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徹底したこだわりを10万円台でも。ハイレゾ時代の革新と伝統、注目のNA8005などマランツ「8005」3機を聴く
(2014/6/20 09:30)
デジタルアイソレータによる徹底したノイズ対策を行ない、USB DACなどの高音質化を実現、ネットワークプレーヤー機能も備えながら、129,500円という低価格を実現した「NA8005」。以前、開発中の現場をレポートしたが、6月中旬からいよいよ発売される。昨年発売され、高い音質評価を得ているUSB DAC/ネットワークプレーヤー「NA-11S1」(330,000円)の技術を取り入れながらも、リーズナブルな価格を実現したのが特徴だ。
ハイレゾ楽曲配信サービスが活発化する中、オーディオシステムのメインプレーヤーとして人気が出そうなモデルだ。また、USB DAC兼ヘッドフォンアンプとしても活用できるため、PCオーディオ+ヘッドフォン環境で活用しつつ、将来的にはNA8005を軸に、アンプやスピーカーを導入し、本格的なオーディオシステムを構築しようと考えている人もいるだろう。
では、同じ8005シリーズのプリメインアンプ「PM8005」(129,500円)とNA8005を組み合わせると、どのような音が楽しめるのだろうか? マランツの開発試聴室で“8005シリーズのサウンド”を体験してみた。
また、8005シリーズにはSACD/CDプレーヤーであり、USB DAC機能も搭載した「SA8005」(129,500円)というモデルもある。この「SA8005」のUSB DACは、NA8005と同じく、デジタルアイソレータを使ったノイズ対策が施されたモデルでもある。当然、「USB DACだけでなく、SACD/CDも楽しみたい時はSA8005」、「ネットワークプレーヤー機能を使いたいならNA8005」という棲み分けになるのだが、両モデルのUSB DACの音を比べた場合、違いはあるのだろうか?
こうした8005シリーズのポイントについて、お馴染み、マランツ音質担当マネージャー 澤田龍一氏(以下敬称略)に話を伺った。
「SA8005」と「NA8005」のUSB DAC、音は違う?
USB DAC/SACD/CDプレーヤーであるSA8005は、「SA8004」(2010年発売)の後継モデルとして、今年の1月から発売されている。ディスクプレーヤーで重要なドライブ部は、「外観をコストダウンしていますが、ドライブの本体や駆動回路は上位モデルのSA-14S1(252,000円)とまったく同じ。“SA14の弟分”と考えていただいて構いません」(澤田氏)という。
USB DAC機能はNA8005と同等だ。DSDの2.8/5.6MHzに対応し、ASIOドライバによるネイティブ再生とDoP方式をサポート。PCMは、最大192kHz/24bitまでサポートしている。
肝となるノイズ対策「デジタル・アイソレーションシステム」もNA8005と基本的に同じだ。ICチップ上に組み込まれたトランス・コイルを介して、磁気によりデータ伝送を行なう素子を使ったもので、入力側と出力側を電気的に絶縁しながら、データ伝送を可能にしている。
このアイソレータは、DIR(デジタルオーディオインターフェースレシーバ)の後ろ、DACの直前に配置され、そこでデジタル信号を一括して絶縁。DAC回路にノイズが侵入しないようにしている。そのため、USB DACだけでなく、光デジタル、同軸デジタルから入力された信号にも効果を発揮する。さらに、アースラインもインダクタンスを使ってノイズをフィルタリングしている。
要するにUSB DACに関してはNA8005とまったく同じ……に見えるが、澤田氏によれば、2つ違うところがあるという。1つ目は“アイソレータの数”。NA8005は12回路、SA8005は13回路で、1回路多い。
澤田:SA8005はディスクプレーヤーですので、DACの近くにマスタークロックを備えています。そのクロックを、アイソレータを介して、USB DACの回路に送っています。それが1回路多い理由です。
NA8005も、デジタル信号が入ってきて、DIRのデジタルセレクタで切り替えを行なうためのクロックが必要です。しかし、ディスクドライブは搭載しておらず、信号は全て外から来るので、マスタークロックをDACの近くからUSB DACまで延々と引っ張って来るよりも、USB DACの近くに別の専用クロックを設置した方が、色々な入力に対して対応能力が良くなります。
しかし、SA8005のようなディスクプレーヤーの場合は、マスタークロックからDIRにクロックを持ってきた方が有利なんです。
もう1つの違いが電源だ。NA8005は、以前、開発中の段階でレポートした通り、EIトランスを使っている。SA8005はトロイダルトランスだ。このトロイダルトランスは、シャフトに真鍮を使うなど、マランツ独自の仕様で、同社の様々なモデルで採用されているものだという。
澤田:トロイダルトランスにはEIトランスに比べ、リーケージや電圧変動率が少なく、効率が良いなど、トランスとしての基本性能に優位性があります。ディスクドライブでは、急激なサーボの変化、ピックアップの動作、電圧の低下などがあった場合も、回転系を確実にサポートする必要がある。そういったものへの対応を考慮するとトロイダルトランスが有利です。
しかし、トロイダルトランスは巻き線間の密着性が高いので、一次から入っていたノイズをそのまま二次にパスしてしまう特性があります。EI型はトランスの性能としてはトロイダルに劣りますが、ノイズパスは少ない。NA8005は動くもの(ドライブ)が無いので、急激な電流変化がない。そこでノイズガードに重きを置いて、EIコアトランスを選びました。容量的な部分はコアサイズを大きくする事でカバーしています。
ですので、USB DACの基本的な回路は2モデルで変わりませんが、USB DACの音を聴き比べると、個人的な印象としては、NA8005に幾分、専用機としての良さが見いだせるかなと思います。
実際、音はどのように違うのか比較してみた。まず、SA8005とNA8005を聴き比べる前に、SA8005と、その前モデルである「SA8004」のUSB DACの音をチェック。SA8004にはデジタル・アイソレーションシステムが入っていないため、その効果を聴き比べる形だ。
SA8004を聴いた後、SA8005から音が出ると、どこがどう違うというより、何もかもが違う。特に音場の奥行きの深さがまったく異なり、SA8005の方が立体的。そこに定位する音像の輪郭もシャープで、ビシッと安定している。それに対し、SA8004はステージが平面的で、音像の輪郭も滲みがち。SA8005のサウンドは立体的で生々しいため、そこに楽器や歌手が存在しているような臨場感がある。
これでも十分クオリティの高い音だが、次にSA8005とNA8005を較べてみると、違いが実に面白い。USB DAC回路としてはほぼ同じなのだが、SA8005は全体的に響きがやや固く、クールな描写。対してNA8005は響きにしっかり温度があり、アナログライクなどこかホッとさせる自然さがある。教会に響くオルガンの響きの質感や、陰影も、NA8005の方が味わい深い。
微細な差と言えばその通りなのだが、どちらの音も非常にクリアで雑味が無いため、その些細な違いが、意外なほど良くわかる。好みにもよるとは思うが、個人的にはNA8005の音の方がより魅力的に聴こえた。ただ、どちらも129,500円とは思えぬクオリティだ。
スペック表に出ない部分が大幅進化したPM8005
試聴室のスピーカーは、お馴染みB&Wのハイエンド「800 Diamond」だ。8005シリーズのプリメインアンプ「PM8005」でドライブしてみる。価格はSA8005やNA8005と同じ129,500円で、1月から発売されている。
PM8005の概要をおさらいすると、フルディスクリート構成の電流帰還型増幅回路をプリ部とパワーアンプ部に採用したモデル。プリ、パワー、トーンコントロールの各ブロックは独立しており、左右チャンネルの等長/並行配置を徹底。定格出力は70W×2ch(8Ω)、100W×2ch(4Ω)だ。
このプリメインも、2010年に発売された「PM8004」(95,238円)の後継モデルだ。しかし、澤田氏によれば、内部のパーツレイアウトや基本的なスペックなどで比べると、従来モデルとほとんど同じだという。しかし、値段はちょっと高くなっている。何が違うのか? キーワードは「瞬時供給電流」だ。
澤田:アンプのパワーを示す際に、4Ωで100Wなど、“何ワット出ます”と言いますが、それは“どこまで音量を上げるとクリップします”という意味で、実はスピーカーをどれくらいドライブできるのかという話と、直接関係はありません。
スピーカーの負荷はしょっちゅう変動していますが、変動した時に、電流をすぐ流し込んでいけるのかという即応力が重要です。マランツではこの“瞬間的な変動に対してどのくらい電流が流せるのか”という能力について、社内的に“瞬時供給電流”という1つの基準を作っています。その能力が「PM8004」と「PM8005」では大きく違います。要するにスピーカーのドライブ能力が違うという事です。
