レビュー
圧倒的な駆動力 デノン「AVC-A1H」をわが家に導入! AVとピュアの融合、新次元へ
2023年6月16日 08:00
AVアンプの注目作、続々登場
2023年春、久しぶりにAVアンプの注目作が出揃った。ここ数年、このジャンルの新製品の数がぐんと減り、個人的にさびしい思いをしていたので、とてもうれしい。ホームシアターの究極の楽しみはサラウンド再生込みで、とぼくは考えているからだ。
とくに注目すべきは、デノンとマランツの旗艦モデル、AVC-A1HとAV 10/AMP 10だろう。一体型の前者は約100万円、セパレート型の後者は合わせて200万円強。おいそれと手を出せる金額ではないが、どちらもその価格に見合うだけの内容、音質を実現しており、長年この世界で仕事をし、数多くのAVアンプを聴いてきたぼくも、両モデルに強く心を動かされた次第。
また、12万円台と比較的手を出しやすい価格でソニーから久しぶりに登場した7chアンプ構成「STR-AN1000」の完成度の高さにも感服した。同社製サラウンドスピーカー、サブウーファーとワイヤレス接続が可能で、映画ファンのサラウンド再生への物理的、心理的ハードルを下げてくれるはずだし、同社独自の音場拡大手法「360 Spatial Sound Mapping」の効能にも驚かされた。
さて、ぼくはこれまでAVC-A110というデノン創立110周年限定モデルを使っていたが、この3月にAVC-A1Hを自室でテストする機会を得て、その大幅な音質向上ぶりを実感。A110に引き続いてA1Hの導入を決めたのだった。
導入したのはA1H
A110は13チャンネルの、A1Hは15チャンネルのパワーアンプを内蔵しているが、そのモアチャンネル化が導入動機ではない。デノンが考える15チャンネルの内訳は、サラウンドバックチャンネルを含む7.1chにフロントワイドスピーカー2本を加えたフロア9.1chとトップスピーカー6本を加えた構成である。
しかしながら、フロントL/Rスピーカーに15インチ・ウーファーを採用した大型スピーカー「JBL K2 S9900」を使っているぼくの部屋では、フロントワイドスピーカーを加える余地はないし、モアチャンネル化がサラウンド再生の高音質化のポイントとも思っていない。スピーカーが増えれば増えるほど、使いこなしは難しくなるわけで……。
機能面でもA1HとA110に大きな違いはないが、ぼくが驚き、A1Hの導入を決めたのは、圧倒的なスピーカー駆動力の向上だった。
詳細は後述するが、2チャンネル再生においても、ぼくがオーディオ用に使っているドイツ・オクターブ社の「Jubilee Pre」と「MRE220」というモノブロック・パワーアンプの組合せに比べても、ことスピーカーを歌わせるという能力に関して言えば、大きな違いを感じさせないのである。
ちなみに、というかちょっとイヤラシイ話になるが、このオクターブのペア、相次ぐ値上げで合算すると現在4ケタ万円もするのである。ま、そんな超高額アンプと2チャンネル再生で真っ向勝負して、低域の剛性感などスピーカー駆動力で引けをとらなかったわけで、ぼくの驚きはお察しいただけるだろう(A110はちょっと勝負にならなかったです)。
A1Hのスピーカー駆動力の源となっているのが、物量を投入した電源回路だ。本機は高効率なスイッチング電源ではなく、アナログ・リニア電源回路が採用されているが、その肝となる電源トランスはカスタムメイド、重さはなんと11.5kgもある。両手で持ち上げるにしても、ちょっと気合いを入れなければならない重さだ。
現行の弟モデルAVR-X2800の全体の重量が9.5kgなので、このトランス、7chアンプ内蔵のAVアンプよりも重いということになる(V/A値はX8500HA/AVC-A110比15%増)。
音質面で重要な役割を果たすブロックコンデンサーにも物量が投入され、X8500HA/A110の容量にたいして1.5倍となる33,000μFのニチコン製ブロックコンデンサーが奢られている。
