西田宗千佳のRandomTracking

第588回

AV Watch編集部員がチェック。「AV機器」として見たVision Proの実力とは

先日発売されたApple Vision Proは、記事でも何度か触れてきたように、「オーディオビジュアルファンに刺さる」製品だ。

アップルが力を入れてコンテンツを用意していることもあって、映画ファンにとっての満足度は高いだろう。テレビやプロジェクターと十分競争できるクオリティの高さを実現している。

……といっても、「いや西田さん、自腹で買ったから大袈裟に話してるんじゃないの?」と思う人もいそうだ。

もちろんそうじゃない。

巷を見回すと、Vision Proのレビューなどは結構あるのだが、どうもガジェット目線のものが多く、「AV機器としてどのくらい価値があるのか」を語ったものが少ないように思う。

Apple Vision Pro

そこで、AV機器や映画館を相当見てきたはずのAV Watch編集部の4人に、Vision Proでの映画視聴を実際に体験してもらい、コメントをもらうことにした。なお、彼らはXR機器のエキスパートでもないし、Vision Proもこれまで未体験である。

その上で、「これで映画見るってどうですか?」というところを試してもらった。彼らのコメントに筆者の解説も加えてみた。

どんな感じなのか、AV目線での意見をまとめてみていこう。

AV Watch編集部の4人に、Vision Proを体験してもらった

3D作品を中心に映画コンテンツを体験

以前の記事でも挙げたように、Vision Proでは多数の映像配信が使える。「Amazon Prime Video」や「dアニメストア」(ともにiPad版アプリ経由)、「Netflix」「YouTube)(ウェブブラウザー経由)、「U-NEXT」(Vison Pro版アプリ経由)などが視聴可能だ。

ただ提供コンテンツの品質やVision Proらしさという点では、「Apple TV」と「Disney+」がワンランク上にある。どちらもVision Pro版のアプリで、Vision Pro専用のコンテンツも扱っているのがポイントだ。

今回は主にApple TVとDisney+についてコンテンツを用意した上で体験してもらった。

今回は主にApple TVで配信されている3D映画を中心に体験

Vision Proの欠点は、視線認識の個人設定やUIの習得など、体験の準備に時間がかかること。アメリカで2月に発売された際に入手以来、最低でも40人くらいにVision Proを被せてきたが、この準備時間がとにかく大変だ。

時間がかかる作業なので、現場には筆者の私物の他、Impress Watch編集部がアップルから借りている評価機材を用意し、2台で行うことになった。

また比較対象として「Meta Quest 3」も用意、主にAmazon Prime Videoのコンテンツを見てもらっている。

Meta Quest 3も体験してもらい、Vision Proと比較

なお、筆者私物のVision Proについては、アップル純正でないストラップがついた状態で使ってもらっている。これはうっかり外し忘れていたもので、本来、フィット感などの評価としては好ましくない状態だ。こちらのミスだが、その点をご容赦いただきたい。

編集部4人が体験してみると……

では、ここからは編集部4人のコメントを見ていこう。

編集部:野澤佳悟

感激したポイントは酔わないこと。これに尽きる。HMDを使用するとすぐに酔ってしまい、Quest 2を断念、Quest 3はなんとかいけるのでは? と思いつつ、やはりすぐに吐き気に襲われてしまったというくらい相性が悪いのだが、Vision Proではその酔いの気配すらない。

装着の有無での視界の明瞭度の差が少ないので、視界にメニューやウインドウが浮かんでいるような感覚。自分の身体の位置もしっかり把握できるほか、コントローラーがなく、手元から変なビームが出ることもないので、酔う要素がないようだ。

そして、3D映画が楽しい。今回は短い時間だったので、スパイダーバースの3D版の一部を再生したのだが、このクオリティだとめちゃくちゃ楽しい、というのが率直な感想。これは実際に体験しないとわからない感覚だと思うが、これまでの自分が経験した3D映像とはもはや全くの別物。ぶっちゃけこのまま「鬼滅の刃」柱稽古編 最終話の例の爆発のシーンが観たい。