澤田:2001年に、B&Wから「Signature 800」というスピーカーが登場しました。B&Wでは、38cm径ウーファを1基搭載した「Nautilus 801」が良く知られていますが、Signature 800は、その後に登場した25cm径ウーファを2基搭載したモデルです。
澤田:このSignature 800は、801の38cm径ウーファを駆動していた巨大なマグネットを、そのまま25cm径ウーファに使っていました。つまりマグネットは同じで、振動板だけ小さくしたわけです。すると負荷は軽いのだけれど、駆動源は強力、しかもそれが2基あるという構成になります。すると、アンプが信号を送ってユニットを動かした時に、スピーカーからの戻って来るキックバック(逆起電力)が、ただでさえドライブするのが困難だった801の2倍になってしまう。
当時、うまくドライブできないので、B&Wに「どのくらいの電流ドライブ能力があれば、このスピーカーを動かせるか」と質問したところ、「瞬時電流で100Aくらいあれば良い」と返事が来ました。けれど、当時マランツが出していたステレオパワーアンプ「SM-5」でも50A無いんですよ(笑)。ローインピーダンスのスピーカーに対して400Wくらい出せるアンプなのですが、電流がそんなにとれないんです。
これではダメだと電流能力を上げたのがモノラルパワーアンプの「MA-9S1」というモデル。開発段階で様々な工夫を施す事で、60A、100Aとアップさせ、最終的に150Aまで行きました。その経験から社内指標として瞬時供給電流を使うようになりました。具体的には1,000分の1秒という短い時間に、0.1Ωの負荷でどれだけの電流を流せるか、というものです。キッカケはB&Wなんです(笑)。
つまり、PM8004からPM8005への進化ポイントは、この瞬時供給電流のアップ、つまりスピーカードライブ能力の向上というわけだ。しかし、コンデンサなど、内部のパーツをじっくり見比べても両モデルに大きな違いは見当たらない。
澤田:平均電流やマキシマムパワーを上げるのであれば、もっと大きなトランスやコンデンサが必要ですが、瞬時電流は“スピーカーが瞬間的に欲しがった時に、どれだけスッと電流を流せるか”というもの。つまり、電流が流れるルートのインピーダンスをどれだけ下げられるかで決まります。
マランツのプリメインアンプのパワー部には、必ず白いエミッタ抵抗が入っています。パワートランジスタのばらつきを吸収するために必要なのですが、普通は0.33Ωとか、0.47Ωとか、小さくても0.22Ωといった値です。けれど、我々は伝統的に0.1Ωの抵抗を使っています。これより小さいものは見たことがありません。当然、小さければ小さいほど電流能力はアップします。これはPM8004も含め、何年も前からミニマムにしています。
次に、終段、スピーカーをドライブするファイナルステージ。マランツは伝統的に“三段ダーリントン回路”を使っています。これは、一番最後にある大きなトランジスタがスピーカーに電流を流す際に、電流増幅率を上げるために、その前に、中型、小型と3つ積み上げて、掛け算して電流増幅率を上げるという方式です。この電流増幅率が高くなると、スピーカーの要求する電流に対して追従性のスピードが上がります。どれだけ流せるかはトータルの電流量で決まりますが、スピードも重要です。
段数が増えると、変動ファクターが大きくなり、特別な配慮も必要になるので、何段にするかはメーカーの考え方によって異なります。終段を何パラレルにするといったアンプも世の中にはありますが、スピードの話ですから、それとは異なります。車のエンジンの“4気筒”などと同じですね。マランツはいつもシングルプッシュプルだから単気筒でしょうか(笑)。
この三段ダーリントン回路の終段のパワートランジスタ(LAPT)と、その手前のドライバートランジスタを、より電流容量の大きなものに変更したところ、マキシマムで流せる瞬時電流が大幅にアップし、PM8004は25Aでしたが、PM8005は45Aまでアップしました。
つまり、駆動力が倍近くアップしたというわけだ。しかし、スペックシートにそうした数値は書かれていない。というか、そもそも瞬時電流供給能力という項目が存在しない。
澤田:JEITA(電子情報技術産業協会)で決めた指標ではなく、我々が独自に設けた指標ですので、残念ながらカタログスペックには載っていません。ですので、どう違うかはもう“聴いてください”と言うしかありませんね(笑)。
では実際にPM8004とPM8005を聴き比べた。前述のとおり、定格出力70W×2ch(8Ω)、100W×2ch(4Ω)というスペックはまったく同じ。スペックシートに無い瞬時供給電流が25Aから45Aまでアップしている。800 Diamondから音が出た瞬間、思わず笑ってしまうほど違う。
