藤本健のDigital Audio Laboratory

第786回

360度ビデオに“動きのある音”を。リコーTHETA Vと専用マイクで撮った

最近どんどん増えている360度動画のコンテンツ。SNS経由で流れてきて、見てみることもしばしばだが、その音はというと、あまり動きを感じられないものがほとんどだと思っていた。そんな中、先日お会いしたリコー(RICOH)の方から「THETA V」を使えば動画と合わせた立体的な音を簡単に録音することができると聞いてちょっと興味を持った。ビデオ機材に疎く、THETA Vという機種が1年も前に出ていたことを知らなかったのだが、リコーからTHETA Vと、そのオプションである3Dマイクロフォン「TA-1」をセットで借りたので、試してみた。

リコー「THETA V」
外付けマイク「TA-1」

360度映像と音声を1つのカメラ+マイクで

THETA Vも、そのオプションのTA-1も2017年9月発売の機材なので、すでにご存知の方も多いとは思う。ただネットで検索しても、あまりその音について詳しくレポートしているものが見つからないので、ここで改めて紹介してみたい。THETA Vは、360度カメラとして著名なTHETAが進化したもので、現在あるリコーのTHETAシリーズの最上位モデル。静止画は14M相当の360度画像の撮影ができ、動画は4Kで360度の撮影ができる。

しかも本体に4chのマイクを内蔵して4方向の音を独立して収録可能になっており、その4chマイクに対応する形で録音機能も360度空間音声として録音できるのが特徴。スペックを見ると、音声形式としてはAAC-LCモノラル録音のほか、、リニアPCMで4ch空間音声を録音できる、とある。ほかのTHETAシリーズはすべてモノラルであるのに対し、THETA Vだけが特別仕様なわけだ。

さらに、オプションとして用意されているのが3DマイクロフォンのTA-1。これはTHETA V専用の外部マイクで、そのマイクロフォンユニットには、オーディオテクニカ製のものが搭載されているとのこと。これによってTHETA V本体で録るよりも、さらに高音質かつ臨場感のある音声が記録できるという。

ちなみに実売価格を見てみると、THETA V本体が税込で5万円強、TA-1が34,000円程度と、そこそこの価格となっている。とはいえ、以前に記事でも取り上げたゼンハイザーのAMBEO VR MICという4chで360度収録するマイクの場合、20万円程度するので、それと比較すれば圧倒的な安さだ。もちろんAMBEO VR MICの場合、Ambisonics対応の汎用マイクであり、THETA VやTA-1と一概に比較するものではないが……。ちなみに先日ZOOMもH3-VRというAmbisonics対応マイクを搭載したリニアPCMレコーダーを発売したところなので、近いうちにチェックしてみる予定ではある。

小型カメラで手軽に撮影、広がりのある音に

THETA Vを手に持ってみると、手のひらに収まるとてもコンパクトなもの。内蔵のバッテリーを含めて125gという軽量ボディだ。

THETA Vを手に持ったところ

ここに4つのマイクがあるとのことだが、どこにあるのか探してみると、ボディの前後、およびトップに2つ、1mm弱の小さな穴が開いているのを発見。ここで音を収録しているようだ。

よく見ると小さなマイク穴がある

その操作自体はいたって単純。電源を入れて、青い動画撮影モードのランプが光っていることを確認した上で、カメラ下のシャッターボタンを押せば撮影開始。再度押せば終了、ただそれだけでOKだ。ただ、これだとTHETA Vにディスプレイ機能などがないため、どんな画像で撮影されているかなど、まったくモニターすることができない。

動画撮影のランプ

そこで、スマートフォンのアプリを用いてTHETA Vの画像をモニターしたり、リモート操作ができるようになっている。接続はWi-Fiを用いる形になっており、THETA Vが発するアクセスポイントにつなげばいい。あとは、アプリを起動すれば、もう360度でカメラからの映像をチェックでき、録画ボタンをタップすれば録画できる。なおリモコン操作のみでよければ、Bluetooth接続もできるようだ。

THETA Vが発するアクセスポイントにスマホを接続
下の丸いボタンをタップして録画

実際どんな風に録れるのか、まずは試しに仕事用のデスクにTHETA V単体で置いて、録ってみた。音の動きを確認できるよう指で音を鳴らしながら、THETA Vの周りを1周させてみたのだ。録画したデータはMP4で本体内に保存されるので、それをスマホアプリで転送して再生するか、PCとUSB接続した上で再生できる。たとえばWindowsの場合、単にWindows Media Playerで再生すると、ただの歪んだ画像になってしまう。

Windows Media Playerで再生した場合

ところが、Windows 10標準のメディアプレーヤーである「映画&テレビ」で再生すると、こちらは360度動画に対応したプレーヤーなので、キレイに再生でき、マウスで画面を動かすと、360度見渡せるようになる。まあ、今回のサンプルではあくまでも音のテストなので、映像はオマケとして考えていただきたい。

「映画&テレビ」アプリで再生
視点を変えて見ることができた

ただ、これで360度グリグリと映像を動かしても音のほうは、思ったほどには変化しない。ほとんどモノラルに近い状況であり、本体内蔵のマイクだと、その程度なのかと思った。ところが、この映像を先ほどのiPhoneアプリで転送して、iPhoneのヘッドフォンを使って聴いてみると、音にもっと広がりが出てくる。そして実際映像を回すと音もそれについてくるのだ。明らかにWindowsの映画&テレビでの音と違う。

