小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第975回
九州から発進! トラックがスタジオになった「スタジオカー」に潜入
2021年2月24日 08:00
写真スタジオごと外へ出る
写真好きの人なら名前はご存じの方も多い「よしみカメラ」。「忍者レフ」やカメラセンサー前に装着する「クリップフィルター」、またパノラマ撮影治具にも強いオンラインショップとして、プロアマ問わず人気のある会社だが、このたび各地に移動して写真撮影が可能になるという「スタジオカー」を制作、公開した。
出張撮影や移動スタジオといったサービスは、これまでも写真スタジオのサービスの一貫として行なわれているところだが、多くの場合はバンやトレーラーに機材や撮影小道具を積み込み、移動先でそれらを展開するというスタイルである。それ以上車の規模が大きくなると、だんだん中継車みたいになっていく。要するに内部に機材を詰め込んだ、「機材車」として車両を使うサービスが多い。
一方よしみカメラが稼働させる「スタジオカー」は、車内を撮影スペースとして使用するのを基本としている点で、全国でもまだそんなに例が少ない運用スタイルだ。今回は宮崎市内のよしみカメラ本社にて、運用開始前のスタジオカーを一足先に見せていただけることになった。
撮影まで中で
ではまず公開されたスタジオカーを見てみよう。ベースとなった車両はトヨタ・ダイナ 2トンシリーズのアルミバン。横から階段で昇降できるようになっており、出入り口部分にはオーニング(日除け)が出せるようになっている。内部両サイドには2列のトラックレールがあるが、これは移動中に撮影具などを固定するためのものだ。スタジオだけでなく、大型パネルや、自社開発の電動アップダウンテーブルの運搬等にも使うということで、残してある。
天井には照明レールが2列あり、撮影用ライトがアレンジできるようになっている。エアコンも装備しており、配管は壁の中を通って荷台下の室外機に繋がっている。
電源は走行充電可能なタイプと家庭用コンセントから充電するタイプ2機を用意し、無音で給電できるようになっている。なお備え付けのエアコンもこのバッテリーで駆動し、最大5時間運用可能だという。
荷台後部に撮影用のロール背景が吊るせるようになっており、証明写真等が車内で撮影できる。荷台内寸はおよそ幅2.1m、高さ2.1m、奥行き4.5mで、2人ぐらいまでなら全身撮影も可能。
また背面を開ければ、外が見える場所での撮影にも対応できる。荷降ろし用のリフトも付いており、耐荷重は600kg。車椅子の昇降ほか、このリフト上に椅子やテーブルを出して屋外風にライブ配信も可能だという。
外寸では天井の高さまで3.2mあり、屋根に足場を渡せば、イントレとして高所からの俯瞰撮影にも対応できる。
「スタジオカー」で何ができる?
「スタジオカー」のコンセプトについて、一木尚敏社長にお話を伺った。
――この「スタジオカー」なんですけど、いつぐらいから考えていたものなんでしょうか?
一木:だいたい1年ぐらい前ですね。新型コロナになって外出が難しくなり、我々写真スタジオのようなところはお客さんが来てくれなくなりました。一方で、これまでデリバリーなどしていなかった飲食店なんかが、出前館やUberEatsなんかで積極的に出ていって、頑張っていらっしゃいますよね。そこから考えて、「出前写真館」でどうだろうかと。これからは我々お店のほうが出ていくということが大事になっていくだろう、というコンセプトですね。
――これ、車両費も含めて内装やエアコンなど、撮影機材以外の部分で結構お金かかっているんじゃないかと思うんですが。
一木:そうですね。車両費は中古なんですけど、これだけで250万円ぐらいです。あとバッテリー関係だけで50万円、エアコンなどの本体と工事で100万円ぐらい、内部造作が30万円ちょっと。全部合わせると400~450万円ぐらいになりますかね。
――実際このスタジオカーで何ができるか、ということなんですが、どういう用途が考えられるでしょう?
