藤本健のDigital Audio Laboratory

第902回

ハイレゾ動画配信「Live Extreme」が本格始動! 11日に藤田恵美さんライブ

コルグが開発した、高音質のインターネット動画配信システム「Live Extreme」が、配信プラットフォーム「Thumva」にて、有料でサービス開始されることが発表された。最初の公演として、7月11日には藤田恵美さんの「Headphone Concert 2021」が、映像つきハイレゾ音声でライブ配信される。

有料配信プラットフォーム「Thumva」

「Headphone Concert 2021」については第899回で取り上げたばかりだが、非常に実験的なライブになっており、最高の環境で、192kHz/24bitレコーディングするというユニークなもの。しかも、4Kカメラを複数台配置・撮影しており、まさにLive Extremeに相応しいコンテンツと言える。

Live Extremeの最新状況を、開発担当者であるコルグの大石耕史氏、そしてマーケティング担当の山口創司氏に話を聞いた。

コルグの大石耕史氏(写真左)、山口創司氏(右)

Live Extreme概要と、Thumvaでのサービス開始背景

Live Extremeは、192kHz/24bitや96kHz/24bit、またはDSDなどで配信できる“徹底的に音質を重視”した配信システム。2019年に早稲田大学で開催された1bit研究会で技術説明されて、昨年10月にコルグ、IIJ、キングレコードの3社で4K映像とハイレゾ音源によるインターネット配信ライブの実証実験が行なわれた。

実証実験時の様子

“徹底的に音質重視”のハイレゾ+4K生配信「Live Extreme」を体感した

聞けば、Live Extremeは実証実験後もコンサートやイベント配信などで15回以上利用されてきたとのこと。そしてついに7月5日、いよいよ商業ベースのサービスとして利用されることが決まった。

ご存じの通り、一般的な配信は音質が軽視される傾向にある。

映像の方はフルHDから4K、さらには8Kというのが出てくるが、オーディオは192kbpsのAAC止まりというケースがほとんど。そこで、「もっといい音で配信できるシステムが必要だ」という考え方から生まれたのがLive Extremeのサービスであり、映像よりも音を最優先に考えたエンコードシステムが構築されている。

Live Extremeのシステム概略図
システム機材の一部

この独自のシステムにより、192kHz/24bit+4K映像や、DSD+4K映像といった配信を実現。48kHz/24bit+フルHDといったフォーマットもサポートしており、複数のフォーマット展開と、さまざまなプラットフォームで再生可能にしているのが特徴となっている。しかも、特殊な再生環境を用意しなくても、ブラウザ上でハイレゾを簡単に楽しめるというのも、大きな魅力だ。

昨年の実証実験や、「PrimeSeat」のサービスなどを見ていて、コルグとIIJは常に一緒になって配信サービスや実験をしている印象を持っていたのだが、今回組んだ相手はIIJではなく、ファイスの配信プラットフォームであるThumva(サムバ)だった。

「もちろんIIJさんとはこれからも、さまざまなことをご一緒したいと思っていますが、当社としてはオープンな体制で各社と組んでいきたいと考えています。また、これまで課金できる配信プラットフォームがなかったため、Live Extremeを定常的に利用可能な環境が必要と思っていました。Thumvaでは今年1月、Live Extremeを使って新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏を配信しました。ロスレスの48kHz/24bit、および96kHz/24bitでの配信だったのですが、とてもフットワーク軽く動いてくれまして。これならばレギュラーで配信してもいいのでは? と協議した結果、今回のサービスがスタートすることになったのです」と大石氏。

ということは、Thumvaで配信すると、Live Extremeでの配信になるということになるのだろうか?

「今回の発表は、あくまでもLive ExtremeがThumvaの“オプション”として扱えるようになったという段階です。Thumvaの配信が、Live Extremeになるというわけではありません。Live Extremeを一言でいえば“大きなラックに入れたハードウェアのエンコーダー”なのですが、これもフェイスさんに導入いただいたというわけでもありません。アーティストや事務所がLive Extremeを使いたい、とThumvaに相談すると、おそらく我々がお手伝いし、配信するという形になると思います」と山口氏は説明する。

コルグに確認したところ、Live Extremeのシステムは現在、コルグ社内に2台、さらにコルグが運営するスタジオ「G-ROKS」に2台導入されており、Live Extremeを行なう際は、これらの設備を利用することになるという。

スタジオ「G-ROKS」

「G-ROKSにはLive Extremeの配信に対応したライブ・エンコーダーが2台常設されており、専門のトレーニングを受けた配信技術者が在籍しています。なので、Thumvaのオプションに関わらず、『Live Extreme配信パッケージ』の提供ができるようになりました。バンド編成に対応可能な大小6つの音楽スタジオを時間でお貸しするのはもちろん、実績のある専用高速回線の提供、配信プラットフォームの準備、ミキシングエンジニアや映像制作会社の手配、そしてTシャツのオンデマンド・プリントマシンの常設といったオリジナル・グッズ製作に至るまで、配信主催者さまのニーズに合わせたプランを提案させていただきます」(山口氏)。