マニュアルをチェックしてみたところ、PC用にもアプリケーションソフトが用意されており、ネットからダウンロードができるようになっている。基本アプリ「RICOH THETA」というもので、ここに先ほどのMP4をドラッグ&ドロップしてみると、変換作業が始まり、ファイル名に"_er"がついたMP4データが生成されるとともに、再生がスタートする。聴いてみると、明らかに違う。確かに立体的に音が聴こえ、映像を回すと音がついてくる。これはなかなか面白い世界だ。ただ、この変換したデータも、映画&テレビに持っていくと音は元に戻ってしまう。

RICOH THETAアプリ
動画が変換された後、再生が始まる

ここでマニュアルを見ると、これをYouTubeにアップロードすれば360度作品を共有することができるようになる、とある。さっそく、そのまま上げてみたところ確かに360度、映像を動かすことはできるが、音のほうは、モノラルっぽい音になってしまう。何でだろう…ともう一度マニュアルを見直すと、YouTubeに上げる際には、さらにもう一つのユーティリティソフト「RICOH THETA Movie Converter」を使うように案内されている。これを使ってMP4をMOVに変換するとメタ情報が追加され、YouTubeが正しく認識してくれるようだ。これを適用した映像をYouTubeにアップした。

RICOH THETA Movie Converterで変換した動画

この映像をヘッドフォンをしながら聴いてみて、実際にマウスを使って画面を回転させると、その回転に音がついてくるのがわかるはずだ。なお、このMOVファイルを改めて映画&テレビで再生してみると、今度は正しい音で再生することができたので、やはりメタデータの問題のようだ。ちなみに、このMOVファイルをオープンソースのメディア解析ソフトMediaInfoを使ってチェックしてみると、48kHz/16bitの4chのPCMデータで記録されているのがわかる。

48kHz/16bitの4chのPCMデータで記録されていた

内蔵マイクと外付けマイクの音の違いは?

続いて試してみたのは、この内蔵マイクと、オーディオテクニカのマイクロフォンユニットを使ったというTA-1の音の違い。まずTA-1だが、これは軽い小さなユニットで、5極のミニジャックを使って、THETA V本体のマイク端子と接続する形になっている。

THETA V内蔵マイクとTA-1を使った場合の違いをチェック
5極のミニジャックでTHETA Vと接続

その横には三脚穴があり、これを使って2つをドッキングさせるとともに、しっかりと固定できるようになっているのだ。これによってTHETA Vの三脚穴が塞がれてしまうが、TA-1にも三脚穴があるので、ドッキング後はこれを使う形になる。なお、ウインドスクリーンも付属しているので、野外で風のある場所で使う場合はこれをつけるとよさそうだ。

THETA VとTA-1をドッキング
TA-1にも三脚穴がある
ウインドスクリーンも付属

 ここで試してみたのは、いつもリニアPCMレコーダーのレコーディングテストに使っている、TINGARAのJupiter。これを本体のみで録音した場合と、TA-1を使って録音してみた場合のそれぞれを、先ほどと同様の方法を用いて2段階の変換をかけた上で、YouTubeにアップしてみたので、聴き比べていただきたい。

TA-1を装着したTHETA V
本体内蔵マイクで録音
外付けマイク「TA-1」利用

楽曲データ提供:TINGARA

YouTubeにアップしたことで圧縮されてしまったという問題もあるかもしれないが、手元のMOVファイルで聴いても、そこまで極端な音質差は感じなかった。それより、入力レベルの違いがあって、音量が大きく録れた内蔵マイクが結構いい音で聴こえるくらいなのだ。残念ながら内蔵マイクもTA-1も、入力レベルの調整パラメータは存在せず、オートゲインとなっているようだ。簡単なのは便利だけれど、せっかくリニアPCMで録音できるなら、手動のメニューも用意しておいてくれると嬉しかったところだ。また、結構大きいレベルで再生していたためか、とくにTA-1での立体感がなくなってしまっており、マウスでどう回転させてもやや左側の音量が大きく聴こえてしまう。これは録音時の配置が悪かったのか、オートゲインによる不具合なのか、細かいところまでは突き止めることはできなかった。

と、ここで終わってしまってはTHETA Vの本来の実力がまったく見えてこない。やはり音だけでなく、映像に動きがあって、初めて360度映像の面白さも出てくる。そこで、この連載の編集担当者にお願いして、バスケットボールのドリブルを撮影してもらった。これは、THETA-VにTA-1を接続した状態で三脚をつかって設置、その周りをドリブルしてもらったものである。先ほどと同じ手順でYouTubeにアップしてみた。

THETA Vの周りでバスケットボールをドリブル

こうなると、確かに面白いし、映像があるからか、左右だけでなく前後感もハッキリ感じられる。頭の後ろ側をドリブルしながら回っている立体感はなかなかのもの。マウスで映像を回しながらボールを追いかけていくのも面白いし、カラスや小鳥の鳴き声や自動車の走る音など、撮影した場所の周辺の音まで立体的にしっかりとらえているのも面白い。

まだ、このような立体サウンドを交えた360度作品は少ないように思うが、こんなに簡単に作れるなら、今後使う人も増えてくるのではないだろうか? もちろん最大の問題は、どんな映像をどんな演出で撮るのか、ということ。ぜひ、楽しい360度映像作品がいろいろと出てくるのを期待したい。

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THETA V
3DマイクTA-1

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto