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第575回

「一般普及までは市場特化で」パナソニック・Shiftallが新HMDで狙う市場とは

MeganeX superlight

パナソニックとその子会社であるShiftallは、CES 2024で新しいVR用ヘッドマウントディスプレイ(HMD)「MeganeX superlight」を発表した。発売は2024年中の予定。価格などは未定だが、「現在発売中のMeganeX(24万9,900円)よりも安い価格を目指す」とされている。

では、この製品はどのようなクオリティであり、どんな市場を目指したものなのだろうか?

Shiftall・代表取締役CEOの岩佐琢磨氏と、パナソニック側のキーパーソンである、パナソニック・事業開発センター・XR統括の小塚雅之氏に聞いた。

Shiftall・代表取締役CEOの岩佐琢磨氏(右)
パナソニック・事業開発センター・XR統括の小塚雅之氏。手に持っているのが新機種のプロトタイプ

重量を330gから200gへ。画質そのままでより軽く

パナソニックとShiftallは共同で「MeganeX」というHMDを開発してきた。2023年のCESで製品版が発表され、同年秋から製品出荷を開始した。

特徴は、片目2.5Kの解像度をもつマイクロOLED(有機EL)パネルとガラス製パンケーキレンズを使い、高画質かつコンパクトな「よりメガネっぽい」HMDである。

Shiftallは主にVRChatのヘビーユーザーなどの個人市場を担当、パナソニックは企業案件などのいわゆるB2B市場を担当し、それぞれでビジネスを行なっている。

今年中の発売を予定している「MeganeX superlight」は、初代MeganeXの設計を引き継ぎつつ、より軽量さを目指した製品と言える。

MeganeX superlightのスペック
MeganeX superlightの試作モデル
MeganeX superlightをつけてみた

Shiftallの岩佐CEOは「長く使うための人にために、絞り込んでできるだけ軽く、負担も小さいものにした」と話す。結果として、重量は約330gから約200gまで減った。

前モデル(左端)とsuperlight(右端)とのスペック比較

形状は細身だが一般的なHMDに近くなり、レンズはガラス製からプラスチック製に。厳密に言えば、これによって周辺視野の画質は若干落ちるはずなのだが、その度合いは小さなもの。前機種と細かく比較するタイミングはなかったが、筆者の主観的には大きな問題があるようには思えなかったし、岩佐氏も同様の見解だ。

レンズはガラス製からプラスチック製に

そもそもMeganeXは、長時間使うことを前提に作られており、Meta Quest 3などの一般的なHMDとは考え方が異なる。PC接続が前提でスタンドアローン動作はできず、位置認識(6DoF)もいわゆるインサイド・アウト方式ではなく、部屋内にベースステーションを設置して使う「SteamVR Base Station」によるアウトサイド・イン方式を使う。前モデルは、B2Bモデルについてはインサイド・アウト方式だったが、今回は双方ともにアウトサイド・イン方式だ。また、スピーカーも排除された。

ディスプレイ周りの画質はそのままに、さらに軽くしたのが新型……ということになるだろう。

パナソニック・小塚氏は「前モデルから完全に移行するわけではない」としつつも、前モデルの反省を次のように説明する。

「メガネ型というのは、やっぱり重量バランスなどが非常に難しいんです。調べれば調べるほど難しく、より使い勝手を上げるには相当の工夫がいるな、と考えました」

MeganeXの仕様。デザイン変更が大きく使い勝手にも影響している

結果としてデザインとしての特徴は薄まったが、よりシンプルで使い勝手の安定したHMDにすることを選んだわけだ。

筆者もつけてみて、軽さとフィット感は非常に良いと感じた。200g台のHMDはまだ少なく、この点だけでも魅力的ではある。

その上で、「コンシューマのヘビーユーザー向け」がShiftallでB2B向けがパナソニック、という役割分担は変わらずに続けられる。

ただ、「ガラスレンズ版も、既存モデルも要望に合わせて柔軟に考えたい」と小塚氏は言う。この辺は、企業との関係があってのものであるB2B市場らしい判断ではある。

ヘビーユーザーと製造業向けに特化

では、こうしたHMDの市場性を両社はどう見ていて、ここからどう展開していくつもりなのだろうか?

