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スピーカーで聴いた音をヘッドフォンで再現する新技術、JVCケンウッド「EXOFIELD」

 JVCケンウッドは、ヘッドフォンリスニングでもスピーカーで聴いているような自然な音場を再現できるという頭外定位音場処理技術「EXOFIELD(エクソフィールド)」を発表した。今後、この技術を搭載したサービスや商品の開発を推進。メディアサービス分野メディア事業部CPMの林和喜氏によれば、5月11日対応製品を発表、5月13日からスタートする「OTOTEN(オーディオ・ホームシアター展)」でも体験可能とする。「サービスインはそこを皮切りに、個人測定などをして、上期くらいに商品をお届けできたら」という。

スピーカーで再生している空間を、ヘッドフォンで持ち歩ける「EXOFIELD」

 なお、この技術の根幹となる個人の頭部伝達関数測定には防音のオーディオルームやスタジオが必要となるが、「ビクタースタジオや、今後提携していただく事業先なども検討を進めていくが、まずは個々の測定をキチッと行ない、この技術を皆様にお伝えし、広めていくことが重要だと思っている」(林氏)という。

 2chのスピーカー再生では、リスナーの前方に設置したスピーカーから音が聴こえる。しかし、ヘッドフォンで同じ曲を聴くと、音像や音場が頭の中に定位する「頭内定位」が起こり、スピーカーで聴いているものとは違う聴こえ方になってしまう。

 これを解消し、ヘッドフォンでも頭外定位を実現するために一般的には頭部伝達関数を用いた演算処理が用いられる。これは、人間が音を聴く際に、スピーカーから放出された音が、聴いている人の頭や耳などに当たり、変化する事に着目したもの。つまり、CDなどのソースの音がそのままの形で耳に届くわけではなく、頭や耳などに当って“変化した後の音”が耳に届く。

 その変化を伝達関数として用いて、音に処理を加え、“前方に置いたスピーカーから再生された音が耳に届くまで”を再現したサウンドをヘッドフォンで流すと、ヘッドフォンリスニングでありながら、まるで前方に置いたスピーカーから音が出ているように感じるというのが頭部伝達関数を使った技術の概要だ。

 しかし、この技術では頭部伝達関数を測定した人の頭や顔の形状によって関数が変わってしまう。そこで、多くの人で効果が感じられるように関数を標準化して用いるのが一般的だ。だが、多くの人が効果を体験できる一方で、標準化した関数を使っているため、各ユーザーに最適な効果を発揮する事が困難という問題があった。

1人1人の頭部伝達関数を測定する「EXOFIELD」

 この問題を解決するのが「EXOFIELD」となる。端的に言えば“関数を標準化せず、1人1人が手軽に頭部伝達関数を測定できるようにする事で、より強力な頭外定位音場処理を実現する技術と言える。

 利用するための作業を順を追って説明するとわかりやすいので、筆者が体験したデモの流れを紹介しよう。

 まずリスニングルームにブックシェルフスピーカーを設置。その前に置かれたソファに座り、音楽を聴く。当然、音は前から聴こえ、ボーカルは2つのスピーカーの間に定位。音場はスピーカーの外側にも広がる。

EXOFIELDを体験。まずはスピーカーで音を聴く

 次に、個人特性を測定するため、聴診器のような形状の「耳内音響マイクシステム」を装着する。耳に入れる部分に超小型のMEMSマイクが搭載されており、これが耳穴の中央に来るように装着。マイクを保持するアーム部分が、左右から頬を挟むように密着するので、手で保持しなくても落下しない。

測定用の「耳内音響マイクシステム」
先端にMEMSマイクが搭載されている
耳に装着したところ。耳穴の中央にマイクがある

 その状態でスピーカー方向に向き、測定開始。スピーカーから「ビビッ、ビビッ」というような測定音が響く。この測定音が、筆者の頭部の形状や、耳の形などで変化した上でマイクで収録される。当然、再生している部屋の特性なども踏まえた測定結果となる。

 次に、測定マイクを取り付けた状態でヘッドフォンを装着。マイクのアームは細いので、問題なくヘッドフォンを上からかぶせられる。そして、ヘッドフォンから「ビビッ」と測定音を出し、マイクでとらえる。これにより、ヘッドフォンのユニットから再生した音が、耳に届くまでにどのように変化するか、つまりヘッドフォン自体の特性を、装着した私の耳の形状の影響なども含めて測定する。

測定マイクを取り付けた状態でヘッドフォンを装着、ヘッドフォン自体の特性をチェック
測定の流れをまとめたもの

 測定はここで終了。次に、音楽信号に、スピーカー再生音を測定して得られた特性の演算処理を加え、最適化し、“スピーカーで再生していた時の音場”として聴こえるサウンドを生成。そこに、ヘッドフォンで測定した特性から生成した“逆フィルタ”をかける。これにより、“スピーカー再生音場”のサウンドから、“それをヘッドフォンで聴く事の影響”を排除できるという。

音場処理の概念図

実際にヘッドフォンで“前から音が聴こえるか?”

