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“巨大LEDを背景に映画撮影”、Netflixの次世代スタジオを見た
2021年4月13日 16:59
Netflixは、国内クリエイターによる作品作りをサポートするため、日本の制作拠点を強化。国内最大規模の撮影スタジオである「東宝スタジオ」内のスタジオ2棟を複数年に渡って賃借し、そこで撮影時の背景として巨大なLEDスクリーンを使えるようにするなど、バーチャルプロダクション撮影を加速させる。その技術を13日、マスコミや関係者に公開した。
バーチャルプロダクションとは、演出・撮影などにおける問題を、高度なデジタル技術を活用して解決するためのもの。ワールドキャプチャー、ビジュアライゼーション、パフォーマンスキャプチャー、サイマルカム、インタラクティブライティング、インカメラVFXなどの撮影技法を総称している。
注目はこの中の「インカメラVFX」。今までの映画などでは、グリーンバックを背景に役者などを撮影。撮影後にポスト・プロダクションと呼ばれる作業工程で、CGの背景などを合成。カラーグレーディングなども行ない、映像を完成させていた。
インカメラVFXは、LEDなどのディスプレイを多数並べて壁のように設置。そこに、海外の街並みや、大自然の風景、3DCGで描いた架空の世界の風景、SFの宇宙船内などの映像を表示。その前に役者などを立たせて、LEDの背景と一緒に撮影する技法のこと。撮影中からカメラ内で最終的な「視覚効果」が得られるので「インカメラVFX」と名付けられている。
グリーンバック撮影後の合成と比べたインカメラVFXの利点は複数ある。例えば、LEDの光や現場の照明が、役者やスタジオに設置している車やバイク、草やテントといった美術セットにも当たるため、現実世界さながらの、自然な物体への反射が得られ、それを含めて撮影ができる。
また、背景用の映像さえ撮影できれば、例えば国会議事堂や高速道路など、通常ではその場所を貸し切るなどして撮影するのが難しい場所でも撮影できる。現実では長時間の占有が難しい場所で、じっくりと撮影するといった用途にも使える。
室内で撮影するため、天候や時間にも左右されない。「夕日のシーンを撮りたいので夕日になるまで待つ」とか「夕日の時間帯に理想のカットが撮影できず、そのまま夜になってしまった」という事もなく、何度も夕日をバックに撮影が可能。
車をスタジオに設置し、その背後に流れる街並みの映像を表示して撮影するような場合にも利点がある。現実に外で撮影すると、満足のいくカットが撮れるまで何度も同じコースを走り、撮影が失敗したらまた最初の地点まで戻らないといけないが、LEDディスプレイの背景であれば、背景映像をループさせれば何度でも手軽に撮影でき、多くのテイク、カットが撮れる。
また、グリーンバックでは背景映像を合成するまで、役者は“今、どんな背景が合成されているか”を想像しながら演技をしなくてはならないが、LEDディスプレイ背景であれば、状況を理解しながら演技が可能。例えば、車を運転しているシーンで、“背景の道路がカーブしているので、それに合わせてハンドルを切る”といったナチュラルな演技が可能になり、よりリアルな映像が生み出せるという。
さらに、Unreal Engineを使ってゲームや映画の背景CGを作っているデジタル・フロンティアが協力。リアルタイムで生成する3DCG映像を、LEDディスプレイの背景として表示できる、例えばより理想的なカメラアングルを追求したり、途中で撮影レンズを望遠寄りのものに変更し、背景CGもそれに合わせて描写を変更するといった柔軟な対応が可能。
また、3DCGで描いた”大自然の日の出から日の入り”映像をバックに役者を撮影すれば、まるで、1日をかけてタイムラプス撮影したような映像を、短時間で撮影する事も可能。このような、新しい表現へのチャレンジにも活用できる。細かい点だが、“木の枝と枝の隙間”のようなグリーンバックでは抜きにくい部分も、LEDディスプレイでは自然に見えるといった利点もある。
「全裸監督2」などの撮影にも携わっている特殊映材の伊藤俊介氏は、こうしたインカメラVFXならではの利点を、デモを交えて説明。“出来上がった絵”を確認しながら撮影していけるため、ポスト・プロダクション作業の軽減にもつながるという。
