レビュー

サウンドバーなのに“ピュア”オーディオ!? デノン山内氏が手掛けた革命機「DHT-S216」

「サウンドバーはテレビの音を良くするモノ」、「ピュアオーディオ用スピーカーとは違う」と思っている人は多いだろう。かくいう私もその一人だが、その考えを改めるような製品が登場した。デノンが12月上旬に発売する「DHT-S216」というサウンドバーだ。この製品が何故要注目なのか、その理由を一文で表すと「あのサウンドマネージャー・山内慎一氏が、開発の初期段階から参加して作り上げた初のサウンドバーだから」だ。

デノン「DHT-S216」

山内氏と言えば、AV Watch読者にはもうお馴染みだろう。2015年にデノンの“音の門番”であるサウンドマネージャーに就任。新たなサウンドフィロソフィー「Vivid & Spacious」を掲げ、従来のデノンサウンドを受け継ぎつつも、時にそのイメージを覆すようなモデルを展開。

2500NE、1600NE、800NEシリーズなどの新時代「New Era」シリーズを手掛け、その集大成かつ究極形として次世代フラッグシップ「SX1 LIMITED」シリーズを9月に発表。度肝を抜かれるサウンドクオリティでオーディオ界の話題をさらったのは記憶に新しい。

サウンドマネージャー・山内慎一氏

そんな山内氏が「イチから手掛けたサウンドバー」と聞いただけで、「こりゃ今までのサウンドバーと全然違いそうだ」とソワソワしてしまう。聞けば、製品の最大の特徴は「音の純度にこだわり、バーチャルサラウンドなどの処理を全部すっ飛ばしたPureモードを搭載した事」だという。「いや、普通サウンドバーってバーチャルなんとか機能で音がどれだけ広がるかをアピールするモンでしょ」、「誰だピュアオーディオのつもりでサウンドバー作ってるのは」と思わずツッコミを入れたくなるが、どんな音なのか気になって仕方がないので、さっそく聴きに行ってみた。

結論から言うと、案の定「サウンドバーのカタチをしているが、サウンドバーではないモノ」、「平たくて横に長いピュアオーディオ」がそこにあった。「でもお高いんでしょう?」と思いきや、価格はオープンで実売は23,000円前後。そして音を聞くと、2万円台とは思えないクオリティの製品に仕上がっていた。

DTS Virtual:Xと4つのサウンドモード

基本的な仕様を紹介しよう。といっても、わりとシンプルな製品だ。スピーカーユニットは、前面の左右端に25mm径のツイーター、45×90mmの楕円形ミッドレンジを各2基搭載。筐体の中央寄りに、下向きに75mm径のサブウーファーを2基搭載している。別筐体のサブウーファーは無く、サウンドバー1つで完結している。設置しやすいモデルだ。

外形寸法は890×120×66mm(幅×奥行き×高さ)で、重量は3.5kg。入力端子はHDMI×1、アナログのAUX×1、光デジタル×1。出力としてARC対応のHDMI×1を搭載。ARC対応のテレビとであれば、HDMIケーブル1本で接続できる。サブウーファープリアウトも1系統備えているので、ウーファーの追加も可能だ。ACケーブルは着脱式。

入力端子部

デコードできるフォーマットは、ドルビーデジタル、DTS、AAC、リニアPCMと、低価格なサウンドバーとしては標準的だ。

先ほど「Pureモードが特徴」と書いたが、サウンドモードもちゃんと搭載している。映画館のような臨場感のあるサウンドにする「MOVIE」、コンサートホールのような臨場感のサウンドにする「MUSIC」、夜間などで音量を控えめに再生する際に、大きな音と小さな音の音量差を圧縮し、小さな音も聴き取りやすくする「NIGHT」、ニュースやナレーション、映画のセリフなどを明瞭にする「DIALOG ENHANCER」だ。「DIALOG ENHANCER」の効果は3段階から調整できる。

この4つのサウンドモードに加え、天井にスピーカー設置をしなくても、高さ方向を含めたサラウンドを仮想的に再現できるという「DTS Virtual:X」も搭載。4つのサウンドモードそれぞれに、DTS Virtual:X効果を重ねがけできる。DTS Virtual:XはOFFにする事も可能だ。

