レビュー
人気のハイレゾヘッドフォンはどこまで進化した? 実はバランス対応、ソニー「MDR-1A」
(2014/11/11 09:45)
2万円台と、比較的購入しやすいハイレゾ対応ヘッドフォンであるソニーの「MDR-1R」。その人気モデルが、ブラッシュアップ。「MDR-1A」として、10月24日に発売された。価格はオープンプライスで、実売は28,000円前後だ(MDR-1Rは定価29,500円)。通販サイトを見ると、既に25,000円台をつけるショップもあるようだ。
一見すると、デザインに大きな変更は無いので「マイナーチェンジモデルかな?」と感じるが、実際は心臓部と言えるユニットを刷新、さらに話題のバランス接続にも対応するなど、注目ポイントの多い製品になっている。
液晶ポリマーフィルムにアルミをコーティング
前述の通り、デザインは従来のMDR-1Rを踏襲している。カラーバリエーションもブラックとシルバーで同じ。ブラックは赤の差し色がトレードマーク、シルバーはブラウンのイヤーパッド/ヘッドパッドを採用し、シックで大人っぽいイメージになっている。
ユニットのサイズも40mm径で変化は無い。ただ、振動板の素材が異なっている。MDR-1Rは、モニターヘッドフォン「MDR-Z1000」などでも使われている、液晶ポリマーフィルム振動板を採用してるのが特徴だった。これは、広帯域にわたって高い内部損失を持ち、剛性も高いという素材。内部損失が高いという事はすなわち、固有音が少ないという意味。実際に液晶ポリマーフィルムを指で触った事があるが、PETフィルムのようにペニョペニョ、クニュクニュといった音がしなかった。
MDR-1Aでは、この振動板を進化させた「アルミニウムコートLCP振動板」が使われている。LCPは先程の液晶ポリマーの意味で、そこにアルミニウム薄膜をコーティングしたという。異なる素材を組み合わせた相互作用によって、全帯域で高くフラットな内部損失特性を実現。さらに色付けのないクリアな中高音が再生できるという。
ちなみに、このアルミニウムコートLCP振動板は、先日レビューしたハイエンドヘッドフォンの「MDR-Z7」にも使われている。
再生周波数帯域は3Hz~100kHzで、ハイレゾ再生にも対応。インピーダンスは24Ω(1kHz)。
低域のクオリティを高めるために、ハウジングに設けたポート(通気孔)で、低域の通気抵抗をコントロールし、トランジェントの良い低音再生を行なう「ビートレスポンスコントロール」も引き続き使われている。
ウレタンフォームを内包したイヤーパッドは、人間工学に基づいた立体縫製で頭部の凹凸にフィット。パッドが内側に倒れこむ構造を採用する事で、耳を包み込むように装着でき、高い気密性による重低音再生の実現や、音漏れも軽減している。
片出しケーブルなのにバランス対応?
