小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第1128回
“置き場所”で自分なりの音作りができる、小型デスクトップスピーカー「OCT BEAT」
2024年6月5日 08:00
今「振動」がアツい!?
オーディオに次々と新機軸が誕生している昨今だが、1つのキーワードとしては「振動」があるのではないかと思う。元々「音」とは空気振動なのだが、ソニーの初代肩掛けスピーカーでは、パッシブラジエータの振動を鎖骨に伝えることで、体感としての音を表現した。
また補聴器などの分野で活用されていた「骨伝導」や「軟骨伝導」といった人間の骨を振動させる方式は、オーディオリスニングに転用され、コロナ禍も手伝って大きな市場を作ったのは記憶に新しいところだ。
一方で空気以外の部材、ガラス窓や机を共振させる「アクチュエーター」を使って音を出す方法論は、ベンチャーからときおり製品が出るものの、ブームを作るには至らなかった。
オオアサ電子は広島県山県郡北広島町大朝に本社と工場を持つ、創業41年の光学・液晶関連商品の製造を行なうメーカーだが、オーディオ製品としても2013年に自社ブランド「Egretta」を立ち上げ、スピーカー製品を中心に展開してきた。
そして今年、Egrettaブランドの新製品として「OCT BEAT」を4月26日より発売開始した。OCT BEATは、これまであまりヒットには至らなかった、共振タイプの小型スピーカーである。アンプとスピーカーのセットで78,100円だ。
共振型スピーカーは、音質が共振させる材質に大きく左右されるため、これまで音質的には今一つと言われてきた。それを大きく改善してきたのが、本機という事になる。早速聴いてみよう。
手のひらサイズで十分な低音
製品としては、スピーカーユニット「VS70」×2と、同形のステレオアンプ「MA70」のセットとなっている。スピーカーユニットは、四角い底部から円筒が立ちあがっているようなデザインで、それに背部から四角いボックスがささっているような、独特のデザインだ。アンプ部もこのデザインに合わせてある。
昨今のスピーカーは小口径ながら十分な低音が出せるようになっているので、「小さくても低音」はそれほど珍しくなくなっている。OCT BEATもスピーカーユニット自体は手のひらに載せられるほど小型だが、低音の出し方が違う。
スピーカー底面は、フェルト張りの振動版があり、空気を振動させる代わりに、接地面を振動させる。音は接地面の表面から出る事になる。重量は片側で292g。
高域を担当するツイーターは天面にあり、これも独自開発のハイルドライバー型ツイーターとなっている。公式サイトの説明によれば、「ハイルドライバー型ツイーターとは、蛇腹のように折りたたんだ薄膜フイルムを横方向に収縮させて発音する特殊なスピーカーユニットで、広帯域でひずみの少ない音質が特徴」とある。実機を上から覗き込むと、蛇腹状の振動版が見える。周波数特性は80Hz~35kHzで、最大入力は20W。
デジタルパワーアンプは、天面にコントロールボタンがあり、電源および入力切り換え、低音ブースト、低域、中域、高域のEQがコントロールできる。最大出力は25W+25Wで、周波数特性は30Hz~~45kHz。
背面には、左右のスピーカー端子、USB-C入力、アナログ入力がある。電源は別途、12V/4.17A出力のACアダプタを使用する。
なおUSB-C端子同士で接続する場合は、USB-OTGケーブルが必要となる。OTGケーブルは、USB周辺機器側にホスト機能を持たせる場合に使用するケーブルで、これがあればスマートフォンから本アンプへ直結できる。パソコンと繋ぐ場合は、元々パソコン側にホスト機能があるので、USB-A to USB-Cケーブルで対応できる。
付属のスピーカーケーブルは全長約30cm。よって左右に目一杯開いても60cm程度である。一般的なバナナプラグなので、自分でスピーカーケーブルを用意すれば、もっと離して設置する事もできる。
なお、小型アンプは単体で購入できる(39,600円)が、スピーカーユニットだけの購入はできない。
見た目からは想像できない低音
では実際に音を聴いてみよう。今回は先日訃報が伝えられたデビッド・サンボーンの1987年の名盤「A Change of Heart」をAmazon Musicで聴いていく。
最初はダイニングテーブルの上に直接置いてみた。テーブル天面は無垢の木材なので、響きとしては悪くないはずだ。
EQはアンプ上面のLEDによってなんとなく設定量がわかるものの、中央値がどこだかわからないので、とりあえず筆者が聴いてイイ感じに聞こえるような設定にしてみた。この設定を固定して、敷物や置き場所を変えて聴いていく。
