小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第990回
ついにLDAC対応、“完全ワイヤレス最高峰!?”ソニー「WF-1000XM4」
2021年6月16日 08:00
待望の対応
ソニーのワイヤレス・オーディオは、オーバーヘッド型ヘッドフォン、ネックバンド型イヤフォン、完全ワイヤレスイヤフォンの3タイプ展開となっている。ノイズキャンセリング機としては、オーバーヘッドの「WH-1000XM4」、完全ワイヤレスの「WF-1000XM3」の人気が高いところだが、完全ワイヤレスの弱点は、LDACに対応していないことだった。
LDACはBluetooth上で最高96kHz/24bitを伝送できるコーデックで、ソニー製Xperiaおよび大部分のウォークマンシリーズに搭載されている。昨今は他社でもLDAC対応が広がっており、Samsung、シャープ、富士通、Google等の一部のスマートフォンには搭載されている。対応製品を持っているなら、ぜひ使いたい機能だ。
「完全ワイヤレスはLDAC非対応」が、どうしてもオーバーヘッド型に遅れを取る部分だったわけだが、6月25日から発売開始の新モデル「WF-1000XM4」で、ようやくLDACが搭載される事となった。
チップの小型化や消費電力、アンテナ感度など解決すべきところが沢山あったと思われるが、初号機「WF-1000X」の登場から4年、さらに前作から2年、ようやく積年の課題が解決されたと言える。
デザインも一新されたWF-1000XM4の実力を、さっそくテストしてみよう。
大幅に小型化されたボディとケース
前モデルのWF-1000XM3もボディはなかなかスッキリしてカッコイイデザインではあったが、アンテナ部の問題なのか、前方向に張り出した部分が大きかった。初期型のWF-1000Xの設計を継承して、改善に改善を重ねた結果のデザインである。
一方WF-1000XM4は全体的に丸みを帯びたデザインで、ボディの殆どが耳のくぼみに収まるようになった。カラーはブラックとプラチナシルバーの2色で、今回はプラチナシルバーをお借りしている。
ボディの質感は、ザラザラとした独特の手触りで、プラスチック感があまりない。滑り止めとしても有効で、指で摘んでるうちにツルッと滑って落とすといった心配がない。落下・紛失防止などにも効果がありそうだ。ケースも同様の素材である。
ボディ表面の丸い部分がタッチセンサーとなっており、ノイズキャンセリングモードの切り替えや、音楽の再生・停止などに対応する。背面に同心円状の金属風パーツがあるが、ここの下にフィードフォワードマイクがある。ただ筒状の部分そのものには、充電接点といった機能はない。
ドライバはダイナミック型で、ユニット径は6mm。昨年あたりから完全ワイヤレスのドライバは大型化する傾向があり、今では10mmや14mmも珍しくないところだ。径が小さいと低音の押し出しに難があるところだが、本機では柔らかい振動板を使い、ドライバのストローク幅を大きく取ることで大型ドライバに匹敵する空気の押し出し量を確保、豊かな低音を実現したという。
今回のLDAC対応やノイズキャンセリング性能向上に寄与したのが、統合プロセッサー「V1」だ。従来のモデルではSoCのほかにノイズキャンセリング用プロセッサを別に搭載していた。このため信号のやり取りで遅延が発生し、高周波のノイズキャンセリング演算が間に合わないといった弱点があった。今回のV1ではSoCとノイキャンプロセッサを統合したため信号遅延が少なく、より広範囲の周波数でノイズキャンセリングが可能になっている。一方でコーデックとしてはSBC、AAC、LDACには対応するものの、Qualcomm系のapt-Xには対応しない。
付属のイヤーピースは従来のシリコンタイプは付属せず、フォームタイプのみとなった。前作ではシリコン型とフォーム型の両方が付属していたが、今回はより密閉度の高い自社開発フォームに決め打ちすることで、パッシブノイズキャンセリング効果も見込める。構造的には単純なウレタンキャップではなく、内側に弾性素材を入れ込んだ二重構造になっている。
ケースも見ておこう。前作のWF-1000XM3と比較すると、サイズの違いにびっくりする。正直WF-1000XM4のケースがすごく小さいわけではなく、WF-1000XM3のケースがデカすぎるのである。なんでこんなにデカくないといけなかったのか、今にして思えば不思議である。
機能としては、WF-1000XM3にはあったNFCのポートがなくなっている。NFCでペアリングというのはソニーのお家芸であったのだが、今はペアリング性能も向上し、スマホ側操作でペアリングでも十分ということだろう。
また今回は製品パッケージにも注目したい。本機で採用されたパッケージは、竹、さとうきび、市場回収したリサイクルペーパーを原料として新開発された紙素材「オリジナルブレンドマテリアル」でできている。着色もしておらず、素材の色そのままだ。これも手触りがよく、強度も高い丈夫な厚紙といった風情である。
艷やかな再生が楽しめる
まず基本的な機能から試していこう。本機の発売に合わせて「Sony | Headphones Connect」アプリもアップデートしており、イヤーピースのサイズが適切かどうかがテストできるようになった。多くの人は左右同じサイズのピースをつけるものだと思いこんでいるが、人間の耳穴サイズは必ずしも左右対称ではない。例えば筆者の場合、以前耳型を採ってもらったときに、右のほうが左よりも若干大きいことがわかった。
この機能は耳型を取ることなく、現在付けているピースの密閉度を測定して、きちんとフィットしているかどうか、具体的には隙間が開いていないかどうかを判定するというものだ。隙間があいていれば遮音性が下がるだけでなく、低音の聴こえ方にも大きな影響がある。
筆者の場合、両方ともMサイズが丁度いいと思っていたが、3サイズを比較測定してみたところ、Sサイズで十分という判定が出た。小さい方が装着は楽で、耳奥まで入るので低音の出方も良好となる。今回付属のピースは3サイズで、多少の大小はフォームの柔らかさで吸収するわけだが、今後5サイズとか7サイズのピースが登場した時にも、さらにベストなサイズが測定できるだろう。
イヤーピースが確定したところで、さっそく機能向上したノイズキャンセリングのテストである。実は筆者宅のマンションは下の部屋で今週から内装工事が始まっており、仕事中もかなりうるさいので困っていた。
そこでWF-1000XM4を使ってみると、工事ノイズがかなり軽減され、仕事上全く問題ないレベルまで下がった。一方WF-1000XM3でもかなり軽減はされるが、カンカンカンというハンマーを振るう音や、ジグソーで木を切る音は漏れ聞こえてくる。イヤーピースがフォーム型なのも相まって、以前よりもさらに遮音性は上がっている。
風切り音に対する配慮もされたようだ。今回はイヤフォンを装着した状態で、エアーサーキュレータで風を受けながらリスニングするというテストをしてみた。WF-1000XM3の場合、風を受ける角度によっては、アンビエントマイクが風に吹かれる「ボコボコ」というノイズが音楽中に混入してくる。
一方WF-1000XM4の場合、最初の数秒は同じように「ボコボコ」というノイズが聞こえるが、風に吹かれていると判断するとアンビエントマイクを切るようで、吹かれ音がなくなる。マイクが使えなくなるとキャンセル力は落ちる事になるが、不快なランダムノイズが混入してくるよりはマシである。
さて、今回の目玉であるLDAC接続を試してみよう。今回はウォークマンA100シリーズを再生機としてテストしている。Headphones Connectで確認してみると、ちゃんとLDACで接続されているのが確認できる。
再生ソースはAmazon Music HDから「UltraHD」で配信されている楽曲で確認した。音質評価用に様々な楽曲を選んだプレイリストを作ってあるのだが、普段は「聞きどころ」をチェックしたら次の曲に飛ばしてまたチェック、といった作業を繰り返す。
だが本機は、聴いていて次に飛ばすのがもったいない心地よさで、結局全曲をそのまま聴いてしまった。バランスがいいのはもちろんだが、表現が非常になめらかで、うるさくない。WF-1000XM3のエッジの聴いたピリ辛のサウンドも良かったが、“耳障りの良い、心地よい音”という点では本機のほうが良質だ。思わず聴き入る音、というイヤフォンに巡り合う機会はなかなかない。