「コアユーザー向けは変わらず市場がある」と岩佐氏はいう。MeganeXは高価な製品だが、VRChatなどで長時間「暮らす」人にとって、軽さは大きな差別化点である。海外では「Bigscreen Beyond」などの軽量デバイスも出てきて競争は生まれているが、マイクロOLEDを使った画質、という差別化点はいまだ健在だ。

では小塚氏はどう見るのか?

「コアユーザー向けは確かにあります。一方で、コンシューマ向けはまだ当面厳しいでしょう」

彼の見方は、やはりHMDが短期間でコンシューマに一気に広がるのは難しい……というものだ。

特に深刻なのは「受動的VRコンテンツの不足」と「VRコンテンツ制作のコスト」だ。

人は常にアクティブな存在ではなく、受動的コンテンツがないと長持ちしない。テレビはもちろんだが、スマホにおいても、見ている・読んでいるだけの時間が長いのは事実だ。またゲームなどを作るにしても、そのコンテンツを作るコストが高く、収益化へのハードルになる。

VRにおける受動的コンテンツ制作の不足は大きな問題
十分な体験をもたらせるコンテンツ制作の負担を「データ量」で解説

こうした課題を解決するには、結局のところ、プラットフォームを幅広く普及させねばならない。普及には技術的な問題と同時に、資金面での問題がある。Metaやアップルは多大なコストをかけ、長期戦でこの課題に対処しようとしているが、それでも100%成功する保証があるわけではない。

小塚氏は「あと5年はかかるだろう」と読む。ではその間にパナソニックはどこをビジネスの軸と置くのか?

それが企業向けだ。

特に小塚氏が有力と見ているのは「自動車メーカー向け」だ。

自動車メーカーは、すでにデザインなどの現場でVR機器を導入している。クレイモデルを作らない「デジタルモデリング」への移行もあるし、複数人で大きな自動車を実物大で確認し、詳細を確認するニーズも大きい。

特にここでは「発色」「色忠実性」が重要、と小塚氏は言う。

自動車では多彩な塗装が使われる。複数の塗膜を生かし、光の入り方で色が微妙に変わるような特殊塗装のものもある。塗装のバリエーションも増えてきて、それをちゃんと「実物と同じような見た目で確認できる」環境が求められている。

3Dモデルのテクスチャーとして、実物の持つ微妙な表現を取り込む技術はすでに生まれており、自動車メーカーもそうしたものを使っている。

MeganeXの自動車製造向けデモを画面に表示しつつ、小塚氏は「質感表現の忠実さ」重要と説く
自動車設計ではすでにAutoCADなどのソリューションで、忠実な質感を再現しつつ作業が行なわれている

前述のように、すでに自動車メーカーはHMDを業務に使っているが、それらに「不満がないわけではない」と小塚氏はいう。

現状で使われていることが多いのは、数年前に導入した「HTC Vive」などか、フィンランド・Varjo社の高画質HMD。前者はすでに古くなっていて機能面で不満が大きく、後者は高価で多数の導入が難しい上に、HMDとヘッドバンドで1kg近い重量があって、長時間使うのが厳しい。

また、どちらもHDR表現には対応しておらず、表現力に制限も大きい。

そこでパナソニックは、HDRにも対応していて軽量なMeganeX superlightを使って対抗し、自動車メーカーの案件を得ようと考えているわけだ。特に日本の自動車メーカーの場合、パナソニックも日本企業であるので「要望などを伝えてすぐに対応してもらえるのは強み」と、小塚氏は自信を見せる。

こうした案件は、コンシューマ向けに比べ数が大量に売れるわけではない。しかし確実なニーズがあり、安定したビジネスが見込める。

市場環境が変わり、幅広いコンシューマ向けに打って出る準備が整うまで、パナソニックは「手堅く高度なニーズがある市場」で戦おうとしているのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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