現実の視覚情報と近い感覚で映像が楽しめるというが、HMDの本来の目指すべき到達点なのだろうと思った。「アクセルワールド」の世界に一歩近づいている感覚がある。

このクオリティが手に取りやすい価格と小型軽量化してスタンダードになってくると、そこでまた時代が変わるのだろう。そんな未来が早く訪れてほしい。

Vision Proでは酔わない、というのは、体験者の多くが言う話。要は自分がHMDをつけていない時と、つけている感覚のズレが小さいほど酔いづらいわけだ。

手での操作の良さも確かにそう。これは、コントローラーを前提に、そのUIの中でハンドコントロールを加えたMeta Questと、最初からハンドコントロールのみを想定しているVision Proとの設計思想の違い、という部分が大きいだろう。

コントローラーを前提にしつつ、そのUIの中でハンドコントロールを加えたMeta Quest

今回3D映画コンテンツのおすすめの1つとして「スパイダーマン:スパイダーバース」を用意して見てもらっているが、もともと3D版の品質がめちゃくちゃ良い、という点が大きい。なぜか続編の「スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース」の3D版はまだない。

編集部:酒井隆文

Apple TVアプリで、マッドマックスとスパイダーマンを視聴した。事前にQuest 3で「シン・ゴジラ」を視聴して、「かなり綺麗だな」と思ったが、Apple Vison Proと比べると雲泥の差。特にスパイダーマンは、自宅の48型有機ELテレビで視聴しているのと大きく変わらないのでは? と思ってしまうほど映像の鮮やかさと迫力を味わえた。

またスパイダーマンは3D版を視聴したが、奥行き感も自然で、字幕もクッキリ読みやすい。輝度も高いので、映画館で味わう3Dよりも高精細に感じられた。

印象的だったのは、映画を視聴している際に周囲を見回しても“VR酔い”のようなものを感じなかったこと。Quest 3では周囲を見回すと、グラッと酔う感覚があったが、Vision Proではまったくそんな感覚に陥ることはなかった。

一度Apple Vison Proの映像を体験してしまうと、当初「かなり綺麗だな」と思っていたはずのQuest 3では、映像の精細さ・明るさに物足りなさを感じてしまうように。「おなじようなことはQuest 3でもできるし、まずはこっちを買おう」と考えていたのだが、気がついたら「Apple Vison Pro、24回分割でいくらなんだ?」と計算を始めてしまう自分がいた。

野澤さんのコメントに近い感想。価格から考えると、Meta Quest 3もかなり画質的には頑張っているのだが、コストと視野角の広さを優先にしているため、どうしてもVision Proほどの解像感は出ないし、輝度のコントロールも弱くなる。

なにを重視するかという設計思想で生まれる部分なのだが、こと映像を見る場合には、現状高価になってしまうものの、Vision Proのアプローチの方が向いている。

編集部:山崎健太郎

実機を手にすると重量感はあるが、装着すると重量配分が良好なので「フロントヘビーだな」とか「すぐ疲れそう」とは感じない。質感が良いのも“許せてしまう”印象に寄与している。

外界をパススルー表示した時のクオリティは驚きだ。コントラストが良く、暗部の情報量が多いため、奥に置いてある椅子や、テーブルの向こうにいる人間など、表示されている物体の立体感が自然。装着前の視界と装着後の視界のズレも少ないため、「パススルー表示を見ている」という感覚が徐々に薄れてくる。飲み物やリモコンに手を伸ばす時も「見にくいのでHMDをズラして肉眼で見ちゃおう」という気にならず、「このまま外さなくていいや」という気分になる。リラックスして鑑賞する映画表示デバイスと考えた時に、これは大きな利点だ。

