トピック
ヘッドフォン祭、佐々木的に気になった展示はコレ! final謎のHPアンプからインドの静電型まで
2025年4月28日 08:00
先週末にフジヤエービック主催による恒例の「春のヘッドフォン祭 2025」が開催された。いつものように熱心なオーディオマニアが多数来場し、たくさんの製品展示を楽しんだ。筆者もそのマニアの一人として会場を歩き、気になった面白い製品がいくつかあった。そのうち3点ほどを少し深掘りして紹介していこう。
finalブース、要注目はヘッドフォンアンプ!?
まず度肝を抜かれたのが、finalのブースだ。ここではfinal「A10000」とDITA Audio「Ventura」というフラッグシップ展示が話題だったが、筆者が釘付けになったのはfinalが初めて取り組んだヘッドフォンアンプと新製品「DX6000」の組み合わせだ。
度肝を抜かれた理由は、その革新的なサウンドである。
試聴曲はYosi Horikawaという環境音を自在に録音再構築する音楽家の曲だが、まるで音が頭の中で飛び回るような驚くほどの音世界の深みと広がりに圧倒された。そして曲が変わるとその低音の豊かさ、そして密閉型のようにこもった閉塞感がない新しい音にまた驚いた。そうなのだ、これは開放型ヘッドフォンだが、開放型とは思えないほどたっぷりとした低音がある。そして密閉型のような閉塞感がないのだ。これは低音革命と言ってもよいだろう。
そして曲が進むにつれて、複雑に音が絡み合うような曲でもヴォーカルが浮き上がるように明瞭で、高域においても刺激成分が驚くほど少ない。新しい音世界と呼んでも良いような圧倒的なサウンドだ。
この新しい音世界を生み出すポイントはまずDX6000に採用されたこれまでにない革新的なダイナミックドライバーと設計アプローチだ。DX6000は開放型ヘッドフォンだが、ドライバーの前室と後室と繋ぐという従来にはない「フリーエア構造 」で音の広がり感をさらに拡大している。
しかし、これでは音場感は上がるけれども低音が出なくなってしまうことになる。それを新設計の柔らかい発泡シリコンエッジを採用して補うことで豊かな低音再生を可能とした。
だがこのままだと今度は振動版が動きすぎて高域が暴れてしまい、きつい高音になってしまう。そこでfinalでは「トランジェント・コイルシステム」という新機軸を考案した。
これは一種のクロスオーバーのようなもので、コイルを直列に追加することで高音域を調整する仕組みだ。このように全てが絡み合ったトータルな設計思想により、新しい開放型の音世界を生んでいる。今回はそれを堪能できるようにあたかも個室のように、区切られた試聴スペースまで設置していた。
そしてもう一つのポイントはfinalが初めて取り組んだヘッドフォンアンプである。ヘッドフォンアンプといってもボリュームノブがなく、DAC側で可変出力を使用して音量を調整するというユニークなものだ。
このアンプはまだ試作段階だが、設計はマニアックなアンプメーカーとして知られているAnalog Squared Paper(以下A2P)との共同開発で生み出された。実は筆者もA2Pアンプ「TU-05」を所有しているので、A2Pの参画はかなり興味を引いた。
そこで今度はその秘密を探ろうと同じ5階のA2Pブースに歩いて行き、設計者の鹿田氏にfinalアンプについて話を聞いた。それによってこのアンプの革新的なアプローチが浮かび上がってきた。
通常アンプには昇圧する前段と電流を加える後段があり、それぞれ真空管やICなどで構成されるが、このfinalアンプには後段のトランジスタはあるが、なんと前段にはICや真空管が搭載されていない。その代わりに前段に使われているのはトランスである。つまりトランスとトランジスタ・バッファの組み合わせがfinalアンプの秘密であるらしい。
この方式のメリットはなにかというと、トランスはICや真空管のようなノイズがそもそも発生しないということだ。そのためにとても高いSN比を実現することができる。そしてもうひとつ大事なことは、トランスは日本が世界的にも優れた分野の製品であるということだ。カスタマイズも国産ならでは柔軟な対応が可能で様々な要求に答えてくれるらしい。
つまりこのDX6000と新型アンプの組み合わせがもたらす革新的なサウンドは、国産メーカーのfinalとA2Pが組んで、国産ならではの強みを生かしたサウンドということになる。物作り日本が再興するような今後の製品展開が楽しみだ。
インドから注目の静電型ヘッドフォンが上陸
次に紹介するのはヘッドフォン祭初参加のインドのメーカー「Kaldas Research」の静電型ヘッドフォンだ。
高度な技術の集大成でもある静電型ヘッドフォンがインドから出てきたということを意外に思う方も多いかもしれない。しかし近年インドはモディ首相の強いリーダーシップのもとで成長を続けており、「Kaldas Research」が居を構えるムンバイはインドのハイテクの中心地でもある。
「Kaldas Research」の静電型ヘッドフォンが面白いのは、その徹底的にマニアックな設計アプローチだ。来日したCEOのAumkar Chandan氏自身がSONY R10なども所有するヘッドフォンマニアであり、STAXに憧れて自身で静電型ヘッドフォンの設計を始めたという。
「Kaldas Research」の製品で初めに開発したのは「RR1」という米国価格で500ドルほどの低価格の静電型ヘッドフォンだ。しかし実際に手に取ってみると低価格とは思えないほどの精巧な作りに驚かされる。
