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配信やビデオ通話を“美音”に。今日から質をアゲる「防音・調音」の話
2022年11月17日 08:00
会社の会議や面談、学校での授業、そして友人との雑談まで、コロナ禍も影響してか、ビデオを使ったコミュニケーションが一般的になりつつある。ノートPCやタブレット、スマホなどの内蔵カメラ・マイクは年々性能が向上し、今では手持ちのデバイスで誰もが手軽にビデオ通話、はたまた配信まで始めることができるようになった。
ただ、ビデオ通話や配信を繰り返していると、ときどき相手の声が聞き取りにくかったり、逆に相手から「聞こえにくい」「雑音が多い」などど、言われた経験はないだろうか。
そうした原因は、回線のトラブルだったり、機材や設定ミスであったりと様々な理由が考えられるが、回線や機材の問題ではない、しかも見落としがちなポイントがある。それが、通話や配信を行なう場所の音響だ。
ここで言う音響とは“室内音響”であり、その名の通り室内で発生する響きの事。響き方は部屋の形状であったり、広さや高さ、音源の発生場所、部屋に置かれているモノ・素材など、様々な要素で変わるのだが、大事なのは室内音響にとってキモとなる「防音」と「調音」という、2つの要素をコントロールすることだ。防音と調音を理解し、対策をキチンと施すことで、根本的かつ、時に機材を変える以上に効果的なサウンドケアが実現できる。
まぁ相手側の室内音響までは変えることができないが、少なくとも、通話の相手や配信先の人に、少しでも快適な声や音を届けることができる、というわけだ。ビデオを使ったコミュニケーションが当たり前になりつつある今、ある程度のクオリティを保った映像と音を届けることは“令和のデジタルマナー”とも表現できるかもしれない。
本稿では、ビデオ通話や配信などにおける“音響問題あるある”を例に、自宅で発生しがちな室内音響の問題点と改善策を、基礎知識編と実践編の2回に分けてお伝えしていきたい。対策を参考に“美音”を目指してほしい。
「防音」と「調音」は似て非なるもの
最近では、ネット販売サイトで防音グッズや調音グッズを多く見かけるようになった。しかも安い。ただ、安価なグッズの説明をよく読むとと、効果を誤解させるような表現が散見されるのも事実。「こんなはずでは」と失敗しないためにも、基礎知識は有用だ。
まず、室内音響の2大要素と言えるのが「防音」と「調音」だが、これらは似て非なるものだ。
「防音」は、音を遮断したり、吸収したりして、音が伝わらないようにするのが目的。例えば、近隣の騒音を自分の部屋に入り込まないようにしたり、逆に、自分の声などが周囲に漏れたりしないための方策を指す。なお、この防音は“音質”とは直接関係しない。
もう一方の「調音」とは、主に音の響きを整えて「目的の音」にすることだ。例えばトンネルの中で会話すると、声がワンワンと反響して聴き取りにくく、逆に雪原では音が吸収されて届きにくいといった現象が起こる。その一方で、風呂場で歌うと、適度にエコーが乗って“(誤魔化しが効いて)イイ感じに聞こえる”というケースもある。冒頭で触れたビデオ通話や配信で言えば、「自身の話し声が言葉として明瞭に相手に伝わる事」が調音の役割というわけだ。
防音の基本は“空気の経路”を封じること。ただし固体伝搬音は対処難
では、ビデオ通話や配信を想定しながら、具体的な問題とその対策を解説していこう。まずは「防音」から。
最も身近な騒音は、宅内で発生する生活音だろう。掃除機やドライヤーの運転音などは音量も大き目で気になりやすい。普段は騒音と思わない家族の話し声も、ビデオ通話や配信時は、マイクへの混入を防がなければならない。
ただ、身近な騒音は主に空気を伝わってくる“空気伝搬音”に分類されるものがほとんどなので、対策は比較的簡単だ。扉を閉じるなど、シンプルに“空気の経路”を封じるだけで、ある程度の遮断効果が得られる。隙間を塞いで密閉性を高めれば、さらに遮音効果を高めることができる。
屋外からの騒音、例えば、犬の鳴き声や隣家の人の声、遠くから聞こえる自動車や鉄道の走行騒音、工事に伴う騒音なども空気伝搬音なので、窓や扉を閉め切れば遮音対策になる。最近の省エネ住宅は断熱の為に密閉性も高いので有利だろう。
空気伝搬音に対し、やっかいなのが“固体伝搬音”。これは、振動が地面や建物といった固体を伝わり、最終的に音として聞こえるものだ。
集合住宅の場合は、上階の足音などがその代表例。振動が伝わって自室の天井が振動し、その音が聞こえるというメカニズムなので、空気伝搬音のように扉や窓を閉めるだけでは何ともならない。他にも、ドア開閉時の軋み音、ドラムやピアノといった楽器の音も、振動成分が固体を伝搬して遠くまで届きやすい。
対策の難易度は高く、“貼り付け”程度の簡易的なグッズでは到底歯が立たない。プロのスタジオのように、部屋の中に部屋を作って振動を断つ“浮き構造”が有効だが、一般家庭では費用も含めて非現実的。
ちなみに、オーディオの音も壁が振動するほどの大音量になれば、空気伝搬音が壁を振動させて固体伝搬音となる。空気が轟くほどの大音量の飛行機騒音も然りだ。こうした「空気伝搬音」と「固体伝搬音」のハイブリッド的な騒音に対しては、コンクリートのような重量物で作られた建物が強い。
やや話が膨らんだが、防音に関しては、空気伝搬音と固体伝搬音があること、空気伝搬音は空気の経路を封じる事で緩和できること、一方で固体伝搬音の騒音は対策が難しい(話し合いや引っ越しなどが現実的……)、ということが理解できればOKだ。
部屋の不要な反射と残響を“調音”すれば、音質はアガる!
防音の次は「調音」だ。
YouTubeを眺めていると、“成功者”として新居に引っ越し、配信専用室を設けたYouTuberほど、音が悪いケースが多いことに気が付いた。
映像から察するに、荷物の無いスッキリとした部屋で配信を行なっている場合が多い。絵面的には美しいのだけれど、モノが少ないと、音の面で問題を起こしやすい。テレワークが定着し、専用室を設ける住宅も登場するなど、今後、同様の問題が顕在化するかもしれない。しかし問題の多くは、調音を理解することである程度解決できる。
というわけで、以下に起こりがちな問題と対策方法を整理してみた。
フラッターエコー:音の反射で音が不明瞭に
一般的な住宅の場合、部屋は直方体だ。天井と床、前後、左右、向かい合う面が平行なケースが多い。この空間で音を発生すると、対面する2面間で音が反射を繰り返し、異常な響き音が聞こえる。フラッターエコー、または“鳴き龍現象”などとも呼ばれる。
例えば、向かい合った鏡に映る像が、永遠に続いて奥に広がる様子がイメージに近いだろうか。フラッターエコーを確認する方法としては、部屋で手を「パン!」と叩いた際、「ビィ~ン」という残響音の有無で確認できる。
フラッターエコーがある状態では、声も同様に反射を繰り返して不明瞭になりやすい。壁面がコンクリート、フローリング床、ガラス窓のように硬質な素材ほど現れやすく、一般的な洋室に使われるブラスターボード(石膏ボード)も配慮が必要だ。他にも、プロジェクターの映像を投写するスクリーンであったり、薄型テレビなど、面積が大きいものは反射の元になりやすい。
対策としては、露出している壁面に、書籍をギッシリ詰めた本棚のような凸凹あるモノを置くこと。音の反射が一定方向に集中しないようにする「拡散」か、ラグなどのように柔らかく音の反射が少ないモノを飾る「吸音」が効果的だ。
- 壁面→家具などで拡散、またはラグなどで吸音
- 床面→ラグを敷く(吸音)
- 窓→カーテンを利用(吸音)
フラッターエコーの具体的な対策方法
残響時間:反射回数の増加で音が不明瞭に
上記のフラッターエコーが生じるような部屋では、残響時間も長くなりがちだ。残響時間が長くなる=音に音が重なる訳で、音そのものは不明瞭になる。
残響時間については様々な研究がされている。楽器演奏、オーディオリスニング、スタジオ、会話などの目的と空間の容積によって、各方面から適正値や推奨値が示されているのだ。端的には、小さい部屋ほど、残響時間は短い方が好ましい。小さな部屋で残響時間が長いということは、反射回数も多いということだ。
難しいのは、残響音を気にし過ぎて吸音し過ぎると、自身の声も耳に届き辛くなり、違和感を覚えたり、声が大きくなって話すのにも疲れてしまうこと。残響音の対策については、次の「残響音の質」も関係するので、後段でまとめて解説する。
残響音の質:周波数帯域毎に残響時間ムラがあると音質が変化
先に残響時間に触れたが、音質という点では、「残響の質」が重要だ。
端的には、“周波数特性が大きく変化しないこと”が望ましい。具体的には、特定の吸音材のみを用いると、その素材の吸音特性が影響し、一定の周波数だけ残響時間が短くなる。つまり音色が変化するわけだ
残響の質を整えるには、吸音材の吸音特性を把握し適度に組み合わせることが重要。少なくとも、同じ吸音材をたっぷり部屋に詰め込むのは良くない場合が多い。一般的な家庭の場合、広い周波数帯域でフラットな吸音パネルを用い、さらに拡散パネルを組み合わせて残響時間を整えるのがおススメ。
音響的に厳しい例は、コンクリート打ちっ放しの住宅。オシャレではあるが、低音から高音まで残響時間が長い。オーディオリスニングルームの場合は低音の吸収で苦労するだろう。ただ、会話だけならそれほど低音が含まれないので、家具の配置や吸音グッズで対策ができる。
テレワーク用に増えている小さな部屋の場合は、物が少なく吸音が不足しがち。容積が小さいほど、ターゲットとすべき適正残響時間も短くなるので、しっかりした吸音対策が重要になってくる。
ちなみに、日本の伝統的な木造家屋の場合、床は畳(反射がマイルド)、天井は薄いベニヤ板(低音を緩衝)、壁面は漆喰(適度に拡散)、押し入れに布団(低音を吸収)といった具合で、音響的には有利なケースが多い。ただし、防音には不利ではある。
“ソファー”は音響面で有利。マイク選びは慎重に
自宅で発信しているYouTuberの場合、ソファーを背景にしている画をよく目にする。理由は恐らく、背景に余計なモノが映り込まず、テーブルの高さもちょうどイイ…、といったところだろうか。
しかし偶然か、音響的にはソファーの設置は有利に働くことが多い。まずソファーが音を反射または吸収して、前述したフラッターエコー対策になる。布張りのソファーは吸音材として働くし、ボリュームがあれば厄介な低音も吸ってくれる。背景にソファーを置く“YouTuber方式?”に倣うのは一案だ。
最後に、マイクに関しても触れておこう。いうまでもなく、マイクは音の良し悪しに直結する。
“指向性”というものをご存じだろうか。具体的には「単一指向性」や「無指向性」などがあり、マイク選びの重要なポイントでもある。
無指向性はどの方向からの音も均等に拾う。一方、指向性のあるマイクは、一定の方向の音を集中的に拾うように作られている。指向性のあるマイクを使いこなせば、騒音や室内の反射音を低減しつつ、自分の声をよりクリアに拾わせることができる。防音や調音と組み合わせて活用すると、より効率的に音質アップが図れる。
声がキレイに集音できるマイクとしては“コンデンサータイプ”が人気だが、繊細が故に雑音も拾いやすい。スタジオのように防音と調音が整った部屋でこそ、その特徴が活かせると考えた方がよい。
戸建てやマンションに限らず、一般的な部屋は音響的に理想とは言えない場合がほとんど。コンデンサーマイクを導入するなら、防音と調音をしっかり行なう必要がある、と考えた方がよい。
次回は実践編として、実際にグッズを用いてどのような効果が得られるか、調音の実験をしてみたい。