「Apple TVアプリ」で「スパイダーマン:スパイダーバース」を再生すると、そんな現実感のある空間に、突然シネスコサイズのスクリーンがフワッと登場。コントラストだけでなく解像感も高く、クオリィは非常に高い。暗部に締まりがあるため、映像が安っぽくならず、映像の中にも奥行きが感じられ、没入感が高まる。

山のようなアイコンを選択すると、スクリーンの周囲が暗くなり、映画館っぽさが高まるい。完全に真っ暗ではなく、最外周はパススルーの外界が薄く見えているので、「自分の真横から前方の空間だけ映画館になった」ような感覚だ。

仮想スクリーンの表示画質に変化はないが、周囲が暗くなったことでより映画に没入でき、快調の豊かさ、色純度の高さといった部分がしっかり味わえる。「これなら大画面テレビやプロジェクターの代わりになるな」と思ってしまう。

スクリーン周囲も、“単純な真っ黒”ではなくグラデーションがあり、スクリーンよりもっと奥の空間が一番暗く、自分の真横あたりは少し明るい。これが空間の奥行きを演出しており、「映画館みたいな広い空間に座って、大画面を見上げている」気分が高まる。この細かなテクニックが、言葉が悪いが「小さなディスプレイを目の前に置いているだけの“子供だまし感”を薄れさせる。スペックの高さと、細かな演出の上手さのかけ合わせが、近未来的な体験を支えている。

パススルーがリアルである、というのはまさにアップルの狙い通り。立体感は現実より薄めに設定されているっぽいのだが、位置や距離感覚はほぼ忠実に再現されているので違和感が少ない。

以前の記事でも書いたが、Vision Proの場合シネスコで配信されたものは「シネスコの上下に黒い枠」ではなく「シネスコの画角」で見られる。現状これは大きな要素だろう。

シネスコ配信の映画はシネスコ画質で。著作権保護機能により、スクリーンショットの画像は黒く消される。左側に「背景を選ぶ」メニューがあるが、そこに「映画館」もあるのにご注目

映画などを視聴する時には、自動的に注視しているウインドウ(映画の場合なら再生画面)以外が暗くなるようになっているので、映画に没入しやすいという仕組みもあり、ここが高く評価されている。

さらに周囲環境への言及があるが、これは再生時に背景環境として「映画館」が用意されているため。

著作権保護されたコンテンツの場合、スクリーンショットを撮ろうとすると映像が真っ暗になる。そのため、「映画館」環境だと真っ暗でなにも見えなくなってしまい、「映画館」環境がどんなのものかがあまり伝わっていないように思う。

なんとかわかる画像がないか……と探したら、オンラインでアップルが公開しているサポート文書の中にスクリーンショットがあった。

この画像のように、表示されているシーンの明るさが周囲に照り返す様の表現が、まさに「映画館にいる」感じを演出しているわけだ。

アップルが公開しているユーザーガイドから抜粋。表示されている映像の「照り返し」が壁面などに映り込む効果が加えられている

こういうところに凝っているのは素晴らしいと思う。ただ現状、Apple TVから視聴した場合にしか使えない環境なので、ぜひサードパーティーの動画アプリでも使えるようにして欲しいと思う。

編集部:阿部邦弘

サラサラしたアルミフレームに黒光りのカーブドガラスがピッタリとはめ込まれた光学部は、未来感漂うデザインで、実物は意外とカッコいい(笑)。どうやって着けるのだろうとまごまごする事もなく、ゴーグルを装着する感覚でかぶって、側面のダイヤルを回せば、すばやく頭にフィットした。

てっきり映画「マイノリティ・リポート」のように、手を上下左右に動かして画面を操るものと思っていたが、それは完全な思い込みで、基本操作は「“視線”を目的の場所まで移動させて指と指でつまむ(手は軽く動かす程度)」だったと恥ずかしながら理解。視線のトラッキングも高精度なので、慣れれば誰でも簡単に操作できそうだ。