増幅回路はシンプルな差動一段のAB級回路。15ch分ものパワーアンプを一体型AVアンプに内蔵しなければならないのなら、より熱効率のよいデジタルアンプ(D級増幅)を採用したくなるはずだが、デノン開発陣はそれを良しとしなかった。自分たちが目指すべきサウンドを実現するには、アナログのAB級増幅回路を選択せねばならないという結論に至ったのだろう。
内部を見ると、左右にパワーアンプ・ブロックが15ch分整然と並べられていて、その姿は壮麗だ。しかしながら、サイズは8500HA/A110に比べてわずか16mm奥行が長くなっただけ。わが家でもA110を収めていたラックの同じ位置にすんなりと入れ換えることができた。しかし、本機の総重量は32kgというヘビー級なので、つくりのしっかりしたラックが絶対に必要と申し添えておこう。
電源トランスが11.5kgもあると先述したが、そういう重量級部品を収めるためにはシャーシ強度が重要となる。ボトムプレートの厚みや構造は8500HA/A110をはるかに上回る本格仕様となっての総重量32kgなのである。
各種サラウンド・フォーマットのデコードなど信号処理プロセッサーは、従来比1.25倍(1,600→2,000MIPS)の処理速度を有するアナログ・デバイセズ社製SHARC DSP「Griffin LiteXP」だ。ちなみにマランツAV 10にも同じエンジンが使われている。
DACは、ESSテクノロジーの32bitタイプの電流出力型2chチップを10基(20チャンネル分)採用しており、これまたマランツのAV 10も同様。同社製チップには8チャンネルタイプもラインナップされており、それを2基~3基使ったほうが断然コスト面で有利と思うが、音質検討の結果、この2chチップでなければ……ということになったのだろう。
100万円クラスのHi-Fi用アンプとも闘える音
ぼくの部屋のサラウンド・システムを紹介しておこう。フロントL/Rスピーカーは、先述したJBL K2 S9900で、センタースピーカーは使用していない。センターチャンネル信号はL/Rスピーカーに振り分けている。
サラウンドスピーカー、サラウンドバックスピーカー、そして6本のオーバーヘッドスピーカーはリンの小型2ウェイ機UNIK等を使っている。LFE(Low Frequency Effect)用サブウーファーはイクリプス「TD-725SW」だ。
プレーヤーはパナソニックの最高峰モデルDMR-ZR1。この製品とA1HをHDMI接続してCD、Blu-ray、UHD Blu-rayを再生した。プロジェクターはJVC「DLA-V9」で、その映像を110インチ・スクリーン「オーエスPure Matte3Cinema」に投写している。
ふだんはZR1とV9をHDMIケーブル(フィバーPure3/10m)で直結しているが、試しに、AVC-A1Hのリピーター機能を使い、A1Hを経由してV9にHDMI接続してみた。すると、この画質がとても良い。直結に比べて画質劣化はほぼ感じられず、映像がビシッと安定し、ノイズの粒子もとても細かい。この画質なら、使い勝手を考えてテレビ/プロジェクターと本機経由でHDMI接続するのを常用とすればよいと思う。
まず“PureDirect”モードで2chの愛聴CDを何枚か聴いてみた。冒頭で述べた通り、この音がとてもすばらしい。まず低音の剛性感がすごい。ベースやキックドラムがピシリと安定し、だぶついたり量感が削がれたりという印象がまったくないのだ。しかもL/Rスピーカーの真ん中にヴォーカルがシャープにファントム定位し、ぐっと前に張り出してくる。
この音なら100万円クラスのピュアオーディオ用アンプと伍して闘えると思う。11.5kgの電源トランス、33,000μFのニチコン製ブロックコンデンサーの投入やシャーシの高剛性化は伊達ではない。
3月に逝去した坂本龍一が東京フィルハーモニック・オーケストラを指揮して自作曲を演奏した、2014年4月のサントリーホールでのコンサートを収めたブルーレイ『Playing the Orchestra 2014』を観てみよう。