まず目を引くのはハウジングから(意図的に)ケーブルが3本はみ出しているデザインだ。これは3本の線があるのはプラス信号、マイナス信号、そしてバイアスの必要な静電型の証であり、それを意匠に取り入れているわけだ。そしてヘッドバンドの調整機構は六角レンチで固定され容易に動かないようになっている。驚くほど精巧なデザインだ。音を聴いてみると静電型らしい細かな音がよく分かり低音の歯切れも良い。500ドルの製品としては十分過ぎるほど良い音だ。
「INOX」は今回の目玉でもあり、静電型でかつ密閉型というユニークな製品だ。これはSTAX「4070」のような前例はあるが、それは主にプロ用途の製品である。
INOXがユニークなのは、静電型の密閉型というユニークなパッケージを、コンシューマー使用を念頭に開発したという点だ。そして製品自体もRR1のようにこだわりの構造設計が徹底されている。ヘッドバンドの調整機構はさすがに六角レンチではなくなったが、剛性の高いチタンの板が採用されている。そしてハウジングのフレームは高級時計のような高級ステンレススチールが採用されているのだ。
音を聴いてみると静電型らしい細やかさのままに、確かに密閉型らしい低音の密度感があり重みがある。これはなかなかユニークな音世界だ。価格は約1,800ドルとのこと。
そして今回が全世界初公開という新製品が「Olympia」だ。これはRR1の上級機ともいうべき開放型の静電型ヘッドフォンで、メッシュデザインが印象的でメカニカルな美しさを感じる。このメッシュの構造もかなり凝ったものであるようだ。
また低音を上げるためのエアフロー設計もなされている。音質は開放型らしく空間再現性に優れていて、立体感も一際高い。RR1よりもさらに音質は向上している。価格は約1,000ドル前後を想定。これでもまだ静電型としては低価格と言えるだろう。
「Kaldas Research」はまだ国内代理店がないので購入には海外通販に頼るしかないが、ブースを訪れたゲストの中にはすでにRR1を所持しているユーザーもいて、Chandan氏自身も驚いたそうだ。
今後の国内展開が期待されるメーカーだ。
懐かしくて新しいラジオが登場
最後に紹介するのはエミライのブースからFIIO「RR11」である。これは現代に甦った昔風のポータブルFMラジオである。つまり周波数を数字で合わせるのではなく、ダイヤルを動かして周波数を目盛りで読みとって選局するラジオである。おじさん世代の人には懐かしいラジオだ。
しかしながらRR11は「アナログラジオ」ではない。アナログラジオというのはダイヤルに連動するバリコン(可変コンデンサ)やコイルなどで構成されて周波数を選択するものだが、RR11はSilicon Labs 製のSi4831というICを搭載、そのデジタル処理によって周波数を調整する。ダイヤルはいわばロータリー式のエンコーダーである。
この方式のメリットは嵩張る部品がないので本体を小型化でき、アナログ方式よりも感度が高いので引き出し式のロッドアンテナも不要にできるという点だ。それによりRR11は手のひらに乗るような小型の製品となっている。
そしてRR11のユニークな点はそのデジタル方式を活かしてFIIOらしく、音質を重視した製品としていることだ。RR11にはMagic Bassと呼ばれる二段階の低音増強機能があり、さらにはRR11を専用ケーブルでスマホと接続することでポータブルアンプとしての使用もできるように設計されている。これは今までに聞いたことがないユニークな特徴だ。
そこで、これをイベントの試聴用に持参していたハイエンド・マルチBAイヤフォンのqdc「White Tiger」で使ってみた。残念ながら4.4mm端子はないので3.5mmアダプターを介して接続した。
本来は付属のイヤフォンケーブルがアンテナになるのだが、おそらくはケーブル長が1mもあれば付属品でなくとも導体によるアンテナ効果は期待できるはずだ。またRR11本体には補助アンテナが内蔵されていて感度を高めている。
FMの周波数帯は国別に異なるが、日本ではFM2を選択するとNHK FM東京局(82.5MHz)、J-Wave(81.3MHz)、Tokyo FM(80.0MHz)などを聴くことができる。なにしろいまはラジオですらインターネットを使用して楽しむことができる時代だ。ダイヤルを回して選局をするという行為自体が懐かしく楽しいものだ。
ザーザーという雑音の中から、だいたいこの辺かとあたりをつけてダイヤルを回すと声がはっきりと聞こえてくるようになる。行き過ぎると音がかすれるのでダイヤルを戻しながら合わせる。きれいに音が聞こえるとなにやら達成感も得られる。
そして体は自然と窓に寄っていき、電波の入りやすいところに自分で体を動かして近づく。これはインターネット時代に失われた感覚だ。子供の頃にラジオをもって近所の河辺の土手に上がって行ったことが懐かしく思い出される。若い人には新鮮な体験と感じるだろう。
そしておじさん世代にとっての新鮮な体験は音が良いということだ。記憶にあるラジオの音はこんなに良くはなかった。そしてこんなに良いイヤフォンもなかった。きちんと選局がなされればクリアに楽しめて細かな音もそれなりに聴こえ、音楽であれば低音の増強機能も併用して楽しむことができる。
アンプモードもiPhone 15 Pro Maxに接続して試してみた。解像感ではそこそこではあるが、腹に響くようなサウンドの重さはやはりアンプらしいと思う。コンパクトなので気軽に持ち運べる点も良い。
RR11は今年の夏に発売予定である。RR11を手にして夕涼みに外出するというのも面白いかもしれない。電波を探して開けたところに導かれれば、きっとそこからはきれいな星空も見えることだろう。