小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第1159回
大口径の平面磁界ヘッドフォンが約3.5万円!? FIIO「FT1Pro」を聴いてみる
2025年1月22日 08:00
ドライバー平面化時代
2022~23年頃からヘッドフォン業界で急速に注目されるようになった技術が、平面磁界型ドライバーである。ハイエンドモデルはその少し前、2017年ごろから登場しているが、EDIFIER「S3」、AVIOT 「WA-Z1PNK」、MoonDrop「楽園 - PARA」、HiFiMAN「Ananda Nano」といった10万円を切るモデルが次々と登場した事で、新しい駆動方式として広く認知されはじめた。
平面駆動と言えば、コンデンサースピーカータイプのSTAXが昔からよく知られているところだが、平面磁界型ドライバーの原点は1974年のフォステックス「RPドライバー」にまで遡る。これがSTAXのようにブレイクできなかったのは、音がダイナミック型とそんなに違わないというところが大きかったように思う。だが最近のドライバは改良が進み、ダイナミック型とはまた違った特性が発揮できるようになってきた。
そんな中で、今年も早速、新たな平面磁界ドライバー型ヘッドフォンが登場した。1月17日より発売が開始された、FIIOの「FT1Pro」だ。店頭予想価格は35,750円前後と、かなり安いのもポイントである。
今回は同じく平面磁界型ヘッドフォンとして以前ご紹介したEDIFIER S5と比較しながら、その魅力を探ってみたい。
大口径かつ完全オープン
FT1Proの特徴を見て行く前に、現行のFIIOのヘッドフォンラインナップを整理しておく。というのも、ドライバのタイプ違いで型番が分かれているわけではないので、誤って別のものを買ってしまう可能性があるからだ。
製品 | ドライバタイプ | 口径 | エンクロージャー | 市場予想価格 |
FT1Pro | 平面磁界 | 95×86mm | 開放型 | 35,750円前後 |
FT1 Black | ダイナミック | 60mm | 密閉型 | 28,600円前後 |
JT1 Black | ダイナミック | 50mm | 密閉型 | 13,200円前後 |
FT3 | ダイナミック | 60mm | 開放型 | 53,900円前後 |
FT5 | 平面磁界 | 90mm | 開放型 | 79,200円前後 |
一応数字が上がるほどハイエンドという事のようだが、FT1はすでにダイナミック型の製品があり、その中でProが付いたものが平面磁界という事になる。正直どういうルールで型番を付けているのかよくわからないのだが、平面磁界型としては前作FT5に続いて2作目という事になる。
そのFT1Proだが、いわゆるワイヤードのヘッドフォンで、ケーブルが着脱できるようになっている。採用ドライバはFIIOの独自開発で、95×86mmという、大口径かつやや縦長のドライバーとなっている。
ダイヤフラムは厚み1μmで、1/1,000mmという事になる。基材層はPET素材で、その上にアルミニウムとサファイヤの二重コーティングをほどこし、軽量性と剛性を両立させている。また磁場構造も新設計となっており、磁場を均一化かつ最適化している。周波数特性は7Hz~40kHzで、ハイレゾ対応。
エンクロージャは耳がすっぽり収まるサイズで、背面はメッシュ構造により素通しになっている。したがってドライバの前後ともに音が出ることになるが、こうした構造はSTAXと同様で、限りなく空気抵抗を減らして応答性を邪魔しないようにするという設計思想が伺える。
イヤーパッドはかなり厚手で、クッション性も良好。外周は人工皮革だが、肌に当たる部分は布製で通気性が良い。エンクロージャー支持部やヘッドバンドは、金属部やリベットがむき出しのシンプルな設計だが、チープな感じはない。またヘッドフォン重量も374gと、サイズ感の割には軽量に設計されている。
ヘッドフォンコネクタは両方に分岐してそれぞれに差し込むスタイルで、3.5mmアンバランスと、4.4mmバランスの2タイプが付属する。
キャリングケースも付属するが、まあまあ大型だ。それというのも、FT1Proはエンクロージャ部が回転して平たくなったり、アーム部が折れて内側に折りたためるなどの機構がないので、そのまま収納するしかないからである。
大型だが滑らかな高音域が楽しめる
ではさっそく聴いてみよう。EDIFIER S5と比較すると、そのドライバ径の大きさがわかる。
EDIFIER S5は本来ワイヤレスヘッドフォンだが、アナログワイヤードでも聴く事ができる。今回はコーデックやプロセッシング等の影響をなくすために、S5もワイヤードで比較する。EQセッティングは「原音」にリセットしてある。音源再生にはM4 Mac MiniとDACはTEAC 「UD-301」を使用し、32bit/192kHzで接続している。
