本田雅一のAVTrends
一見地味なHDR新規格「HDR10+」が、多くの消費者に魅力的な体験をもたらすかもしれない
2017年9月2日 08:10
パナソニック、サムスン、20世紀フォックスが共同で「HDR10+(HDR10 Plus)」を発表した。Ultra HD Blu-ray(UHD BD)やNetflix、Amazonビデオなどでも採用されている「HDR10」というHDR規格に”プラス要素”を加えたものである。ほんの少しの工夫なのだが、その効果は極めて高い。
そしてここが重要なことだが、従来システムとの互換性が高く、非対応機器にとっては通常のHDR10相当、対応機器はシステムの能力を100%引き出し、とりわけ低価格ディスプレイで効果的という、消費者サイドの視点から見てなかなか素敵な提案になっている。
では何が優れているのか? なぜ低価格ディスプレイほど恩恵が大きいのかを紹介したい。
現行HDR10の課題。「プレミアムテレビ“以外”でHDRが体験しずらい」
HDR対応コンテンツでは最大1万nitsまでの明るさが、それぞれ絶対値で記録されている。しかし実際のディスプレイの多くは1万nitsもの明るさは再現できない。各社最上位モデルは1,000nitsを越えており、一部に2,000nitsに迫ると思われる製品もあるが、それは超ハイエンドモデルだ。
そこでテレビ側は、搭載するディスプレイパネルの能力を考慮しながら、白飛びに至るまでの飽和特性を調整している。必ずしも規格化されているわけではないが、HDR10における目安として、コンテンツ制作を行う際に最大1,000nits程度までで収めることが望ましいといった文言はある。しかし、あくまでもガイドラインであって規格ではないため、HDR対応ソフトの中には3,000nits程度までの輝度情報が入っていることも多い。
人間の眼が感じる輝度範囲全体をカバーしていると言われる最大1万nitsを包含しているHDR技術だけに、実際のディスプレイに表示する際には、それを実際に表示できる輝度範囲にたたみ込まねばならないが、ではどのぐらいの輝度を目安に特性を決めれば良いか? というと、その指標がないのだ。
このことはHDR対応テレビを開発する上で、メーカー間の画質競争を促す一要素にもなっているが、一方で低コストなテレビでHDRを充分に楽しめない、いわば高画質化の足かせにもなっている。
記録されている映像の最大輝度は、MaxCLLというメタ情報として記録されているのだが、一般的なUHD BDでは“きちんとした値”が入っていないことが多いのもひとつの理由だ。しかし、たとえMaxCLLが正しくセットされていたとしても、HDR対応ソフトならば1,000~3,000nitsといった範囲に収められるだろう。
ところが、こうした高輝度情報を活かした絵作りをするには、高価なOLED、あるいは多分割ローカルディミングバックライトを備えたハイエンドの液晶テレビが必要になる。OLEDの低価格化にまだ時間が必要なことはもちろん、液晶に関しても多分割バックライトは構造的に安価にはなりにくい。
HDR10+はこうした問題を解決し、高価なプレミアムクラスのテレビから、誰もが購入しやすい安価なバックライト構成の液晶テレビまで、幅広くHDRのメリットを享受するために生まれた技術だ。
HDR10と完全互換かつ、HDR10+普及のためのハードルも少ない
HDR10+は、RGB10bitの色深度、PQカーブによる輝度特性といったHDR10の特徴はすべて引き継いだ上で、MPEGストリームの中にシーンごとの輝度範囲を指示するメタ情報が加えられている点が異なる。HDR10は映像作品全体に対してMaxCLLが設定されているが、HDR10+では動的にMaxCLLが切り替わっていくのだ。
たとえば映画1本の中には、明るいシーンもあれば、暗いシーンもある。全体は暗いものの、その中に1カ所だけ光り輝く物体がある、なんてこともあるだろう。HDR10+は、そうした映像場面ごとに輝度範囲をメタデータとしてディスプレイに知らせる機能がHDR10に追加されたものだと考えればいい。メタ情報の仕様はSMPTE2094-40として定義されている。
このようにシーンごとにMaxCLLが正しく設定されるようになれば、例えばバックライト輝度調整を分割制御できない(=全体の明るさしか変えられない)液晶テレビでも、暗いシーンになれば適切にバックライトを絞り込み、豊かな階調と黒沈みを実現できる。
また明るいシーンでも大幅な改善が見込める。安価なHDR対応液晶テレビは500nits、あるいはそれ以下のピーク輝度しか出せないものが少なくない。HDR10の場合、3,000nits程度の明るい画素が存在することを想定しておかねばならないため、コントラストを下げて全体が収まるよう特性カーブ(トーンマップ)を作らねばならなかった。
しかし、あるシーン全体が500nits以下であることが保証されるならば、テレビ側は0~500nitsの輝度をコントラスト調整することなく、そのままリニアに表示すればいいことになる。
もちろん、これが最大1,000nitsのシーンになれば、1,000nitsを越える表示が可能な高級テレビとの差が生まれてくるが、低価格なテレビからハイエンドテレビまで、表示能力をフルに活かして可能な限り、作品が意図する表示を行なえるという点で注目に値する技術と言えるだろう。
問題はこのHDR10+に普及の可能性があるのかどうかだ。
HDR10+は(繰り返しになるが)従来のHDR記録方式であるHDR10と完全な互換性がある。HDR10+対応ソフトを従来のシステムで再生させても、まったく弊害はない。また、伝送経路上にも新たな企画定義は不要で、HDMI2.0aに対応したシステムならば、間に従前のAVアンプなどが挟まっても問題ない。
加えてパナソニック、サムスン、20世紀フォックスの3社で設立する業界団体に加盟し、年会費を支払えば技術仕様書やHDR10+に対応するためのツール、ロゴライセンスを入手できる。年会費は1~2万ドル程度に収められ予定で、特許ライセンスに関しては完全フリーとなるため、これ以上の費用負担はかからない。
相互運用に関してはテスト仕様が発行され、相互認証を行なうことで、正しい動作をすることが求められる。これは消費者側からみれば歓迎すべき事だろう。
実はHDR10+のような動的メタデータを用いてトーンマップを切り替える手法はDolbyVisionも採用している。しかしDolbyVisionの場合、ライセンス額が高額な上、ドルビー以外が技術改良を行なえない、HDR10との互換性がないなどの問題があり、ハードウェア、ソフトウェアともに費用負担が大きかった。HDR10+は完全にオープンなライセンスかつフリーということで、普及する上での障害が低い。
唯一の懸念点は、シーンごとにMaxCLLを設定していく手間が増えることだが、関係者によると、完成したマスター映像に専用のツールを適用することで、シーンごとのMaxCLLを自動生成することができるようだ。このため、HDR化に伴う作業全体のコストに比べると無視できるコスト増に収まるという。今回、共同で同技術を発表した20世紀フォックスは今後発売していく全タイトルを、HDR10+対応にしていく。
なお、UHD BDとして対応ソフトが発売される見込みのほか、Amazonビデオでの配信が決まっているという。HDR10との互換性があり、消費者側の利点も大きいため、HDR映像を配信しているサービスでは、対応が始まっていくものと考えられる。
BDのオプション規格に。パナソニックとSamsungがHDR10+を積極推進
HDR10+が機能するには、対応するプレーヤー(対応サービスのアプリが動作するテレビなど)と、HDR10+の情報に連動してHDR表示を最適化する機能を持つテレビが必要となる。
当初はパナソニックとサムスンの製品が対応することになるが、日本国内に絞って話をするならば、パナソニックが発売中のVIERA EZ/EXシリーズがファームウェアアップデート対応予定。さらに今後発売するテレビ新製品はすべて対応していく。これらの製品で動作するAmazonビデオプレーヤーもアップデートされてHDR10+対応となると思われる。
レコーダ/プレーヤー側はBDAにてオプション規格の追加が行なわれる予定。対応時期はわからないが、今後発売される製品すべてに盛り込まれていくと思われる。
IFA 2017のパナソニックブースでは、HDR10+による動的トーンマッピングを行なう場合と行なわない場合の比較デモを見ることができるが、その違いは極めてわかりやすい。理屈抜きに「キレイ」と言える映像を誰もが楽しめるようになる技術だけに、今後の拡がりに期待したい。