レビュー
5年の苦労が結実、final“真のベリリウムイヤフォン”「A8000」至福の音楽世界
2020年1月21日 08:00
フラッグシップのキーワードは「トランスペアレント」
「LINNのCDプレイヤー“IKEMI”に出逢った時の感動と同じ。録音された音が驚くほど自然に聴こえる、オーディオの驚きがこのイヤフォンに詰まっている」。昨年11月、finalの新フラッグシップイヤフォン「A8000」(税込198,000円)を、発表会で初めて音を聴いた時にそう感じた。これは決して電気仕掛けの機械音ではない、人間が音楽を奏でる楽器の音だ。
以前から、SNEXTの中の人からA8000の存在は聞いていた。「イヤフォンのフラッグシップモデルとして、Eシリーズではなく別のラインを与える予定の、スゴいのを開発中です」と。ところが肝心の製品は試作機すら表に出てこず、事あるごとに開発状況を尋ねてもなかなか前向きな答えは返ってこない。首を長くして待っていたところ、満を持してようやく出てきたのが11月だったのだ。
「新しいところへ行きたい、そうでないとフラッグシップとは言えない」発表会でそう語った同社・細尾満社長によると、本機のコンセプトは「音楽を聴く高揚感をトランスペアレントな音で実現する」。遠くに定位するけれどくっきり明瞭なクラシックコンサートの暗騒音、あるいは空港のような騒音環境下でもわかる楽器の生音などを「トランスペアレントな音」の例に挙げ、イヤフォンでこれを達成することがA8000のミッションだと説明した。
音の印象を決めるのは音色と空間印象で、これらを物理的に表すと“周波数特性”と“時間応答”になるという。このうち周波数特性はイコライザーによる信号処理や、コイルとコンデンサーを使ったネットワーク回路などの手段で比較的簡単に操作できる。そのため開発のノウハウもよく知られており、例えばヴォーカルを近くするならば1~3kHzを上げる、あるいは8kHz以上の音圧を上げると解像度が上がる、といったメソッドが確立している。同社Eシリーズのサウンドも、これらのノウハウを基本にしたメソッドを活用したものだという。
対して時間応答については難易度が高く、ドライバーの素材や筐体構造に由来する空気の制御など、操作するにも面倒な要素が多い。例えば三菱電機ダイヤトーンのスピーカー「DS-4NB70」は、振動板の新素材“NCV-R”を開発したことで生まれた現代の傑作だ。あるいはB&W「Nautilus」の奇妙に見える形状は、より自由で精密にドライバーを動かす試行錯誤の結果である。そしてこれらはやはり、世界的に高い評価を受けている。
A8000はこの時間応答という要素に真っ向から挑んだ。シリーズ開発の中核を担ったのが同社によるサウンド新評価法「Perceptual Transparency Measurement:PTM」、直訳すると“知覚的透明度測定法”といったところか。具体的なパラメーターなどの詳細な説明はされていないが、概要としてはインパルス応答(単発音の反応性)の解析結果と、主観評価による音の成分・要素の分析、これら2項の相関性について分析評価するという手法だという。
新開発の解析手法が指し示した素材、純ベリリウム
PTMによる分析の結果、振動板の素材についてはじき出された答えは“軽い”“硬い”“音速が速い”。言い換えれば入力信号に敏感に反応しつつ、入力が止まれば振動がすぐ止まり、振動板の隅々まで素早く振動が伝わる。要するに“内部損失が高くて音速が速い”マテリアルが良いという、昔から言われ続けている結論だ。
実のところA8000は、開発にトータルで5年かかったそうで、試作段階の実機が出来上がったのが2年前。構造としては製品版もこの段階とさほど変わっていないという。2年もの時間を費やしてやっていたことは「何故この音が出るのか」「この音が何故こう聴こえるのか」といった「何故?」の解明だそうだ。
