室に置かれるようなテレビの場合、ほんとうに独自プラットフォームがいいのだろうか? とも思います。スマホで慣れていうるであろうAndroidの方がいいのかもしれません。
その辺は色々な議論があるでしょう。
これからはいろんなテレビが増えていく時代です。「映像を見る」という用途は同じだけれど、いろんなサイズや形、機能、価格のテレビが出て、ラインナップは多様化していきます。
我々もそこに追いついていかないといけません。
Androidが向いた・求められるサイズや市場がありそうだ、というのは筆者も同意する。そこで問題になるのは、2つのOSを使い続けることのメンテナンスコストだ。
そこで石橋氏は次のように説明する。
石橋:完全に違うOSで、パーツも違う形で作っているわけではありません。構造についても、Android TVとLinuxとでも、大きく違うわけではないです。ある部分を入れ替えると、ヒュッともう片方で動いてしまう程度です。
昔は、できる限りパワーを使わないよう、全体をモノリシックに作らなければいけませんでした。
しかし今はCPUパワーが上がっているので、モノリシックにして効率を追及するより、相互の流用性を高め、過去の資産を使えるようにした方が有利です。そこまで頑張ってコードの効率を追い求めるよりも、開発効率に重きが置かれるようになった、ということです。
だから、Android TV版の製品を作る時にも1年かかっていなかったのです。
なるほど。REGZA開発チームの中では、現状に合わせて、そうした開発体制の整備も進んでいた、ということなのだろう。
だとすれば、今後出てくるであろう「さらに多様な製品群」にも期待したくなってくる。