本田雅一のAVTrends
第214回
空気洗浄ヘッドフォン「Dyson Zone」が目指す場所と現在位置
2022年12月26日 00:00
ヘッドフォンと空気清浄機の融合がもたらす価値とは?
本当に発売されるのだろうか。今年3月、ダイソンが「Dyson Zone」を開発していることを発表したとき、その印象的な、そして未来的なビジュアルとコンセプトに驚いた方もいるだろう。しかし、ダイソンは2023年1月からこの製品を中国を皮切りにグローバルで展開する予定だ(日本市場での展開は現時点では未定)。
本稿ではAV Watchらしく“ヘッドフォンとしてのDyson Zone”を軸に、その音質と複合製品としての印象について書き進めていきたい。
より快適なパーソナルゾーンをもたらすDyson Zone
Dyson Zoneの出発点はあくまでも空気清浄機だ。ダイソンは空気清浄機に空気質センサーを搭載することを思いつき、実際にサーキュレータと空気清浄機を組み合わせた製品に空気質センサーからの情報を元に、部屋の空気をきれいにする製品を展開している。
これらの製品はネットワークに接続され、MyDysonアプリを通じて可視化されるとともに、データセンターでは(スマホに内蔵されるGPS情報と組み合わせることで)地域ごと、時間帯ごとの空気質に関するマップが出来上がる。
と、この部分の詳細は省くが、ダイソンが訴えたいのは地球規模で見た場合の空気汚染は進行しており、今後、さらに悪化していく可能性が高いということだ。これに対して社会全体で空気質を浄化するプロジェクトも当然行なうべきだが、そうは言っても身の周りの空気質が悪化しているならば、そこになんらかの解決方法は欲しい。
ダイソンは6年をかけて、個人向けの空気清浄機について商品化の可能性を模索してきたという。
具体的な数字はともかく、海外の古い地下鉄(筆者の経験の範囲ではロンドン、ベルリン、ニューヨークあたりの地下鉄は空間も狭く空気質が低いと言われればそう感じることは確かだ)では役立ちそうだし、大気汚染が深刻と言われて久しい中国も、一時ほどではないにしろ引き続き厳しい状況だ。
確かにDyson Zoneのコンセプトには(装着感や機能性などのバランスは必要だが)、将来性がありそうに思えてくる。さらに、ダイソンの空気質センサー付き空気清浄機がMyDysonを通じ、さまざまな場所、さまざまな時間帯の空気質情報をアップロードするようになれば、避けるべき通学・通勤経路や時間帯など、地域行政の観点で言えば社会的な課題を映し出すものになるだろう。
使用者自身のアプリにも、リアルタイムで空気質データが表示されるので、いずれ日本で試すことがあれば、東京の街中や地下鉄の空気質を計測して歩きたいものだ。
やや脱線したが、ダイソンはこうした考えを元に、騒音にまみれた都市生活における聴覚保護の機能(いわゆるノイズキャンセリング)を組みわせ、完成させたのがDyson Zoneというわけだ。
“正しく聞こえる”ことをサイエンスしたヘッドフォン
ノイズキャンセリングヘッドフォンとして捉えた時のDyson Zoneは、最大38dBの効果を発揮するというアクティブノイズキャンセリング機能と、耳元へのフィット感が極めて優れたイヤーパッド、適切な設計のヘッドバンドやイヤーカップとのヒンジ、快適かつホールド感も損ねない絶妙の側圧など、初めてヘッドフォンを設計したとは思えないこだわりを感じるものだ。
その作りは極めて贅沢で、アルミ製のシュラウドは細かなパンチングホールの側面や裏側に着色されているのだが、表からはほんの少しだけそれが見えるといった(あくまで一例だ)、極めて凝った、そして上品な設計になっている。
ではオーディオ的にどうなのか? というのが、AV Watchの読者には最も気になるところだろう。
ドライバユニットは、高級ワイヤレスヘッドフォンとしては一般的な40ミリのネオジムマグネットを用いた専用品。ストロークやダイアフラム材料は承知していないが、ダイソンによると、もっとも重視したのは、耳元で聴いた時の周波数応答が正確であることだという。
このコンセプトは改めて言われるまでもないことだが、ダイソンらしいのは「正しくあることをサイエンスする」を真面目に実行するために、属人的要素を排除しようと試みたことだ。
ダイソンが音質評価の基準にしたという部屋で音を聴いたが、バランスよく減衰されたデッド(残響が少ない)な部屋にGenericのアクティブモニタスピーカーを設置していた。もっと掘り下げると、部屋の音響特性は確かに周波数特性としてフラットに感じるもので、直接反射の影響も少なく、減衰時間が短い。
機器などの特性を評価するには適した部屋だとは思うが、音楽を聴く上で楽しい部屋ではない。
例えばアーティストやプロデューサーは、マスタリングスタジオで最終的な音の確認を行なうものだが、よく整えられたスタジオの部屋には程よい音響特性がある。エネルギーバランスが偏らないようにはなっているが、残響は程よくある。一般的なリスナーの環境で聴いた時に、ある程度の響きが乗ることは想定しながらの録音とも言える。
そんな実際の環境で聞く場合に乗るであろう響きを排除した評価用リスニングルームの音を再現すると……筆者がDyson Zoneに感じたのは、実にダイレクトな音だった。
実際のところ、ダイソンの開発拠点にあった評価用リスニングルームの音質傾向と、Dyson Zoneの音は極めて近い。
