藤本健のDigital Audio Laboratory
第771回
多チャンネル音声の安定伝送「AVB」に注力するRME。高音質再生のADI-2 Pro FSも
2018年6月18日 12:15
シンタックスジャパンが、独RME製オーディオインターフェイス製品群の新製品発表会を6月13日に開催。「Digiface Dante」、「Digiface AVB」、「ADI-2 Pro FS」、「M-32 AD Pro」、「M-32 DA Pro」の5製品を披露した。
この発表に合わせ、RMEの共同創始者で製品開発のトップであるマティアス・カーステンズ氏と、プロダクトマネージャーのマックス・ホルトマン氏が来日した。今回発表された5製品のうち、M-32 AD Pro、M-32 DA Proの2製品は、世界に先駆けて日本での初お披露目とのこと。オーディオファンの間でも人気の高いRME製品、実際どんなものなのか紹介しよう。
「M-32 AD Pro」と「M-32 DA Pro」の進化点
Digiface Dante、Digiface AVB、ADI-2 Pro FSのそれぞれは、すでに先日ドイツ・フランクフルトで行なわれた「Musikmesse」で発表されていたので、すでに内容をご存知の方もいると思う。まずは世界初公開となったM-32 AD ProおよびM-32 DA Proから見ていこう。
これらは現行モデルであり2010年にリリースされたM-32 ADおよびM-32 DAから進化した製品で、サイズ的には2Uだったのが1Uと小型化も図られている。従来からのMADIに追加してAVBでも伝送可能なADコンバータおよびDAコンバータであり、それぞれ1台で最大32chを扱えるのが特徴だ。
リアパネルを見るとMADIの入出力、AVB用のEthernet端子、ワードクロック入出力、MIDI端子が並ぶと同時にD-Sub 25pin×4がある。このうちD-Subはブレイクアウトケーブルを経由してアナログ接続するためのものだ。
コンサートホールや放送局などではマルチチャンネルの信号を同時に伝送する必要があるが、従来の膨大な本数のアナログケーブルを使うのではなく、1本のケーブルでマルチチャンネルを伝送でき、しかも音質劣化のないデジタル伝送が主流になってきている。その規格としてMADI、AVB、そしてDanteといったものがシェア争いをしているが、このM-32 AD ProおよびM-32 DA ProはMADIとAVBの両方を扱えるのがポイント。またMADI-AVB間の相互変換も可能になっている。
AVBの場合、通常Ethernetケーブルを用いて接続を行なうが、オープンソースのAVBはMacに標準で搭載されているため、MacとLAN接続すればすぐにコントロール可能となっている。このAVBを用いるメリットについてマックス・ホルトマン氏は「AVBではオーディオを伝送するための帯域を確実に確保する仕様となっています。そのため、ほかのオーディオプロトコルと異なり、外部のインターネットなどのトラフィックの影響を受けません、そのため安定性に優れ、レイテンシーなどもないのが特徴」としている。
このM-32 AD ProおよびM-32 DA Proでは電源を2つ持ち片方が落ちても動作する二重化電源がとられているほか、使い勝手の面でも大きく強化されている。まずフロントパネルの全面を使って機器の状態と接続構成を視覚的にフィードバックできるよう、32ch分の大きなインジケータが用意され、緑、黄色、赤で状態を表示できるようにしている。また、それぞれのチャンネルが何に使われているかをわかりやすくするためにトレーシングペーパーを利用して書き込めるようになっているのが特徴。
ホルトマン氏によると「トレーシングペーパーなので、プリンタで印刷することも可能ですが、ミキサーコンソールの各チャンネルにテープに文字を書いて貼るのと同じ感覚で手書きできるようにしたのがポイントです」とのこと。ただ、ライブ会場などで、このインジケーターが煌々と光ると使いにくため、あまり光らないダーク・モードも用意されているとのこと。ただし、ダーク・モードであってもトラブルが起きた時には、ハッキリと知らせるために赤で警告が表示されるようになっている。
発売日や価格はまだ発表されていないが、'18年の遅めの秋になるとのこと。また実売価格は現行のM-32 ADおよびM-32 DAと同等にするとのことだったので、それぞれ55万円(税別)程度になる模様だ。
AVBを手軽に扱う「Digiface AVB」、クロック精度向上の「ADI-2 Pro FS」
もっと手軽にAVBをPCで扱うための機材も登場する。それがDigiface AVBだ。このコンパクトな機材はフロントにAVB接続のためのEthernet端子と、Word Clockの入出力、それにヘッドフォン出力があり、リアにはUSB 3.0の端子があるというシンプルな構成。
これで最大256ch、最高192kHzまで扱うことができ、ルーティングはRMEお得意のミキシング&パッチングソフトであるTotalMix FXでオペレーション可能となっている。ただし、このDigiface AVBはWindowsのみの対応で、Macは非対応。というのも前述のとおりMacは標準でAVBを搭載しているから、わざわざこうした機材がなくても直接AVBの入出力が可能だからだ。
一方、AVBではなくMADIとDanteのやりとりを可能とする機材も登場する。それがDigiface Danteだ。こちらはWindowsとMac両対応となっており、こちらにはDante接続用にEthernet端子が4つあり、BNCの入出力はWord Clockだけでなく、同軸でのMADI接続も可能となっている。
