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第589回

新ブラビアが「映画推し」である理由。技術と市場について担当者に聞いた

左からソニー株式会社 Global Sales & marketing マーケティングコミュニケーション部門 ホームMKコミュニケーション部 統括部長の川村基氏。共創戦略推進部門 ホームエンタテインメント商品企画部 統括部長の足利裕二氏

7月12日、ソニーは、2024年の日本国内向けテレビ製品群を発表した。

詳細は別途記事が掲載されているのでそちらも併読していただければと思う。

今回のBRAVIAは、いままでとは方向性が大きくかわっている。世界的に「映画を見るのに最適なのはBRAVIA」というメッセージを主軸に据えている。

さらに、ラインナップを「BRAVIA 7」「BRAVIA 8」「BRAVIA 9」と整理した上でネーミングを統一もしている。

驚きなのは、このラインナップの中で最上位に位置する「BRAVIA 9」に、ミニLED採用の液晶モデルを据えていることだ。従来であれば「有機EL(OLED)が画質的最上位、ミニLEDはサイズ的上位モデル」という印象が強かっただろうが、今回は特別なバックライトシステムを開発し、明確に「サイズでも画質面でもミニLEDを最上位」とした。

BRAVIA 9こと「XR90」シリーズ、85型「K-85XR90」

また、比較的価格を重視する小型のモデルの多くは昨年モデルを併売とする。

かなり大胆に「大型路線」へとシフトした印象だ。見ようによっては「ラインナップを刈り込んだ」とも思える。

今年ソニーがテレビ戦略を大きく変えたのは間違いない。では、そこにはどんな狙いがあり、どのような製品になっているのだろうか?

商品企画とマーケティングの両面から、担当者に狙いを聞いた。

ご対応いただいたのは、ソニー株式会社 共創戦略推進部門 ホームエンタテインメント商品企画部 統括部長の足利裕二氏と、同 Global Sales & marketing マーケティングコミュニケーション部門 ホームMKコミュニケーション部 統括部長の川村基氏だ。

ソニーはなぜ「映画のためのテレビ」を選んだのか

「テレビは、なにを買ったらいいかがわかりにくい時代にはなっている」

商品企画を担当する足利氏は、筆者の問いにそう答えた。

画質がいいものを選びたい、というのは多くの人の要望だ。一方で同時に「安いものが欲しい」とも思っている。メーカーによる差異は間違いなくあるものの、誰もが店頭で見てわかるものか、というと難しい。音はもっと大変だろう。

どの企業のテレビ事業も楽な状況ではない。その中で高付加価値化を進めるのが定番ではあるのだが、そこでソニーはどこを軸にしようとしたのだろうか?

足利氏(以下敬称略):企画を始める段階で、徹底的にもう一度お客様が何を求めているかを調べよう、一番求めていることはなんだろう? ということになりました。

そこで出てきたのは「映画に対する盛り上がり」です。昨今、OTT(Over The Topの略で、放送ではないネット経由での映像配信のこと)の盛り上がりが加速し、「テレビで映画をみたい」という要求が大きくなってきました。

ここで重要なのは、それが決して「小さいマーケットではない」ということです。

足利裕二氏

川村氏も同様にこう説明する。

川村:なぜメッセージを映画に絞ったかといえば、「決して絞りすぎていない」市場規模だからです。

映画に最適、というのは「画質推しである」ということでもあります。ただそこで「画質がいいですよ」「いいテレビですよ」というのではなく、もっとわかりやすい伝え方ではないか、と考えました。

「映画というコンテンツ」を使い、クリエイターのこだわりを忠実再現できるテレビである、というメッセージが伝われば……ということです。

国によるニーズの違いはありますが、「映画」という軸は共通で存在するニーズと理解しています。

このようなミーティングがいつ行なわれ、製品企画がいつ始まったかはノーコメントだった。だが一般論で言えば数年前に始まったことであり、その間の状況変化はありつつも、ここまで慎重に進められてきたのだろうと推察できる。