今回は、3D映画鑑賞用に携帯するコンタクトレンズを装着して、コンテンツを視聴した。まずはApple TV内のApple Immersiveから「ADVENTURE」「PREHISTORIC PLANET」を再生。前者は男性がパルクールで街を駆ける実写映像、後者はトリケラトプスや巨大翼竜ケツァルコアトルスが闊歩する森を捉えたCG映像だが、目の前の映像が左右はもちろん、天井から足元まで拡がって、その場所にダイブしたかのような凄まじい没入感が得られた。

なにより画素密度が高く、目を凝らしても格子が見えず鮮明。明るさや色、階調、コントラストも申し分ない。残念なことに、中途半端な品質の大型4Kテレビより、Apple Vision Proの方が高密度でビビッドな映像を味わえる。

次にマイブーム映画「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」をセレクト。4K/3D/24p配信(取材時)のApple TV+版では、鮮明で立体的な3D映像が楽しめ、しばし水中を泳ぐキリちゃんの姿に見とれてしまう。4K/2D/48p配信のDisney+版は、高フレームレートによる水中のヌルヌル感が素晴らしく笑みが止まらない。熱心な3D信奉者なら、4K・HFRの3D映画を観る専用機として購入検討するのもありだろう。

ただ、もしも「Apple Vision Proは、映画館での鑑賞体験に勝るか」と聞かれたら、わたしの答えはまだ、ノー。Apple Vision Proはテレビ映像を大画面チックに見ている感覚に近く、スクリーンを通してみるプロジェクターの画であったり、実際に感じる迫力・サイズ感とは別モノと感じた。

とはいえ。Apple Vision Proはトップエンドのビジュアル機器と比べて、真剣に品位を語ることができる初めてのヘッドセットであることに間違いはない。そのうち「今年一番高画質なビジュアル機器はテレビでもプロジェクターでもなく、『Apple Vision 5 Pro Max』でした!!」、なんて未来がやってきてしまいそうだ(笑)

けっこうありがちな誤解なのだが、Vision Proは「指でも操作できるが目線での操作が基本」。筆者の経験では、目線をマウスカーソルの移動、指を打ち合わせる「タップ」をマウスのクリックだと説明すると、ほとんどの人がすぐ理解して使えるようになった。

阿部さんが言及している「Apple Immersive」は、アップルがVision Pro用に作ったイマーシブ映像。2眼で撮影した実写映像、もしくはCGアニメをマスタリングしたものだが、この種のコンテンツとしては過去にあまり例がないくらい品質が高い。ちゃんと定期的に新コンテンツが出てくるなら、非常に楽しみなジャンルになるだろう。

Apple Immersive Videoはアップルが注力している領域。今はデモ的な無料コンテンツだが、この後どこまで作品が増えるかが楽しみ

阿部さんらしく「アバター」関連を見ていただいているが、日本では3D版が配信されていないので、見ているのはアメリカストア版。日本アカウントのまま見るのは困難なのでご注意を。なお、Disney+は日本アカウントのままでもちろん大丈夫だが、こちらは2D版になっている。

ご指摘のように、Apple TV版は毎秒24フレーム、Disney+版は毎秒48フレームでの配信。日本だとどちらも3D版がまだないのが残念ではある。

Disney+配信版の画面をよく見ると、「4Kかつ48フレーム」配信であるのがわかる(赤枠は筆者追加)

画質面で高い評価を下しつつも「映画館やホームシアターとは異なる」というのも納得するところだ。結局Vision Proは発光するディスプレイを使った「直視型」であり、解像度も高いとはいえ現実には及ばない。それでもかなりの高画質であり、これをどこでも体験できるというのは大きなことだ。だが、「あらゆる表示形態を超える」のはまだ先のこと。

しかし、その可能性の一端がある、というのは間違いないのではないか、とも思っている。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41