レビュー

デノン、あの人気サウンドバーがAtmos対応で超進化「DHT-S217」

DHT-S217

サウンドバーが人気だ。映像配信サービスの一般化と、家で過ごす時間が増えた事で「映画やドラマやアニメを良い音で楽しみたい」けど「高価で場所をとるホームシアターはちょっと……」という人にはピッタリの製品。そんなサウンドバー市場で、一際異彩を放ち、なおかつ高い人気を誇るのがデノンから2019年末に発売された「DHT-S216」だ。

AV Watch読者であれば「あれね、もう知ってるよ」という人も多いが、超簡単におさらいすると、S216は2015年にデノンの“音の門番”であるサウンドマネージャー(現サウンドマスター)に就任した山内慎一氏が、初めてイチから手掛けたサウンドバーだ。

従来は「バーチャルなんとかサラウンド」機能の凄さや、低音の迫力などで競っていたエントリー価格のサウンドバー市場に、「ピュアオーディオ用スピーカーのつもりで作った素の音の良さ」や「バーチャルなんとか処理を全部すっ飛ばしたPUREモードを搭載」、「なのに実売23,000円前後と安い」といった、トンガッたモデルとして開発。

「オーディオマニア的にはスゲェ面白いんだけど、売れるのこれ」という心配をよそに、蓋を開けてみれば「こんな音のサウンドバーを待っていた」人が大勢いてバカ売れ。2017年頃まではシェア1%未満で、失礼ながら「デノンってサウンドバー出してましたっけ?」状態だったのに、S216の大ヒットで、2020年のシェアがいきなり10%近くに激増。その後も上位機が次々登場し、それらもヒット。シェアも右肩上がり……と、サウンドバー市場におけるデノンの存在感を一気に高めた“立役者”が「DHT-S216」だった。

前モデルとなるDHT-S216

前置きが長くなったが、そんなS216の後継機が登場した。その名も「DHT-S217」。これは聴かないわけにはいかない。さっそくデノンに行ってみた。結論から言うと、「前モデルが良くできていたので、ちょっと改良した後継機種」とかではない、「S216の路線をさらに突っ走ったサウンドバー」がそこにあった。

DHT-S217

ロスレス対応したサウンドバーに進化

音を聴く前に、DHT-S217の特徴をおさらいしよう。まず価格だが、S216が発売当初約23,000円だったが、S217は約29,700円と、ちょっと高価になった。ただ、デノンのサウンドバーのエントリーモデルという位置付け自体はS216と同じだ。

カラーは、黒っぽかったS216に対して、S217は少しグレーに寄った、優しい感じの色合いになっている。筐体自体のデザインやサイズに変更は無く、搭載しているユニットのサイズや個数も、S216とS217で違いはない。

下がDHT-S217、上がDHT-S216

構成としては2.1chで、前面の左右端に25mm径のツイーター、45×90mmの楕円形ミッドレンジを各2基搭載。中央付近の底面に、下向きに75mm径のサブウーファーを2基搭載している。

内蔵ユニット

ユニットが同じでなぜ高価になったのか。大きく変わったのは心臓部だ。サウンドバーには、圧縮されたサラウンド音声をデコードしたり、バーチャルサラウンドへの変換などを行なうためのプロセッサが搭載されているが、そのSoCが約6万円する上位モデル「DHT-S517」に搭載しているものと同じ、よりハイスペックなものを搭載した。

ちなみに、このSoCには発熱対策としてヒートシンクが取り付けられているが、S217では、S517と比べてより小さなヒートシンクになっている。ヒートシンク自体が“鳴く”ものなので、小さい方が音質面では有利だ。S217は、筐体の左右にポートを設けたバスレフ方式で、筐体内の空気の流れを冷却に活用する事で、ヒートシンクが小型化できたそうだ。