同時に現在は、テレビの大型化が進んでもいる。あるサイズのテレビを買った人が次へと買い替える場合、「同じサイズ」「小さなサイズ」に買い替える例は非常に少ないからだ。

足利:企画段階では、毎回「OLEDと液晶、どちらを軸にするのか」が議論されます。映画において大型化は重要な要素です。もちろん部屋に入る限界はあるでしょうが、市場では大型サイズに一定の伸びがあります。

そこで、テレビを大型化しつつ画質を高める技術として「ミニLED」を使った……ということです。

川村:テレビの買い替えサイクルについても、アメリカでは4、5年になっています(筆者注:日本では8年程度)。そして、前に55・65型を買った方が75型に、という動きがあります。

日本ではテレビは大きくならない……と言われるのですが、同様にアメリカ都市部でも「大きいテレビは難しい」と言われます。しかし、全体トレンドとしてはアメリカ都市部でも大型化は広がっています。心理的な影響が大きいのかもしれません。

今回はネーミングも、お客様に覚えてもらうために抜本的に変えました。ソニーの長い型番は、海外では「わかりにくい」と揶揄されてもいましたので、見直して、とにかくわかりやすくしています。

やはり根源的には、お客様が何を求めているかを考えてラインナップを組み立て行った形です。

BRAVIA 9はハイスペック、8はデザインが好き、トレンドに乗っているものを選びたい方、そして7は、手頃さを求める方に向けた、というところです。

その中で「How」の部分、技術的にOLEDかミニLEDかは関係ない、という判断です。

川村基氏

なお、今回は大型・高付加価値製品の更新が中心で、低価格帯は継続販売になった。これについては「今回はこのような判断をした、ということ。恒久的なものではない」という。

マスモニの技術を民生へ。「大型で高輝度」を映画に使うから「ミニLED」

今回の新製品、特に最上位機種に当たる「BRAVIA 9(XR90シリーズ)」は、「映画の忠実再現を目指す」という意味で色々な特徴がある。

もっとも大きな点は、輝度の向上とそのコントロールだ。

ミニLEDは小さなLEDを大量に敷き詰め、それをエリア単位でコントロールすることによって輝度・コントラスト・発色の向上を目指す。OLEDのように全画素で発光量をコントロールするわけではないが、液晶技術であるがゆえに、よりサイズの大きなテレビを作りやすい、というのがポイントだ。

指先にあるのが、ミニLED光源をコントロールする新しい「LEDドライバー」。ソニーセミコンダクタと共同開発された

今回BRAVIA 9では、独自のエリア駆動技術「XRバックライトマスタードライブ」を採用。従来に比べLEDの数や制御数を増やした。コントロールする調光ゾーン数は従来モデルに対して325%増加しており、明るさも昨年のフラッグシップモデル「X95L」に比べ50%アップしたという。

今年の普及モデルにあたる「BRAVIA 7(XR70シリーズ)」が、昨年のX95Lと同等のコントラスト比となっており、トップ製品の機能が上に伸びた、と考えればわかりやすい。

足利氏:映画では大型化だけでなく、階調表現や高輝度化などが重要になります。

高輝度になるということは、色表現が豊かになるということです。高輝度というと「眩しさ」と考える方も多いのですが、我々は「色表現が豊かになる」という捉え方をしています。輝度を担保した上で色を追求しないと、潰れてしまう部分が出てきます。

例えば太陽を描く場合にも、単に輝度をあげてしまうと白く潰れますが、輪郭部分を含めてグラデーションが存在し、それを表現できるかどうかで、絵作りが大きく違ってきます。

我々の持つ要素としては、マスターモニターにも使われるコア技術があり、そこには、他社に対するエンジニアリング的な強みがあります。

今年発売したマスターモニター製品に「BVM-HX3110」がありますが、BRAVIA 9にはそのコアテクノロジーを導入し、参照しながら開発を進めました。

もちろんピーク輝度や細かな再現性という点で、民生機器であるBRAVIA 9はマスモニのHX3110に敵わない部分が多い。しかしそもそも、HX3110自体が、BRAVIA向けに作られた「バックライトマスタードライブ」を応用した「FALD(Full Array Local Dimming)」という技術を使って作られている。

そういう意味で、両者が影響しあって高画質を目指すのは必然でもある。

その中で、大型化と高輝度化を考えると、現状ではOLEDよりも有利な技術であると判断してミニLEDが採用された……ということなのだ。もちろんサイズやデザインによって選択肢は変わる。だからBRAVIA 8シリーズではOLEDが採用されているのだが、ソニーの中ではXRバックライトマスタードライブなどの技術と組み合わせた場合のメリットを考え、「映画推しならばミニLEDが良い」という判断が下されたようだ。

配信で映画の表現も変化。クリエイターの意図に合わせた表現を大切に

同時にこのことは、映画自体の表現が変わっており、そこでクリエイターに対して「忠実な表現が行なえるのはBRAVIAです」というアピールがあってのこと、でもあるようだ。

川村:配信が増えている、という環境の変化が、高輝度・広色域化を後押ししている部分もあります。リビングという環境でOTTを介して見るならば、もっと輝度を生かした表現ができる、という考え方が出てくるためです。

足利氏:映画作り自体、現在は高輝度化・階調表現の豊さを前提としたものに変わってきていますね。カメラから(映像として)キャプチャはできた、それをどう表現するか、という話です。現在はすでに作り手側、OTTを無視できる規模ではなくなってきています。

確かにこれはあるだろう。映画館が特別な環境であり、そこに合わせて作品が最適化されているのは間違いない。しかし、テレビで高輝度・高色域な映像が見られるようになり、映画館での投写環境も変わってきているし、撮影やグレーディングにも変化がある。

そこは、実際の撮影・編集の現場にも機器を提供しており、トレンドを掴んでいるソニーにとって把握しやすい部分であり、そこからのフィードバックを活かして製品を作る……という発想も出てくる。

ソニーは今年4月に、ハリウッドで欧米メディア向けにテレビ新製品をアピールするイベントを行なったのだという。そこでは映画監督やスタッフを招き、現在どのようなことを考えていて、それが新BRAVIAでどう表現されているのか、といったことがアピールされた。

ハリウッド監督も称賛 映画に最適なソニーのブラビア、いよいよ国内に登場
(ソニー広報note)

足利氏:映画に関わるスタッフの皆さんは、本当にこまかく、シーンごとに色へのこだわりをお持ちです。それが、適切でない形で見られているとガッカリするのもわかります。

今回はスタジオキャリブレーションピクチャーモードに、「Netflixアダプティブキャリブレーションモード」「SONY PICTURE COREキャリブレーションモード」に加え、「Prime Videoキャリブレーションモード」を追加しました。

Amazon Prime Video側とも協力し、自動的に作品に合わせて再現するモードが変わるようになっています。実際に監督の方々からも、「この絵、この色が出るのがうれしい」という反響もいただきました。

Prime Video向けの画質モードも追加された

これまではそうしたモードを活かすための環境も、システムとして整っていなかった部分がありますが、今後は活用が可能です。そうやって「意図に近い画質で見られます」ということをクリエイターの方々へのメッセージとして出していくことも重要です。

ソニーが「映画」を打ち出すのはわかりやすい施策であり、映画産業との関わりを考えても納得しやすいものだ。

では、今後も映画だけに注力するのか、というとそうではないだろう。今、大型テレビを開発する上で軸を選ぶとすれば「映画だ」という話なのだと理解している。

では次にどんな軸を出すのか、そしてそれがどう価値を持つかは、まずは「映画に絞る」という判断が市場でどう受け入れられるかをみて……というところかもしれない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41