また、Bluetooth受信も可能で、Bluetoothスピーカーとして使う事も可能。コーデックはSBCに対応している。

まるでHi-Fiオーディオのような「Pureモード」

「DHT-S216」が“普通じゃない”のはここからだ。通常のサウンドバーは、HDMIなどから入力された信号を、DSPでサラウンドに変換して再生する。前述のようにDHT-S216も同様の機能があるが、それとは別に、入力された2.0chや、5.1chのサウンドを、DSP内のデコーダーで2.1chにダウンミックスした後、サラウンドなどの処理を行なわず、スピーカーをドライブするクラスDアンプにダイレクトに伝送するモードを搭載している。これが音の純度の最も高い「Pureモード」だ。

要するに、デコードした音をいじらず、そのままアンプに突っ込んでユニットを鳴らすだけという、超シンプルなモードだ。当然、音の純度は最高となる。音の純度を極限まで高め、音を抑えたり、枠にはめるような事をせず、制約から解き放ってエネルギッシュに再生するという考え方は、ピュアオーディオの「New Era」シリーズなどで実践されてきた、山内氏のサウンドの特徴と言える。

「サウンドバー開発の初期の段階から、New Eraシリーズの要素を、音の方向性として盛り込みたいと考えていました。もちろん製品の価格的に、すべての要素を盛り込む事はできませんが、その中で、精一杯、NEシリーズのようなサウンドを出したいと考えて作りました」(山内氏)。

山内氏がいつも製品のチェックを行なう試聴室。Hi-Fiオーディオ機器開発と同じこの部屋で、サウンドバーもチェックされる

山内氏がこだわったのは、「ステレオスピーカーとして、ちゃんとしたものを作る」という事。「サウンドバーというと、どうしてもムービーモードなどのサラウンド効果が注目されますが、スピーカーとしての基本的な能力が大切です。逆に言えば、基本が良いと、サラウンド効果をかけた時も、その効果がキレイに出てきます」(山内氏)。

“ステレオスピーカーとして音の良いサウンドバーを作る”。言葉にすると簡単だが、実際にやろうとすると難しい。そもそもステレオなのに一体型筐体だし、平べったくて大口径ユニットは搭載しにくく、ブックシェルフスピーカーより容積は少ない。

「そうしたハンデをクリアするために、アコースティックエンジニアが、この価格で最高のクオリティが出せるように、ユニットの配置や内部構造などを綿密にシミュレートしながら作り上げました。DHT-S216はそれが非常にうまくいったと思っています」。

こだわったのは、「定在波の削減」と「ヌケの良さ」だ。内部で定在波を発生させないよう、平らな面をなるべく作らない設計になっている。ヌケの良さを出すためにには、両サイドにあるバスレフポートの開口部を大きくし、背面にもポートを設けた。

単にポートを大きく開ければいいというものでもない。開けすぎると筐体の剛性が落ちて、抜けすぎたスカスカの音になってしまう。ヌケの良さがありながら、バランスの良い音が再生できるよう最適化している。

側面ポートの開口部
このような音道パーツが内部に入っている

「ボーボー」という風切り音が発生しないよう、開口部の形状も工夫。ポートを1本通す場合も、筐体内でぐるっと長い経路を作るなど、内部構造は凝っている。容積が限られているので、沢山のパーツやユニットを搭載し過ぎると、音のヌケが悪くなったり、相互に干渉したりする。そうした問題が起きないように配置するのも、ノウハウの1つだ。

背面にもポートがあるのが見える

搭載しているユニットも、このサウンドバーのために作られたもの。アンプとDSP、スピーカーユニットが1つになった製品だからこそ、その製品に最適なユニットを作れる事が、全体のサウンドクオリティ向上にも直結するわけだ。

45×90mmの楕円形ミッドレンジ
25mm径のツイーター
下向きに配置する75mm径のサブウーファー

素のクオリティがサラウンドでも活きる

こうして、2chスピーカーとして聴いても、音が良いサウンドバーが開発された。だが当然、それで終わりではない。サウンドモードやDTS Virtual:Xを使った時には、キチンと音が広がったり、各コンテンツが聴きやすい音にもしなければならない。それでいて、バーチャルサラウンドを適用した後でも、情報量が多く、ピュアなサウンドの良さが残るようにしなければならない。

「音の広がりはとても大切ですが、むやみに広げすぎるのもよくありません。人の声など、リアルさを維持したまま、サラウンド効果を実現する。そこは常に忘れないよう気をつけながら開発しました」。

ヌケの良いサウンドを目指しつつ、迫力も出さなければならない。「サウンドのバランスも重要です。低域が出過ぎないようにしながら、それでいて、映画などを楽しむ際に迫力が感じられるような低音のバランスも追求しました」(山内氏)。

開発時の試聴にも、サウンドバーならではの苦労がある。ピュアオーディオ用スピーカーであれば、左右スピーカーから三角形を作り、その頂点で聴くのが普通だが、サウンドバーではそうとは限らない。テレビの前にちゃんと座っている人もいるが、斜め前で寝転がって聴くような人も当然いる。つまり“フォーカスエリアからズレた時の聞こえ具合”にも気を配らねばならない。「フォーカスエリアからズレても、違和感が無いようにチューニングしています」(山内氏)。

まるでHi-Fiスピーカーのような自然なサウンド

まず、スピーカー自体の音を確認するため、2chの音楽をかけてみた。選んだのはもちろん、デコード後のサラウンド処理やバーチャル処理をバイパスする、鮮度重視の「Pureモード」だ。

音が出た瞬間に感じるのは、“自然さ”と“ストレスの無さ”だ。一般的なサウンドバーとピュアオーディオ用のスピーカーを比べた場合、サウンドバーは低域不足を補おうと、低音がドコドコ主張したり、ボワッと膨らんだり、広がりを頑張ってだそうとバーチャルサラウンド技術を使った事で、位相が狂ったような不自然な音になりがちだ。

だがDHT-S216は、そういった部分が一切無い。非常に素直で自然な音で、無理をして低音出そうとか、広がろうとか、頑張っている様子がまったく無い。なんというか、普通のオーディオ用ブックシェルフスピーカーを聴いているような印象だ。

もちろんサブウーファーがセットになった製品ではないので、地鳴りのような低音は出ない。しかし、ズンとお腹に響く音圧豊かな中低域はしっかり出ており、聴いていて貧相な印象は受けない。ヌケの良い高域から、豊かな低域まで無理なく繋がっており、バランスが良いのも好印象だ。

面白いのは、この2ch再生の段階で“ああ山内サウンドだ”とわかる事だ。サウンドバーはテレビの前に置いてあるので、当然ながら音はテレビの下の方から聞えてくるハズだ。しかし、音のヌケが良く、1つ1つの音が抑え込まれたり、枠にハマらず、気持ちよく飛び出してくるので、下のスピーカー周囲にまったく音がとどまらない。テレビ画面の中央どころか、テレビの上、テレビの左右などに気持ちよく広がる。

山内氏が手掛けるHi-Fiコンポを聴くと、“スピーカーからの音離れの良さ”にいつも驚かされるが、それが、約2万円の、こんなに薄いサウンドバーから感じられる。しかもバーチャルサラウンド機能を全部バイパスしているのに、だ。2chのサウンドも、ちゃんとしたスピーカーで再生すれば、ユーザーを包み込む臨場感で再生できる。ピュアオーディオでは当たり前の話だが、サウンドバーでは当たり前でなかった。それが、DHT-S216ではキチンと出来ているわけだ。

このPureモードのまま映画を見てみると、非常に面白い。ステレオなりにキチンと音が広がり、サウンドのバランスも良いので、ぶっちゃけバーチャルサラウンド機能を使わなくても十分楽しめる。それだけでなく、Pureモードらしく非常に音の鮮度が高く、またその情報量の多い音を、素直に、ダイレクトに、色付けなく出してくるスピーカーなので、細かな音の描写がハッとするほど鮮烈なのだ。