ケーブルは片出しで、着脱可能。ヘッドフォン側の端子はステレオミニになっている。……ここまでであれば、よくあるヘッドフォンの仕様だが、MDR-1Aの特徴は片出しでありながら、バランス接続に対応している事にある。
付属のケーブルはアンバランスだが、別売の「MUC-S20BL1」(オープン/実売8,500円前後)を用いると、バランス接続ができる。入力端子は3.5mmの3極×2本で、このバランス出力に対応しているアンプは現在のところ、ソニーのポータブルヘッドフォンアンプ「PHA-3」(オープン/実売93,000円前後)のみだ。
バランス接続とは、簡単に言えば左右の音を完全に分離して駆動しようというもの。ヘッドフォンの左右ハウジング内にはユニットが入っているが、通常のヘッドフォン(アンバランスタイプ)の場合は、ユニットの片側にアンプ(正相)、もう片方にグランド/アースが接続されている。
このグランド側にもアンプ(逆相)を接続して、“1つのユニットを2つのアンプでドライブしよう”というのがバランス駆動の基本的な考え方。スピーカーで、ステレオアンプを2台、ブリッジ接続して1台のモノラルアンプとして使ってドライブする「BTL接続」と同じだ。左右の音を完全に分離し、グランドを介さずに音の信号を出力できるため、クロストークが低減。ノイズの少ない低歪で繊細な音が再現できる……というのが魅力だ。
購入後に、バランス駆動する事で、音質のクオリティアップが図れるのは面白いポイントだ。しかし、気になるのはそのための費用。前述の通り、バランス接続用ケーブルは約8,500円、ポータブルアンプは約93,000円と、10万円ほどの追加投資が必要になる。これが10万円のヘッドフォンであれば、そういう投資もアリなのかもしれないが、3万円を切るMDR-1Aのアップグレード代としてはいささかアンバランスだ。2、3万円台でバランス駆動が可能なヘッドフォンアンプの低価格モデルなどの登場に期待したいところである。
ただ、バランス駆動対応のアンプ/ケーブルが無いとダメかというと、そうでもない。MDR-1Aに付属するアンバランスケーブルは、独立グランドケーブルとなっており、アンバランス時でもバランスの音に近づける工夫が行なわれているそうだ。
独立グランドケーブルは、4芯構造にする事で、バランス接続のようにグランドを左右チャンネルで独立させている。しかし、あくまで戻ってくるケーブル部でグランドが分離しているだけで、最後の入力端子ではグランドが左右一緒になる。ただ、これでも音質向上には効果があるそうだ。
アンバランス接続でMDR-1R VS MDR-1A
MDR-1Aを聴く前に、従来モデルの「MDR-1R」を聴いてみよう。プレーヤーはスマホ(Xperia Z1)直接接続や、ハイレゾプレーヤーの「AK240」、PC+ポータブルアンプの「PHA-3」などを使っている。
この1Rは私物なので、音はよく知っているが、改めて色付けの少ない、ニュートラルな音に感心する。もともとMDR-Z1000のナチュラルで高解像度な音が気に入り、「もう少し低価格で、モニター寄りではなく音楽がゆったり楽しめるヘッドフォンが出ないかな」と思っていたところに1Rが登場し、飛びついた。
Z1000と同じ、液晶ポリマーフィルム振動板を採用しているため「 藤田恵美/camomile Best Audio」の「Best of My Love」を再生すると、冒頭のギターの弦の金属音と、ギター筐体の木の響きが、キチッと別の音色で描かれる。ヴォーカルの声も生々しく、変な響きが乗ったりしていない。
1分過ぎのアコースティックベースが入ると、量感豊かな低音が楽しめる。厳しく聴くと、ちょっと沈み込みが浅く、フォーカスが甘めで、“ボワッ”とした低音だが、それがZ1000とは違う「まったり感」を生んでいて、おおらかな気持ちで音楽が楽しめる。
「やっぱり1Rは良く出来ているなぁ」と思いながら、「MDR-1A」に交換すると、一気にクリアさがアップ。目薬さして何回かまばたきした後のように、音の輪郭がクッキリ見えるようになり、1つ1つの音の出方が強くなったと感じる。エッジがカリカリになったというのではなく、あくまでナチュラルな音を維持したまま、個々の音の分離がよくなり、輪郭がよくわかるようになったというイメージだ。
そして劇的に変化したのが低域。とにかくトランジェントが良くなり、締まりのある、トストスと刃物で切れ込むようなハイスピードな低音が気持ち良い。沈み込みも深く、1Rのまったりした低音とは違い、凄みを感じさせる。分解能もアップしているので、ベースの弦の動きもより細かく見える。
1Rに戻すと、沈み込みが浅くなり、低域全体が軽く感じられ、音楽が浮ついたように聴こえてしまう。フォーカスも甘いので眠い音に感じる。やはり1Aのように低域がハイスピードで、より低い音までキッチリ出たほうが、音楽に安定感が出て、ノリやすくなり、聴いていて楽しい。1Rのユーザーとしては、1Rの音が急に色あせた感じがしてちょっとショックだ。
なお、装着感も1Rと1Aで少し異なる。1Aの方が耳の下側のイヤーパッドが分厚くなったようで、より耳の周囲にピッタリとフィットする。また、私の1Rがヘタってきているだけかもしれないが、側圧も1Aの方が強く、よりガッシリとホールドしてくれる感覚だ。低域のクオリティアップには、イヤーパッドやホールドの改善も寄与しているのだろう。
バランス接続で音はどう変わる?
