藤本健のDigital Audio Laboratory

第827回

片手サイズに機能凝縮の6chレコーダ「F6」を試す。32bit Float、デュアルADC搭載

ズーム(ZOOM)が今年4月に発表したマルチトラック・フィールドレコーダー「F6」。当初7月に発売するはずだったが、少し遅れて9月に発売された。これはコンパクトなボディでありながら、6チャンネル入力が可能で最大14トラックまで利用できるというデジタルレコーダーで、32bit Floatに対応したレコーディングが可能。デュアルADコンバーターが搭載されているのが特徴とのことだが、実際どんなものなのか試してみた。

ズーム「F6」

F6は、実売価格62,500円前後のとても小さな機材。しかし、そのコンパクトなサイズからは想像できないほど高性能であり、数多くの機能を装備したマルチトラック・レコーダーだ。

サイズ的には片手にのる大きさで、フロントにあるカラー液晶とその周りの4つのボタンを使って操作していくのが基本。

片手にのる大きさ
カラー液晶を備え、周りの4つのボタンで操作

左サイドを見ると、3つのキャノン端子が並ぶとともにステレオミニ出力でのラインアウトを装備、右サイドにも同様に3つのキャノン(XLR)端子が並び、ヘッドフォン出力とタイムコード出力が用意されている。これにより最大同時に6チャンネルをレコーディングできるようになっている。

左側面
右側面

キャノン端子だから、マイク専用なのかと思ったら設定によってライン接続も可能だし、ファンタム電源をONにしてコンデンサマイクにも接続可能となっている。でもTRSフォンも挿せるコンボジャックではなくXLRのみのキャノンジャックになっているのはなぜ?と思ったが、たぶんよりコンパクトにするためだったのだろう。TRSフォンを接続するとなるとより深い奥行きが必要になってしまうからだ。

レコーディングに利用するメディアはSDカード。リアにカードスロットがあり、ここにSDカードを挿して録音する形だ。

背面にSDカードスロット

電源は、基本的には2種類。F6底面にあるネジを外すと出てくる単3電池4本の電池ボックスを使うか、USB Type-Cによる電源供給で動かす形になっている。USB Type-CはUSB型のACアダプタを使ってもいいし、PCからの電源供給も可能になっている。また電池ボックスに電池が入っている場合でも、USB Type-Cに電源が供給されると自動的にそちらに切り替わるのも便利なところだ。なお、オプションでソニーのLシリーズバッテリーも使えるようになっている。

電池収納部
USB Type-C給電にも対応

F6の非常に大きな特徴は、レコーディング時のビット深度を16bit、24bitに加え、32bit Float(32bit浮動小数点)まで扱えるようになっているという点。32bit Floatがどんなものなのかは、6年前に「第572回:ハイレゾで注目の32bit-floatで、オーディオの常識が変わる? 」という記事で詳しく紹介しているので、ぜひ参照していただきたい。浮動小数点演算をすることによって、レベルオーバーによるクリップという問題から解放されるという大きなメリットがあるのだ。一般的なリニアPCMレコーダーのほとんどは、24bit止まりであるのに対し、F6は、まさに業務用としても使える機材といえる。

32bit Floatにも対応

このビット深度の設定は、メニューを見てみるとLinear(16bit)、Linear(24bit)、Float(32bit)に加え、Dual(16+32bit)、Dual(24+32bit)という項目がある。このDualというのは、2つの方式で同時にレコーディングするというもの。仮に16bitや24bitでレコーディングしている最中に、クリップしても、32bit Floatで録っていれば、クリップを回避できるという二重化機能なのだ。

メニュー画面
録音設定
Dual(24+32bit)の設定も可能

一方、サンプリングレートのほうは44.1kHz、48kHz、88.2kHz、96kHz、192kHzのほかに47.952kHz、48.048kHzというモードを持っているのがユニークな点。47.952kHzは映像を23.976フレーム/秒で撮影し、後に24フレーム/秒で編集する場合、48.048kHzは24フレーム/秒で撮影し、後にNTSC29.97または23.98HDで編集する場合に使うためのもの。この辺は業務用のビデオ収録という用途のために用意されているモードのようだ。なお、32bit Floatを設定した場合には96kHzまでで、192kHzでのレコーディングはできないようになっている。

サンプリングレート設定

また、F6のADコンバーターの大きな特徴として挙げられるのが、デュアルADコンバーター回路を搭載していること。これは1つのインプット回路に対して入力ゲインの異なる2つのADコンバーター(ADC)を搭載したものだ。

デュアルADコンバーター回路を搭載

この2つのADコンバーターを組み合わせることで、1つのADコンバーターでは実現できなかった幅広いダイナミックレンジを実現するとともに、2つのADコンバーターのデータを常にシステムが監視し、最適な録音結果が得られるように自動的にADコンバーターの選択を行なうとのこと。そうした仕組みになっているから録音時のゲイン調整を行なわなくても高品質な録音ができるというのだ。

その説明を読むと、オートゲインのシステムになっているのか? と思ってしまうが実際には使う上では、ごく普通の広いダイナミックレンジのADコンバーターとして使うことができた。また、この仕組みがあるからこそ32bit Floatが大きな意味を持ち、入力ゲインを小さめに設定していてもまったく問題なくレコーディングできるようになっているのだ。

