小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第1129回
LUMIX Sシリーズ初のフラットボディ「DC-S9」はどこまでやれる?
2024年6月12日 08:00
新シリーズ登場
2018年に「DC-S1」および「DC-S1R」でフルサイズカメラに参入したLUMIXだが、その後も順調にラインナップを重ね、現在はS1シリーズ、S5シリーズのほか、ボックス型のDC-BS1Hを展開している。そしてこの6月に新ラインナップとなる「DC-S9」を発売する。
フルサイズ機ながらグリップのないフラットボディを採用し、小型軽量で機動性を重視したモデルだ。パナソニックのフルサイズとしては、S1がハイエンド、S5がミドルレンジを狙った商品だが、スペックを見るとS9はエントリークラスということでもなく、スマホ世代への回答といった位置づけのようだ。
公式ストア価格としては、ボディ単体が207,900円、標準ズームKレンズキットが241,560円、上位ズームHレンズキットが287,100円となっている。
価格的なことだけ見れば、公式サイトで20万円を切る価格で販売中の2020年初代DC-S5が一番のお買い得モデルとなっているが、4年が経過した進化という点では、S9は見逃せないところである。
写真性能は僚誌デジカメWatchに任せるとして、本連載では動画カメラという視点からチェックしてみる。
シンプルに振るも、こだわりの機能が
今回はKレンズキットをお借りしている。まずボディから見ていこう。フラットボディと言うからにはグリップ部もなくぺったんとしているのだが、軍艦部もフルフラットになっている。というのも、ビューファインダを排除したからだ。
フルサイズでコンパクトと言えば、ソニーの「α7C」や「α7C II」の対抗という事も考えられるが、あちらはビューファインダは搭載していた。むしろビューファインダがないという方向性からすれば、V-log撮影を意識した「ZV-E1」のほうと比べるべきなのかもしれない。
軍艦部はモードダイヤルと、シャッター周りにコントロールダイヤルがある。ダイヤルはボディから出っ張っていないが、使い勝手は悪くない。録画ボタンも大きめにフィーチャーされている。
軍艦部のアクセサリーシューは、接点のないコールドタイプとなっている。シンクロ端子もないので、写真をフラッシュ撮影したい人には不便だろう。一方動画撮影においては、ビデオライトやマイクを取り付ける程度なので、コールドシューでも問題はない。
ボディ前面がフラットなのを活かして、パナソニックではエクステリア張り替えサービスを展開する。デフォルトの黒いシボ革をはがして、別色に張り替えてくれるサービスだ。色はダークオリーブ、クリムゾンレッド、ナイトブルーの3色から選べる。サービス料と配送料で、合わせて9,980円となっている。
ただこうした張り替え用の革は市販品も沢山売られており、オールドカメラファンの間では劣化した革を自分で張り替えるのは当たり前になっている。腕に自身のある人は、自分で張り替えればいいだろう。カメラレストアのサイトは沢山あるので、参考になるはずだ。
搭載センサーは有効画素数約2,420万画素のフルサイズCMOSセンサーで、ほぼ全域をカバーする799点の像面位相差AF測距点を持つ。さらに315点のコントラストAFとDFDテクノロジーを組み合わせ、「空間認識AF」を構成する。空間認識AFは2014年のGH4で登場した技術で、デジカメWatchに詳しい記事がある。
また認識AIの向上により、人物認識では遠くの人物は体を認識して追従、動物認識においては「動物瞳認識」を搭載することで、より正確に追従できるようになっている。さらに「車認識」、「バイク認識」も搭載した。
動画撮影に関しては、MOV、MP4に加え、新たにスマホ転送して即アップを重視したMP4 Liteを搭載。その代わりProRes撮影は見送られている。撮影モードでは膨大な数の組み合わせがあるので、ここではMOVでフル解像度撮影の場合のみを掲載する。
また、注意点として6K、5.9K動画は連続記録時間が10分を超えると記録を停止。C4K、4Kは連続記録時間が15分を超えると記録を停止する。ここは4Kでも動画記録の時間制限が無い上位機シリーズとの違いとなる。
【MOVの撮影モード】
解像度 | フレームレート | ビットレート |
5,952×3,968(3:2 6K) | 29.97p, 23.98p | 200Mbps(420/H.265) |
5,952×3,136(17:9 6K) | 29.97p, 23.98p | 200Mbps(420/H.265) |
5,888×3,312(16:9 5.9K) | 29.97p, 23.98p | 200Mbps(420/H.265) |
4,096×2,160(17:9 C4K) | 29.97p, 23.98p | 150Mbps(422/H.264) |
4,096×2,160(17:9 C4K) | 29.97p, 23.98p | 150Mbps(420/H.265) |
3,840×2,160(16:9 4K) | 29.97p, 23.98p | 150Mbps(422/H.264) |
3,840×2,160(16:9 4K) | 29.97p, 23.98p | 150Mbps(420/H.265) |
1,920×1,080(FHD) | 119.88p | 150Mbps(422/H.264) |
1,920×1,080(FHD) | 119.88p | 150Mbps(420/H.265) |
1,920×1,080(FHD) | 59.94p, 47.95p, 29.97p 29.97p, 23.98p | 100Mbps(422/H.264) |
1,920×1,080(FHD) | 59.94p, 47.95p, 29.97p 29.97p, 23.98p | 100Mbps(420/H.265) |
新モードのMP4 Liteは設定のバリエーションがなく、解像度3,840×2,560(3:2, 3.8K)、フレームレート29.97p、ビットレート50Mbps(420/H.265)固定だ。動画コンテンツ撮影では16:9で撮影するのが妥当ではあるが、本機では最高解像度の6Kではアスペクト比が3:2になっている。またMP4 Liteでもアスペクト比が3:2になっていることから、あまりテレビサイズの16:9にこだわらず、センサーを目一杯を使う方向に持っていきたいように思える。
背面ボタンはかなり整理され、ダイヤルの上下左右に機能がアサインされているあたりは、αユーザーには使いやすいだろう。またLUTボタンがわざわざ用意されているあたり、LUT撮影を積極的にやって欲しいという意図が読み取れる。
モニターはバリアングルで、アスペクト比3:2、3.0型の静電容量方式タッチパネルとなっている。なおS9のロゴは正面にはなく、背面のみである。ボックスカメラのDC-BS1H以外では、Sシリーズとしては初めてのデザインである。
マイク入力は左側で、プラグインパワー対応。パワーなしにも変更できるほか、LINE入力にも対応する。LINE入力は別途XLR対応のアダプタで対応するカメラが多いが、本体で対応するのは珍しい。今回はコールドシューなので別売のアダプタが付けられないことから、本体対応となったのだろう。
バッテリーは、グリップ部が出っ張っていないが、S5M2等と同じ「DMW-BLK22」が採用されている。小型だからバッテリーが小さいということもないようだ。
KキットレンズはLマウント用の「S-R2060」で、9群11枚、20~60mm/F3.5~5.6の広角ズームレンズ。最短15cmまでのマクロ撮影もできる。光学手ブレ補正機能は搭載しない。
満足できる画質とAF性能
では実際に撮影してみよう。あいにく南九州は梅雨入りしてしまい、なかなかバキッとした晴天下で撮影できないのが残念だが、逆に低光量で光がよく回っている状態では撮影できた。
まず気になるのは、新しく追加されたMP4 Liteだ。撮影後にスマートフォンに転送し、すぐSNSに投稿できるようファイルの軽量化が図られているという。とはいえ、画質が落ちるのでは使い勝手が悪い。そこでMOVの6K/200Mbps(420/H.265)と同じアングルで比較してみた。
読者がご覧になるのはYouTube用に再エンコードされた動画なので、違いがはっきりわからないかもしれないが、オリジナルの動画で比較すると、MP4 Liteは細かい部分のディテールは多少甘くなるものの、デジタルノイズもなく、かなり良好な画質である。余分にビットレートを食うノイズ成分も、リダクション処理がかなり上手くできているようだ。切り出し画像を比較しても、思ったほど印象は変わらない。
手ブレ補正では、レンズに光学補正がないので、ボディ内手ブレ補正のみで評価した。動画の手ブレ補正は標準と強があり、それにブーストを追加するという格好だ。電子補正なので、画角は順次狭くなる。20mmワイド端での画角の変化は以下の通りである。
ブーストは手持ちでフィックス撮影する時に効果を発揮するということで、補正範囲を広げるのではなく、アルゴリズムを変えて対応するようだ。
それぞれ歩き、走り、フィックスで試してみた。強は強力ではあるが、補正範囲を超えたときにガクンと動くので、補正の限度を考えながら撮影する必要がある。一方フィックス撮影では、ブーストに期待したものの、それほど他のモードと変わりがないように見える。
当日は雨天のために左手で傘を持っているので、右手だけでカメラを構えることになったが、グリップがないために親指の指がかりを頼りにカメラを掴む事になる。これだとやはり安定性にはかける。両手持ちできればもっと安定したのだろうが、片手では結構持ちづらいカメラである。
AFに関しては、以前から特に課題があったわけではなく、狙ったところに決まるので安心できる。レンズもそれほど被写界深度が稼げるタイプでもないので、風景撮影ではかなり使いやすい。
新設された動物の瞳・体AFもテストしてみた。一般の追尾AFでは、一番近いところにフォーカスが合う格好になるが、動物の瞳・体AFでは、顔を中心にフォーカスを追い続ける。瞳認識でなくなると自動的に体全体にAFが移るので、動きを追っても大きく外れることはなかった。ペット撮りには最適だろう。
動画撮影向きということで、音声収録もテストしてみた。いつもの海岸で、体感的にはそれほど風が強いという感じもなかったのだが、かなり大きくフカレている。風音キャンセラーに標準と強があるが、音声の質はほぼ変わらないものの、風切り音に対してほとんど効果がない。音声収録は、別途ワイヤレスマイクなどを用意した方がよさそうだ。
ソニーのZVシリーズは、アクセサリーシューに装着する格好でウインドスクリーンが標準添付されており、フカレ対策がされている。本機もシューとマイク位置が近いので、別途サードパーティか専用ウインドスクリーンを用意するかもしれない。
絵作りにLUTを活用
本機の大きな特徴は、専用のLUTボタンを用意したことである。通常はフォトスタイルの中からモードを選択しなければ「リアルタイムLUT」モードに行けないが、このボタンを押すだけで一発でリアルタイムLUTモードになる。
選択できるLUTは、デフォルトでVlog_709とSample1~3がプリセットされているほか、パナソニックの専用サイト「LUMIX BASE TOKYO」でもLUTが公開されている。
従来はこのWebサイトからLUTをダウンロードしてメモリーカードへ移し、それをカメラに読み込むという手間がかかっていた。一方今回は専用スマホアプリ「LUMIX Lab」が公開されており、これとS9を接続すると、スマホ上でLUTをダウンロードしてカメラへ直接転送できるようになった。
「リアルタイムLUT」は、本体に登録されたLUTを1つ選んで、そのトーンそのままで撮影してしまうモードだ。通常はプレーンな状態でLog撮影しておいて、編集時にカラーグレーディングの一環としてLUTを適用する格好になる。それを撮影時にやってしまうわけである。
したがって撮影したあと、やっぱり違うなとなっても元には戻せないのだが、後処理なしにそのままSNSに上げてしまえるというメリットがある。
さらにフォトスタイルの「MY PHOTO STYLE」を使えば、2つのLUTを同時に適用できるだけでなく、その割合も決められる。加えてフォトスタイルの別のプリセット、例えば「ヴィヴィッド」といったトーンをベースにできるため、かなり複雑な色作りができる。
サンプルの動画は、前半がスタンダード、後半の雨のシーンはLUMIX BASE TOKYOで公開されている「Deep Green-L」で撮影している。
スマホ連携という点では、撮影した動画は「LUMIX Lab」を使ってスマートフォンへ転送できる。ただし転送できるのはMP4 Liteで撮影したものか、静止画に限られる。
転送時はBluetooth接続からWi-Fi接続へ切り替わるのだが、この切り換えに30秒ほどかかる。スマホユーザーからすれば、この30秒は長いだろう。動画ファイルの転送は、10秒の動画で高速転送可能な5GHzだと約10秒、2.4GHzだと約50秒程度である。
転送した動画は、「LUMIX Lab」内で別のLUTをあてることもできる。そのほかにもコントラストやトリミング、尺調整もできる。同じ効果を別のクリップにも適用できる「バッチ」も可能だ。
ただ複数のクリップを1本に繋げて書き出す機能がない。条件が異なるものを1本にするのはなかなか大変だが、それができれば作品作りまで一気にできたのに、残念だ。
総論
「かんたんクリエイティブ」がキャッチフレーズとなっているS9だが、All-IntraやProResなどハイエンド向けの機能をカットして、フォトスタイルとLUTで絵作りという方向に大きく振ったのが特徴のカメラだ。またPCレスで完結できるよう、LUTの読み込みや動画処理をスマートフォンとの連携でやることで、大幅に敷居を下げる仕掛けを作っている。
グリップがないことでゴツさを排除したデザインは、多くの人に歓迎されるだろう。単焦点のパンケーキレンズと組み合わせれば、ほぼほぼフラットなカメラにできる。スマホでなんでもできる時代に、あえてフルサイズを気軽に持ち出す、取り出す、絵を作るという流れを作りたいという戦略が見える。
カメラ単体としては、クリエイティブ関係の機能を強化することで、単に入門機ではなく、「これはこれでちょっと違う」という特徴を持たせたところがポイントになる。撮影後にLUTでグレーディングできるのは一部の人に限られるが、シェアされたLUTをS9に読み込ませることで、誰でも同じ絵が撮れるという、共通プラットフォーム的な役割が強まるだろう。
Lマウントレンズもマニュアル単焦点なら低価格の面白いレンズが沢山登場しており、かなり遊べるようになっている点も見逃せないところだ。このあたりは複数メーカーが採用するマウントの強みだろう。
写真を撮りたい人にはコールドシューやビューファインダがないことで賛否あるだろうが、動画撮影に関しては必要かつ十分な機能をうまくまとめたカメラだと言える。