“モニターライク”という音とは明確に異なる。
なぜなら、モニタースピーカーはなんらかの部屋に設置され、その部屋の音響特性を含む音として感じられるからで、リファレンスを表現しているようで、実は表現していない。
Dyson Zoneの音は実にドライ(響きが少ない)で、音域バランスに偏りがなくダイレクトに耳に音が届く。前述の評価用のスタジオと同じキャラクターの音だと感じると話すとダイソンのエンジニアは喜んでいた。
決して嫌なノイズ、付帯音は乗らないし、決して音域バランスが崩れることもない。実にストレートに音を聴かせるが、それを好むかどうかは人それぞれだろう。
ノイズキャンセリング能力は高いが…
ノイズキャンセリングヘッドフォンのルーツを探ると、それは航空パイロット向けのヘッドフォンに行き着く。航空管制とのやり取りはもちろんだが、軍用で考えるならば司令室との重要なコミュニケーションでミスがないよう、ノイズ抑制は大きなテーマだったと言える。
しかし現代の一般ユーザー向けとなると、異なる視点もある。もっとも特徴的なのがアップルがAirPods Proの第2世代モデルで提案したコンセプトだ。
この時、アップルは絶対的なノイズ抑制効果だけではなく、周囲の音を把握できるトランスペアレンシーモードにおいても、聴覚への悪影響が懸念される80dB以上の騒音に対して自動的に80dBが上限となるよう抑制する機能を訴求していた。
80dBという数字はWHOが、長時間晒されることで聴覚障害を起こす可能性があるレベルとして設定しているものだ。AirPods Proを装着していると、知らず知らずの間に聴覚への悪影響を避けられる。
Dyson Zoneも、おそらく同じ点に着目したのだろう。
ダイソンは都市生活者が騒音に常に接しながら暮らしていることを挙げ、ノイズキャンセリング機能の重要性を訴えた。その能力はといえば、最大38dBという数字があるが、この数字は特定周波数の値でしかない。
とはいえ、その能力に関して体感的なレベルでの文句はない。しかし、製品そのもののコンセプトと競合する要素がある。
空気清浄を行なうため、Dyson Zoneには小型のインペラーを最大9750rpmで回転させたコンプレッサーがHEPAフィルターに空気を送り込んでいる。フィルターは静電気による吸着効果を持つもので、0.1ミクロンの粒子汚染物質を99%捕集し、カリウムを含むK-カーボンフィルターがNO2やSO2など、都市部で計測される代表的な酸性ガスまでも浄化する。
微粒子はもちろんだが、酸性ガスを緩和することでニオイまでも大きく緩和するというから頼もしい。
このコンプレッサーが発するノイズは、ノイズキャンセリング機能を用いて相殺しており、高周波のキュイーンというノイズは微かに残るものの、空気清浄機が耳元で動作しているとは思えないほど、よくノイズを抑制してくれている。
自ら優れたノイズ抑制効果を証明しているようなものだが、“快適なパーソナルゾーン”をもたらす製品コンセプトで見ると、必ずしも同意できない場面もある。
まずノイズ抑制の機能は、オンかオフ、それにトランスペアレンシー(透過)モードの三つが設定項目となる。また、通話時には自動的に会話モードへと切り替わる。
昨今の一般的なノイズキャンセリングヘッドフォンによくある設定だが、第二世代AirPods Proのように透過モード時に80dBを超える騒音を検出したとき、では利用者が気づかないうちに80dB以下に抑えるといった機能は有していない。
また、トランスペアレンシーモード時に空気清浄機能が働くと、Dyson Zoneは内蔵マイクをノイズ抑制に使う必要が出てくるため、周囲の音を的確に捕捉できなくなる。具体的にはトランスペアレンシー時の周囲の音が聞きづらくなる。
空気清浄機が動作中に近傍にあるマイクが拾う音を、そのまま耳に届けてしまっては心地よくないため、仕組みからいえばトランスペアレンシーモードと空気清浄機の同時使いで機能がコンフリクトするというのは妥当な結果だ。
とはいえ汚染された空気の街中を歩く際には、トランスペアレンシーモードを活用したいと思う場面も多いと考えられる。とするならば、相反する要素ではあるが、いずれは解決していかねばならない問題だろう。
トップクラスの装着感と上質な仕上げ
一方でその仕上げの良さは上質。日本での価格は未定だが、アルミ製のシュラウド、適切な側圧と柔らかなタッチのイヤーパッド、バッテリをヘッドバンドに搭載したことでバランスもよく、装着感は一般的なヘッドフォンと比較してもかなり良好だ。
モデルによっては革製ショルダーバッグが付属するなど、ヘアドライヤーを初めて市場投入した時と同じように、かなりの高級モデルとして投入する意思を感じる。
空気清浄機としての評価は、日本の環境で使った時に先送りしたいが、マグネットで脱着するバイザーの使い勝手も含め、機能性に不足はない。
また音質に関しても、ここまで丁寧に作り込んだヘッドフォンで、ここまでドライな音を出す製品は、おそらく過去になかったのではないだろうか。オーディオメーカーの知見も当然入れているとのことだが、オーディオメーカーではないダイソンだからこそ、ここまで徹底してリファレンス、すなわち音評価の基準となるような規範的な音作りが行えたとも言える。
さらに掘り下げたオーディオ面でのスペックは今後明らかになるだろうが、まずは日本の都市環境で、このコンセプトがワークするのか興味深い。