Live Extremeが、SafariやApple TVに対応

Thumvaでのサービス開始に合わせ、Live Extreme自体もシステム強化が発表された。

最大のポイントは、従来非対応だったiPhoneを含む、すべての代表的なプラットフォームでのウェブブラウザ再生に対応した事。これはMPEG-DASHに加え、HLS形式の配信にも対応したことが背景にある。

対応するPC、スマートフォン/タブレット、セットトップボックスとで、再生に若干の違いがある。下表の◎はハイレゾ音声までフル対応している事、〇はロスレス音声に対応している事を意味する。

Live Extremeの再生対応プラットフォーム一覧。今回新たにSafari(iOS)やApple TVに対応

たとえばiOSに関しては、Safariのアプリで再生することはできるが、iPhone/iPadのハードウェアが48kHzまでしか対応していないため、単体でフル対応はできない。ただしネイティブアプリの場合、外部DACなどを取り付けることでハイレゾ音声までフル対応できる。すでにコルグとしてもiOS用、Android用、セットトップボックス用などにテストアプリを開発しており、動作確認もできているようだ。

Androidでのテストアプリ
セットトップボックス用アプリも用意する

「特殊なことをしていないので、標準のAPIを利用して簡単にアプリ開発ができました。実際、iOS用も20行でプログラムできており、1時間で開発できたので、とてもシンプルです。ただ、われわれが配信サービスを行なうわけではありません。また、このアプリをコルグが直接リリースする予定はなく、配信サービス提供者から提供されることになると思います」と大石氏は話す。標準のAPIだけで作ったプログラムだから、もしかしたら各配信会社が出しているアプリで、そのままLive Extremeのデコードができる可能性もあるのでは、とも話していた。

「Android DAPが想像していた以上に優秀で、ChromeやEdgeで再生しても、しっかりハイレゾで出力できるんですね。もちろん、普通のAndoroidスマホだと48kHz止まりではあるのですが、いろいろな可能性を感じます」と山口氏も説明する。

複数のフォーマットをマルチチャンネルで配信できるのも、Live Extremeならではのポイント。PCMの場合は最大384kHz/24bit、DSDでは5.6MHzまでの配信をマルチチャンネルで配信できるのだが、いわゆるサラウンド配信に限らないのも面白いところ。

「7.1chや5.1.2chのハイレゾ音声によるパブリックビューイングなどに利用することができます。また最大4系統のステレオ音声として捉えることもできますから、主音声に加え、副音声を配信するなど、アイディア次第でさまざまな使い方もできると思います」(大石氏)。

11日20時から、藤田恵美「Headphone Live 2021」をLive Extreme配信

藤田恵美「Headphone Live 2021」

ThumvaのLive Extremeオプションを使った最初の配信ライブが、7月11日に行なわれる藤田恵美さんの「Headphone Live 2021」だ。

先日の記事を読んで、面白そうだなと思っていたところ、Headphone Live 2021を企画したエンジニアの阿部哲也さんから連絡をもらいまして。それまで繋がりはなく、記事を通じて一方的に知っていただけだったのですが、『Live Extremeで何か一緒にできないだろうか』とお話があり、今回の配信ライブを思いついたのです」と大石氏は話す。筆者も、その話を聞いて、阿部氏に連絡してみたところ「突撃で連絡してみたところ、面白い配信ができることになり、とてもラッキーでした」と語る。

藤田恵美さん(写真左)と、阿部哲也さん(右)
藤田恵美さん

ライブ自体は今年2月に終わっているため、生配信というわけではないが、オンデマンドではなく“疑似ライブ配信”という手法で行なわれるとのこと。ライブ配信は7月11日の20時からで、アーカイブ(見逃し)が7月11日23時~7月24日18時までと設定されている。

疑似ライブ配信にした理由は、シンクロ権の問題があるからとのこと。

シンクロ権の詳細はここでは割愛するが、映像と音楽を合わせて配信する場合、海外楽曲で問題が起こるケースがあり、今回の藤田恵美さんの楽曲でも3曲が相当したのだとか。もちろん、ThumvaもJASRACと包括契約はしているが、シンクロ権については対象外となるため、シンクロ権の問題が起きないライブ配信の形にするそう。そのため、見逃し配信から対象3曲がカットされるという。

なお、このライブ配信のフォーマットは下記の通り。PCはもちろん、スマホ、タブレット、セットトップボックスでもプレイできるようになっているとのこと。タイミングが合う方は是非体感してみてはいかがだろうか。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto