レビュー

約6.5万円の“本命ウォークマン”、音質と利便性を高次元で両立「NW-ZX300」

 ソニーのウォークマン新製品として、10月7日から発売される「NW-ZX300」。最上位「WM1」シリーズの特徴を取り入れながら、サイズを大幅に小型化。さらに価格も店頭予想価格65,000円前後と、上位モデル「NW-WM1A」(約12万円)の半額近くとリーズナブル。音質&使い勝手の面で“本命”と考えている人も多いだろ。実際にサウンドを聴いてみた。

「NW-ZX300」

 また、「NW-ZX300」には“4.4mm 5極バランス駆動の普及役”としての側面もある。これまでヘッドフォンも含め、ソニー製品で4.4mmバランス環境を揃えようとすると20万円ほどかかっていたのだが、ZX300の登場により10万円程度で実現可能になった。10月7日には、人気の密閉型ヘッドフォン「MDR-1A」に、最初から4.4mm 5極のバランスケーブルを同梱した「MDR-1ABP」という製品も実売約3万円前後で発売される。その試聴も後ほど行なう。

「NW-ZX300」と「MDR-1ABP」で約10万円の4.4mmバランス環境が実現!

“進化したZX100”と言うより、もはや“WM1Aの小型版”

 概要を簡単におさらいしよう。位置付けとしては、2015年に発売された「ZX100」の後継モデルで、「ZX200」を飛ばして「ZX300」になった格好だ。その上にはアルミニウム筐体で内蔵メモリ128GBの「NW-WM1A」(約12万円)、さらに超弩級モデルとして無酸素銅で256GBの「NW-WM1Z」(約30万円)がラインナップされる。

左から「NW-WM1A」、「NW-ZX300」

 本来であれば「XZ100の、この部分を強化して、あの部分を……」と説明するところだが、ZX300の場合、中身が激変し過ぎているので、「ZX100と比べてどうこう」と話すよりも、上位モデルNW-WM1Aを「ムギュッと小さくしたのがZX300」と言っても過言ではない。

 まず基本スペックとして、内蔵ストレージメモリはZX100の128GBから、ZX300は64GBへ半減した。ただ、microSDカードスロットを備えているので、あまりネガティブになる事もないだろう。

 最大の進化点は、NW-WM1AやNW-WM1Zに搭載されている、新しい「S-Master HX」をZX300も採用した事だ。ウォークマンの特徴と言えば、このソニー独自のフルデジタルアンプ「S-Master HX」だが、最新版のS-Master HX(CXD-3778GF)では、再生対応フォーマットの拡充と、駆動力の強化などが行なわれている。

中央の銀色のチップが新S-Master HX(CXD-3778GF)

 具体的には、従来のZX100でPCMに変換していたDSDが、DSDのままネイティブで再生可能になった。11.2MHzまでのファイルが再生できる。PCMも、ZX100は192kHz/24bitまでだったが、ZX300では384kHz/32bitのFloat/integerまでサポートした。

 出力もパワーアップ。ZX100のアンバランス出力は15mW×2chだったが、ZX300では50mW×2chとなった。4.4mm 5極バランス接続はさらに強力な200mW×2ch出力を実現。以前のウォークマンでは「ドライブ能力がいまひとつ」という印象があったが、WM1A/WM1Zで見事に払拭した。その特徴をZX300も備えているわけだ。

下が「NW-WM1A」、上が「NW-ZX300」。どちらも4.4mmのバランス出力を装備

 再生対応ファイルも拡充。MP3/WMA/ATRAC/ATRAC AdvancedLossless/WAV/AAC/HE-AAC/FLAC/Apple Lossless/AIFF/DSD(DSF/DSDIFF)に加え、今後の普及が見込まれるMQAの再生も可能になった。なお、WM1シリーズでも、今後のアップデートでMQA対応していく予定だ。

側面にはハードウェアキー

 また、ウォークマンの特徴でもある、ハイレゾでない楽曲をハイレゾ相当にアップコンバートしながら再生する「DSEE HX」機能も引き続き搭載している。

 さらに、ZX300から、PC用のUSB DACとしても利用可能になった。接続には、付属するUSB-AとWMポートの変換ケーブルを利用する。ZX300は底部にWMポートを備えている。「DSEE HX」は、USB DAC動作時も利用可能だ。それにしても、そろそろWMポートをUSB端子に変更して欲しい。WMポートにも利点があるのだと思うが、専用ケーブルを忘れると、充電もできないというのはやはり不便だ。

底部にはWMポート
背面

 Bluetooth送信機能も備え、プロファイルはA2DP/AVRCPに対応。コーデックはSBC、LDAC、aptXをサポートするほか、11月以降のアップデートでaptX HDにも対応予定だ。なお、上位のWM1シリーズも、今後のアップデートでaptX HD対応を検討しているという。

 逆にZX300で無くなってしまったのが、ZX100に搭載していたデジタルノイズキャンセリング機能。ただこの機能は、MDR-NW750Nなど、対応イヤフォンを接続時のみに利用できるものなので、影響としてはあまり大きくないかもしれない。

上位モデルの高音質技術を大量投入

 強化点はS-Master HXだけではない。WM1シリーズと同様に微小音の再現性にこだわり、シャーシはWM1Aと同じアルミを採用。リアパネルにもアルミを使い、低抵抗化と強度を向上させた。内部には無酸素銅のバスプレートを配置し、ノイズを抑えている

内部構造

 アンプ部の音声ラインには、新規フィルムコンデンサを採用。端子部のメッキ厚や、熱処理時間、フィルム自体の素材を最適化し、新コンデンサの能力を引き出している。

 新S-Master HXは基板に取り付けられているが、その接続ボール部分には高音質はんだを使用。クロックは、新開発の100MHz対応低位相ノイズ水晶発振器を使っており、44.1kHz系と48kHz系で個別に搭載。WM1で使った発振器と、サイズは小さくなっているが、内部ICとしては同じものだという。

 バッテリも、低抵抗電池保護回路基板を使った専用のものを搭載。電気二重層キャパシタや、アナログとデジタル&電源を分離した基板レイアウトなども、WMシリーズの技術を取り入れたポイントだ。

 ただ、WMシリーズで、バッテリの接続部分に5本ケーブルを使う技術は使われていない。また、WM1Zで、4.4mm端子と基板の接続にキンバーケーブルを使っているが、ZX300ではWM1Aと同じOFCケーブルになっている。

小さく、軽く、タッチ対応も特徴

 注目は、こうした上位機種の要素を取り入れつつ、コンパクトに仕上げられている事だ。WM1シリーズの外形寸法は124.2×72.9×19.9mm(縦×横×厚さ)だが、ZX300は119.5×57.3×14.8mm(同)と、一回り小さい。また、重さもWM1Aが約267g、WM1Zが約455gのところ、ZX300は約157gに抑えられている。

 実際にWM1AとZX300を持ち比べてみると、数値で比較するよりZX300の方が“薄くて軽い”と感じる。WM1Aは重さも手伝って「大きなアルミのカタマリ」という印象だが、ZX300は「スマホより細身な板」という感覚だ。

 ワイシャツの胸ポケットに入れてみても、WM1Aでは“みっちり占領”され、重さでシャツの生地がグイッと下に引っ張られる感覚。ZX300はスポッと収納でき、さほど引っ張られる感じもない。持ち歩く時の“気軽さ”は圧倒的にZX300の方が上。WM1Aは「頑張って持ち歩こう」と思わないといけないが、ZX300はそんな事を考えずに常にカバンに入れておけるイメージだ。

上がZX300、下がWM1A

 携帯性も良好だが、操作性も向上した。ZX100はタッチパネルではなかったが、ZX300はタッチパネルが採用された。UIはWM1Aなどの上位機種と同じなので割愛するが、タッチパネル操作が可能になった事で、直感的に操作でき、操作のしやすさの面でもZX100より大幅な進化を感じる。

 ディスプレイは3.1型で、解像度は800×480ドット。マットガラスを使っており、マットな仕上げの本体との一体感を演出している。指紋がつきにくく、指すべりも良好。天面と底面はヘアライン仕上げ。スペアナ表示やアナログメーター表示も可能だ。

 UIやディスプレイに大きな不満はないのだが、ディスプレイとフロントパネルの一体感があるので、スマートフォンのように、フロントパネル全体がディスプレイのような気がしてくる。しかし、実際にUIが表示されるのは上から2/3程度のエリアだけなので、ディスプレイでない下のエリアが寂しく感じ、タッチパッドでもあるのではないかと、ついつい指でさわってしまう。もっとも触ったところで何も動かないのだが。

 Windows向けの楽曲管理・転送ソフトは「Sony | Music Center」になった。詳細は藤本健氏の連載で以前紹介しているので、そちらを参照して欲しい。ASIOやWASAPI排他モードに対応し、ハイレゾ再生ソフトとしても使える無料のソフトだ。

 それにしてもウォークマン向けの標準アプリは、懐かしの「x-アプリ」から「Media Go」へと変わり、そして「Sony | Music Center」になったカタチだが、Sony | Music Centerを機動するとわかるように、このアプリ自体はx-アプリをベースにブラッシュアップしたもので、気分的にはx-アプリに戻ったような印象を受ける。機能面で何か不満があるわけではないが、1ユーザーとして、“迷走している感”を覚えるのは事実。ソニー製品全般に言える事だが、ちょろちょろアプリを変えずに、1つのアプリをしっかり進化させていって欲しいものだ。

楽曲管理・転送ソフトは「Sony | Music Center」

WM1Aに肉薄するサウンド

 では音を聴いてみよう。まずZX300で「宇多田ヒカル/花束を君に」(FLAC/96kHz/24bit)をアンバランス接続で再生する。使ったヘッドフォンは「MDR-1A」で、3.5mmのステレオミニケーブルに加え、4.4mm 5極のバランスケーブルを最初から同梱した新製品「MDR-1ABP」だ。実売約3万円なので、ZX300と組み合わせると、約10万円でバランス駆動環境が揃うことになる。

ヘッドフォン「MDR-1ABP」
4.4mmバランスと3.5mmアンバランスケーブル、どちらも付属している

 音が出た瞬間に感じるのは、ZX100と明らかに違う中低域のしっかりとしたパワー感。“馬力のあるアンプでヘッドフォンをキチンとドライブしている”事がわかる。ドラムのスネアの音圧がしっかりと肺を圧迫するような強さで「ズンズン」と迫ってくる。

 これと比較すると、ZX100の低域は頼りなく、音圧は薄く、沈み込みも浅い。全体的に腰高に聴こえてしまう。ZX300は、音楽を下支えする低音がしっかりしているので、安心感がある。

左がZX100、右がZX300

 また、音場の広さや、そこに浮かぶ音像のクリアさ、音像と音像の間の“無音さ”が大幅にレベルアップしている。要するにSN比が良いと言うことなのだが、進化の度合いがかなり大幅なので、もう切り替えた瞬間に「うわ、ぜんぜん違うわ、超クリアだ」とわかる。ブラッシュアップした後継モデルと言うより、もうぜんぜん違う製品という印象だ。

 同じ新S-Master HXを使っているので、音の傾向はWM1Aとよく似ている。そこで、WM1Aも用意して、同じ曲をかけながらイヤフォンを抜き差ししてみたが、これがスゴイ。相手のWM1Aは約12万円、ZX300は約6.5万円と、だいたい倍の値段のプレーヤーなので「それなりの違いがあるだろう」と思って抜き差ししたのだが、一瞬ほぼ同じ音に聴こえて「え!? ちょっとまって」と思わず椅子に座り直して真剣に聴き比べてしまう。

 流石にまったく同じ音ではない。音場の広さはWM1Aの方がやや広く、また低域の分解能が少し上で、ベースの弦のブルブルと震える様子など、重い空気が伝搬してくるリアルさに違いはある。ピュアオーディオで例えるなら、電源ケーブルを良いものに変えつつ、インシュレータも少しいじったような違いだ。だが、逆に言えばそのくらいまでZX300の音はWM1Aに肉薄している。しかもこの“小ささ”で、だ。

