本田雅一のAVTrends

第197回

“4Kテレビが暗い”原因と誤解。消費者守る対策を望む

大型テレビの多くが4K対応、それもBS/CS4Kチューナー内蔵機となった今年。高精細・広ダイナミックレンジといった特徴を備えた4K放送が、一般の家庭にも手軽に届くようになった。そうした中で「映像が暗く見える」という指摘が、当初よりあったことは事実だ。その原因は、本来は広ダイナミックレンジ(HDR)ではない映像を、HDR映像規格のひとつであるHLG(ハイブリッドログガンマ)に割り付けて放送しているためだ。

昨年の新4K8K放送開始セレモニーで展示された各社の4K対応テレビ

詳しくは後述するが、SDR(標準ダイナミックレンジ)の映像をHLG規格で放送すると、通常100%までの輝度を用いて表示するところ、最大輝度(白として表示される部分)が、およそ70%程度の輝度として「放送局側から」送り込まれているからだ。

これは、一部テレビに備わっているヒストグラム表示機能(明るさの分布グラフ)を見れば明らかで、4Kとハイビジョンで同じ番組を放送している時間帯に、切り替えて視聴するとひと目でわかる。実際に4K放送の方が暗いだけでなく、ヒストグラム上、明るい領域を使った画素はひとつもないからだ。

4K放送のある番組を観た時の輝度分布
同じ番組のハイビジョン放送を観た時

広がる“4Kテレビの輝度が不足しているから暗い”という誤解

解決策は実にシンプル。詳細は後述するが、放送局がSDRの映像をHLGで放送せず、SDRに切り替えて放送すれば問題は起きない。実はNHKにはこの問題はなく、民放各社の番組に問題が集中している。

その部分の「なぜ?」と「どうすべきか」を追求することが、4K放送での「暗い」という残念体験を回避するもっとも適切な方法だ。

ところが、春以降に「4Kテレビの性能が不足しているため暗く表示される」と告発する記事が相次ぎ、問題がおかしな方へと向かっている。もちろん、メーカーや放送局は(技術的な理由によって暗くなることを)正しく状況把握しているが、一部報道や記事などで誤った告発が続いていることで、消費者に誤解が広がっているからだ。

前述したとおり、4Kで放送されているSDR映像に暗く見えるものが多い(むしろ民放の番組は多くがそうなっている)問題はあり、これは解決すべきだが、当てるべき焦点がズレていると正しい解決策は得られない。

そこで、代表的な誤解について説明しておきたい。

昨年から登場しだした4Kチューナー内蔵テレビ。今年は多くのモデルがチューナー内蔵となった

4Kテレビに“規格通りの表現能力がないため暗く映る”は誤り

HDR映像は「1,000nits(輝度の単位)で制作されているため、テレビは1,000nits以上の輝度を表現できなければ、高画質な映像を表現できない」と解説されていることがある。しかし、これは誤りだ。

最大1,000nitsのマスターモニターを参考に、概ね1,000nitsまでを確認した映像がUHDブルーレイや放送のマスターに使われているだけであって、もっと高輝度な画素情報(4000nitsぐらいの輝点もある)が映像情報の中には含まれている。

一方、HDR規格はもともと“含まれているダイナミックレンジをすべて表現する”ことを前提に設計されていない。

HDR規格で制作された映像作品でも、概ねほとんどの被写体は200nits以下で表現されている(ちなみにSDR映像は100nits以下で制作される)。実際に1,000nitsの明るさを体験するとわかるが、ものすごく明るい。HDR規格の目的は「ダイナミックレンジの情報を失わずに記録」し、それを搬送することで「ディスプレイ性能を最大限に活かす」ことだ。

実際のテレビは低価格な液晶テレビだと300nits程度、高級機で800nits、ハイエンドモデルでは1,000nitsを超える。有機ELテレビもピークで800~最大1,000nits程度が表示できる。

