レビュー
AIと“プロ”モードで画質マニアのハート鷲掴み、4K有機ELレグザ「X930」の凄さ
2019年7月19日 08:00
この夏、LG、パナソニック、ソニー、東芝の4社から4K大画面有機ELテレビの新製品が出揃った。各社細かい違いはあるが、BS 4Kチューナーを複数個搭載し、HDR10 、HLG(ハイブリッド・ログガンマ)のほかHDR10+、Dolby Visionに対応するなど、ハイダイナミックレンジに対して万全の構えを見せている。
しかも、各社ともいっそうの高画質化を果たしながら、55型で30万円前後、65型で50万円前後と発売スタート時の値段も大きく下がり、いまこそ買い時という実感を抱かせる(10月以降は消費税率アップも間違いなし?)。
もっとも値段のことを言えば、大画面液晶テレビはもっと安いわけだが、この夏の各社の新製品を見て歩いて、画素一つ一つの明るさを制御できる自発光の有機ELこそ高画質の本命と改めて確信した。
映像を観ていちばん気になる画質の基本、コントラスト表現が、液晶と有機ELで断然違うのである。この夏の新製品でますますその差が顕著になった印象だ。
この夏の有機ELレグザはX930/X830の2シリーズ
4社の有機ELテレビのなかで、とりわけ好印象を抱いたのは東芝機。実はぼくは2017年の春以降、同社の65型有機ELテレビ「65X910」を愛用しているのだが、この夏発売されるX930/X830シリーズは、東芝機ならではのオーバーオールの画質のよさを磨き上げながら、機能面でもよりいっそうマニアックな魅力を振りまいているのである。
“オーバーオールの画質のよさ”とは、放送波からUHD Blu-rayまで、あらゆるコンテンツを東芝流の魅力溢れる画調で楽しませてくれることである。2年前に迎え入れた65X910は、照度環境や再生コンテンツに合わせて最適画質を提供する「おまかせ」モードの完成度の高さにまず感心させられたし、地デジやブルーレイの4Kアップコン画質は、他社製品を凌駕するすばらしさを見せた。とくに「映画プロ」モードで観るブルーレイの芸術的な描画センスは、抜群の訴求力を持つと言っていい。
この夏のX930/X830 はともに55型、65型の2サイズ展開となるが、X930とX830両者の違いは主に、地デジ6チャンネル分を全録できる「タイムシフトマシン」機能の有り無し。映像信号処理回路に違いはなく、画質は事実上同一。ということは、さほど熱心な地デジ・ウォッチャーでなければ(タイムシフトマシンはめちゃくちゃ便利だけれども)55型、65型ともに実勢価格で6万円安いX830を選ぶのも賢い選択かもしれない。
狭額縁パネルと絶妙な後方スラント
6月某日、編集部から「65X930をお預けしますので、2日間、ご自宅でじっくり観てインプレッション・リポートをお願いします」との連絡が。それは願ってもない機会、愛用中の65X910と比較しながら新製品の概要と画質についてリポートしてみたい。
65X910を載せていたテレビラックは、湘南・葉山にあるインストーラーショップ「カデンツァ」オリジナルの「T-FRAME」 。ブラック& ホワイトのツートーン・デザインで、かっこよくて使いやすいぼくのお気に入りだ。このラックに65X930を乗せ代えてみた。
X910と見た目の違いはほとんどないが、ベゼル幅を極限まで細くした65X930の佇まいはとても美しい。メタリックシルバーの鉄製スタンド(けっこう重い)に載せると、わずかに(2度)後方に傾く設計になっている。シアターチェアに座って画面に相対すると、この後方スラントの具合が実によいのである。映像を見下ろす感じで、視線が自然と画面に吸い寄せられていく感覚が得られる。画面の映り込みはさほど気にならないが、照明を映り込ませない工夫は必要だろう。
65X930の有効画面の縦寸法は約80cm。シアターチェアに浅く腰掛けた位置から画面までが約160cmなので、2H(画面高の2倍)視聴となり、水平視野角は40度を超える計算となる。申し分のない臨場感が得られる視野角と言っていい。
画質をチェック! キーワードは“AI”
パナソニックの4Kチューナー内蔵ブルーレイレコーダー「DMR-SUZ2060」をHDMI接続して画質チェックといこう。
ここでまず驚かされたのが、65X930は7系統ものHDMI端子を装備していること。X910は4系統だったので、大幅増だ。7系統すべて18Gbps対応、すなわち4K/60p/4:4:4/8bit、4K/60p/4:2:2/12bit信号を受け付ける仕様だが、同社技術陣の話によると、HDMI入力1~4が内蔵LSI直結、同5~7がSOC経由でLSIに入る仕様で、5~7入力を使うと全段フル12bit処理にならないという。そんなわけで、いっそうの高画質が期待できるHDMI入力1を使うことにした。
X930/X830に搭載された映像信号処理回路は、新開発の「レグザエンジンProfessional」。興味深いのはAI(人工知能)技術が大胆に導入されたことで、画質のバラツキが大きい放送コンテンツ(地デジ/BS/BS4K) に有効な「AI超解像技術」が盛り込まれている。その注目ポイントは2つ。『深層学習超解像』と『バリアブルフレーム超解像』だ。
前者『深層学習超解像』は、「人間の脳神経回路を模したニューラルネットワークを多層的にして、より正確で効率的な判断を可能にする」という何だかよくわからない触れ込みだが、現状では入力信号にたいしてエンハンスの強弱をどう設定するか、その判定に大きく貢献するようだ。とくにエッジが強調されて映像品位の低い地デジ番組などで大きな効果が見込めるという。
後者の『バリアブルフレーム超解像』は、激しい動き部分のチラつきを改善する超解像技術。放送コンテンツなどの60フレーム収録画像に対して、従来は3フレームおきに画像内容を精査し、S/N改善とチラつき抑制処理を行なってきたが、動きの大きな場面では逆にチラつきが増える副作用があった。そこで導入されたバリアブルフレーム超解像では、動きの量をAIで見極めて、動きが大きいときには参照フレームをよりも近づけて探索範囲に入るように工夫しているという。
さて、先述した東芝独自の画質モード「おまかせ」はX930/X830から「リビングAI」に進化した。内蔵された従来の明るさセンサーは、輝度のみをセンシングするタイプだったので、「おまかせ」高画質を実現するためには、部屋の照明は電球色か蛍光色か、テレビ背面の壁の色は何色か、外光が入る部屋かどうかという情報をユーザーがインプットする必要があった。
X930/X830の画面下に配置された明るさセンサーは、視聴環境の色温度をRGBで検出するタイプに換装され、検出精度の高いアルゴリズムを開発・導入することで、ユーザーが様々な情報を入力する必要がなくなったという。センサー自体には16bitの検出能力があり、色温度は8,000K(ケルビン)から12,000K の間で最適値が決定される。もちろん入力された信号が映画かアニメかビデオ収録素材かをフレーム情報を精査して判断、それに合わせて適宜画質チューニングが加えられるという。
AVファン、画質マニアのマインドを知り尽くした画質設定機能
65X930が搬入された午後、まずその「リビングAI」モードで地デジやBS、BS4K番組を観てみた。ぼくの部屋には南東にすりガラス状の掃き出しの窓があり、昼間はそうとう明るい。そんな環境でも「リビングAI」は的確に動作し、十分に力強く明るい画面を訴求する。パネル輝度のスペックは昨年モデルのX920とほぼ同等ということなので、最大1,000nit相当だと思うが「パネルの透過率が上がっている分より明るく感じられるのでは?」と同社担当エンジニアは言う。
最新の高級液晶テレビはもっと明るいが、これ以上の画面輝度が必要とはとても思えない。普通の人はまぶしく感じるだけだろう。
先述した「AI超解像技術」が効いており、X910と比較すると、特に地デジ番組の精細感が高い。原色を配置したガチャガチャした背景のバラエティ番組で、コメンテーターがふっと立体的に浮き上がってきて、思わず目を疑った。この3Dライクな表現力はX930の真骨頂で、本機の4Kアップコン&超解像画質に他社はまだまだ追いついていないと思わせる。
ただ、ぼくの感覚では「リビングAI」は総じて色温度が高い(=青白い)印象。そんなふうに感じられたときは「色詳細設定」の『色温度』設定で調整可能だ。
「リビングAI」のほか、本機には9種類の多彩な画質モードが用意されている。「あざやか/標準/スポーツ/アニメプロ/放送プロ/映画プロ/ディレクター/ゲーム/モニターPC」である。プロと命名された3つの画質モードとディレクターモードは、全暗環境を想定したもの。これらは本機に搭載された『プロ調整』機能が十全に活用できる画質モードになっている。
そう、本機は「そこまでやるか! 」と思わせるマニアックな調整項目を多々有しているのだ。また、そのメニュー画面がよくできていて、直感的に自分の感覚に合った調整が楽しめるのもうれしい。
X910以来、東芝はポストプロダクション向けに専用アプリケーションソフトをインストールしたプロ仕様のバリエーション・モデルを納入してきたが、X930では一般ユーザー向けモデルそのものがプロ用モニターとまったく同じ仕様として設計されていて、プロ用/家庭用を区別せずに出荷されるという。
例えば「プロ調整」項目の『プロモニター設定』をオンにすると、「EOTFモード」でSDR/ST2084/HLGが、「色空間モード」でBT.70/BT.2020が、「Max CLLモード」で1,000nit/4,000nit/10,000nitが選択できる(もっともわれわれ一般ユーザーは「オート」を選択しておけばよいのだが)。
またリモコンの「画面表示」ボタンを押すと、『映像分析情報』の2枚目に、入力された映像信号の、刻一刻と移り変わる輝度推移、その「ピーク輝度」 と「平均輝度」 が表示される。これは前作X920から搭載しているものだが、これはUHD BDを愛好している画質マニアにはとても興味深い機能で、HDR10収録映画ソフトのほとんどの場面の平均輝度が、10nit以下から30nit近辺だということを発見できたりする。
このへんは、実質日本市場のみでビジネスを展開する東芝有機ELテレビの面目躍如たるところで、東芝ほど我が国のAVファン、画質マニアのマインドをわかっているメーカーは他にないと実感させられる。
全暗環境でプロモードの画質を堪能
遮光カーテンを引いて全暗環境をつくりだし、「放送プロ」「映画プロ」モードの画質を精査してみよう。先頃のファームウェアのアップデートで、DMR-SUZ2060で録画したBD-R/REの再生が可能になった同じパナソニックの最高峰UHDブルーレイプレーヤー「DP-UB9000」を再生機に用いてのチェックだ。
日本で人気の高い名ソプラノの2016年東京・サントリーホールでのステージを、超ゴージャスなレンズを奢った8Kカメラで収録した8K ベストウィンドー 「アンナ・ネトレプコ・イン・トウキョー」(NHK BS4K/SDR)を「放送プロ」モードで観る。
これは昨年まで「ライブプロ」と呼ばれていた画質モードを引き継いだもので、色温度は8,000K近辺の設定だと思われるが、そのスキントーンの見せ方が絶品。アンナ・ネトレプコの白系ロシア人女性らしい透き通った肌色を美しく見せる。若いころに比べてずいぶんふくよかになったアンナさんだが、時折その姿態がふと立体的に迫ってきて、固唾をのんで画面を見つめることに。照明を受けて飴色に輝く弦楽器のリアリティも息をのむほどだし、奏者の前に置かれた楽譜がくっきり読めるその解像感の高さにも脱帽だ。
NetflixのDolby Vision収録作品「ROMA/ ローマ」をドルビーラボが設定した画質モード「Dolby Vision Dark」で観てみた。目の覚めるかのようなキレキレの高精細モノクローム映像。以前、某社の大画面液晶テレビでこの作品を同モードで観たときは、ハイライト強調型のまぶしい画調で感心しなかったが、本機で観るDolby Vision Darkには、そんな違和感はなかった。
試しにUB9000の調整機能で「ドルビービジョン」を“切” にして(つまりHDR10映像にして)本作を「映画プロ」モードで観てみた。目の覚めるようなキレキレ度は少し後退するが、輪郭が柔らかく、しっとりとした質感が甦ってくる。この映画の舞台となる1970年代の気分がよく出るのは、Dolby VisionよりもHDR10 再生の「映画プロ」だと思う。
続いてUHD BDの「マリアンヌ」を「映画プロ」モードで観てみよう。本作は暗部階調(とくに最暗部から光り出しの部分)の振る舞いにぎこちなさがあると言われてきた有機ELテレビにとって厳しいシーンが続く作品だが、65X930は予想以上に無難にこなした。
特に驚かされたのが、チャプター11の空襲シーン。ここでは漆黒の夜闇のなかで不安げに空を見つめる人々が描かれるのだが、UB9000と65X930のペアは、闇に沈む人々が着ている制服やセーターの色合いを粘り強く描き出すのである。今回のテストでぼくが愛用する65X910との違いをもっとも強く実感させられたのは、この暗部の色再現力だった。また、X930の「HDR 調整」内の『HDR エンハンサー』をオフに設定すると、とくに階調のつながりがよくなることがわかった。
一方、「映画プロ」初期値の色温度(6,500K) は、ぼくの目には緑が強いホワイトバランスに感じられる。とくに肌色がグリーンに転ぶと、強い違和感を抱いてしまうのだが、心配はいらない。本機の色温度調整機能は5,000Kから12,000K まで10ポイントで設定できるし、6500K 固定でもそのR/G/B ゲインを個別に調整できるのである。ここでは、Gゲインをマイナス方向に寄せて自分の感覚に合わせた。
もっともこのホワイトバランスの感じ方は人によって大きく異なるようで、ぼくの感覚にしっくりくる調整値では肌色が赤っぽいと感じる方もおられる。ホワイトバランスとは、オーディオで言う「音色」のようなものなのだろう。そこに個人差があるからこそ調整しがいがあるわけだし、趣味として面白いということになるのだが。
最後にHDR10+収録のUHD BD「ボヘミアン・ラプソディ」を「映画プロ」モードでチェック。
フレディが久しぶりに実家を訪ねた後、ウェンブリー・スタジアムへ向かい、ステージを繰り広げるクライマックスを中心に観たが、すっきりと見通しのよい高SN映像が目に心地よい。メンバーの緊張した表情を克明に描写するその精細度の高さにも唸らされる。平均輝度レベルが大きく変動するシーン・チェンジでも、安定したコントラスト感を見せるところはHDR10+の恩恵もあるのだろう。まったくもって不満を抱かせないハイレベルな4K画質を堪能した。
高画質マニアに太鼓判でオススメ
本機の内蔵スピーカーは、画面下部にドライバーユニットを下向きに配置したインビジブル・タイプ。正面向きにユニットを取り付けたテレビほど音が下から聞こえてくる違和感はなく、アナウンスやダイアローグが聞き取りやすい真っ当な音に仕上げられている。
しかし、本機が見せる超高画質にバランスするかというと、それは難しい。映像作品に真摯に向き合いたいという方は、ぜひ本機の両脇に良質なステレオ・スピーカーを配置して欲しいと思う。
そういえば、本機にはTOS(光)リンクだけではなく、新たに同軸デジタル出力が装備されている。残念ながらその音をチェックする時間はなかったが、伝送帯域の狭いTOSリンクよりも高音質が期待できるので、デジタル入力付きのAVアンプやD/A コンバーター&オーディオアンプの同軸デジタル入力につないで、ぜひお気に入りのスピーカーを鳴らしていただきたい。
また本機には4,096バンド(!)という超ワイドバンドなFIR フィルターを用いた「音響パワーイコライザー」が内蔵されている。この機能を用いればピュアオーディオ・グレードの精密な補正が可能なので、次はぜひこのイコライザーが外部スピーカーでも活かせるように、スピーカー出力端子を付けてほしい。内蔵パワーアンプの出力も年々大きくなっているわけで、スピーカー出力端子を付けるくらいたいしたコストアップにならないと思うのだが……。
日本の4Kコンテンツ状況は、放送(BS4K)、配信(Netflix他) 、パッケージソフト(UHD BD)の三つ巴でますます魅力的なものになりつつある。消費税率アップ前の、この夏こそ現代最高画質の4K有機ELテレビを入手する絶好のチャンス。高画質マニアに太鼓判を捺してお勧めしたいのは、言うまでもなく東芝X930/X830である。