 純粋に音のクオリティだけを比べるのであれば、WM1Aの方が一枚上手だ。だが、音を聴きながら本体を持ち比べたり、胸ポケに入れたり出したりしていると、ズシリと来るWM1Aに対し、スッスと気軽に持てるZX300から、WM1Aに負けないレベルの音が出ている事に感動して「小さいのにオマエスゴイな」と愛らしく思えてくる。

バランス接続でWM1Aと比較

 ここで両者をバランス接続で比較する。バランスに切り替えると、チャンネルセパレーションが向上して、音場がさらに広く、複数の音像の分離感も良好になる。また低域の馬力も少しアップ。ZX300のバランス駆動サウンドは、WM1Aのアンバランスのサウンドを凌駕しているようにも聴こえる。

 バランス同士で比べると、WM1Aの音もさらにレベルアップするので、ZX300による下克上にはならない。だがZX300の音に対する不満点がほぼ解消されるので、「本体も小さいし、安いし、もうZX300でいいんじゃね? これ」感がさらにアップする。

 また、じっくり何曲も聴いていると、WM1Aのワイドレンジな再生も良いのだが、中抜けというか、低域から高域の繋がりにおいて、高域と低域にばかり注目が集まって中域が引っ込み、上下が少し分離しているように聴こえるのが気になってくる。対するZX300のサウンドの方が、まとまりがいいというか、“下から上まできちんと詰まった密度感”が気持ちよくて、聴いていて楽しく、気持ちよく感じてくる。このあたりは好みの問題だと思うが、2機種を聴き比べて「ZX300の音の方が好き」と感じる人がいても不思議ではない。というか個人的にはZX300の方が好きだ。

 ヘッドフォンだけでなく、イヤフォンで聴き比べても、音の感じ方は概ね同じだ。ドライブ力の違いが出るので、ヘッドフォンの方がZX100からの進化具合や、WM1Aとの微妙なニュアンスの違いはわかりやすいかもしれない。

 同じ価格帯のAK70とアンバランスのケーブルで比較すると、低域の量感や深さ、分解能ではZX300の方が一枚上手だ。中高域の透明度はいい勝負だが、ZX300の方が「藤田恵美/camomile Best Audio」の「Best OF My Love」で口に開閉が生々しい。音像の広さもZX300の方に分があるようだ。

音質と利便性を高次元で両立した1台

 ポータブルオーディオ環境にこだわり、ポータブルプレーヤーやスマホに外部アンプを接続し、ゴムバンドで固定し、大きな1つのカタマリとして持ち歩くスタイルの人がいる。こだわりの機材を組み合わせて音のクオリティアップを狙うのは、まさにオーディオの楽しみなのだが、その大きくて重いカタマリを、毎日持ち歩く大変さがあるのも事実で、使い続けるには良い音への情熱が求められる。

 ウォークマンのWM1Aや無酸素銅のWM1Z、AKのAK380、SP1000など、数十万円する超弩級プレーヤーは、そうしたこだわりのハイクオリティサウンドをギュッと1台に凝縮したような製品で、音質と使い勝手のバランスという面では優れている。だが、例えばスマホなどと比べると大きく、重く、「毎日持ち歩いて使える快適さがあるか?」と問われると、返答に一瞬詰まるのも事実だ。

 ZX300は、位置づけとしては“WM1AとWM1Zの下位モデル”に間違いはない。だが、このサイズと重量で、名だたる超ハイエンドプレーヤーに殴り込みをかけられるレベルの音を実現しているところが最大の魅力であり、音質と利便性のバランスの良さという面では、超ハイエンド機よりも優れていると言えるだろう。ポータブルプレーヤーの場合、音の良さはもちろんだが、それと同じくらい「これを毎日持ち歩いて楽しもう」と思えるかどうかが重要だ。高いお金を払っても「あれ重いから、今日はスマホだけでいいや」となってしまったら、どんなに音が良かろうと、買った意味が半減してしまう。

 ひとことで言えば、「コストパフォーマンスに優れた1台」なのだが、ZX300を聴いていると、“ポータブルプレーヤー市場の成熟”を実感できる、非常に完成度の高いモデルだ。

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NW-ZX300

山崎健太郎