一木:今のニーズで考えると、証明写真ですよね。例えば大学と協力して、就活のときに何月何日に生協の横にあの車が行きますよと。そこで証明写真撮りませんか、メイクさんも一緒に連れていって、生協の中でメイクしてスタジオカーで撮影、みたいなこともできるのかなと。
また最近は卒業式や成人式も派手にできなくなったりしています。そんなときにこの車が現場に行って一人ずつ撮影して、ネットでデータをお渡しするみたいなこともできるなとか、昨今の動きを見ながら色々考えているところです。
――確かに一定の場所や期間に来てもらって、流れ作業で写真を撮るというのは効率は良さそうですね。
一木:そうなんですよね。ただ我々としては、効率を重視して仕事する時代から、個別の対応ができる時代に変えていきたいと思っているんです。だから高齢者の方のポートレートとか、記念撮影のお手伝いができればいいなと思っています。宮崎県内も郡部に行くと、もう写真店がないところも出てきているんですよ。そういうところに我々がこの車で行って、ご本人が「背景はどうしてもここがいい」といったお気に入りの場所で、スタジオクオリティで撮影してあげると。
――最近は写真だけじゃなく、動画のほうも需要がありそうですが。
一木:はい、それも考えているところです。例えばテレビ局で芸能人を呼んでロケするみたいなときに、宮崎は放送局もプロダクションも、ロケバスみたいなものってあんまり持ってないみたいなんですよ。だからあのスタジオカーの中に照明とか鏡とか化粧台を入れて、ソファも入れて、そこでメイクとスタンバイができる待機車みたいな感じでも使ってもらえるなと思っています。
そんな感じで、用途に応じて内装のバリエーションをこちらで2つ3つ持っていて入れ替える。あとはお客様が好きなようにもできる、そんなスタイルを考えています。
――利用金額などはどうなりますか?
一木:今はまだ正確には決めてないです。そんなに高い金額にするつもりはないんですけど、4月1日からの稼働開始に向けて、それまでにはしっかり作っていこうとしているところです。
総論
一瞬だけ昔話にお付き合い願いたい。
筆者がまだ子供だった50年ほど前、家の勝手口にはホンダのカブに乗った「御用聞き」が各家庭を回って注文を取っていた。サザエさんにおける「サブちゃん」みたいな人たちが、本当に各家庭を回っていたのである。あのお兄さんは、少し離れたところにあるスーパーの店員さんだったのだと後に知ることになる。
昭和40年代ぐらいはまだ専業主婦が多かったし、女性で免許や車を持っている人は少なかった。だから米や醤油、みりん、酒など、重たいものの買い物は徒歩で持って帰らなければならず、大変だった。そこで「御用聞き」が重宝されたわけだ。重たいものは自宅で注文、自宅で受け取りができる。今で言う「ネットスーパー」みたいなものを、固定電話すら普及していない時代に、人力で実現していたのである。
こうした御用聞きが廃れていったのは、高度経済成長期に自転車や自動車が普及し、多くの人が自分専用の「足」を持つようになったからだ。それでもまだ昔は、多くの店舗が出前や配達、出張サービスに対応していたものだ。だがここ10~20年ぐらいの間で、急速にデリバリーは専門店化していき、一般の店舗はデリバリーに対応しないという棲み分けがされてきた。
しかしコロナ禍で人の足が店舗から遠ざかりつつある今、再びお店のほうが出ていかざるを得ない状況になってきたように思う。これは飲食店や食料品店に限らず、あらゆる産業でも同じなのではないだろうか。
車の中で撮影可能な「スタジオカー」は、今まで存在しなかったコンセプトというわけではない。実店舗を持たないとか、実店舗が小さくて撮影に対応できないといった写真店が運用するケースはあった。
だが「新しい生活様式」を踏まえて、写真店がスタジオごと出動するべきという考え方としては、一周回って新しいと言える。待っていたらダメになる産業は多く、国の支援も期待できない。打って出る方法を考えるときに、こうした事例は参考になることだろう。