中でもPTMメソッドによる結論は音速が最優先で、良好な特性を示したのがベリリウムだったという。本機の中核技術のひとつ、純ベリリウムドライバーは高温度でプレスする熱感プレス加工で生産される。問題はベリリウムがたいへんもろく、プレス加工が難しい素材だということ。素粒子研究の実験装置などでも用いられることがあるが、実験器具にトラブルが発生する時はベリリウムのパーツが破損していることが少なくないのだとか。
ODMも請け負う同社は、以前にベリリウムヘッドフォンの企画が挙がったことがあり、その経験が今回活きたという。加えて今回はシミュレーションで作業がだいぶ捗ったそうだが、それでも試作機はかなりの数にのぼるらしい。特に出音に影響するドライバーユニット前面の容積の設定など、良質な素材の能力を最大限発揮すべく繊細極まる設計だそうで「おかげで試作の山を作った」とは細尾社長の言だ。
見慣れたハウジング形状にも、快適性への一工夫
本機はMAKEシリーズやBシリーズなどでも採用されている、finalユーザーには見慣れたIEM形状のハウジングを採用している。ただし鏡面仕上げのハウジングは従来品と全く同じものではなくカスタマイズされていて、例えば外観ではフェイスプレート面が従来の3面構成から2面構成に変更されている。また耳の当たりに対するストレスを低減するため、曲面はCADによる自動出力ではなく、デザイナーが手作業で線を引いているという。
41gのハウジングはステンレス製で、掌に載せると重量を感じるが、耳への収まりが良いため装着してみるとさほど重くは感じない。先述の通り本機は極めて繊細な設計となっているため、ユーザーによる開腹整備は想定されていない。この事は従来MMCXコネクタ直近にあったフェイスプレート面のネジ穴が省略されている点や、内側のネジ穴に透明樹脂が充填されている点などから伺える。ただし音導管の先端にあたるダストフィルター部分はユーザーによる交換が可能で、パッケージにも予備パーツとして付属している。
付属のキャリーケースも形状はEシリーズなどと同じ円形のものだが、今回は半面がアルマイト処理されたアルミ製となっている。蓋面は従来通りシリコン素材。イヤーピースは5サイズで、こだわりのイヤーフックも付属。業界人の間で話題になっている「MMCX ASSIST」も同梱されている。finalのMMCXコネクタは特に硬くリケーブルに難儀する事が多かったが、そんな苦労が嘘みたいに簡単に着脱できる超便利なアイデアグッズだ。
「トランスペアレントな音」が気付かせる音楽世界の奥深さ
A8000のコンセプト「トランスペアレントな音」を和訳すると“透明な音”だが、こう言われただけで音の様子を直ぐに想像出来る人はあまりいないだろう。はて、透明な音とは何ぞや。僕の答えは、冒頭に挙げた“自然に聴こえる音”だ。オーディオは音を電気信号に変換し、再び音波に戻したものを聴く行為だ。電気信号を音波に戻す際にどれだけ元の音に近づけられるか、あるいは独自の色を出せるかという点にオーディオの趣味性が現れるわけだが、このうち振動板を使って元の音に限りなく近似した音を創るアプローチのひとつが“自然に聴こえる音”なのではなかろうか。
定番曲イーグルス「ホテル・カリフォルニア」で言うと、出だしから極めてナチュラルで電気信号的な嘘臭さがなく、例えばギターの撥弦やスティックでシンバルを叩く金属感が、実際の楽器でそうするかの様にとてもカリッとしている。だがしかし、これは単に“解像度が高い”というものでなければ、高音が刺さりすぎる訳でもなくて、絶妙なバランス感覚でもって音楽が存在している。低音を聴くとしっかり出ているのにうるさくない。低音のスピード・位相がしっかり高音と揃っていて、軽やかに音楽が進行する。上も下も併せて一つの音楽。当たり前の事なのだが、それを極限まで仕上げることでA8000は異次元の境地を見せてくれる。
