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第407回

液晶と有機EL、2つの「マスター品質」。ソニー新フラッグシップ「BRAVIA Master」

 ソニーは5日、今年のフラッグシップ・テレビ「BRAVIA Master Series」を日本でも発表した。詳しくは製品発表に関するニュースをご確認いただきたいが、Master Seriesとしては、有機EL(OLED)の「A9Fシリーズ」と、直下型バックライト液晶を使った「Z9F」の2ラインが用意されている。

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 A9FとZ9Fは、ディスプレイ技術こそ異なるものの、同じプロセッサーを使い、同じように「マスターモニター的な画作り」を目指して開発されたものである。A9F・Z9Fについて、短時間ではあるが、実機を見ながら開発関係者に話を聞くことができた。ソニーが新しいフラッグシップでなにをやろうとしているのかを解説してみたい。

サイズによってパネルを使い分ける「2ラインナップ戦略」

 まずハードウエア的な特徴から説明していこう。すでに述べたように、A9FとZ9Fは、使っているディスプレイデバイスこそ違うものの、同じプロセッサーを使って作られた兄弟のような製品である。なぜそのような構成なのかといえば、サイズとニーズが異なる、ということになる。

 特に重要なのはサイズだ。OLEDのA9Fは55型・65型、Z9Fは65型・75型の2サイズ構成だ。日本では65型でも十分大型だが、海外では75型以上の需要が明確に存在する。一方で、OLEDでリーズナブルな価格の製品を出すということになると、65型を超える製品をラインナップしておくのは難しくなる。

 だからこそ、「サイズ重視」のラインとして液晶を使いつつ、コントラスト重視の顧客にはOLEDを、という使い分けが出てくるわけだ。実際、同じ65型で比較すれば、価格はA9FよりZ9Fの方が安くなる。

 もちろん、OLEDと液晶にはそれぞれ特徴がある。OLEDは圧倒的なコントラストに基づく発色の素晴らしさがある一方で、ピークの輝度では劣る。液晶は黒がどうしても浮いてしまうが、低輝度での階調性とピーク輝度では有利になる。とはいうものの、過去に比べ、そうした有利・不利が小さくなってきているのも事実だ。

「X1 Ultimate」導入で画像の奥行き感が増す

 A9FとZ9Fでは、同じプロセッサーを採用している。これまで、ソニーのテレビ向けの高画質化プロセッサーといえば「X1 Extreme」がフラッグシップだった。だが、A9FとZ9Fでは、新世代のプロセッサーである「X1 Ultimate」が採用された。

高画質化プロセッサーは「X1 Ultimate」に進化

 今年のCESで「8K時代を見据えた」技術として発表されたものだ。現地では、8Kパネルを使った展示が行なわれ、いかにも「8K製品で使う」ようにも見えた。A9F/Z9Fはもちろん4Kパネルを使った製品であり、ソニーは今のところ、8Kパネルを使った製品を発表していない。X1 UltimateはX1 Extremeに比べ大幅に性能を向上させたプロセッサーであり、そのことが、当初の「8K時代を見据えた」、という表現につながっていたのだろう。

 X1 Ultimateの演算能力は、X1 Extremeに比べ、おおむね2倍になっているという。高画質化プロセッサーは、CPUやGPUのような汎用プロセッサーではないため、演算能力の差を数字で表すことにはあまり意味がない。やはり機能で比べるべき、ということになるだろう。

ソニーによれば、X1 Ultimateの処理能力は前モデル向けに比べ2倍になった、とのことだが、重要なのは数字よりも機能だ

 X1 Ultimateの高画質化の中でも、特に大きな変化が「オブジェクト型の超解像に対応した」ことだ。映像を解析した上で表示されているものをオブジェクト単位でグルーピングし、オブジェクトの領域内とそれ以外で別々に超解像をかけられる、というものだ。不自然にエッジが強調されたり、ボケすぎたりするのを防ぐ効果が期待できる。

 ノイズリダクションやHDRリマスターについても、細かく領域を分割した上で適切に反映する機構が搭載されている。「マスカットの1粒単位でHDRリマスターをかけられる」とソニー側は説明しているが、これがオブジェクト型超解像とセットになると、さらに効果的に働く。

HDRリマスターは適応範囲をより細かくし、映像内の物体の凹凸・立体感を正確に再現できるようになった

 ノイズリダクションの強化と合わせて、地デジの画質強化にはとても有効である。実機でチェックしてみたが、現行製品よりかなりすっきりとした見え方になり、効果が高いと感じた。特に、背景と手前の物体でフォーカスが大きく異なるような映像では、オブジェクト型超解像の効果が高く、価値が大きいと感じる。画面がパンするような映像での描写の自然さにも大きく寄与する。他社製品やソニーの旧モデルと比較した場合、映像の立体感やディテール部分の精細感という面で、明確な変化が生まれていると感じた。

 こうした高画質化は、やはり地デジなどで明確な差が出るものだが、もちろん、Blu-rayのような2K映像からのアップコンバートにも、4K映像の表示にも効果を発揮する。自然なディテールと発色を実現するためには、現在の技術では、こうした技術の併用が望ましい。いや正確にいえば、「量産される製品で、それなりにリーズナブルなコストで映像の良さを引き出すには、画像補正技術が必要」なのである。他社の技術もそうだが、X1 Ultimateには、そうした思想が強く見える。

 ソニーが言う「マスターモニター画質を目指した」という言葉は、そういう意味合いではないか、と感じる。

高輝度化での「色再現性」を改善したA9F

 では、OLEDの「A9F」と液晶の「Z9F」、それぞれの違いを見ていこう。同じようにマスターモニター的な画質を狙った製品だが、そのために導入した技術は、パネルの特性にあわせて、大きく違うものになっている。

 OLEDを使ったA9Fの特徴は、高輝度時に色の鮮やかさを保つ「ピクセル コントラスト ブースター」という機構が入っていることだ。

BRAVIA A9F

 すでに述べたように、液晶に対するOLEDの弱点は「輝度」である。コントラストは圧倒的に高いものの、輝度の突き出しではどうしても劣る。とはいえ、昨年以降、パネルが高性能化したこともあり、ホームシアター的な暗い環境や一般的なリビング環境では、そこまで見劣りしないものにはなっている。

 だが一方で、OLEDを高輝度駆動した場合、現在のパネルの特性上、どうしても「色純度」は落ちる。画素構造が「RGB+ホワイト」である関係上、輝度を稼ぐとホワイト(すなわち無色)の影響が強くなり、色の鮮明さが失われる。これは、全体輝度を上げる必要があるシーン、すなわち、明るいリビング環境で起きやすい。そのため、各社のOLEDテレビを見比べると、見比べないとわからないレベルではあるが、リビング環境では少々発色が不自然になるものも見受けられた。そのくらい、「テレビ」としてOLEDを広く普及させるには、いろいろ工夫が必要なのだ。

 そこで登場するのが「ピクセル コントラスト ブースター」だ。高輝度域での色補正を行なうことで、色の鮮明さが落ちるのを防ぐ効果がある。

 ソフト的な補正以外を含め、どうやって高輝度時の色補完をしているかは不明だ。だが、「ピクセル コントラスト ブースター」の入った新BRAVIAは、確かに明るい環境化での発色に有効だと感じた。

VAなのにIPSに負けない視野角「X-Wide Angle」

 液晶のZ9Fの特徴は、視野角を拡大する「X-Wide Angle」の導入だ。

BRAVIA Z9F

 液晶は様々な欠点を抱えたデバイスであり、それを20年かけて解消してきた歴史といえる。それでも、新しく生まれたOLEDに対して、(暗所の)コントラストや色純度の点では劣る部分がある。

 その液晶の大きな欠点が「視野角」だ。サイズが大型化すると視野角の問題はより深刻なものとなる。ちょっと体が動くだけでスイートスポットを外れる可能性が高くなるからだ。一方でOLEDは、ここでも問題がない。液晶の強みはサイズであるにも関わらず、サイズが大きいことが液晶の弱みを目立たせてしまう……という皮肉な状況になってしまうのだ。

「X-Wide Angle」により、VA液晶の欠点であった視野角の問題を大きく改善。実機での効果は驚くほど高い

 こうしたことから、昨今の液晶テレビでは、視野角に問題が出づらい「IPS液晶」を使う製品が増えている。一方で、IPSはコントラストが低く、色再現性の面でも不利だ。大型で高画質が望まれる製品であるのに、IPS液晶を使うがゆえに厳しい……という点があったのも事実である。もちろん各社ともそれはよくわかっているので、IPSパネルでもコントラスト感が落ちづらいよう工夫はしているもの、不利を完全にひっくり返すには至っていない。

 ところが、Z9Fで導入された「X-Wide Angle」には驚いた。視野角では不利なVA方式であるにも関わらず、IPSと同じように視野角の問題が発生していないのだ。コントラスト感がより強いことを含めて考えると、IPSを使った製品より、「X-Wide Angle」を使ったZ9Fの方が良い、と断言してもいい。

「X-Wide Angle」でなにをしているのか? ソニーはここでも詳細なコメントを避けている。ただし、「X-Wide Angleというのは複数の光学的技術の総称で、視野角を改善する技術全体を指す」という。液晶パネルには、導光板や偏光板など、多数の光学的部材が存在する。こうしたものの組み合わせによって、視野角の問題を解決したのが「X-Wide Angle」、ということになるだろう。

 そのため、この技術は将来的に、Z9Fのような最上位モデル以外にも展開される可能性があるという。ただ、視野角を広くする、という技術の特質上、ディスプレイ全体での輝度はより高いものにする必要があるし、パーツコストも既存技術よりは高くなっているだろう。

 直下型バックライトを採用した高付加価値型モデルであるZ9Fには適切な技術だが、今後低価格機種に導入される場合には、「一定以上の大型サイズのみ」「視野角改善効果に制限あり」など、スペック・用途の異なる形での導入があり得るのではないだろうか。

オーディオや動作速度の改善も

 A9Fには、音質面での変化もある。画面が振動する「アコースティックサーフェス」はそのまま引き継いでいるが、スピーカーの出力を「2.1ch 50W」から「3.2ch 98W」に拡大し、迫力が増した。それだけでなく、スピーカーとアンプが別にある場合、アコースティックサーフェスを「センタースピーカー」としてのみ使い、他は自前のシステムで鳴らす、という使い方も可能になった。後者については、A1シリーズが登場した時より「そういう使い方ができれば」という話があったのだが、ようやく今回実現している。

A9Fはサウンドも強化
A9Fをサウンドシステムのセンタースピーカーとして利用

 また、X1 Ultimateとは直接関係ないものの、テレビに使われているSoC自体のパワーが上がっているところにも着目しておきたい。こちらは具体的な指針はないものの(テレビ向けSoCのクロック周波数やコア数、メインメモリー搭載量などは未公表だから)、既存のAndroid TV搭載BRAVIAに比べ、動作がかなり軽くなっている。

 Android TV搭載以降、動作速度がトレードオフになってきた。地道な改善が行なわれてはきたものの、不満を感じないほどか、というとそうではなかった。今回の2モデルについては、明確に速度向上が体感できた。SoCの変更も含む大掛かりな設計変更は、なにかタイミングがあった時でなければ難しい、という事情はあるが、X1 Ultimateを導入するということが「その時」だったのだろう。

 またUI的に言うと、本体内蔵マイクが強化され、リモコンを持たずにハンズフリーで音声アシスタントとしての機能が使えるようになっているところが大きい。マイク周り・ソフトウエア処理を追加しないと実現できないことであり、ここも「プラットフォームを大幅進化させるタイミング」だからこそ実現できたと考えられる。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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