実際のレコーディング自体はいたって簡単。左右に計6つあるキャノン端子に、マイクなどを接続の上、フロントにある接続したチャンネルの入力ゲインを回していく。

入力ゲインのノブ

通常は左に絞り切った状態にあり、スイッチ付きのボリュームとなっているため、オフになっている。ここでボリュームを右に回すと、カチンとなってONになると同時に、そのチャンネルが赤く点灯し、録音スタンバイ状態に入る。ここでマイク入力すると、レベルメーターが触れるので、レベルオーバーにならないよう、チャンネルボリュームで調整するのだ。6つあるボリューム、すべてをONの状態にすれば6ch同時レコーディングとなるし、1つだけなら1chのみのレコーディングとなるわけだ。

各トラックにレコーディングするにあたり、入力ソースとしてマイク入力にするのか、ライン入力にするかなどを設定できるようになっている。この中に「USB」とあるのは、PCからの音をレコーディングするためのものだが、これについては後述する。

入力ソース選択

そのほか、入力段での各種設定も可能となっている。HPF(ハイパスフィルター)があり、デフォルトではOFF。ONにすると10Hz、20Hz、30Hz……240Hzと10Hz刻みでの設定が可能で、ローノイズをカットすることができる。

入力段の設定
HPFはデフォルトではOFF
HPFを設定するとローノイズをカットできる

リミッターも搭載されており、こちらもタイプ設定できるとともにスレッショルド、アタック、リリースなど細かく指定できるようになっている。そのほかにも位相設定、ディレイ設定、PANなどの設定ができるようになっている。

リミッター設定

試しに1chにコンデンサマイクを接続し、ファンタム電源をON。ほかはデフォルトの設定のまま、48kHzでDual(24+32bit)に設定録音してみたところ、日時が名前となったフォルダが2つ生成され、それぞれWAVファイルが録音されていた。試しに、Sound Forgeで開いて確認してみたところ、片方が24bit、もう片方が32bit Floatになっていた。

24bitのファイル
32bit Floatのファイル

こうした操作は、すべてフロントパネルの液晶ディスプレイを見ながら操作していく形で、UIも分かりやすい。ただ、ファイル名の入力などがやや面倒なのと、各表示がもう少し大きければ……という印象。これについてはBluetoothでiPhoneと接続するとiPhoneの専用アプリを使って、リモートコントロールをするという手段が用意されていた。ただし、Bluetoothを利用するためにはオプションのカードをF6に挿入する必要があるとのことで、これが手元になかったため、今回は試していない。

そして、もう一つF6の機能として見逃せないのがオーディオインターフェイス機能。ズームのH5やH6など、マイク搭載のリニアPCMレコーダーもPCと接続するとオーディオインターフェイスとして使える機能を持っているが、F6はさらに高性能なオーディオインターフェイスとして使えるようになっている。設定画面のシステムの中にUSBというのがあるので、これを選んでみるとオーディオI/Fというものがある。さらにこれを選択するとステレオミックス(PC/Mac)、ステレオミックス(iPad)、マルチトラック(PC/Mac)と3つのモードが用意されている。

USBオーディオインターフェイスとしても動作
オーディオI/F設定

このうちステレオミックス(PC/Mac)はPC側からは2IN/2OUTとして見えるオーディオインターフェイスで、F6に接続されたマイクを2ミックスにした状態でPCへと送るものだ。ステレオミックス(iPad)も同じだが、これはiPadおよびiPhoneで使うためのモードであり、USB-Lightningカメラアダプタ経由で接続する形となる。ただし、この場合F6に内蔵するバッテリーで動作させる必要がある。さらにマルチトラック(PC/Mac)はF6を6IN/4OUTのオーディオインターフェイスで使えるようにするというもの。Macの場合はUSB接続すれば、そのまま使うことができる。

MacはUSB接続してそのまま使える

Windows場合はズームのサイトからダウンロードできるASIOドライバをインストールして使う形になる。これにより、キャノン端子からの入力にデュアルADコンバーターを通した音を、6つ独立した形でPCに取り組むことができるのだ。

WindowsはASIOドライバをインストールして使う
6つ独立でPCに取り組める

なお、PCからの4系統出力についてはヘッドフォン端子およびライン出力端子から出すことができるほか、F6のマルチトラックレコーダーへと割り振って録音することも可能。このルーティングはかなり自由度も高いので、シチュエーションに応じてさまざまな利用法ができそうだ。

以上、F6の概要について紹介してみたが、F6にはほかにも説明しきれていない機能が山ほど。たとえば、温度補償水晶発振器(TCXO)を搭載しており、0.2ppmの高精度タイムコードを出力できるため、F6の電源のオン/オフに関係なく外部としっかりと同期できるようになっていたり、Ambisonicモードを備えているため立体的なVRレコーディングが可能であったり、メタデータの入力も可能でトラック名、シーン名、コメントなどを入力でき、BWFに反映させるだけでなくiXMLにも対応していたり、別売のミキサー型コントローラー「F-Control(FRC-8)」を使えば、フェーダーを使った操作ができるようになる……などなど、多才なマシンなのだ。

48kHz/24bitで6ch同時入力のレコーディングをした場合、ニッケル水素の単3電池4本で7時間以上の動作が可能。ソニーのLシリーズバッテリーを使えばさらに長時間の運用もできる。出先でマルチトラックでのレコーディングを行なう必要があるのなら、F6はコンパクトだし、高性能なので、大きな力となってくれそうだ。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto