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圧巻の低音、もはや750!? B&W「700 S3 Signature」の進化を聴く

700 S3 Series Signature

オーディオ機器のラインナップ展開には、ある種の“お決まりパターン”がある。まず、高額なハイエンド機が登場して注目を集め、その後に、ハイエンド機の技術やパーツから幾つかを投入したミドルクラスが登場。さらに要素を厳選したエントリー機が発売する……というパターンだ。それから何年か後に、新時代のハイエンドが登場。そしてミドル、エントリー……と繰り返して世代を重ねていく。

だが、そんなお決まりのパターンを、いい意味でガン無視するブランドがある。英国の人気スピーカーブランド、Bowers & Wilkins(B&W)だ。

B&Wはこれまでも、ノーチラスチューブやダイヤモンド・ドームのトゥイーターなど、業界を驚かせる新技術を投入してきた歴史を持つが、新たに開発した技術をミドルレンジだろうがエントリーだろうが、“今作っているスピーカー”にわりとガンガン投入する特徴がある。その結果、なかなか手が出ないハイエンド機でなくても、最新技術の恩恵が受けやすい、ユーザーからするとちょっと嬉しいブランドでもある。

そんなB&Wらしいスピーカーが、また登場した。3月29日に発売されたばかりの「700 S3 Series Signature」だ。

左から、ブックシェルフ「705 S3 Signature」ミッドナイトブルー・メタリック、フロア型「702 S3 Signature」のダトク・グロス、ミッドナイトブルー・メタリック

「700 S3」といえば、2022年に登場したミドルクラスシリーズで、まだバリバリの現行シリーズだ。ラインナップはフロア型×3、ブックシェルフ×3、センター×2機種を揃えている。

その中のフロア型「702 S3」、ブックシェルフ「705 S3」、センター「HTM71 S3」をベースに、新技術を投入したスペシャルモデルとして新たに登場するのが「700 S3 Series Signature」となる。ちなみにスペシャルと言っても、限定品ではなく、通常の700 S3シリーズと併売される。

フロア型「702 S3 Signature」ダトク・グロス
ブックシェルフ「705 S3 Signature」ミッドナイトブルー・メタリック
センター「HTM71 S3 Signature」ミッドナイトブルー・メタリック

価格はフロア型「702 S3 Signature」が71万9,400円(1台)、ブックシェルフ「705 S3 Signature」が71万9,400円(ペア)、センター「HTM71 S3 Signature」が51万9,200円(1台)で、通常の700 S3シリーズのグロス・ブラックと比べると約21%価格がアップしている。

一方で、ハイエンドの「800 D4」は、ご存知の通り4月23日から値上げ予定で、フロア型で最も低価格な「804 D4」は130万9,000円(グロス・ブラック/1台/4月22日までは115万5,000円)、ブックシェルフの「805 D4」でも153万5,600円(グロス・ブラック/ペア/4月22日までは134万6,400円)になる。

それゆえ「800 D4シリーズには手が届かないので、700 S3を買おうかな」と考えていた人に、700 S3 Series Signatureの存在は気になるはず。通常の700 S3とどのくらい違いがあるのか? 比較試聴してみた。結論から言うと、「700 S3がちょっと凄くなったバージョン」を超えて、「これもう750シリーズと名付けてもいいのでは?」と思うほどのサウンドクオリティになっている。

そもそも700 S3シリーズとは何か

「通常モデル VS Signature」の前に、まず700 S3の基本をおさらいしておこう。

Signatureモデルが存在する702 S3、705 S3、HTM71 S3に限った特徴だが、いずれもエンクロージャーの上に、ちょんまげのような砲弾型のトゥイーター「トゥイーター・オン・トップ」を搭載している。B&W高級スピーカーの代名詞的なアレだ。

ちょんまげのような砲弾型のトゥイーター「トゥイーター・オン・トップ」

ご存知の通り、ユニットは前後に振幅して音を出すため、前に音を放出するだけでなく、後ろに向かっても音が出てしまう。それを消すための構造が、トゥイーターの背後に伸びているノーチラスチューブだ。

このチューブ、アルミニウムのブロックから削り出しで作られている非常にコストのかかるパーツなのだ、700 S3ではかなり長いものを採用する事で、内容積をアップさせ、低域特性を改善させている。

ちなみにこのトゥイーター、下にあるエンクロージャーから振動の影響を受けないように、ガッチリ固定されておらず、フローティングしている。つまり、トゥイーターに触ると“フルフル”とちょっと動くのだ。

トゥイーターの振動板はカーボン・ドーム。800 D4シリーズのように、ダイヤモンド・ドームはコスト的に使えないが、性能的に優れたものだ。700 S3のトゥイーター・オン・トップモデルでは磁気回路のショートリングの素材を銅から銀に変更する事で、電流歪みを抑え、超高域の特性を向上させているのが特徴となる。

ミッドレンジやミッドバスユニットに使われている銀色の振動板は「コンティニュアム・コーン」と呼ばれるもの。Continuum = 連続性という意味で、分割共振が突然発生して音にキャラクターがつかないように工夫されたユニットだ。

700 S3では、この振動板の裏にあるダンパー部分にもこだわり、「バイオミメティック・サスペンション」と呼ばれるものを採用。一般的なコルゲーションダンパーは、面積が大きいため、動くとそれ自体から音が出てしまう。

バイオミメティック・サスペンション

バイオミメティック・サスペンションは“スカスカ”と言ってもいい構造をしており、動いてもほとんど音を出さない。古くからあるバタフライダンパーの一種だが、経年劣化で動きが悪くならないようにする技術的な難易度が高いものでもある。それをクリアして、700 S3で採用しているわけだ。

エンクロージャにも特徴がある。フロントバッフルを見るとよくわかるのだが、ユニットの終わりと、バッフルの端までの距離、要するに“縁”がかなり狭くなっている。それゆえ、正面から見ると縁がほとんど意識に入らず“ほぼユニット”しか目に入らない。バッフルは、ユニットから放射された音が当たって反射してしまうため、面積は少ない方がメリットがあるわけだ。

銀色のユニットの端から、エンクロージャーの端までが非常に狭いのがわかる

さらに筐体を上から見ると、バッフルがフラットではなく、中央が出っ張った“R”を描いているのがわかる。これは音が回り込む“回折”により周波数特性が乱れないようにするための工夫であると同時に、カーブさせる事で、エンクロージャー自体の強度をアップさせるテクニックだ。

705 S2とS3を並べたところ。左がS3だが、フロントバッフルがラウンド形状になっているのがわかる

700 S3と700 S3 Signatureの違い

以上が700 S3の特徴だ。それを踏まえて、700 S3 Signatureの進化点を見ていこう。大きくは3ポイントある。

1つは、25mmのカーボンドーム・トゥイーターを保護するグリルメッシュだ。先立って発売された800 Series Signature用に開発されたものと同じで、これまで横目だったメッシュが、縦目になると共に、メッシュを構成しているワイヤーがより細くなっている。

これにより開口率もアップしている。確かに、700 S3と700 S3 Signatureを見比べてみると、メッシュの存在感がより減っているのがわかる。出力する高域に与える影響がさらに低減され、抜けがよくなり、空間表現力もアップするという。これは後ほど聴いてみよう。

左が通常の700 S3、右が700 S3 Signatureのグリルメッシュ。ワイヤーが細く、開口率もアップしている

細かなポイントだが、フロア型のウーファーや、ブックシェルフのミッドウーファーの背面にあるダンパーも進化している。樹脂を含浸させたものだが、その樹脂を改良する事で、しなやかさがアップしたそうだ。

ユニットが振幅した時、このダンパーも動くため、わずかなノイズが発生する。これがしなやかになると、ノイズが低減されるわけだ。副次的なものだが、新品で購入してから、本領発揮サウンドになるまでの“ならし運転”に必要な時間も、新ダンパーの方が短くなっているという。

左が、新しい樹脂を含浸させたダンパー

進化点の2つ目が、内部ネットワーク。ある意味、ここが最も音の進化に影響しているところだろう。

使用しているコンデンサーは通常モデルと同じで、Mundorfの「EVO Silver-Gold Oil」という非常に高価なパーツ。Signatureで注目なのはその“足元”、つまりコンデンサーのリード部分。そこにより高品位な銅製リード「カッパーアンジェリーク・ワイヤーリード」を使っている。この技術は、800シリーズでも使われている。