 こうして処理をしたサウンドを、測定で使ったヘッドフォンで聴くと、驚くほどの効果がある。ヘッドフォンで聴いてるのに、自分の前にあるスピーカーから音が出ているように聴こえるのだ。もちろん、スピーカーから音は出ていない。

装着したヘッドフォンから音が出ているだけで、スピーカーは無音。しかし、前方のスピーカーから音が出て、左右スピーカーの間にボーカルの音像がしっかり定位する

 バーチャルサラウンド系の技術は様々聴いてきたが、こんなにハッキリと前方から音が聴こえた事はなかった。頭の中での定位が解消されて、前方から聴こえる技術であっても、せいぜい「なんとなく、鼻の上あたりから聴こえるような気がする」というレベルだったのだが、EXOFIELDはキチンと音が離れた場所から聴こえる。音がする場所と、自分との間に距離が感じられるのだ。

 同時に、スピーカーで聴いている時のように、前方の中央にボーカルの音像が定位。音場が広がるステージの広さも、スピーカーで聴いていた時とほぼ同じだ。

音場定位のイメージ

 真正面を向いていると「本当はスピーカーから音が出ているのでは」という気分になってくるが、そのまま首を横に向けると、実物のスピーカーが置かれている場所とは違う場所から音が聴こえる。試しに下を向いてみると、床から音がしているように感じるのだが、音像までの距離は床よりも奥であるため、地下から音がしているように思えて面白い。

 試しに、他の人が測定したデータを反映した音も聴かせてもらったが、音像が真正面から聴こえなくなり、前方の斜め左上に定位したり、また違う人のデータでは定位がぼやけて普通のヘッドフォンとあまり変わらないと感じたりと、大きな違いがある。聴く人で計測した頭部伝達関数を使う事が重要なのだと実感できた。

短時間で測定・自動作成できるのがEXOFIELDの特徴

 EXOFIELDの特徴は測定方法だけではない。新開発の「個人特性生成アルゴリズム」により、各ユーザーに最適な音響特性を短時間で測定・自動生成できる。このアルゴリズムにより、リスニングルームなどの測定環境の影響や、ヘッドフォンの装着のズレによる頭外定位音場効果のばらつきを最小化させるために、測定結果から演算した伝達関数に最適化処理を行い、幅広い測定条件・使用条件に対応できるという。

 また、従来の頭外定位技術で課題となっていたセンター音像の不明確さを解消するため、スピーカーの直接波と反射波をそれぞれ解析。スピーカーとリスナーの位置関係による音の打ち消しや、部屋の反射の影響を補正する事で改善。頭外定位音場生成時において、ヘッドフォン再生音場をキャンセルするための逆フィルタ生成時に各チャンネルの位相特性を正確に合わせる事で、本来あるべきセンター位置への音像定位を実現したという。

 ヘッドフォン装着位置から生じる周波数特性の変動やピークディップを、ヘッドフォンの再生音場をキャンセルする逆フィルタの生成時に最適化。ヘッドフォンの装着ズレに起因する定位効果の変動を安定化。

 インパルス応答の測定は短時間で計測できるパルス法を採用し、測定から個人特性の生成まで短時間で完了。周囲の環境や部屋の影響により低域の測定が不安定になりやすい環境では、あらかじめ測定した室内音響の特性を、個人特性と組み合わせる事で、短時間で低域の安定した特性を生成できる。

体験して気になる部分も

 まるで手品のようで楽しい技術だが、スピーカーで聴いている時のサウンドをそのまま完全に再現できているかというと、そうとは言えない部分も2つある。1つは低音だ。スピーカーで聴くと、パワーのある低音の音圧は、前方から吹き付ける風のように感じられ、肺が圧迫されるような感覚を覚える。こうした、耳以外で感じる部分はヘッドフォンでは再現されない。

 ただ、スピーカーサウンドを聴いた直後に、EXOFIELDのヘッドフォンに切り替えると、“ヘッドフォンからするハズがない音圧”を体の正面からぼんやりと感じる。これら想像だが、スピーカーで聴いた時の“体験の記憶”が、EXOFIELDヘッドフォンで聴くと、脳が“スピーカーからのサウンドだ”と勘違いして、体に感じた変化も記憶から引っ張り出してくるのではないかと思う。

 もう1つは音質だ。EXOFIELD処理をかけて聴いているので、鮮度の面でやや落ちる。ただし、体験したデモのサウンドクオリティはCD相当(44.1kHz/16bit)で、ハイレゾでも処理は可能とのことだ。

