レビュー
ケーブル改造でポータブルバランス駆動に挑戦
低価格バランスアンプ、ラトック「REX-KEB01F」
(2013/8/6 11:00)
USB DACの内蔵など、高機能・高音質化が進むポータブルヘッドフォンアンプ。高級モデルでは、ポータブルながらヘッドフォン/イヤフォンのバランス駆動に対応したモデルも登場している。据え置き型のヘッドフォンアンプのトレンドであるバランス駆動を、屋外でも楽しめるというわけだ。ヘッドフォン/イヤフォンのケーブル交換が手軽にできるようになっているトレンドも、この流れに寄与している。
新製品で言えば、ミックスウェーブが8月1日に発売したALO Audioの新フラッグシップアンプ「RxMK3-B+」(オープンプライス/実売96,000円前後)もバランス駆動対応だ。当然上位モデルになるため、価格もそれなりの値段になる。
そんな中、手軽にバランス駆動が楽しめるアンプが、ラトックから発売されている。「REX-KEB01F」というモデルで、価格は18,900円。ポータブルアンプとしてはエントリー~ミドルクラスのイメージで購入できると共に、ユーザー自身が手持ちのヘッドフォン/イヤフォンをバランス接続用に改造できるようパーツも同梱しているというユニークなモデルだ。今回は、ケーブルの改造も含めて、このアンプを聴いてみる。
無骨なデザイン
価格を抑えている事もあり、機能はシンプルでUSB DAC機能などは無い。入力はステレオミニのアナログ入力1系統のみ、出力はバランス駆動用に2.5mmのモノラルミニミニ端子×2のみで、後は電源スイッチしかない。ボリューム調整機能も無いので、接続したプレーヤー側で調整する形になる。まさに“バランス駆動に特化した製品”と言える。
外観は“ザ・プラスチックの箱”。秋葉原のパーツショップに売っていそうな感じで、ロゴなども無く、飾り気はゼロ。ぶっちゃけ安っぽいが、ポータブルアンプ自体マニアックな趣味なので「分かる人だけ分かれば良い」というような“無骨さ”に潔良さを感じる。
外形寸法は114×68×18mm(縦×横×厚さ)と、他のポータブルアンプと比べても大型。それに対して、重量は約210gとさほど重くは無い。筐体の縁を覆うようなシリコンケースが付属しており、ケースを装着したままでも各種端子やスイッチにアクセスできる。スマートフォンやプレーヤーと重ねて持つ場合でも、このシリコンが間に入る事で、傷を防ぐ事ができる。
なお余談だが、プレーヤーと接続するための短いステレオミニケーブルが付属しているが、これをオヤイデ製のものに変更した「REX-KEB01」というモデルが、1,050円高価な19,950円でラインナップされている。
そもそもバランス駆動とは
使う前に、“バランス駆動とは何か”を簡単に振り返ってみよう。ヘッドフォンの左右ハウジング内にはユニットが入っているが、通常のヘッドフォン(アンバランスタイプ)の場合は、ユニットの片側にアンプ(正相)、もう片方にグランド/アースが接続されている。
このグランド側にもアンプ(逆相)を接続して、“1つのユニットを2つのアンプでドライブしよう”というのがバランス駆動の基本的な考え方。スピーカーのドライブ方法の1つで、ステレオアンプを2台、ブリッジ接続して1つのモノラルアンプとして使う「BTL接続」というのがあるが、あれと似たようなものである。
お馴染みのステレオミニプラグは、アンバランス入力プラグと言い換えられるが、よく見てみると黒い筋が2つ見える。これは絶縁するためのもので、区切られた先端部分が左チャンネル、真ん中の部分が右チャンネル、根元の大きな部分がグランド。つまり、ユニットの片方に接続されたグランドの、左右のチャンネル分が1つにまとめられ、入力プラグのところまで来てしまっている。そのため、このプラグでは、左右のユニットを、それぞれ2つのアンプでドライブする事はできない。
そこでバランス駆動を実現するために、据え置きアンプでは一般的に、XLRのバランス端子が使われる。この端子は大型なので、ポータブル機器ではシングルバランス端子(前述のALOのアンプはコレ)などが採用され、今回使うラトック「RxMK3-B+」では、モノラルミニミニ端子×2個が使われている。
そのため、このアンプを使うためには、普段使っているヘッドフォン/イヤフォンの端子をモノラルミニミニ端子×2に交換しなければならない。そこで改造が必要というわけだ。
ここで注意しなければならないのは、前述の通り、左右ユニットからのケーブルが1本にまとめられているヘッドフォン/イヤフォンでは、改造に適さないという事だ。改造にマッチするか否かは、ケーブルを良く観察するとわかる。左右のケーブルが独立しており、そのケーブルが接着されているようなタイプであれば、入力プラグのすぐそばまで2本に分かれているので、プラグ部分を切り落としてしまえば、すぐに左右のケーブルをバラバラにできる。一方、ヘッドフォンからケーブルが片出しになっている製品では、左右のケーブルが1本でまとめられている事が多いので注意が必要だ。
もう1点の注意は、当然ながらケーブルの改造は自己責任という事。できるならば、ケーブル着脱に対応したヘッドフォン/イヤフォンで行なうと、最悪失敗しても、ケーブルだけ新しいものを買って来れば元に戻せるので楽だろう。
なお、バリエーションモデルとして、アンプとゼンハイザーのヘッドフォン「HD25 1-II」を接続するための交換ケーブルがセットになった「REX-KEB01C2」(25,200円)という製品も用意されている。さらに、ケーブルのみだが、ゼンハイザーのHD650用のケーブル「RP-KEBSE2」(12,800円)なども用意されている。これらを最初から買ってくれば、そもそも改造しなくて済む。利用するヘッドフォンがこれらに該当すれば、利用するのもアリだろう。
ケーブルを改造してみる
今回、改造するヘッドフォンとして用意したのは、手持ちの機種で、両出しタイプ、なおかつ失敗しても精神的・金銭的ダメージが少ないモデルとしてクリエイティブの「Aurvana Live!」(HP-AURVN-LV)。実売5,000円を切る低価格で、コンパクトな密閉型だが、低域に厚みが十分にあり、クセのないサウンドで、価格を感じさせないパフォーマンスを持っている。高級ヘッドフォンのバランス駆動サウンドはこれまで何度も聴いているが、このくらい低価格なヘッドフォンをバランス駆動すると、どのように変化するかという点も興味がある。
アンプには、プレーヤーと接続するための短いステレオミニケーブルに加え、ケーブル改造用にモノラルミニミニ端子が2個同梱されている。さらに、改造方法を記載したマニュアルも付属している。
用意する工具もマニュアルに記載されている。列挙すると、ケーブルに標準で取り付けられている入力プラグを切り落とすための「ニッパー」、ケーブルの皮膜を剥くための「ワイヤーストリッパー」、ケーブルとモノラルミニミニ端子を接続するための「ハンダごて」と「ハンダ」、「テスター」、もしくは「道通チェッカー」、2つに分離したケーブルを再びまとめるための「熱収縮チューブ」だ。
もちろん全部揃っていれば理想的だが、丁寧にやればニッパーでもケーブルは剥けるのでワイヤーストリッパーは必須ではないだろう。テスターも、耳でチェックすれば無くてもなんとかなりそう。熱収縮チューブも、ケーブルを完全に2つに裂いてしまわなければ必須ではないだろう。とりあえずハンダごてを温めつつ、ニッパーを手に作業を開始した。
マニュアルに沿って作業していくが、手順は簡単だ。ステレオミニのプラグをニッパーで切り落とし、皮膜を剥いて中の導線を露出。それを、モノラルミニミニ端子にハンダ付けして終了だ。ニッパーやカッターで皮膜を剥く場合は、皮膜だけを切って、内部の導線を切らないように注意しつつ、丁寧に作業する。
皮膜を剥いたらプラグとハンダ付け。接続前にテスターがあれば活用したり、無ければ端子に仮止めしてみて再生音を耳でチェックすると良いだろう。今回は銅色の線をマイナス極に、赤色/緑色の線をプラス極に接続する。
このハンダづけが作業の山場、というか難しい部分はここだけだ。このハンダ付け、慣れていない人には難しい。というか、私が慣れていないのでかなり苦戦した。
何より、モノラルミニミニプラグのパーツが小さく、そこに接続する導線も細いため、ハンダごてやハンダが触れただけで簡単に動いてしまう。洗濯バサミなど、何かでプラグが動かないように固定しつつ、導線も動かさないように注意しながら、サッと接合面にハンダごてを当てがい、十分に熱した上でハンダを近づけて溶かし、両者を繋いでさっと離す……大胆さと繊細さが要求される作業だ。
文章で書くようにスマートにできれば良かったのだが、鼻息でケーブルが動いてアワアワしている間にハンダを溶かし過ぎてプラグにボテッとくっついてしまい、それを再度溶かして落とそうとしたらケーブルが焦げてきて……などと悪戦苦闘の末になんとか接続できた。
接続できたどうかの確認は、プラグをアンプに接続して音が出るかでわかるが、その前にテスターなどでチェックすると万全だろう。モノラルミニミニプラグのプラグ外装をネジ止めすれば完成だ。
なお、こうした改造したヘッドフォンで、「Aurvana Live!」のようにケーブル交換ができないタイプでは、バランス駆動しかできなくなる。そこで、周辺機器として、モノラルミニミニ端子をステレオミニに変換したり、XLRに変換するなどの変換ケーブルもラインナップされている。
音を聴いてみる
さっそくiPhoneやAstell&Kern AK120などとアンプをアナログ接続し、バランス駆動の音を聴いてみた。
ヘッドフォンでもイヤフォンでも、バランス駆動をすると音の勢いが増し、元気の良いサウンドになるが、「REX-KEB01F」でもそれは同じだ。こう書くと、乱暴なサウンドに思われそうだが、そうではなく、低域の量感や沈み込みがアップ。腰が座った、安定感のある再生になり、ロックでは疾走感が加速、JAZZヴォーカルなど、しっとりした楽曲では“コク”が増す。
「藤田恵美/camomile Best Audio」の「Best OF My Love」を再生すると、ベースの「ヴォーン」という響きがよりパワフルになると共に、その低域の膨らみの中に、芯の硬い、弦の“ブルン”という描写が聴き取れる。それゆえ、ゆるく膨らんだ印象は受けず、迫力とタイトさが同居していて心地良い。
一方で、音の1つ1つがパワフルになるので、小さな音が音場の奥までかすかに広がっていくような描写が、アンバランス時よりクッキリと際立ち、「もう少し抑えても良いかな」と感じる面もある。ただ、ピアノ伴奏に女性ヴォーカルのみなどの、シンプルで音数の少ない楽曲でも、空間に満ちるゆったりとした響きは分厚くなるため、バランス駆動独特の心地よさはある。
好き嫌いはあると思われるが、ロックやハードなジャズ、アクション映画のサントラなどにはマッチする。特にハンス・ジマーが作曲したような、空間が押し寄せるような曲では、バランス駆動にすると“凄み”が増す。今回改造した「Aurvana Live!」(HP-AURVN-LV)は、低域がどちらかと言うとまったりと膨らむタイプのヘッドフォンだったが、バランス駆動すると全域がシャッキリ、キビキビ音が出るようになり、従来とは違った魅力が感じられ面白い。
高価なヘッドフォンアンプ/ヘッドフォンを用意しなくても、ちょっとした改造でバランス駆動の楽しさを身近に感じられるユニークなアンプ。バランス駆動を身近にしていくモデルとして、対応ケーブルの種類増加や、入力のバランス対応など、今後の展開にも期待したい。
ラトックシステム バランス駆動型 ポータブルヘッドホンアンプ REX-KEB01F | ラトックシステム バランス駆動型 ポータブルヘッドホンアンプ REX-KEB01 ※オヤイデケーブル版 | ラトックシステム バランス駆動型 ポータブルヘッドホンアンプ REX-KEB01C2 ※ゼンハイザー HD25-1 II専用ケーブルセット |
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