「なんだ、ほとんどのテレビはやっぱり輝度が不足しているじゃないか?」

と思うかもしれないが、それこそが誤解の始まりだ。

もともと人間の網膜は0~1万nitsまでの範囲で輝度を認識できるという(実際には虹彩、すなわちレンズの絞りと同様の仕組みでその10倍を認識可能)。ならばとその範囲をすべて記録しておき、テレビメーカーが、その時々、製品にかけられるコストとも摺合せ、適切に表示するのがHDR技術だ。

つまり、300nitsまでしか線形で輝度を表現できないテレビは、およそ200nits超までをリニアに表現したあと、それ以上の輝度をロールオフする。ロールオフとは、輝度カーブをなだらかに丸める処理で、ロールオフが行なわれ始めると、それ以上は色が薄くなっていき、最後には300nitsで真っ白になる。

それでも200nits超までは表現できるのだから、SDRに比べればより広いダイナミックレンジを表現きるとも言えるだろう。

これが800nitsまでリニアに表現できれば、たとえば夕焼けの朱色や澄み渡る青空、南の島のマリンブルーは、より鮮やかに抜けの良い絵になる。

しかし、最大の輝度が800nitsであろうと、300あるいは400nitsでああろうと、主被写体や背景の大部分は正しい階調で表示できるため破綻しない(ロールオフの特性や自動トーンカーブ補正などメーカーの創意工夫での見え味の違いは当然出てくるが)。

まとめると、そもそもHDR規格で規定されている輝度を、そのまま表示できることを前提にシステム設計されているわけではないため、テレビの輝度が1,000nitsないから暗く表示されるというのは、明らかにミスリードということだ。

規格上の数字と表示する輝度は“まったく異なる”

もうひとつ誤解があると感じるのは輝度値に対する考え方だ。

映像制作時はダークルーム(暗くした部屋)で、マスターモニターを用いて映像を作り込む。マスターモニターは「この画素をこの明るさで」と伝えると、そのとおりに光る必要があり、そのように設計されているが、ダークルーム以外で使うことは想定されていない。

人間の目には虹彩があるため、明るい部屋では同じ映像でも受ける印象が変化してしまう。特に暗部階調の見通しは悪くなる。このため、各社は映像モードごとに想定する視聴環境で調整を行なったり、照明環境を計測するセンサーを内蔵させて、なるべく好印象になるよう、ディスプレイパネルに“再割付”をする。

つまり、ここまでに説明してきた輝度値(nitsは絶対的な輝度の値)はダークルームでしか意味がない。たとえば100nitsまで制作されているSDR映像を、そのまま100nitsまでの明るさで素直に表示したならば、一般的な住環境ではひどく暗い映像になってしまう。

「4Kテレビの性能不足が暗く見える原因」。そうした思い込みも理解できないわけではないが、映像制作時の基準となる数字と、それを表示する技術はまったく異なるものとして区別しておかねばならない。

現在のHDR対応テレビは、一応の目安とされる1,000nitsまでの画作りならば、製作者の意図を十分に伝えるだけの能力を持っている。さらにそれが1万nitsに近づくのか、近づける必要があるのかは議論のあるところだが、より高輝度なマスターモニターも登場しつつあり、またテレビもハイエンド製品は2,000nitsぐらいまでピークが伸びていく可能性はありそうだ。

それは規格上の“可能性”であって、将来より良い画質になっていくための“ヘッドルーム(伸びる余地)”だ。

4K放送がハイビジョンより暗く見える理由

ということで「規格に対応できていないのに消費者を騙して不完全な製品を売りつけている」というメーカーへの嫌疑は、きっぱりと「誤り」として断言しておきたいが、それでも暗く見えるのは事実だ。

HDRの情報を収める技術にはPQカーブとHLGがある。PQカーブは人間が感じる明るさに対して線形に応答するよう設定された特性で最大1万nitsまでを記録できる。一方、HLGはおよそ70%までの輝度に、従来のSDR映像と同等の特性で輝度情報を収録し、残りの30%で高輝度情報(HDR表現のための拡張情報)を収める。

