小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第1092回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

ハイエンドとローエンド? EDIFIER「STAX SPIRIT S3」と「W320TN」を聴く

LDAC対応の「W320TN」

LDAC対応で先行するEDIFIER

オーディオの世界では中国メーカーの躍進が著しい。過去本連載でも、Anker、1More、EDIFIER、FiiO、Oladanceのイヤフォン・ヘッドフォンを取り上げてきたところだ。これらのメーカーの魅力は、やはり「コスパ」と「スピード感」だろう。価格の割には上質な音がするだけでなく、製品サイクルが短く、いち早く最新コーデックに対応してくるといったところが魅力になっている。

その中でもEDIFIERは、ソニー以外のメーカーとしては2021年という早い段階でLDAC対応の完全ワイヤレスイヤフォンをリリースし、一躍名をあげた。先日取り上げたライトアップスピーカー「QD35」も、LDAC対応である。

そんなEDIFIERから、LDAC対応に加えノイキャンも搭載し、直販価格11,990円というイヤフォン「W320TN」が発売された。カナル型ではなく、AirPodsのようなインイヤー型である。

それからもう1つ、EDIFIERとしてはかなりのハイエンドモデルとなるヘッドフォン、「STAX SPIRIT S3」というモデルがある。同社としては初の平面磁界型ドライバ採用で、直販価格は44,980円。発売は昨年5月だが、未だハイエンドを走り続けるモデルである。

平面磁界型の「STAX SPIRIT S3」

今回はこの両極端な2モデルを聴き比べてみたい。

気軽に使えて効果が高い「W320TN」

W320TNはホワイトとグレーの2色展開。今回はグレーを試用している。形状としてはAirPodsにもやや似たステムがあるタイプ。ドライバ部は卵型で前方へ向けて音の出口がある設計もAirPodsの影響が見て取れる。

耳に軽く入れるインイヤー型

ドライバは13mmで、周波数特性は20Hz~40kHzのハイレゾ対応。LDAC対応なので当然そうなる。コーデックは非常に割り切っており、SBCとLDACのみ。LDAC対応スマートフォンを持っていない場合はSBC接続になってしまうので、音質的なメリットがなくなってしまう点に留意して欲しい。

動作モードとしては、Adaptive Noise Cancellation、アンビエントサウンド、Noise Cancellation OFFの3モードがある。音楽リスニング時のノイズキャンセリングは、独自アルゴリズムの「AIマルチモードアダプティブ システム」。耳の構造と装着状態を認識し、現在の状況に合わせてノイキャンのパラメータを自動生成するという。

NCの動作モードは3タイプ

マイク構造としては、ドライバの開口部内にフィードバックマイク、ステム部外側にフィードフォワードマイク、ステム底部に通話用マイクがあり、左右合計6マイク仕様。

ステムの底部に通話用マイク

通話時のノイズキャンセリングは「アダプティブ通話ノイズキャンセリング」という別の技術が導入されている。こちらも環境に応じてノイズリダクションレベルを調整するが、環境ノイズと人の声を正確に分離するという。これは特に切り替えや選択はなく、通話時には自動的にONになる。

ステム部にはクリック感のある感圧センサーがあり、音楽の再生・ポーズやNCモードの切り替えができる。

感圧センサー部は平たくなっている

再生時間は、NCありでイヤフォンのみでは3.5時間と、やや短い。充電ケースとの組み合わせでは約14時間。急速充電にも対応し、10分の充電で60分再生とあるが、これはNC OFFのスペックだろう。

充電ケースはマグネット引き込み型

平面磁界型ドライバ搭載「STAX SPIRIT S3」

「STAX SPIRIT S3」は、実売約4.5万円ということで、昨今のワイヤレスヘッドフォンの中ではまずまずの高級クラスになるだろう。昨年のレビューではなかなか評判もよく、「VGP2022 SUMMER 金賞&企画賞」を受賞している。

ヘッドフォンに「STAX」の名前が入っているのは、EDIFIERが2011年に日本のコンデンサー型平面駆動ドライバーで知られるSTAX社に出資し、親会社になったからである。方式は違うものの、平面駆動の代名詞として日本ではよく知られているSTAXの名前を使ったということだろう。

ちなみに英語サイトではSTAXの名前は使っておらず、単に「S3」となっている。

表面にS字のエンブレムが入った「STAX SPIRIT S3」

本機が採用している平面磁界型ドライバは、平面に並べた永久磁石2枚の間にコイルを貼り付けたダイアフラムを吊り下げ、そこに音声信号を通すことで振動させるという方式である。古くは棒状の磁石を敷き詰め、ジグザグに配置したコイルの振動膜と組み合わせる方式が主流だった。したがってドライバは四角形のものが多かった。

一方2017年ごろから、らせん状に磁石を巻き、コイルもらせん状にしたタイプが登場し、ドライバの形が円形になってきた。どちらも原理的には同じだが、高級モデルは螺旋タイプのほうが多いようだ。

平面磁界型ドライバの歴史は古く、1974年にはすでにFOSTEXから「T50」というモデルが出ているが、製造が難しく、主流にはならなかった。ただ過大入力に強いという特徴があったため、PAの現場にモニター用として導入されるなど、音質よりも主にその耐久性に注目されていた。本コラムでも2021年にFOSTEX「RPKIT50」をレビューしている。

STAX SPIRIT S3採用のドライバは89×70mmの新開発平面磁界型ドライバー「Edifier EqualMass」で、磁気構造「Audeze Fluxor」と振動板「Uniforce」、位相管理技術「Fazor」というAudezeの特許技術を組み合わせている。ただAudezeは先日ソニー・インタラクティブエンタテインメントに買収されたばかりなので、今後もEDIFIERから後継機が出るのかは不透明になった。

イヤーパッドを外すと、平面磁界型ドライバーが見える

チップセットとして「Qualcomm QCC5141」を採用しているため、コーデックはaptX系が中心だ。SBC、 aptX、aptX HD、aptX Adaptive(96kHz/24bit)に対応し、最近実装が増えている「Snapdragon Sound」にも対応している。

ヘッドフォンとしてはシンプルで、周波数特性20Hz~40kHz対応のハイレゾ仕様だが、ノイズキャンセリングは搭載しない。

イヤーパッドは軽量で質感の高い「ラムスキン」と、ひんやりサラッとした感触が楽しめる「クールメッシュ」の2タイプを同梱。バッテリ容量は1,500mAhだが、最大再生時間が80時間もあり、1日2時間程度の使用なら1カ月以上充電なしでも行けるのも魅力だ。

2タイプのイヤーパッドが付属。ひんやりした感触の「クールメッシュ」
こちらは「ラムスキン」
イヤーパッド収納用のポーチも付属
独特のケース収納方法

特徴的な音場表現

では順に音を聴いてみよう。今回はApple Musicで配信されているデヴィッド・ペイチ「Fogotten Toys」をハイレゾロスレス版で試聴してみる。

W320TNの場合、NC ONとOFFでは音が違う。ONの方が低域の密度感が上がり、特性としては良好だ。全体的にバランスが良いが、周波数特性としてはやや中域が立っているため、ボーカルものは気持ちがいい。一方でボーカルがないインスト曲だと、ちょっとクセを感じるところだ。中低域にたっぷりとした密度感がある一方で、楽曲によってはごちゃついたところもある。アタック感はそれほど強いわけではなく、音の立ち上がりはソフトに感じる。

カナル型ではないので、装着感は良好。仕事しながらの聴き流しにはちょうどいいだろう。ただ惜しいことに、NC時の連続使用時間が3.5時間しかないので、午前中聴いたらお昼の間に充電しないと、1日は持たない。数日試用した限りでは、割とバッテリー切れに遭遇する回数が多かった。

NCは周囲のノイズ量によって強度が変わるが、完全に何もかもを消音するわけではなく、ある程度は通すというアルゴリズムのようだ。また耳穴への密閉度でかなり違ってくるので、ちょっとうるさいなと感じたら挿入角度を工夫することで、ある程度自分で調整が可能だ。

専用アプリ「Edifier Connect」を使うと、サウンドエフェクトを4種類選択できる。おそらく「クラシック」がデフォルトになるのだろうが、一番低域が軽い。「ポップ」は低域強め、「Clasical」が高域派手め、「ロック」がポップとClasicalを合わせたようなサウンドである。

4種類のサウンドエフェクトが選択できる

STAX SPIRIT S3の評価だが、あいにく筆者の手元にはaptX HDまでの再生環境しかなく、目玉であるaptX Adaptiveを含むSnapdragon Soundでは聴けていない。今後再生環境も用意したいと思うので、今日のところはご容赦願いたい。

STAX SPIRIT S3は、装着するイヤーパッドによって音質が変わるようである。これを補正するため、「Edifier Connect」ではイヤーパッドごとにプリセットがある。今回は夏場ということで、「クールメッシュ」で試聴している。

オヤーパッドごとにモードが別れている

クールメッシュはイヤーパッド内にジェルが入っており、表面のメッシュ生地と相まって夏場でもひんやりした感触がある。夏場にヘッドフォンをすると蒸れてしまうのが気になるところだが、これがずいぶん緩和される。

音質としては、ハイエンドモデルだけに解像感の高さは当然としながら、特定のクセがなく、中音域の表現が滑らかで、ボーカルものは気持ちよく聴ける。低域の潜り込みも深く、音像がよく整理されている。ごちゃついた感じがないので、聴き疲れがしないサウンドだ。

イヤーパッドの密閉感が結構あることから、NCは搭載しないものの、遮音感はまあまあある。空調やファンノイズがうるさい場所でも、音楽を鳴らしてしまえばノイズはマスキングされて聞こえなくなる。

サウンドエフェクトとしては、「Classic」、「Hi-Fi」、「STAX」の3モードがある。例によってClassicがデフォルトのようだ。H-Fiモードでは高音が派手になるが、低域が引っ込みがちになるため、個人的にはあまり好んで使う感じではない。

サウンドエフェクトは3種類

STAXモードは、STAXへのオマージュとして設定されたモードだそうだが、中域の表現力は上がるものの、ちょっと持ち上がり気味のクセが出る。筆者は20年以上前にSTAXのスタンダードモデルを購入して長らく聴いてきたが、STAXってこういう音だっけ? という気がする。最近のSTAXはこういう音だというならすいませんという話なのだが、まあ同じ平面駆動でも駆動方式や振動板の材質も違うので、いくらいじっても同じ音にはならないよな、というのが正直な感想だ。個人的にはClassicモードが一番安心して聴ける。

音声通話は良好だが……

W320TNの場合、音声通話時には別のアルゴリズムでノイズキャンセリングが働く。これは一般のイヤフォンも同様で、音楽再生と双方向の通話ではプロトコルが異なるので、ノイキャンの技術もそれぞれに最適化したものが使われる。

いつものショッピングモールで音声収録してみたところ、マイクのほうは多少音が丸くなる傾向は見られるものの、かなり周囲のノイズが軽減されているのがわかる。またキャンセリング処理によるシュワシュワ感もなく、通話品質としては良好だろう。

W320TNの通話音声

一方で話者が耳で聴いている音声だが、自分がしゃべっている時はNCがOFFになるようで、周囲の音が普通に聞こえてくる。しゃべりを止めるとNCが働いて周囲の音がカットされるため、相手側の通話音声が聞き取りやすくなるという動きだ。自分がしゃべっているかどうかでNCが可変するというイヤフォンは、珍しいように思う。

その一方で、自分がしゃべっている時に周囲のノイズが聞こえてくると、どうしても大声でしゃべることになってしまう。相手にとっては不必要に大声でしゃべってくるということになり、あまりよろしくないのではないだろうか。自分が発声中であれば、NCを効かせても自分の声は聞こえるので、これはずっとNC ONでも良かったのではないかとも思う。

総論

今回はEDIFIERのヘッドフォン・イヤフォン2種を扱ったが、W320TNはほぼLDAC専用とも言えるイヤフォンで、対応スマホをお持ちなら、かなりリーズナブルにLDACが体験できる入門機となっている。防塵防水はIP54対応なので、汚れたら水洗いもできる。

AirPods似の装着感だが、ノイズキャンセリングはカナル型のAirPods Proしかないのに対し、本機はインイヤーの軽い装着感でノイズキャンセリングが効くのがポイントだ。音質的にも普段使いなら十分なクオリティなので、おでかけ用にカバンの中に1つあっていいイヤフォンだろう。

ただ装着すると、デフォルトがNC OFFになっている。本機を選ぶ人の多くはNCが目当てだろうから、これはデフォルトでONのほうが使いやすかった。

STAX SPIRIT S3は、同社としては初めての平面駆動方式ヘッドフォンということもあり、かなりAudezeの技術におんぶにだっこという格好で作られている。ただAudezeがソニー系列となったことで、今後平面磁界型を継続するなら、本格的に自社開発にシフトするかもしれない。その一方でせっかくSTAXが傘下にあるなら、廉価なコンデンサー型平面駆動モデルにも期待したいところだ。

どちらも今後のターニングポイントとなるような製品だと言えるのではないだろうか。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。