これは音の特性云々もさることながら、やはり表現力が高いLDAC対応が大きい。加えてノイズキャンセリングが優秀で、大きな音を出さなくても細かいところまでよく聴き取れる。誰にも邪魔されない時間が欲しい人には、LDAC対応プレーヤーとの組み合わせでぜひ試して欲しいところだ。
360 Reality Audio認定モデル
本機のもう一つの大きなポイントは、360 Reality Audio認定モデルであるところだろう。一応完全ワイヤレスのWF-1000Xシリーズは、初代から今回のM4まですべて対応ではあるのだが、360 Reality Audioが日本で本格導入された2021年3月以降に初めて登場した認定完全ワイヤレスイヤフォンということになる。
これに合わせて、Headphones Connectにも機能が追加されている。アプリの指示に従って耳の写真を撮影することで、ユーザー固有の聴こえ方を解析し、再生を最適化してくれるというものだ。
撮影が完了すると、画像がクラウドへ送信されて解析される。その結果は、360RA対応サービスへ渡され、最適化されるという流れだ。現在対応しているサービスはArtist Connection、Deezer、nugs.netの3つだ。
今回はArtist Connectionでテストしてみた。同サービスではソニーホール3周年記念コンテンツとして、無償で楽しめるライブコンテンツが用意されている。
ライブ収録された音源は、ライブ演奏の動画も付いているところからリアリティがあり、従来の単純なLRステレオ空間を超える音場で音楽を楽しめる。イヤフォンをしているのに開放感があるという、不思議な体験だ。
ただ、現状楽しめるサービスが上記3つだけというのはいささか寂しい。Apple Musicの空間オーディオはDolby Atmosなので対応しないのは仕方がないが、Amazon Music HDの3Dオーディオは360RAエンコードの楽曲もある。こうした大手サブスクサービスで楽しめないというのが、現時点での最大の弱点と言える。
3D音楽ビジネスという視点でみると、Amazon Music HDの3D再生に対応する機器はEcho Studioや、ソニーのスピーカー「SRS-RA5000」、「SRS-RA3000」しかなく、まだ対応するイヤフォン・ヘッドフォンがない。同じくApple Musicの空間オーディオに対応しているのは、Apple純正ワイヤレスイヤフォンおよびBeatsの一部だけで、現状はスピーカーがない。
今のところ、3D音楽サービスはハードウェアビジネスと両輪で動いており、どちらも強いAmazon、Appleが覇権を握りつつある。一方ソニーは自前の音楽サービスとしてmoraおよびmora qualitasがあるが、どちらも360RAサービスを展開しておらず、片輪走行になっているのが惜しいところだ。
総論
WF-1000XM4は改善点が多く、もっと語りたい部分もあったのだが、今回はLDAC対応とノイズキャンセリング、360RA対応でもうお腹いっぱいという感じになってしまった。ワイヤレスでは音質・ノイキャン性能ともに最高峰と謳われた、オーバーヘッドのWH-1000XM4に追いついたのが本機という理解で間違いないだろう。
ボディ、ケースともに大幅に小型化され、音切れへの耐性も製品を重ねるごとに良くなっている。初代WF-1000Xの切れやすさをご存知の諸氏ならば、隔世の感があるだろう。
一方360RA対応ということでは、かなりニッチなサービスに加入しなければ楽しめないというのは、現時点では大きな足かせになりうる。すでにAmazon、Google、Apple、Spotifyのサブスクに課金している筆者からすれば、360RAのために更に別のサービスに加入するモチベーションはあまりない。
新しい波である3Dオーディオとロスレスという文脈で本機は語れないが、ハイレゾノイキャンという文脈では“最高峰がまた一つ誕生した”という点で、異論のないところだろう。