坂本さんが亡くなってから、何度も繰り返し観ているディスクなのだが、この作品、192kHz/24bit/2chのリニアPCM音声が収録されている。A1Hで観るこのライブの音は秀逸の極み。まさに映像に写し出されているオーケストラがぼくの部屋にやってきたかのような臨場感が味わえる。
とくの低弦の響きの生々しさや金管楽器の咆哮の輝かしさなどは、さすが192kHz/24bitリニアPCMという感じ。オーディオディスクとしてのBlu-rayの可能性の高さを改めて実感させられた次第だ。
次に、ピンク・フロイド『狂気(The dark side of the moon)』の発売50周年記念ボックスに収められていたDolby Atmosミックス版Blu-rayを再生してみた。
1973年に発売されたこの作品は、過去にLPやCD等で累計5,000万枚を売り上げたというモンスター・アルバム。その音の良さからオーディオマニアにもお馴染みだ。2003年には発売30周年記念盤として5.1chミックスのSACDが発売されたが、それに比べても今回のDolby Atmosミックス版は臨場感に満ちあふれていて、断然すばらしい。
バンド・サウンドはしっかりとフロント・チャンネルに提示されるのだが、様々な効果音が縦横無尽に3次元定位し、めくるめくサラウンド・サウンドが楽しめるのである。
「走り回って」では足音が半円球状に移動し、人の笑い声があちこちから聞こえ、飛行機の爆発音が聴く者のドギモを抜く。「タイム~ブリーズ」では時計の音が、「マネー」ではレジスターの音が四方八方から流れ出し、リスナーを興奮状態へと誘っていくのである。
A110との比較で言うと、A1Hで聴くAtmos版『狂気』は、まずバンド・サウンドの充実度が違う。ボトムが厚く、ベースやキックが澄明だ。女性コーラスもいっそう伸びやかに力強く響く。
また3次元定位する効果音の音数が増え、音場がよりいっそう広大になった印象を受ける。アトモス信号処理を受け持つDSPの高速化や32bit 2chDACチップの10基投入などが効いているのだろう。
最近観た映画のUHD BDの中で、その音響演出が突出してすばらしいと感じた『NOPE/ノープ』を再生しよう。この作品、脚本執筆とサウンドデザインを同時進行させ、撮影前に全体のミックスをほぼ完成させていたという驚くべき話を映画マニアの友人から聞いたが、とにかく過去ホームシアターで観た映画の中で一、二を争う凄い音が体験できる。
雨の夜、主人公の兄妹の家に謎の飛行物体が現れる。オーバーヘッドスピーカーを活用して音だけでその存在が頭上にあることを強く意識させ、移動していく様をリアルに描写する音響演出が施されているが、A1Hでこのチャプター12を聴くと、その効果音がいっそう明瞭に、A110を使っていたときには気づかなかった細かなエフェクトがふっと浮き彫りになるのだ。
「頭上にヤツがいる」感がよりリアルになると言ってもいいだろう。コントラバスと人の悲鳴、パーカッションを巧みにミックスしたアブストラクトな音楽もスケール感が豊かで、ひたすら不気味だ。
新たな発見の連続
最後に、A1HのフロントL/Rアナログ出力を、ピュアオーディオ用に使っているオクターブJubilee Preのプロセッサー入力(ユニティゲイン)につなぎ、フロントL/R用のJBL K2 S9900をオクターブMRE220で鳴らした音について触れておこう。
ぼくの部屋ではいつもこの接続法でAVとピュアオーディオの融合を図っているわけだが、A1Hには「プリアンプ」モードがあるので、フロントL/R用とセンター用、フロントワイド用アンプを使わない設定にした。
フロントL/R用のJBL K2 S9900をこのオクターブのペアで鳴らしたほうが、トータルの音はぼく好みに仕上がるが、その音質差は驚くほど小さい。音質というよりも音の個性の違いのほうが大きいのである。大出力真空管アンプのMRE220で駆動したほうが、低音のしなやかさと人の声の艶やかさで上回る印象と言っておこう。
まあそんなわけで、A1Hがわが家にやってきて以来、新たな発見の連続で映画や音楽ライブを観るのが楽しくて仕方ない。これまで以上にワタクシ、「幸せな引きこもり」になりそうです。
(協力:デノン)