そんなバンドに乗って紡がれるヴォーカルは特にナチュラルだ。本当に自然に真ん中に定位していて、そこから音が湧き上がってくる。もちろんこの音が湧き上がってくる感覚はヴォーカルだけでなく、ドラムセットもギターもベースも、極めて自然に音が存在して、極めて自然に音が消えゆく。そんな音の振る舞いの様が、ただただとにかく美しい。音楽に耳を傾ける、音の世界に没頭し、酔いしれるのに、これ程までに素直になる事が出来るイヤフォンが、いまだかつてあっただろうか。
同様の傾向はジャンルをジャズトリオに移した「ワルツフォーデビイ」でも。冒頭から左定位で出てくるダブルベースが驚くほど軽やかだ。イヤフォンでこんなに軽やかなダブルベースが聴ける事にまず驚愕するのだが、これだけ軽やかでありながらダブルベースは決して存在感が薄くならない。むしろ一般的なイヤフォンよりもずっと身が詰まっていて、特に中間部のソロなどはかなりしっかりとしたボディを感じる。確かにそこに、ダブルベースは“存在する”のである。
そんなベースラインに呼応するかのように、スネアの軽やかさが音楽の進行力を加速させる。極小編成のジャズトリオにとって、ドラムスの役割はあくまでリズムの進行に徹して音楽の雰囲気を作ることにあるため、小気味良くリズムが刻まれる事は極めて重要だ。ドラムスのノリが良いことで音楽そのものがグルーヴを湛える。その溢れんばかりのグルーヴ感が、自然な音で歌うA8000ならば存分に愉しめる。
そこへ乗ってくるピアノの振る舞いには、どこにも無理が無い。出来がイマイチなイヤフォンだと、音が多い曲の場合、狭いエリアにギチギチに詰め込まれた窮屈そうな音になるが、本機にはそんな素振りが全く無い。ベースとリズムの両セッションがしっかりと音楽の屋台骨を支えているからこそ、ビル・エヴァンスのピアノが自由に、軽やかに遊んでいる。ジャズトリオを聴く大きな目的は、こういったその場限りの偶然性が生む輝きだと感じる。微に入り細を穿つ台本なんて必要ない、まるでとめどない会話のように、音だけで愉快な世界を自由にのびのびと描いてゆく。その自由さが、今までのイヤフォンでは聴いたことの無い次元にある。
アコースティックな音、特にクラシック音楽とは相性が良い。ヒラリー・ハーン/ロサンゼルス室内管弦楽団「バッハ:ヴァイオリン協奏曲」は空間が冴え冴えと澄み渡っており、どの楽器といわず、とにかく響きが豊かだ。このバッハもやはり「軽やか」がキーワードで、通奏低音のチェロは音離れが良く、とてものびのびと音が飛んでいる。聴くだけで貴族的な雰囲気を連想させるチェンバロも軽やかで、楽曲の雰囲気をかなり上手に作っている。
驚くべきは、埋もれる音がひとつも無いこと。どれだけ多数の楽器が鳴っていても、どれひとつ曖昧にならずしっかりと聴き取る事が出来る。そういった事から、本機はこの曲が「合奏」であることを思い出させる。中央でソロを奏でるヒラリー・ハーン、左で音楽を厚く盛り立てるヴァイオリンとヴィオラの弦楽セクション、右で土台を支えるチェロの低音、そして七味の様にピリリとアクセントを入れるチェンバロ。全ての楽曲が自然に且つしっかりと存在し、ひとりひとりの音が合わさってバッハの世界を創るのである。
この、1人1人の音が合わさって音楽を創るという事が自然に出来る事こそ、敏感な時間応答能力の賜物であり「トランスペアレントな音」の力だ。古今東西オーディオに携わる様々な人がドライバーの反応と音離れに苦心してきたわけだが、オーディオの基本でありキモでもあるこの部分にA8000は真正面から向き合った。その甲斐あって音楽の構築は実にしっかりしており、結果として主役であるヒラリー・ハーンのヴァイオリンも実に冴え渡る。ソロ部分の悲しげな響きなどは聴き惚れてしまう、かと思えばダ・カーポで第1主題に戻ると一気に雰囲気を戻す。そういう描き分けもまた見事で、思わず舌を巻いてしまう。
掌に、黄金の響き
アコースティックな音、特にクラシック音楽との相性が最高。ならばクラシックのライブ録音はどうだろう。ということで、新年に最も相応しいと思われるライブ音源として、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートを聴いてみた。
「黄金のホール」の異名を持つオーケストラの殿堂、ウィーン楽友協会大ホールで毎年現地時の元日間正午から開かれる、世界一有名なクラシックコンサート。今では世界80カ国に生中継されており、日本でもNHK Eテレで元日20時から華やかな様子が放送される。2020年の指揮者はアンドリス・ネルソンスだったが、音源リリースは1月末の予定だ。今回はネルソンスの同郷の師匠で、昨年11月に逝去したマリス・ヤンソンスがタクトを握った、2016年の音源をチョイスした。
楽友協会大ホール、通称ムジークフェラインザールが「黄金のホール」と称されるのは、栄華を極めたハプスブルク帝国の文化を凝縮した金色の内装もさることながら、奇跡の響きとも言うべき濃厚なホールトーンにある。長い直方体のシューボックス型ホールで、アムステルダムのコンセルトヘボウと同様に長めで濃密な残響が特徴的。音響学などまだ無かった1870年の竣工で、たとえお喋りの声や本番前のウォームアップ発音であってもその響きは美しく、発せられた音の全てを音楽にしてしまう、まさに奇跡の響きと呼ぶに相応しい空間だ。
オーストリアの第2国歌とも言うべき「美しく青きドナウ」では、冒頭にピアニッシモで奏でられるヴァイオリンの繊細なトレモロにも、しっかりとした存在感がある。「黄金のホール」が聴かせる重厚にして華麗で豊かな響きがそうさせているのだろう、そこにA8000が持つ応答力の高さ、休符時の暗騒音から感じる透明感・空間感が、独特の雰囲気を与えている。
主題部はドミソで始まる有名な三拍子のメロディーだが、ワルツの中でもウィンナ・ワルツは独特のリズム感覚を持っている。ウィーン・フィルの演奏で聴くと、そういう事を再認識させられる。つまり1拍目は強くも短く、2拍目は少しためる、そして3拍目で力を抜く。地元っ子の魂に刻まれたリズム感覚とヤンソンスの人情が呼応し、ホールが響きを溶かして形作る。音楽という人間の営みが滲み出た、暖かい演奏だ。
それにしてもこのイヤフォン、固唾を呑む緊張感も、弦楽の優雅で華やかな三拍子も、自由自在に鳴らしてみせる。ここでもやはり音の立ち居振る舞いが美しく、特に極小音のティンパニは繊細だ。音が発生して、消え入るまで、その様が実に克明に描き出されていて、思わず集中して耳を傾けたくなる。これこそ音楽を聴かせるオーディオの力だろう。
ドナウの喝采の中から高らかに響くスネアドラムによって始まる「ラデツキー行進曲」。指揮者がオーケストラではなく観客に向かって指揮をすることでお馴染み、高揚感と祝祭感が溢れ、コンサートのラストを飾る実に楽しい演奏だ。
行進曲はそもそも4分音符=120のテンポで歩くための楽曲なので、まず聴くべきはリズムセッションだろう。当然ながら演奏はバッチリで、強・弱・中・弱を刻むパーカッションとベースライン、そしてリズムセッションがスパッと軽妙に聴こえることで、行進曲全体が重くなり過ぎない。この軽快さは観客の手拍子にも効いており、ホールの響きを湛えてとても心地良い手拍子となっている。こういう手拍子の音にこそ、A8000の真価を見た。その音があまりにもリアルで、目を閉じると大勢の聴衆が周囲で本当に手拍子をしているのかと間違えるほどだ。
特に手拍子の強さは指揮者によって毎年まちまちで、2016年のヤンソンスは出だしからハイテンションで観客の手拍子も大きい。ややもすると、楽団の演奏よりも観客の手拍子が主役ではないかとさえ思えてしまうが、第1主題も後半になるとテンションの主導権が聴衆から楽団へ移り、ピアノまでボリュームが下がると明確にオーケストラが音楽を支配する。ヤンソンスのラデツキーはそういう様が実に明朗な演奏だ。指揮者を中心に、オーケストラと聴衆が音楽を通じてひとつの世界を作り上げ、共有する。これがライブ(生きる)音楽の面白さ。こんなに愉しい音楽を聴くと、楽曲が終わってなお、暫く高揚感が絶えない。思わず観客と一緒に拍手を送りそうになった。
打ち込み音源の高音とボリュームには注意が必要かも
オーケストラのライブ録音が素晴らしい事はよく解った。では正反対のジャンル、少人数編成でコンピュータによる打ち込み音源が主体のポップスはどう聴こえるか。例えば「ラブライブ! サンシャイン!!」でAqoursが歌う「Water blue new world」の様な……。
一聴して浮かんだ言葉が「音の洪水」だ。重ねに重ねて詰め込まれた各パートが、どの音もダルにならずにガッチリと定位してハイテンションで耳に飛び込んでくる。なので、驚くほどしっかりと音が聴き分けられる。ただし、これまで“音の立ち居振る舞いが自然”と再三述べてきた点が、こういう打ち込みとアコースティックな歌声が合わさった音源では落とし穴となっていた。何かと言うと、ヴォーカルの肉声とアコースティックではない打ち込み音との間に、明らかな振る舞いの差がわかる。そういう意味でA8000は、ウソがつけないイヤフォンとも言える。
もうひとつ気付いたのが、高音が刺さること。従来のfinalイヤフォンよりも高感度でラウドネスが大きいので、高音がよく伸びている打ち込み音源はちょっとしんどく聴こえるかもしれない。手元のプレーヤー「QP2R」では普段E5000をつないで72/120くらいのボリューム(ハイインピーダンス設定)で聴いているが、A8000では60でもうるさく感じ、基本は46、街中の騒音環境下でも52程度で充分に楽しめた。逆に言うと、ビートを主体としたEDMなどのジャンルで音圧を求めるならば(楽曲によっての差はもちろんあるが)、もしかするとより快適な選択肢が他にあるかもしれない。
僕の感覚では、多分この音を延々と聴き続けているとかなり疲れる気がする。打ち込み音源主体のポップスはそれだけエネルギー量があるということを、今回の体験で実感させられた。
ボリュームを結構絞っても音楽が破綻せず、キッチリと各音が聴き分けられるので、音量を下げて流すのが正解か。あるいはサウンドバランスについては、イヤーピースやリケーブルなどで調整できる。特に標準で付いてくる潤工社OFCシルバーコートケーブルは帯域が広くエネルギーを全面に押し出す傾向にあるので、例えば上質なカッパーケーブルなどに替えるとまろみが出て耳当たりが良くなるかもしれない。
音楽鑑賞にこれ以上のイヤフォンがあろうか
アコースティックな音が生み出す至福の音楽世界に対して、これほどの音で応えるイヤフォンを他には知らない。強調や演出をまったく感じない、どこまでも自然で心地良い、それがA8000の音だった。リズム、メロディー、ハーモニーという音楽の3要素に加え、音の強弱、アーティキュレーション、テンポなど、演奏者が取りうるあらゆる要素でより深い音楽世界を感じる、そういう鑑賞を求めるクラシックやジャズを愛する人々にとって、このイヤフォンは必ず聴いておくべき1本だと断言できる。
一方でリズムやビートにより主体性を置き、グルーヴ感などのより本能的な部分を重視するポップス・EDMといったジャンルのリスナーにとって、あるいは一歩引き下がった鑑賞という音楽スタイルを物足りなく感じる人が居るかも知れない。もちろん本機の高いポテンシャルから見ると、機材やアクセサリーの組み合わせ次第で好みの音により近づけられる可能性は大いにあるが、元々のキャラクターはあくまで「より精緻に、より自然に」という点であることは留意しておきたい。
なにせ本機は約20万円のハイエンドモデルだ、実際の選択で俎上に上がるのはいずれ劣らぬ究極を目指す逸品ばかりだろう。そもそもハイエンドモデルというものはブランドのフィロソフィーを全面に押し出す事を是とする極めてキャラクターが立ったものであり、基本的にオールラウンダーにはなり得ない。何でもこなす80点主義、それはハイエンドモデルではなくハイパフォーマンスモデルの役割だ。この点をうまく理解して活用することができれば、今まで知らなかった楽曲の深淵を覗くことができる音楽の友として、きっと末永く付き合うことができるだろう。聴き慣れた音楽でも新発見をもたらすパワーをA8000は秘めている、この歓びだけは間違いないと保証する。