これによりDante 64ch + MADI 64chの入出力が可能となり、DanteとMADIのコンバータとしても使えるようになっている。こちらもTotalMix FXでのコントロールが可能。リリース時期はDigiface AVB、Digiface Danteともに今秋の予定で価格は現在のところ未定だ。
次に紹介するのは、以前にこの連載でも取り上げたことのあるPCM 768kHz、DSD 11.2MHzの録音・再生に対応するオーディオインターフェイスADI-2 Pro('16年12月発売)の新バージョンとなるADI-2 Pro FS。見た目や機能はほぼ同じだが、搭載クロックをさらに高精度にしたStedyClock FSを搭載しているのが大きな違い。
開発を指揮してきたマティアス・カーステンズ氏によると「もともとADI-2 Proを開発したきっかけは、各種機器をチェックするための測定器となるオーディオインターフェイスが欲しかったからです。もし、他社が出しているのなら、それを購入するのが、もっとも楽で手っ取り早い方法ですが、そうしたものが存在しなかったため、やむなく開発することになりました。結局、発売して2年を経過した今も、PCM 768kHz、DSD 11.2MHzに対応するオーディオインターフェイスは他社から発売されていません」と語る。
一方、このADI-2 Proから録音機能を削除して、再生だけに絞ることで価格を下げた製品としてADI-2 DACを昨年発売している。当然ADI-2 DACはADI-2 Proの下位モデルの位置づけだったのだが、再生音質という面では実はADI-2 DACのほうが上だったのだ。
その理由はクロック精度がさらによくなってきたことにある。RMEではStedyClockという名称の元、これまで改善に改善を加えて精度を上げてきていたが、ADI-2 DACに搭載したStedyClock FSはさらに精度を上げたものとなっていた。それを、今回新たに発売するADI-2 Pro FSにも搭載したのだ。
RMEの製品は、1つのモデルを長年販売し続け、すぐにモデルチェンジしないことでも知られるメーカー。その背景には、主要部品にFPGAを搭載しているため、ファームウェアの書き換えで回路ごとリニューアルできるので、製品寿命が長いのだ。しかし、今回のStedyClock FSはFPGAとは別回路であり、ファームウェアアップデートでは対応できず、新モデルとなったようだ。また、このADI-2 Pro FSでは、一定時間経過するとディスプレイやLEDなどを消灯するAutoDark機能も搭載されている。
こちらは7月25日の発売予定で実売想定価格は、従来機のADI-2 Proと同じ205,000円。日本発売は約1年半前ではあるが、最近ADI-2 Proを購入したという人にとっては、ちょっと悔しい感じがしそうだ。
TCP/IP経由で遅延なく遠隔操作できる「TotalMix Remote」も
新製品というわけではないが、このタイミングでもう一つ、新たなものが発表された。それがTotalMix Remoteというものだ。前述の通り、RME製品の要となっているのがTotalMix FXというソフトウェア。Digiface AVBやDigiface Danteだけでなく、Fireface UCXやFireface UFX、Babyface Pro、MADIfaceなど、RMEのオーディオインターフェイスのほとんどは、このソフトで細かくコントロールできるようになっている。
2IN/2OUTとシンプルな構成のADI-2 ProおよびADI-2 Pro FX以外のすべてのオーディオインターフェイスといっていいだろう。ドライバと融合しているTotalMix FXは各チャンネル間のパッチングや入力、出力およびバスにおける各チャンネルのボリュームやPAN、EQ、コンプレッサなどをすべてコントロールできるというものである。
そのTotalMix FXをTCP/IPのネットワークを介してリモートコントロールしようというのが、TotalMix RemoteでありiPad用アプリやWindowsおよびMac用のアプリがある。これまでもTotalMix FX for iPadというものがあり、見た目上そっくりではあるが、今回のTotalMix Remoteとはまったくの別物。
TotaMix FX for iPadはiPadとRMEオーディオインターフェイスをカメラアダプタ経由でUSB接続し、iPad用のオーディオインターフェイスとして直接コントロールするものだったのに対し、TotalMix RemoteはあくまでもPCを操作するためのリモコンなのだ。
マティアス・カーステンズ氏は「TCP/IP経由でリモートコントロールするというアイディア自体はかなり以前からありました。しかし、どうしてもレイテンシーが出てしまうために、実現できていなかったのでしが、今回そうした問題をクリアしてリリースすることができました。2001年以降に誕生したTotalMix FX対応のすべてのRMEインターフェイスで利用することができ、しかも無料での提供となります」と話す。
実際に触ってみたが、まったくレイテンシーを感じずに操作が反映された。TCP/IP経由で直接音を通すわけではないとはいえ、このスムーズさは快適だった。
以上が今回のRME新製品の概要だが、今回印象的だったのは、これまでMADIに傾倒している印象だったRMEがAVBに大きく力を入れてきたことだ。これについてマックス・ホルトマン氏は「いろいろなネットワークオーディオ規格がある中でAVBが最も優れていて、安定性も高いからです」と断言する。AVBはPreSonusやMOTU、Luminexなど、多くのメーカーが製品化に取り組んでおり、比較的低価格な製品も登場してきている。互換性の問題などを時々耳にするが、今後もっとコンシューマの世界でも使われるようになる可能性もあるので、各社の動向もチェックしていきたい。