さらに通常モデルとSignatureのネットワークを見比べると、LF用に使っている空芯コイルのサイズがまったく違う。チョークコイルをより大型のものにする事で、直流抵抗が30~40%低くなったそうだ。

これにより、コイルで電力ロスが少ないネットワークとなり、アンプから見たときのダンピングも良くなり、ウーファー帯域のレベルが少しアップしている。

空芯コイルの比較。手前の赤いコイルが通常モデルに使っているもので、Signatureモデルではより大型のものを使っている

進化点最後の1つが、スピーカーターミナル。見た目には通常モデルと違いがわからないが、大事なのは素材。通常モデルは、真鍮を切削し、その表面にニッケルの厚膜メッキをかけているが、Signatureモデルでは真鍮のグレードをより良いものに変更。特に不純物の鉛が少ない、ハイグレードな真鍮を使っており、結果として電気抵抗が低くなり、情報のロスが少なく、固有のキャラクターも少なくなったそうだ。ターミナル・プレートの上部には「Signature」ロゴが配置されている。

見た目で違いはわからないが、スピーカーターミナルに使っている真鍮のグレードがアップ。ターミナル・プレートの上部にはSignatureロゴもある

ここまでの進化点は、パッと見ではわからないものばかりだが、見た目の違いもある。

Signatureモデルは、特別な仕上げのミッドナイトブルー・メタリックと、ダトク・グロスの2モデルから選択できる。どちらもクリアラッカーを何層も塗り重ねた、手間をかけた仕上げだ。

どちらも大人っぽい重厚なカラーだが、ユニットの外周やトゥイーター・グリルの周囲を縁取っているゴールドカラーのダイヤモンドカット・トリムベゼルがアクセントとなっている。実物を見ると、ゴールドがキラリと光を反射し、高級感がある。

ミッドナイトブルー・メタリック
ダトク・グロス
ゴールドカラーのダイヤモンドカット・トリムベゼルがキラリと光る

700 S3と700 S3 Signatureを聴き比べる

では700 S3と700 S3 Signatureを聴き比べてみよう。まずはフロア型の「702」からだ。なお、ブックシェルフも含め、バイワイヤリング接続で聴き比べている。

楽曲はスイスのアーティストBoris Blankのテクノ・ポップ「Electrified」、イギリスのバス・バリトン歌手Bryn Terfelの「Ar lan y môr」、バロックアンサンブルのユーハン・ヘルミク・ルーマン「The Drottningholm Music:1. Allegro Con Spirito/ラルス・ルース」だ。

702 S3
左から702 S3、702 S3 Signature

まず、通常の702 S3は、ワイドレンジかつ色付けのない音で、クオリティは非常に高い。前述のようにエンクロージャーの縁が短く、バッフルがラウンドしているためか、空間表現にも優れており、音場が左右に広大に広がるだけでなく、奥行きも深く、立体感も抜群だ。

「702 S3はやっぱり良い音だなぁ、これで十分なのでは」と思いながら、702 S3 Signatureに切り替えると、明らかに音が違う。Electrifiedの低域のビートが、ハッとするほど鮮烈でクリア。低域にズバズバと切り込むような鋭さがあり、聴いていてメチャクチャ気持ちが良い。

「じっくり聴き比べると、確かにちょっと違う……」というレベルではなく、おそらく誰が聴いてもすぐに「うわ全然違う」とわかるほど、違いがある。この音を聴いてしまうと、通常の702 S3の低域が、ちょっとフワッとした、優しい低音に聴こえてしまう。この違いはおそらく、ネットワークがよりリッチになったためだろう。よりダイレクトな、鮮度の高い音が出ている印象だ。

空間表現も違う。カーボンドーム・トゥイーターを保護するグリルメッシュの変化も寄与しているのだと思うが、声や楽器の響きがスーッと天井へ抜けていく高さの表現が、明らかに702 S3 Signatureの方が優れており、本当に部屋の天井が高くなったように感じる。これは、705 S3と705 S3 Signatureの違いでも同じことが感じられる。ピュアオーディオでも効果的だが、シアタースピーカーとして使った時も、映画への没入感がより高まりそうだ。