まず最初に行なうのは、EQを使った「音作り」である。ポンと置いただけで偶然ベストな音になるはずはないので、材質とEQの組み合わせを探っていくことになる。
まずポイントとなるのは、どんな低音が出るのかだが、アクチュエーターが優秀なこともあり、まずまずの量感のある低音が出る。実際に音を出しているのはテーブルだが。Bass Boostは、ONにするとキックなどのアタック音が強めに出てくるので、これは基本的にはONでいいだろう。
EQで低音を増やしていくと、あるレベルのところからビビリが出てくる。これはアクチュエーターの振動に対して、ボディの重量では押さえつけられなくなるからだ。ビビリが出るちょっと前が、限界という事である。クラシックなどを聴く場合はBass BoostはOFFでも良さそうなので、この場合はもう少し低音が出せる。
高音域は、上部のツイーターから出てくるので、設置場所の影響を受けにくい部分だ。アクチュエーターだけでは音質が物足りないところを、このツイーターでカバーするわけである。
音色として一番スタイルが代わりやすいのが中音域だ。とくにアルトサックスの音域は肉声で言えば男性の高音域、女性の中高音域ぐらいなので、中音域のEQで聞こえ方が大きく変わる。スピーカーユニットを持ち上げると高域だけになることから、これは主にアクチュエーター側から出ているようだ。したがって振動する材質の影響も大きく受けるので、音質が変わりやすい部分である。
音響的な特徴としては、ツイーターの位置は固定されているものの、それ以外の音域は床面全体から出てくるので、音源の距離感がはっきりわからなくなるところである。30cmぐらい近くで聴いていても、2mぐらい離れたところで鳴っているように聞こえるように感じられる。実際に遠く離れると低音が聞こえなくなってしまうので、まあまあニアフィールドで聴くような想定なのだろうが、こうした距離感の喪失は、新しいリスニング体験だ。
置き場所で大きく変わるサウンド
次に、床材によって音質がどのように変わるのかを実験してみた。ダイニングテーブルの上に直置きしたものを基準にしてEQを調整し、それ以降すべて同じセッティングで、置き場所を色々変えてみる。
製品には防振マットが同梱されているので、まずはこれを試してみた。そのまま置いたときよりも若干低域が出て、中音位置の抜けがよくなっている。おそらくそのまま直置きした際には、床材が鳴きすぎるのだろう。
次に全体的に振動を抑えるという目的で、テーブルクロスを敷いてその上に載せてみた。中音域の泣きが押さえられて、かなりスッキリした、ある意味ドンシャリに近い音になった。ちょっとしたことでかなり音が変わるのは面白い。
続いてフローリングの床に直置きしてみた。これはテーブルの上よりもかなり低音が下の方まで伸びており、スケールの大きな音像となる。振動面積がかなり広いことがよかったのか、これまで設置した中では一番良好なサウンドだ。ただマンションでは下の部屋にも音が伝わっている可能性もあり、常時鳴らすには気を使うところである。戸建てであればかなり楽しめるだろう。
次にキッチンカウンターに設置してみた。厚手のアルミ板が貼ってあり、芯は木材である。これは振動面が堅すぎるのか、ほとんど中低音が出せていない。素材の違う二材がビッタリ貼り合わせてあるので、防振性が高いのかもしれない。
床材の性質は低域の出方に影響すると予想していたのだが、単一の素材で面積が広いほうが、低域としてはいい結果になるようだ。一方中音域は音質に与える影響が大きい部分だが、EQではそれほどピンポイントの周波数を指定できないので、クセを嫌うなら全体的に引っ込めるしかないだろう。ドンシャリ傾向にはなるが、まとまった音で聴く事ができる。
総論
手のひらに乗る程度の小型ユニットだが、置き場所によって音が変えられるのは面白い。EQも可変範囲が広いので、自分で好みの音に調整する楽しみもあり、音の不思議を体験できるセットになっている。
難点は、あまり音量を上げ過ぎるとスピーカーユニットが暴れてしまい、ビビリが発生することだ。したがって低音を多めのバランスにしたいなら、音量を下げてEQで低音を足す、というバランスの取り方になる。またビビリを抑えるために、何か重りを追加する仕組みも欲しいところである。現状では、小音量から中音量ぐらいのニアフィールドスピーカーとして楽しむのがいいだろう。
また、ユニットごとに別れているので、置き方がかなり自由になる一方で、置き場所を変える際には3つのセットとACアダプタを持って移動しなければならないので、ガチャガチャするところだろうか。横20~30cmぐらいのサウンドバー的に1個にまとめて、内部にバッテリーを入れて重りにすると、さらに扱いやすいのではないかと思う。
ポンと置いていい音が出るというよりも、音響工学に興味がある人や、いろいろいじって遊びたい人には、最高に遊べるセットである。