小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第951回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

世界初の“骨伝導”完全ワイヤレス、「PEACE TW-1」を試す

世界初、左右分離型の完全ワイヤレス骨伝導イヤホン「PEACE TW-1」

ブレイクスルーを果たした骨伝導の世界

オーディオに興味のある読者諸氏であれば、骨伝導という音の聴き方のことは多少なりともご存じかと思う。技術的には補聴器としての歴史は長いが、一般向けとして広く販売された骨伝導機器は、2003年当時のツーカーが発売した「TS41」だったかもしれない。仕掛けたのは、今はなき三洋電機である。

本連載で最初に骨伝導の製品をレビューしたのは、2004年の東芝プライベート音枕「RLX-P1」であった。当時はまだまだ音質的に満足行くものではなく、課題は多かった。

だがそこから10数年、骨伝導はオーディオ製品として成立するまでに成熟した。小型のアクチュエーターでも、十分な振動が得られるようになったのだ。あとはどのように体に実装するかの問題である。

2018年、スポーツ向け製品を数多く手がけるベンチャー「AfterShokz」の「TREKZ AIR」をテストした際には、ついに音楽として成立する骨伝導ヘッドホンが登場したと感じた。その後、後継機種のAfterShokz「AS801」は今年6月に本誌でレビューしたところである。

今回ご紹介する「PEACE TW-1」は、骨伝導としては初めて、左右分離型の完全ワイヤレス骨伝導を実現したイヤホンだ。骨を振動させることで蝸牛に音を伝えるため、耳を塞がずに音楽などを聴く事ができる。周囲の音も同時に聴く事ができるのが特徴だ。すでに同社通販サイトなどで販売が開始されており、価格は19,800円。耳穴に入れるわけではないのでイヤフォンと呼ぶにはちょっと違う気もするが、スピーカーというわけでもないので、ここは便宜上イヤフォンと呼ぶことにする。

開発したのは東京に本社を持つBoCoだ。2015年創業のベンチャーで、骨伝導技術を中心とした製品を数多くリリースしている。そんなBoCoの最新作が、PEACE TW-1というわけだ。

クラウドファンディングで目標額100万円のところ、1億6千万円以上を集めたビッグプロジェクトでもあるPEACE TW-1を、さっそく試してみよう。

ユニークかつ実用的なデザイン

実はこの製品、すでに昨年の7月から一部のメディア向けには試作機を公開している。当初のデザインは、ドライブユニットとバッテリー他の本体部分が同じ方向を向いていたが、製品版ではバッテリーの向きが90度変わっている。確かにこちらのほうが、バッテリー部が耳の後ろにちょうど隠れるので、見た目はいい。円筒と曲線だけで立体的に表現された、面白いデザインだ。カラーはブラックとホワイトで、今回はブラックをお借りしている。

円筒形と曲線を組み合わせたデザイン

ユニットは左右対称だが、バッテリー部の上部に大きくL/Rの表記があるので、間違うことはないだろう。ただバッテリー部がまあまあ大きいので、カナル型に比べるとイヤホンそのものとしては大ぶりのほうだろう。

一般的な完全分離型イヤホンよりは大ぶり

また底部にシーソー式の2つのボタンがある。双方外側が電源ボタンだ。シーソーボタンの真ん中にLEDがあり、現在のステータスを表示する。スマートフォン接続の際には音声通話も可能で、バッテリー部にマイクが2つある。左右合わせて4つのマイクを持つが、これらを使って集音の指向性を変える等の機能は特にアナウンスされていない。

底部にシーソー型のボタン
バッテリー脇にもマイクがある

骨伝導ドライバ部は10mm径で、ボタン電池を2つ重ねたぐらいのサイズ。これとバッテリー部がU字型のアームで繋がれている。装着は、耳たぶの真ん中ぐらい、一番薄くなっているあたりにこのU字アームを通し、そこから下に下げると安定する。同様の方法で耳に装着するイヤリング等も市販されており、今後はこうした装着方法が一般化するのかもしれない。

ドライバ部はかなり小型
装着イメージ

スペックを確認しておこう。BluetoothコーデックはSBCのみ。特に高音質を追求するタイプの製品ではないので、これで十分という事だろう。最大伝送距離は見通しで10m。防水性能はIPX7相当となっている。約1.5時間の充電で、動作時間は約5時間。

クレードルは、バッテリーと充電器を兼用するタイプ。充電はUSB-C端子から行なう。充電時間は約2時間で、クレードルのバッテリーと併用することにより、合計12時間の再生が可能となっている。

クレードルでバッテリーを充電する
クレードルもやや大きめ

なめらかな高域の伸びが楽しめる

では早速音を聴いてみよう。装着は上記のように耳たぶを挟み込むように装着するわけだが、一般的なイヤフォンとは違い、装着には若干時間がかかる。U字型のアームを少し開いて耳たぶを間に入れるわけだが、最初は両手でやったほうがいいだろう。一度装着して理屈がわかれば、片手でも装着できるようになる。

操作方法としては、Lの外側ボタンがボリュームアップ、内側がボリュームダウンだ。Rの外側は曲の一時停止・再生で、内側は特に機能は割り当てられていない。ただRの外側ダブルクリックで次の曲へスキップ、内側のダブルクリックで前の曲へ戻る。

肝心の音質だが、全体的には低音がほぼ出ないが、中音域から高音域にかけて特性が延びる。ボーカル帯域がもっともよく聴こえるため、音楽の一番美味しい部分は意外にクセがなく、かなり楽しめるだろう。高域の延びはかなり良い。アルト~ソプラノサックスの高域やシンバルなどの金物は、特に綺麗に聴こえる。一般に歳を取ると高域特性が落ち、無理に聴こうとするとうるさく感じられるものだが、骨伝導ではナチュラルで伸びのある高音が楽しめる。

また、ユニットの固定位置でもかなり音質が変わる。ユニットを深く差し込むと高域が抑えられ、中音域が聴こえやすくなる。逆にユニットを浅く差し込むと、高域が強調されシャキシャキした音になる。耳たぶは人それぞれ複雑な形をしているため、必ず誰もが同じ位置に固定できるわけではない。耳の形や大きさなどによって、聞こえ方にはかなり個人差があるだろう。

装着性としては、耳たぶを挟まれてる感はあるものの、痛さはない。また保持力もかなりあり、ちょっとジョギングしたぐらいでは全然ズレもないし、なによりカナル型イヤフォン特有の、走る振動で「ボインボイン」といった低音ノイズが生じる事もない。スムーズな音楽再生を楽しみながらランニングしたい人には、他にないイヤフォンだろう。

加えて耳穴を塞いでいないので、周囲の音も問題なく聞こえる。というより、今までのサウンドフィールドの上に音楽がオーバーレイするような聞こえ方である。

低域は聞こえないわけではないが、かなり弱い。まあ中高域でここまでの特性が出れば音楽用と言えないこともないが、昨今の低音重視な音楽トレンドからすると、物足りない人もいるだろう。

実は骨伝導は、耳の穴を耳栓などで塞ぐと低音が出るという裏技がある。実際に耳栓で耳穴を塞いでおき、その上から本機を装着すると、通常のイヤフォンと遜色ない低域を楽しめる。完全に塞ぐと高域特性がガクッと落ちるので、耳の塞ぎ具合を調整してバランスをとるといいだろう。元々耳穴を塞がないのがポイントの骨伝導で、耳を塞ぐのは本末転倒ではあるのだが、一度試してみると聴覚というものの不思議さを体験できる。

音声通話もZoomミーティングで実践投入してみたが、相手の声の明瞭さは一般的なイヤフォンよりもやや上か。低域があまり出ないので、言葉に集中できるというメリットがある。またこちらからの通話音声も、周囲からのノイズもなく良好という事であった。

総論

骨伝導というのは、これまで補聴器などの医療分野で活用されてはいたが、一般の人にとっては絶対に必要というわけではないので、なかなか情報や製品そのものに触れる機会が少なかった分野である。一方でPEACE TW-1は、骨伝導では世界初の完全ワイヤレスという看板を掲げて、クラウドファンディングで注目を集めることに成功した。

IPX7相当の防水性能というところからもわかるように、主にスポーツ分野での利用が想定されているところだ。実際運動しても、誰かとぶつかったり手やボールが当たったりしない限りは、まず外れる事はないだろう。サッカーはヘディングがあるので向かないかもしれないが、多くのスポーツでは外音も聞こえることから、安全性が高いと言えそうだ。

実際筆者が色々なシーンで試したところ、一番良かったのは料理の時である。料理の仕上がりは、意外に音に頼っている。煮える音、焼ける音などで判断しているものだ。一般のイヤフォンやヘッドフォンでは、「料理の音」が聞こえなくなってしまうので使えないが、本機は音楽と料理が共存できる。

“音が聞こえないと困る時にも音楽が楽しめるという”利用シーンは、我々のまわりには意外に多いのかもしれない。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。