また、702と705どちらも、スピーカーの“音離れの良さ”がSignatureの方が優れている。空間表現に優れたスピーカーなので、楽器やボーカルの音像はスピーカーから離れた空中に定位するのだが、その輪郭の明瞭度や、音像の立体感がSignatureの方がわかりやすい。

“Signatureの凄さ”がよりわかりやすいのは、フロア型の702だ。705 S3 Signatureも、通常の705 S3と比較すると、低域のキレ、全体のSN比の良さ、空間表現力のアップが感じられるのだが、その中でも“低域の進化”が特に凄いので、より低音がたっぷり出る702 S3 Signatureの方が“Signatureってスゲェな感”がより強く感じられるわけだ。

705 S3 Signature

シアター構成でも聴いてみる

センターのHTM71 S3 Signature

センターのHTM71 S3 Signatureも存在するため、Signatureだけでシアタースピーカーを構築できるのも特徴だ。せっかくなので、702 S3 Signatureをフロント、705 S3 Signatureをリアに使った“Signatureシアター”も聴いてみた。

スティングのライブBlu-ray「LIVE AT THE OLYMPIA PARIS」から「Every Breath You Take」(DTS-HD MasterAudio)を再生する。先ほど「シアタースピーカーとして使っても良さそう」と書いたが、まさにドンピシャで、ベースやスネアドラムの解像度が高く、キレが抜群。押し出しが豊かな、心地いい低域がグワッと押し寄せながら、細かな音がしっかりと聴き取れる。ライブ会場で、本当に音に包まれているかのような気持ちよさだ。

「THE FIRST SLAM DUNK」チャプター26、花道が復帰するシーンも鑑賞したが、これも凄い。足元から「キュキュ」というバスケットシューズと床がこすれる音が鮮烈に響き、歓声が広大かつ天高く広がる。それでいて、屋外ではなく、体育館特有の響きもしっかり表現されており、「ああー広い体育館ってこんな感じだよな」というリアルさが凄い。

大歓声の中でも、選手たちの荒い息遣いなど、細かな音がしっかりと描写される。特に関心したのが、ドリブルした時のバスケットボールの音。空気がパンパンに詰まっているので、弾む時に「ボムボム」ではなく「バキンバキン」という感じの、鋭い音が響くのだが、その音が本当に鮮烈で、学生時代に体育の授業でバスケをした時の、ボールの感触が手に蘇ってくるようだ。

サウンドが派手な映画だけでなく、NHKドラマ「浮世の画家」のような落ち着いた作品でも、小野益次の家の庭で、木々が風に揺れる「サーッ」という音や、そこかしこにいる小鳥のさえずりが非常にリアルで、本当に窓を空けて外の音が入って来たかのようだ。

800 D4シリーズとどう違う?

Signatureだけのカラーリングやゴールドリング以外、見た目では通常の700 S3と違いがわかりにくいので、「ちょっと仕上げが違うだけでは?」と思ってしまうが、音を聴くとビックリ。低域を中心に、クオリティの差は歴然としたものがある。個人的には「700 S3 Signature」ではなく「750 S3」と名乗っても良いのではと感じるほどだ。

そういう意味では、冒頭に書いた「800 D4シリーズには手が届かないので、700 S3を買おうかな」と考えている人は、700 S3 Signatureを一度聴いてみるべきだ。通常の700 S3から少し価格はアップするが、それも納得の違いがある。

一方で、「800 D4に匹敵するサウンドか?」と言われると、そうではないというか、少し方向性が違うように感じる。800 D4シリーズは、よりシャープでモニターライクな……“背筋を正して真剣に聴きなさい”と言われているようなサウンドだが、700 S3はそこまでのハードさは無く、ゆったりと音楽に身をまかせたくなる気軽さがある。700 S3 Signatureは、そんな700 S3のサウンドに、800 D4の匂いが少しするキレ味をプラスしたような印象だ。

そういった意味で、700 S3 Signatureは“使いやすく”“モニターライクなキレ味も楽しめる”かなり良いところを突いたスピーカーシリーズと言えるだろう。

山崎健太郎