豊富な可能性を持つインカメラVFXだが、その一方で、まだ撮影の現場での活用は始まったばかりで、ノウハウの蓄積が必要な面もある。伊藤氏は実例として、流す背景映像を実写で撮影する際に焦点距離は何mmのレンズで撮影しておくのが良いのか、高解像度で全天球映像を撮影した方が良いのか、といった問題や、背景に映る建物や人間が不自然に大きく見える場合はどのように補正するか、LEDディスプレイ自体に近づいて撮影するとモアレが出るため、役者や車などの被写体とLEDをどのくらい離すか、映像であるLEDの風景は現実の風景よりもラティチュードが狭く、白飛びなどのデータの欠落が起きやすいため、シネマカメラでRAW撮影する場合も現場での微調整が必要といったポイントを挙げる。
また、背景のLEDディスプレイは輝度としては1,500nitsを表示できるが、明るく表示し過ぎると“黒浮き”も目立ってくる事から、実際は250~300nits程度の映像を表示した方が良いという。1つ1つのLEDから発せられる光は、専用の照明と比べてそこまで届かないため、照明の併用などもテクニックとして重要になるという。
スタジオにテントやランタン、岩や木々を設置。背景に大自然の3DCGを表示するような撮影では、背景のハイライトと、手前の小物や役者のハイライト部分の“つながりの良さ”をいかに作るかも、難易度は高いが重要だという。「例えば境目に建物や岩を入れてセパレートするなどのアイデアで克服できて、面白いポイント。奥から手前にかけて水をまくといった撮影の伝統的な手法も活用できる」と、ノウハウを披露した。
クリエイターが“やりたい事”を最大限にサポート
LEDディスプレイのソリューションなどでNetflixとパートナーシップを結んでいるクリエイティブテクノロジーグループの甲斐和幸氏によれば、今回のデモで使われたLEDは、ROE Visual製の「ブラックパール2」というもので、2.84mmピッチ。輝度は1,500nits。「数々のシュートアウト、カメラテストが世界中で行なわれた中、撮影に適したファーストチョイスとして選ばれているもので、『マンダロリアン』の背景に使われたものと同じモデル」だという。
そのLEDパネルを400枚使い、横15m、高さ5mの湾曲したディスプレイを構築。さらに、側面にも奥行き6m、高さ4mのディスプレイを配置。高精細な3mmピッチ台の移動が簡単にできるタイプや、天井から吊り下げるLEDディスプレイも用意。同社ではそこにコンテンツを表示するメディアサーバーも手掛けている。
前述のデジタル・フロンティアは、Netflixと業務委託契約を締結。Unreal Engineを使った3DCG背景を手掛け、Netflixオリジナルシリーズ「今際の国のアリス」シーズン1など、Netflixの実写作品でのVFXプロダクションやバーチャルプロダクションといった映像制作リソースを継続的に提供予定。
同社の前川英章氏は、「撮影に使うカメラ本体に、上向きにスキャンカメラを搭載し、天井のマーカーを捉え、カメラの位置や角度などを計測し、数値化。それをコンピューターに送り、その情報をもとに背景CGをレンダリングしています。Unreal Engineはもともとゲームエンジンとして開発されましたが、非常にリアルな描写ができるため、マンダロリアンなどのバーチャルプロダクションにおける主流ソフトとして使われています」と説明。
限られた演算能力で、より高精細な背景CGを実現するため、カメラに写らない部分は2Kで、写る部分は4Kでレンダリングするといった手法も使われているという。さらに、リアルタイム生成している事を活かし、“背景の岩山を削る”といった、背景の柔軟に対応ができるメリットや、現実世界と同じ、正しい位置に太陽を表示する機能なども紹介した。
Netflixプロダクション・マネジメント部門の小沢禎二氏は、スタジオ内でバーチャルプロダクション撮影に対応する事について、「クリエイターの皆さんが“やりたい事”を最大限にサポートする事が、Netflixにとって重要な事。クリエイティブを最大限に活用するためには、このようなモノが必要ではないかと考え、導入しました。『Mank/マンク』や『アイリッシュマン』の運転シーンなども、こうした技術を使っています。こうしたバーチャルプロダクション技術を、日本における今後の制作活動にぜひ活かしていただきたい」と語り、多くのクリエイターのアイデアの具現化や、新しい撮影に挑戦する場としてのNetflixの魅力もアピールした。