高性能なSoCを搭載

強力なSoCを搭載した事で、S216はロッシーなドルビーデジタル信号までの対応だったのに対して、S217はロスレスであるDolby TrueHDベースのDolby Atmosまで対応できるようになった。具体的には、リニアPCM 7.1ch、ドルビーデジタル、ドルビーデジタルプラス、Dolby TrueHD、Dolby Atmos、MPEG-2 AAC、MPEG-4 AACに対応する。ちなみに、S216はドルビーデジタル、DTS、AAC、リニアPCMのみだ。

大きなポイントは、ロスレスであるDolby TrueHDベースのサウンドがデコード&再生できるようになった、という事。そもそも情報量の多い音声を再生できるようになった事で、音質が向上している。

そしてもう1つのポイントは、Dolby Atmosに含まれる天井からの音、つまりハイトの情報もデコードし、再生できる事。ただし、前述の通りS217は天井反射を使うDolby Atmosイネーブルドスピーカーは搭載していない。信号としてハイト情報もデコードできるが、それを信号処理し、加味した状態でハイトの無いスピーカーから再生し、擬似的ではあるが臨場感を高めた再生を行なう「Dolby Atmos Height Virtualizer」機能を備えている。要するに「天井からのリアルサウンドは再生できないが、上からの音もバーチャルで再現した広がりのある音を再生できるようになった」というわけだ。

なお、S217はサウンドモードとして、映画館のような臨場感のあるサウンドが体感できるという「MOVIE」、コンサートホールのような臨場感が楽しめる「MUSIC」、夜間などで音量を控えめにした時でも小さな音が聞き取りにくくならない「NIGHT」モードを用意。

さらに、S216で搭載され話題を集めた「PURE」モードも引き続き搭載。サウンドモードやバーチャルサラウンド処理をバイパスし、増幅回路に入力することで、音の純度が最も高くなるモードだ。山内氏が目指す「Vivid & Spacious」サウンドを実現するサウンドモードと位置付けられており、そのサウンドは、40回以上の音質検討を繰り返して決定されたそうだ。

サウンドモードやバーチャルサラウンド処理をバイパスし、増幅回路に入力することで、音の純度が最も高くなる「PURE」モードも搭載

詳しい人は、ここで引っかかるかもしれないので解説しておこう。それは「Atmosのハイト情報はPUREモードで再生されるのか?」という事。前述の通り、Dolby Atmos Height Virtualizerでハイト情報も含めた再生が可能だが、PUREモードではバーチャルサラウンド処理をバイパスしてしまうので、ハイト情報を入れられないのでは? という疑問だ。

結論から言うと、PUREモード再生時にハイト情報は入らない。これは、「ハイトスピーカーが存在せず、フロントスピーカーしかない時は、必ずDolby Atmos Height Virtualizer処理をかけてね」というドルビーのレギュレーションが存在するため。このため、バーチャライザー処理をカットするPUREモードでは、Atmosのデコードが働かなくなり、ハイト情報も入れ込めなくなる。

ただし、Atmos信号のデコードはできず、5.1ch信号を再生する事になるが、音声データ自体はロスレスのDolby TrueHDベースであるため、ドルビーデジタルの5.1ch信号を再生するS216よりも、S217ではベースのサウンド自体が高音質なものを再生できる。

「MOVIE」モードなどでハイト情報を含めたサウンドが良いのか、それを捨てても「PURE」モードの方が良いのか、それは後ほど試聴してみよう。

電源部やインシュレーターにも注力

信号処理以外の部分でも、音質の進化がある。先程、SoCがS517と同じと書いたが、電源部もS517と同等の強力なものを搭載している。これは、エントリーサウンドバーの出力には不釣り合いなほど強力なものだが、音質を重視し、あえて搭載したそうだ。

電源部も強力に

さらに細かなポイントだが、底面のインシュレーターも新しくなった。高さを1㎜アップさせるとともに、形状が変更されている。75㎜径の底面サブウーファー下の空間を広げて音抜けを良くするとともに、制振性をコントロールし、全体の音質向上に寄与しているそうだ。

底面のインシュレーターも高さがアップ

入力端子は、4K対応のHDMI入力、光デジタル入力、AUX入力を各1系統装備。HDMI ARC/eARC対応テレビと接続する場合は、HDMIケーブル1本で接続できる。出力は、4K対応HDMI、サブウーファー出力を各1系統備える。単体でも使えるが、より迫力のある低音が欲しかったらサブウーファーを追加できるわけだ。また、ACケーブルは着脱式となっている。

背面の入力端子部

また、Bluetoothの受信にも引き続き対応。コーデックはSBCのみだが、サウンドバーをBluetoothスピーカーとして使える。テレビをつけずに、サウンドバーをオーディオスピーカーとして音楽を楽しめるので、S217の使用頻度も増加するだろう。

素のスピーカーとしての音質が大幅進化

では、S217のサウンドがどう進化したのか。S216と比較してみよう。まず、素のスピーカーとしての音がどう変わったのかを知るために、両方をPUREモードに設定。2ch CDの音を再生する。楽曲は、女性ボーカル2人+生ギターというシンプルなアコースティック「FRIED PRIDE/見つめていたい」。

最初はS216から。S216のサウンドは何度も聴いているので予想はしていたが、ギターの弦をつまびく音の細かさ、付帯音の無い女性ボーカルのナチュラルさに改めて驚く。横長のサウンドバーなのに、まるでピュアオーディオ用のブックシェルフスピーカーを聴いているような感覚だ。この時点で十分音が良いので、「この後に聴くS217は、さらに音が良くなっているのだろうけれど、ここからどう良くなれるんだ?」というのが正直な感想だ。

しかし、S217にチェンジして同じ曲を再生すると、ぶったまげた。まず、音の広がり方が違う。S216も、サウンドバーとしては音がこもらず、気持ち良く広がるタイプなのだが、S217はその空間がグッと広がり、横方向だけでなく、縦方向にも広大になる。“テレビの前に置いてある細長い箱から音が出ている事”を忘れてしまいそうだ。

その空間に描写される情報量も増加。ボーカルが歌い出す時の「スッ」というブレスまで鮮明に聴き取れ、ギターの弦がブルブルと震える様子が、低音に埋もれずにクッキリと聴こえる。

さらに、ギターの筐体が共鳴して音圧豊かな中低音を響かせるのだが、その音圧のパワフルさ、低域の迫力がS217の方が数段アップしている。

音場が広くなり、そこに定位する音像の情報量が増加、低域もよりドッシリ深くなるため、全体を総合すると「S216のサウンドが全方位で強化されたのがS217」と感じる。朗々と、雄大なサウンドを再生してくれるため、S217からは“余裕”みたいなものを感じる。

これを体験してしまうと、S216は「サウンドバーが頑張って良い音を再生している」印象になり、S217は「スケールも描写も細かいサウンドを余裕をもって再生している」ように聴こえる。同じエントリークラスの後継機種にも関わらず、S217はワンランク上のモデルを聴いているようだ。

搭載しているユニットや、筐体の形状は同じなのに、ここまで音が進化するのは凄いを通り越して不思議だ。ディーアンドエムホールディングス ライフスタイルエンジニアリングの斉藤天伸マネージャーによれば、「細かなチューニングの積み重ねによる違い」が大きく、また何よりも「山内と共に、音を突き詰める時間が、S216の時よりも長くとれた事も大きい」と語る。

チューニングの大きなポイントとしては、2.1ch構成フロントとサブウーファーのクロスオーバー部分のフィルタリングを変えた事が、低域のクオリティアップや、音の粒立ちの良さなどに繋がっているそうだ。

Atmosに対応した効果は大きい

「PURE」モード以外も聴いてみよう。S217は、映画館のような臨場感のあるサウンドが体感できるという「MOVIE」、コンサートホールのような臨場感が楽しめる「MUSIC」、夜間などで音量を控えめにした時でも、小さな音が聞き取りにくくならない「NIGHT」モードも備えている。

MOVIEを選択し、Atmosサウンドのデモで使われる「Leaf」を再生してみよう。新モデルの音が気になるところだが、その前にS216のMOVIEモードを聴いてみる。

前述の通り、S216は高解像度で色付けの少ない、ピュアなサウンドが特徴だ。Leafでは、木の枝から葉っぱが落ちる「プチッ」という音や、回転しながら落下していく風切り音といった細かい音が、非常に明瞭に再生される。

一方で、Atmosデコードではないため、左右方向に広がりは満足いくレベルなのだが、上下方向の音場の広がりはさほどない。また、木の葉が落下する際に、ユーザーの頭のまわりを一周するのだが、音像の移動感には甘さも感じられる。葉っぱが水に落ちた後の「ズォーン!」という重低音も、タイトなのは良いが、迫力満点! というほどではない。あくまで低域の量感は控えめだ。

では、S217にチェンジすると、どうなるか。まず、葉っぱの移動感がグッと明瞭になり、「いま、ここに葉っぱがある」と指で指し示せるほど実在感がある。また、Dolby Atmos Height Virtualizerのおかげと思われるが、上方向にも音場が拡大。密林の中で、動物の鳴き声が周囲の反響している臨場感が、左右からだけでなく、上からも包まれる感じになり、よりサラウンドの中に没入した感覚になる。

もちろん、リアルな天井スピーカーが存在する環境には及ばないが、TrueHDベースのロスレスサウンドをデコードできるようになった事で、音の情報量自体が増加した影響は大きい。

葉っぱが着水したあとの「ズォーン!」も、前述の通りS217は低域の迫力や、締りがアップしているので、低い音の“凄み”みたいなものがアップし、より映画らしいサウンドに進化したのがわかる。

では、S217を聴きながら、モードを「MOVIE」から「PURE」に切り替えてみよう。前述の通り、PUREモードではDolby Atmos Height VirtualizerがOFFになる。

すると、当然ではあるが上方向の広がり感が小さくなり、左右方向の広がりも若干狭くなるのがわかる。つまり、音場の広がり具合としては、S216と近いものになってしまう。

では、S216と同じ音になるのかというと、それはまったく違う。TrueHDベースのロスレスサウンドをデコードできるので、音の情報量はS217の方が豊かであり、さらに細かな音の解像感、中低域のパワフルさ、全体の余裕みたいなものはS217の方が上回っている。

悩ましいのは、S217使用時に、Atmosのコンテンツを再生する場合、「MOVIE」と「PURE」どちらのモードを使うのかという事。個人的には、映画などのコンテンツはMOVIEを、ミュージックビデオやコンサートの映像などを楽しむ場合には、音場よりも、よりサウンドが生々しくなるPUREモードを選ぶと良いのではと思う。

“音楽も楽しめるサウンドバー”の先へ……

最後に、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」を再生してみたが、砂漠の広大さや、強烈なエンジン音の重厚さ、爆発音の鋭さなどの部分で、S216から大きな進化が感じられる。

爆音が響く中でも、砂漠の砂が巻き上げられる細かな音までしっかり描写する情報量の多さと、量感とクリアさがアップした低音が、映画全体をしっかり下支えする安定感、その両方を手に入れたのがS217と感じる。映画やドラマを楽しむサウンドバーとしての魅力が高まったのは間違いない。

そして前述の通り、2chソースを再生した時のクオリティも大幅アップしているので、Bluetoothなどを使って、スマホから音楽を再生する時の満足度もアップ。“オーディオ用スピーカー”としての魅力も高まり、この2つが高い次元でバランスしているのが見事だ。

市場に受け入れられ、S216が人気モデルとなった背景には「こんなサウンドバーを待っていた!」、「こんな製品をもっと作って!」というユーザーの声があるのは間違いない。DHT-S217は、S216が切り開いた道を、その声に後押しされ、さらに先へと突き進んだモデルであり、エントリーサウンドバーの中でも一番の注目モデルになるのは、間違いないだろう。

(協力:デノン)

山崎健太郎