装着感という点では、S5も重量は347gなので軽量のうちに入る。S5が耳から頭までをタイトに抱え込む感じだが、FT1Proは締め付けが弱く、ゆったり感がある。またエンクロージャ背面ががら空きなので、外音もほぼそのまま聞こえてくるため、密閉感がない。
視聴にはAmazon Musicを使用、YESの「Fly From Here:Return Trip」から「Overture~Pt.1 We Can Fly」を聴いていく。オリジナルは2011年に発売されているが、ボーカルをプロデューサーのトレバー・ホーンに差し替えて再レコーディングされたものだ。
このアルバムの楽曲のほとんどに言えることだが、イントロが深いエコーの中から音が立ちあがってきて、全員が入ってきても背後にはいつも何らかのシンセ音が鳴っているという、すべてのスキマが何らかの音で埋まった作りになっている。
こうした曲はのっぺりした感じに聞こえがちだが、FT1Proでは音の立ち上がりがよく、ピアニッシモからフォルテッシモまで、ダイナミックレンジの広さを感じさせる。周波数特性としては1kHzから10kHzまでが持ち上がっており、高域の明瞭さを演出している。ただ金属音などは硬質で尖った感じはあまり受けず、柔らかさと滑らかさがある。ボリュームを上げてもうるさく感じさせないサウンドにまとめている。
表現力という意味では、トレバー・ホーンの声は若い頃と変わらないように思っていたが、FT1Proで聴くと実際にはそれなりに年齢を感じさせる息の抜けが聴き取れる。細かいニュアンスが聴き取れるヘッドフォンだ。
S5でも聴き直してみたが、こちらはややドンシャリ気味のカーブとなっており、ゴリゴリとしたベースや突き刺さるようなシンバルワークが楽しめる。金属音は硬質で、エッジが効いたサウンドだ。
もう少しスキマのあるサウンドも聴いてみたい。今度は渡辺香津美の「ベスト・オブ・domoイヤーズ」から「リボージ」を聴いていく。
全体的にシャープな楽曲で、FT1Proでは全員が揃ったいわゆるシカケ部分での尖り具合というか突撃具合が非常に強く感じられる。やはり信号に対するリニアリティの良さが、こういうところに現われるのだろう。
聴き所は、山木秀夫氏のスネアだ。パートパートでプレイが変わるごとにスネアの音が少しずつ変わっており、こうした短い音色の違いを綺麗に再現できる。
S5でも聴き直してみたが、サックスの高音やシンバルの音が突き抜ける感じがあり、音のシャープさがより際立っている。ライドシンバルの伸びがよく、背後のピアノも硬質で、全体的にシャッキリしたサウンドとして聴かせてくれる。
とはいえS5はヘッドフォン内にプロセッサが入っており、ある意味いかようにも音が変えられる。その点では、ユーザーの好みに合わせられるヘッドフォンである。一方FT1Proの場合はそうしたプロセス回路がないので、音のカラーが固定化されている。モニターやリファレンスとしても使いやすいと言える。
総論
最新の平面磁界ドライバを搭載してハイレゾ対応しつつ、価格を3万円台に抑えたFT1Pro。これまで平面磁界のハイレゾ対応機は割と高止まりしていた印象だが、ここにきてグッと買いやすくなった印象だ。
一般的にドライバの口径が大きくなれば、低音がよく出るんだろうなという印象を持たれると思うが、FT1Proの場合は滑らかな高域特性のほうに特徴がある。ダイナミック型と感覚が違うのは、平面駆動の特徴と言える。
これだけの性能を持ちながらこの価格に抑えられたのは、ワイヤードだからという点は大きいだろう。たしかにワイヤレスなら動きは自由になるが、プロセッサやバッテリー、あるいはアプリ開発費など、どうしても工数がかかる。一方ユーザーとしては、椅子に座ってじっくり聴くのであれば、ワイヤードでも構わないはずだ。
ヘッドフォンサイズとしては大型だが、イヤーパッドの耳が入る穴はS5よりやや小さめに設計されているので、人によっては耳たぶが当たるかもしれない。購入する前に、どこか店頭で実際に装着してみたほうがいいだろう。
様々なものの値段が上昇する中、若い人の中には3万円オーバーのワイヤードヘッドフォンを購入するのは躊躇する方もいると思う。それは当然だ。だが多くの読者よりも年上のオジサンライターから言わせて貰えば、人間の聴覚は40歳~50歳代にかけて高域特性が劣化していく。今それぐらいの年齢の方は、60歳になったらもう今の音は聴けないと思った方がいい。
今まだ耳が若いうちに、いいヘッドフォンを1つ買って、存分に音楽を楽しんでおくべきだ。歳を取ってからオーディオ三昧しようと思っても、その時にはもう聞こえないというのは悲しすぎる。FT1Proは、そうしたニーズに丁度いいヘッドフォンである。