 また、音質面では実物のスピーカーで聴くよりも、EXOFIELDヘッドフォンの方が、中央から聴こえる中低域がやや強いというか、野太く感じる。位相が異なっていた音が重なって強くなったような感覚で、ボーカルの音像が二重にブレているように感じるわけではないのだが、2つの音像がピタッと重なり、出力がアップしたように感じた。

どのように活用していくのか

 メディア事業部 技術統括部 開発部 3グループの新原寿子エンジニアリングスペシャリストによれば、開発は2012年頃からスタートしたという。「実は昔からヘッドフォンが苦手で、頭の中で音が鳴ると、首がすくんでしまうんです(笑)」という新原さん。当時の上司から「これからはヘッドフォン・イヤフォンの時代。何か新しいものを開発してみなさい」と言われたが、「ヘッドフォン再生は苦手なので無理です」と答えたところ、「それならば、“苦手な人が考えるヘッドフォン再生”を追求してみなさい」と言われた事が、キッカケになったという。

 そこで、「スピーカーから音がしているように、前方から聴こえるヘッドフォン」の技術開発に着手。頭部伝達関数を使った技術は古くから存在し、「聴く人本人の特性を使わなければ、最良な効果は出ない」というのも、昔から言われていた事だという。

 実際に何人かのデータを収集、一番効果的なデータを使い、社内の人に体験してもらっても「音がぜんぜん前に出ない」、「やはり本人の特性を使わなければ」という結論になった。

 さらに、測定から、そのデータを再生音楽に反映させる処理作業は自動化できておらず、左右のバランスがバラバラになってしまうのを手作業で調整するなどして、時間も2、3時間かかったという。

左からメディア事業部のプロダクツ事業統括部 プロダクツ・マネジメント部 ウエラブルグループの浅川健司スペシャリスト、技術統括部 開発部 3グループの下条敬洋氏、開発部 3グループの新原寿子エンジニアリングスペシャリスト、事業推進統括部 新規事業推進室長の江島氏健二氏

 “聴く人の特性を反映させる”ためには、測定から反映までの高速化、自動化が不可欠と考えた新原さんは、その研究を加速。「最初は音像が近く、まったく前に出なかったのですが、何度もテストを繰り返し、やがて“右はスピーカーから音が鳴っているように聴こえる”という段階を実現。しかし、左がまだ変で、そこを対策して、センター音像定位の明確化、位相合わせがうまくいかなかったのでそのバランスを整える……といった開発の末に、“真ん中の音は真ん中から”“左右からのもは、キチンと左右から”聴こえるように、精度を上げていった」という。

 定位や音場だけでなく、音質にもこだわり、「当初はPC用スピーカーの前に座り、自分で測定して再生するという仕組みを作り、スピーカーの置き方や、左右スピーカーの間隔、壁との距離などもいろいろ試して測定できるようになりました。しかし、事業部で聴いてもらうと、PCスピーカーなので音質の面でダメだという話になり、改良を重ねるうちに、良いスピーカーで鳴らす、良い音を、ヘッドフォンで体験してもらうという方向性になった」とのこと。

 また、新原さんによれば、技術的にはイヤフォンにも応用可能で、実際にテストも行なっているという。しかし、ユニットの口径も大きく、「まずは一番良い音で体験して欲しい」という事で、ヘッドフォンからのスタートになったという。

 同時に、処理のスピードも加速。現在では、リアルタイムで再生音楽への処理が可能で、プログラムの重さも、スマホなどのアプリで動く程度が実現できているとのこと。

 高い可能性を感じるEXOFIELDだが、実際にどのような製品への活用が考えられるだろうか?

 すぐに思い浮かぶのが、オーダーメイドのカスタムイヤフォンのように、ユーザーの頭部伝達関数を計測、その人に合わせた頭外定位再生ができるヘッドフォンや、再生アプリのフィルタ設定が入手できる……といった製品やサービスだろう。例えば、マイクを使った測定を自室で行ない、いつも使っているヘッドフォンも測定すれば、「自分の部屋の聴こえ方を、屋外でいつでも楽しむ」ことも可能だ。

 もちろん自分の部屋でなくても構わない。例えば、お金を払うとコンサートホールや、アーティストが利用する録音スタジオなどに招待され、その場で測定。「あのホールでのコンサートを再現」、「あのアーティストの録音現場をそのままヘッドフォンで再現」するといったサービスも考えられる。例えば“ビクタースタジオの音を再現”といった展開もあり得るだろう。また、シアターヘッドフォンとしての活用も考えられる。

 これらのアイデアはJVCケンウッドでも、今後のサービスの可能性の1つとして、実際に検討されているという。