別売ケーブル「MUC-S20BL1」と、ポタアン「PHA-3」を使ってバランス接続の音も聴いてみた。
まず感じるのは、バランス接続の醍醐味といえる音場の拡大だ。実際、バランス接続すると左右と奥行きが広くなり、空間の中に音像が定位している立体感が増す。ただ、確かな変化はあるが、変化の度合いとしては、以前紹介したMDR-Z7をアンバランスからバランスに変更した時の方が大きい。
音の出方が強く、パワフルなサウンドになるのもバランス接続の特徴だ。特筆すべきは、パワフルになっても、決して雑で乱暴な音にはならない。アンバランスの時と同じボリューム値でバランスに切り替えると、音が大き過ぎると感じるので少し下げると、1音1音が力強いものの、全体のバランスは良く、低域が過度に強くなったりはしない。
最も良い方向に変化するのは低域だろう。音のパワフルさが低域にも及ぶのだが、音圧の強さよりも、ハイスピードでソリッドな描写に変化する。1Rと1Aを比べて、1Aの方がトランジェントの良い低域になっているが、その低域がさらに歯切れ良くなる。音がズバッと出るだけでなく、ズバッと消える。ユニットをキッチリとドライブできているからこそ味わえる音だ。PHA-3のドライブ力の強さも流石の実力だ。
面白いのは、全体のバランスに注意してバランス/アンバランス接続を聴き比べてみると、バランス接続の時の方がニュートラルだと感じる事だ。アンバランスで聴いて「低域のクオリティはアップして、量感増えて沈み込みも深くなったけど、ちょっと低域が強すぎかなぁ」と感じていた人も、バランス接続の音を聴くと、トランジェントが良く、分解能もアップしているため、低域に寄り過ぎという印象が薄れ、気に入るサウンドになると思われる。
例えば、「μ's/僕らは今のなかで」(ラブライブ!第1期オープニング)のような、歌声が複数入っているような楽曲の場合、音場が広く、解像感の高いサウンドだと、キャラクターの並びや、声の違いが良く聴き分けられて、ヘッドフォン自体がワンランク上のものを使っているように感じられる。
このように、バランス接続の利点は確かにある。ただ、しばらくバランスで聴いた後で、アンバランスに戻したところ、「これはこれで良いな」と思う。バランス接続の、自由奔放というか、音の1つ1つがパワフルに飛び出す感覚が薄れ、音場が少し狭くなり、音像がそれぞれの位置にキチッと収まる。アンバランスの音は、いわゆる“優等生サウンド”だ。
それゆえ、音楽の全体が把握しやすく、まわりの楽器がでしゃばり過ぎないのでヴォーカルも聴き取りやすい。恐らくバランス/アンバランスを聴き比べて、「アンバラの方が好き」、「アンバラの方が落ち着く」と感じる人もいるだろう。
面白いのは、以前紹介した「MDR-Z7」では、あらゆる面でアンバランスよりもバランス接続の方が良いと感じた事。Z7を聴くなら、絶対バランス接続がオススメだが、1Aの場合はそうとも言えない。「きっと1Aはアンバランス接続をメインに開発されたのだろうなぁ」と想像する。
もちろん、音場や低域の分解能などの面で、バランス接続のメリットは確かにある。アンバランス接続で万人が好むキチッとした、完成度の高い音を出しつつ、バランス接続ではまた違った一面を見せてくれる。バランス接続の世界に触れる入門機的な位置付けにもなる1台と言えるだろう。実際にそうなっていくように、バランス接続対応アンプの低価格化など、今後の周辺環境の充実にも期待したい。
ソニー ステレオヘッドフォン MDR-1A |
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