なぜこのような違いがあるのか。

HLGは、そのままHDR非対応テレビで表示させても、ちょっとしたブライトネス(明るさ)調整で、視覚上“それなりにいい感じ”で見えるようにするため工夫された規格なのだ。NHKとBBCがそれぞれに開発していたものを摺り合わせたもので、まさに放送のための規格。

ここで注意していただきたいのは、HLGは「HLGの映像をSDRしか表示できない機器でも自然に」見えるよう工夫したものであって、SDR映像を放送するための規格ではないということである。

ところが、民放各局は地上波やBSなどに向けて制作しているSDR番組を、HLG規格で4K放送している。規格通りに明るさを割り付ければ、暗くなるのは当たり前。なにしろ「白」を表現する信号が、70%の輝度に抑えられるのだから。

2018年12月1日からスタートした新4K8K衛星放送

テレビ受像機は、それがSDR信号だとわかっているなら、そのように表示をするだろうが、HDRとして放送されているため「素直に70%の明るさで表示」する。

では民放各局は、なぜSDRの番組をわざわざHLGに変換して放送するのだろう。

これにはCMを番組の合間に放送せねばならない民放ならではの悩みがあるようだ。NHKはSDRとHDR(HLG)の切り替えを番組単位で行なっている。SDRとHDRは、それぞれフラグ情報で識別できるようになっているため、テレビ受像機は番組に合わせて表示。NHKの番組で暗く見えるという苦情はほとんどない。

民放の技術担当者によると、4K放映用マスターの共通仕様としてHLGが指定されているため、すべての映像をHLGに変換しているとのことだ。規格通りに変換しているのだから、技術的にはなんの誤りもないとは言える。

では、なぜこのような運用に決めたのだろうか?

ここからは推測混じりになるが、おそらくはCMを間違いなく確実に送出するためではないだろうか。現在のCMは、すべてSDRで制作されているが、将来はHDR制作のCMが混在する可能性もあるだろう。また民放の4K放送はほとんどがSDR制作だが、HDRで制作された番組も一部にはあり、今後、特にスポーツ中継などではHDR放映が増える可能性がある。

特にCMは時間的に短いため、HDRとSDRの間を短時間に何度も行き来することになる。このため、あらあゆるテレビ受像機で安定した受信、表示ができるよう「HDR(HLG)で固定し、SDRもそこにはめ込む」という選択肢をしたのではないか。

実は以前に複数フォーマットの放送が混在した際、問題が発生した過去もある。

BSデジタル放送が始まった頃、インターレス放送の1080iよりも、プログレッシブ放送の720pの方が高画質だとして、テレビ朝日が720pでの制作を決めていた。

ところが他局はすべて1080iでの放送となり、必然的にCM用映像も1080iで納品されるため、CMに切り替わるために表示モードが切り替わるという煩わしい状況となり、あっという間に720pから1080iに切り替えた。

このような懸念から、民放が“HLGのまま固定して”放送を決めたのだろう。

消費者の体験を守るためには……

最良の対策としては、民放がHLGに固定している4K映像の送出を改めることだろう。

せっかく始まった4Kの基幹放送なのだから、このような細かな齟齬で体験が阻害されることは、放送局、テレビメーカー、消費者、すべてにとって不幸なことだ。

もし、放送局側が対応できないのであれば、HLG信号の高輝度部に信号が存在しない場合、受像機側で“SDR放送だとみなして”表示してしまうという、やや強引な方法もあるかあもしれないが、当然、誤動作の可能性もある。

民放の現在のやり方は、技術的な整合性という意味で誤りではないが、実際に様々な議論や齟齬を生み出していることを考えた上で、良識のある判断へと向かうことを望みたい。

本田 雅一

テクノロジー、ネットトレンドなどの取材記事・コラムを執筆するほか、AV製品は多くのメーカー、ジャンルを網羅的に評論。経済誌への市場分析、インタビュー記事も寄稿しているほか、YouTubeで寄稿した記事やネットトレンドなどについてわかりやすく解説するチャンネルも開設。 メルマガ「本田雅一の IT・ネット直球リポート」も配信中。