特に違うのが低域。PM8004も800 Diamondをドライブできており、音がフラついたりはしていないが、低域の沈み込みや、分解能、キレの良さがもう一声欲しいと感じる。しかし、PM8005でドライブすると、ズズンと地鳴りのような芯のある低域が響き、その重い音の中のディテールもクッキリと明瞭。トランジェントも良く、キッチリとウーファを制御できている音だ。後継機種というよりも、明らかにランクの違うサウンドで、ハイエンドアンプのような余裕みたいなものすら感じる。この音を聴いてしまうと、PM8004の音が軽く、腰高に感じてしまう。
ソースとなるNA8005は、前述のとおりUSB DACらしい情報量の多いサウンドだが、カリカリシャープな音ではなく、ステージの熱気や空気感、陰影も丁寧に描写してくれる。そこにPM8005の駆動力が組み合わさると、NA8005の“美味しいところ”をキッチリスピーカーから出せるようになると感じた。
ハイレゾ時代の革新と伝統
このように、8005シリーズ同士で組み合わせた音は、ハイレゾソースの魅力をわかりやすく体験させてくれるものだった。やはりシリーズ同士で組み合わせた時に、最適になるよう音を調節したり、ハイレゾ音源の良さが出やすいようにチューニングしているのだろう……と思いきや、澤田氏は「出来上がってから繋げてみる事はありますが、開発時に8005シリーズ同士を組み合わせて音質検討したことはありませんね」と笑う。
澤田:1つ1つのモデルをより良くするだけで、そもそも“合わせよう”という概念がありません(笑)。ハイレゾへの対応も、それに合わせて機器のチューニングを変えるという考えはまったくありませんね。“ファイルやディスクに入っているものを出来るだけ出そう”それだけです。
その上で澤田氏は、ハイレゾ時代に特に重要となるのがチャンネルの“セパレーション”だという。
澤田:ハイレゾではサンプリング周波数が上がって、高域限界が伸びる事に注目されがちですが、聴いていて実感として感じられるのは、むしろ空間的な広さや気配とか、ディテールですよね。これがやっぱりハイレゾになると違ってきます。これを再現するためには、超高域に至るまでのセパレーションの確保が非常に重要です。
例えばPM8005のようなプリメインアンプの場合、入力から出力まで、信号ラインが“一筆書き”になるよう設計し、なおかつ、LRの条件を同じように作るのが大切です。例えば、ラインが複雑で、行ったり来たりするような設計ですと、増幅のステージが違う場所でラインが接近して、LからR、RからLと、信号の飛びつきが起こり、セパレーションが低下します。
アンプというのはステージを一段通ると位相がひっくり返り、もう一段通るとひっくり返り……それを繰り返しながら出口まで行くものです。それゆえ、信号ルートが近い場所があり、そこにステージが違うことによる逆相の信号が流れていた場合、音がキャンセルされてしまう事も起こります。
また、セパレーションが良くても、高い周波数の情報を上手く処理できなかったり、LからR、RからLへのセパレーションがイコールではないアンプも世の中には存在します。単にセパレーションが低いだけなら、音場は狭くなるだけですが、LからR、RからLのセパレーションが一致しないと、空間が歪んだような音になってしまいます。それではハイレゾの良さは出ません。
アナログレコード時代は特性上、セパレーションはあまりとれませんでした。CDの時代になり、20kHzまでしっかりとれるようになり、その後、SACD/DVDオーディオでfレンジが伸びたわけですが、高い周波数に関してセパレーションをどこまで確保するのかなど、SACD/DVDオーディオの時代に我々は真剣に考え、キチンと取り組んで来ました。理屈的にはその時と現在のハイレゾも変わりませんから、ハイレゾ時代になっても設計方針は変わりません。
マランツは昨年の「NA-11S1」で、デジタルアイソレータを活用し、アースも含めて徹底的なノイズ対策を行ない、USB DACの音質を飛躍的に向上させた。非常に思い切った、挑戦的な技術であり、それを下位モデルにも投入したのが「SA8005」や「NA8005」だ。
一方で、今のハイレゾ・ファイルオーディオが広まる以前、SACD/DVDオーディオ、そしてCDやアナログの時代から同社が培ってきたノウハウを投入し、進化させたのがプリメインアンプの「PM8005」だ。8005シリーズの組み合わせから出てくる音は、そんな挑戦的な技術と、伝統的なこだわりが組み合わさった音とも表現できそうだ。
(協力:ディーアンドエムホールディングス/マランツ)