特に顕著なのが登場人物達のセリフ。声の表情、かすれ具合、口の開閉の生々しさなどが、DHT-S216×Pureモードで聴くと非常にリアルなのだ。爆発シーンがバンバン出てくるような映画であれば、「MOVIEモード」×DTS Virtual:Xをかけた方が迫力があっていいと思うが、会話が中心の、落ち着いたトーンの映画であれば、デコード後のサラウンド処理やバーチャル処理を全てバイパスして、Pureモードで聴いた方が一番楽しめるのでは? と思ってしまう。

そして面白いのは、「じゃあずっとPureモードを使えばいいじゃん」とはならないところだ。MOVIEなどの各種モードと、DTS Virtual:Xを選んでみるとわかるのだが、DSP処理で低音の迫力がアップしたり、バーチャルで音場が広がった状態でも、Pureモードで聴いていた時の、クリアで抜けが良く、音がストレス無く飛び出てくる“良さ”が、大きく変化しないのだ。

もちろん鮮度、微細な音の表現という意味ではPureモードが一番だ。ただ、DSP処理をかけても、音が急に大きく変わって、高域が詰まった感じになったり、低音が不明瞭でボワボワしたり、位相が狂って不自然になったりはまったくしないのだ。つまり、基本的な音の印象が変わらないまま、広がりや迫力が変化する。そのため「このモードはイマイチだな」とはならず、「お、このモードはいいな、お、これもいいじゃん」と、いろんなモードを使いたくなる。

迫力が重要な映画も見てみよう。「プライベート・ライアン」から最後の戦車との激戦シーンを、MOVIEモード×DTS Virtual:Xで再生する。銃声が響く音場の奥行きの深さや、頭上を飛ぶ飛行機の移動感などに、DTS Virtual:Xの効果を実感できる。

それでいて、広がった音場に定位する銃器の鋭い発射音や、砲撃の爆風で吹き飛ばされた砂や瓦礫が地面に落ちるパラパラ、サラサラという細かな音の描写も、きちんと聴き取れる。無理に音場を広げると、個々の音までボワッと膨らんでしまうものだが、DHT-S216はその相反する要素が両立できている。

Dolby Atmosのデモでお馴染み「AMAZE」のトレーラー。ユーザーの頭の周りをグルっと回る鳥の羽音も、DTS Virtual:Xで聴くと、しっかり左右に移動し、後方の奥行きの深さはそこまで深くはならないが、グルっと一周移動する様子は聴き取れる。

トレーラーの最後には「ズゥォーン」という重低音が入っている。DHT-S216のような一体型で、サブウーファー無しのサウンドバーには非常に再生するのが難しい低音だが、筺体がビビッたり、バタついたりせず、キレと抜けが良いまま再生できた。

TVの周辺機器から“家で音楽も楽しむサウンドバー”に

“よく出来たサウンドバー”であると同時に、“よく出来た2chピュアオーディオ用スピーカー”という印象だ。ライブのBlu-rayなど、音楽ソフトの再生にマッチするのはもちろん、テレビのYouTube再生機能でミュージックビデオを見る時などにもピッタリだろう。Bluetooth受信機能もあるので、ぶっちゃけテレビの電源を入れなくても、“すごく音の良いBluetoothスピーカー”として使うのもアリだ。

山内氏も「映画だけでなく、音楽を聴く時にも使える、“サウンドバーとしての新しい需要そのもの”を作りたいと思いました。そのために、ピュアオーディオファンが聴いても、違和感がないものを作ろうと考えました」と語る。

確かに“ピュアオーディオのデノン”、“最新のデノンサウンド”を知っている、良い意味で音にうるさいオーディオファンが聴いても、DHT-S216のサウンドに違和感は感じないだろう。逆に言えば、「サウンドバーってどうせこんな音でしょ?」というイメージを持っている人にこそ聴いて欲しい。きっと「おおー、こんな素直な音のサウンドバーもあるのか」と驚くはずだ。

かつて、家の中で音楽を流してくれたミニコンポやラジカセは少なくなり、最近はスマホとヘッドフォン、そしてスマートスピーカーなどがその代わりをしようとしている。今後サウンドバーには、テレビでの利用に限定せず、かつてのミニコンポやラジカセのように“家の中にあるスピーカーを使って音楽を楽しむ機器”としての役割を求められるかもしれない。DHT-S216は、そんな時代を切り開く可能性を持っている。

(協力:デノン)

山崎健太郎