プレイバック2020

リモート合奏「SYNCROOM」花開く。超低遅延ライブ配信に期待 by 藤本健

2020年6月、ヤマハからSYNCROOMがリリースされた

2020年は、世界中がコロナ禍にあったわけだが、このことは音楽、オーディオの世界にも大きな影響を与えた。負の方向から言えば、コンサート、ライブ、イベントが片っ端から中止になり、ミュージシャンやそれを支える人たちは苦境に陥った。一方で正の方向でいうと、引きこもり需要が爆発し、楽器やオーディオインターフェイスが売れまくり、楽器産業は活況だった。

そうした中、Digital Audio Laboratoryにおいても、コンサート、ライブを支援するツール、システムを複数紹介してきた。視聴者に課金する形でセキュアに高品位な音・映像を配信できる「eContent」(第853回)、ネット配信をより手軽に実現するハードウェアである「ATEM Mini Pro」(第853回)、無観客配信を行なうサービスの「Piascore」(第844回)、ライブそのものをアーカイブしてライブハウスで再現できる「Distance Viewing」(第871回)など、新しい技術、アイディアによって、いろいろなものが登場し、それらをピックアップしてきた。

が、その中でも個人的についに時代が追いついたんだ……と感じたのは、ヤマハがこのタイミングでリリースした「SYNCROOM」(第869回)。個人的には、いつかこれが大きく評価されるときがくると思って、10年間ずっと応援していたシステムのメジャーデビューという感じでもあったのだ。

ご存知ない方に改めて紹介すると、SYNCROOMは、これまで「NETDUETTO β(ネットデュエットβ)」という名前でヤマハが無償公開していたものを正式版に改め&名称変更したシステムで、インターネット越しでのセッションを可能にするというサービス。たとえばAさん、Bさん、Cさんの自宅をネットでつないで、ギター、ピアノ、ボーカルでリアルタイムにセッションすることができる。

SYNCROOMの画面

でも、ほとんどの方は「え? それのどこがすごいの?」「そんなの電話でよくない?」「Skype、Zoom、Google Meetとかのオンライン会議システムを使えばいいよ」、なんて思うのではないだろうか?

そう思った方は、ぜひ一度試してみて欲しい。絶対できないはずだ。

簡単な実験として2人で通話しながら「セーノ!」といって手を叩いてみればすぐに分かる。同時に叩いたはずの相手の手の音がだいぶズレて聴こえるのだ。下手すると0.5秒=500msecくらい遅れて聴こえてくる。0.5秒というと、テンポ120の曲の1拍分に相当する時間であり、そこでのセッションは絶対に不可能であるということが見えてくる。

それだけの時間的遅延=レイテンシーがあっても、会話であれば、ほとんど違和感なくできるため、電話でレイテンシーを感じることはないのだが、音楽は無理。その問題を解決しようと取り組んでいたのが、ヤマハのNETDUETTOだったのだ。

これはWindowsでもMacでもPCがあることが前提で、ここにソフトを入れた上で、各拠点同士をピアtoピアで接続し、20~30msecという低レイテンシーで接続することで、音楽的セッションも可能。しかも、電話やオンライン会議ソフトと比較して圧倒的な高音質を実現するために44.1kHz/48kHzで16bitの非圧縮での通信が行なえるわけだ。

SYNCROOMはインターネットを介して低遅延でオーディオ接続するシステム

NETDUETTOが初お披露目されたのは2010年のことで、ちょうど10年前。それを見て、「これは革命だ!」と感激し、このDigital Audio Laboratoryでも取り上げたし(第410回)、その後ニコニコ生放送と連携した「ニコ生セッション」といったシステムをリリースした際には福岡まで取材に行ったこともあった(第447回)。

ニコニコ生放送とNETDUETTOβを組み合わせた「ニコ生セッション」

さらにはNTT西日本と組んで専用のハードウェア「ひかりDUETTO NY1」なるものをリリース。

PCを使うことなく、ハードウェアだけでセッションを可能にするとともに、インターネットだけでなく帯域が保証されるフレッツ光の光電話を使ってより安定した通信を実現させるなど、さまざまな取り組みを行なってきたのを追いかけては、Digital Audio Laboratoryや筆者のブログであるDTMステーションで取り上げてきたが、世間にはあまり響かなかった。

手元に残って宝の持ち腐れになってしまったひかりDUETTO NY1のハードウェア

結果としてニコ生セッションはサービス終了し、NTT西日本のサービスも消え、一時はNETDUETTO自体が開発担当者の趣味でギリギリ続けてるもの?? とさえ思われるような状況にもなっていたが、少しずつではあったが、10年の間に着実に進化もしていた。

当初はWindowsのみの対応だったのがMac対応したり、4人までしかセッションできないものが5人に増え、VSTに対応してDAWと組み合わせが可能になったりとバージョンアップを繰り返す一方、世の中のネット環境も進化したことで、より低レイテンシーでのセッションが可能になってきていたのだ。

そんな中で、世界がコロナ禍に陥った。緊急事態宣言時には、誰もが自宅に引きこもるしかない状況になった中、NETDUETTOが注目されるようになり、その需要が爆発していった。それとタイミングを合わせるかのようにNETUDETTOはSYNCROOMと名称を変え、メジャーデビューする形になったのを見て、「ついに、長年の苦労が報われ、世界中から脚光を浴びる形になった!」と、まるで自分が開発したシステムかのごとく、感激したくらいだ。

実際、SYNCROOMを使ってライブ配信を行なう人も増えているようだし、プロミュージシャンの間でもSYNCROOMは着実に浸透してきている。まあ、緊急事態宣言が明けてからは、そこまで絶対的なツールではなくなっているかもしれないが、コロナ前とは注目度がまったく違う次元になっているのも事実だ。

一方で、SYNCROOMになったタイミングで、Windows、Macに加え、Android版が登場したのは、将来に向けての大きな布石ともなっているようだ。これは使える端末の選択肢を増やすというよりも、5G通信を利用しようといいう実験的な試み。超低レイテンシーをうたい文句にする5Gにとっても格好のアプリケーション例ともいえるものであり、これがどう発展していくのかには注目したいと思っている。

もっとも、音楽のリアルタイムセッションをネット越しで行なう試みは、何もヤマハだけが行なっているものではなく、これまでも世界中でさまざまな製品、サービスが開発されては消えていった。とくに、この状況下において5Gを活用して行うサービスには複数が名乗りを上げてきている。

その中でも、いまちょっと気になる存在が、スウェーデン・ストックホルムにあるElkという会社が出した「ALOHA」というシステム。高速インターネット回線および5Gを利用することで遠隔地セッションがリアルタイムに行なえるという。数多くのセッションを行なったデモビデオがYouTubeに公開されているが、中にはストックホルムとマドリッドを接続してのセッションもある。その距離3,151kmもあるのに、ほぼレイテンシーなくセッションが行なわれているようだが、にわかには信じられないのも事実。

SYNCROOMの競合に見えるALOHA

そもそもDAやADの変換にレイテンシーが発生するし、インターネット接続では、いくつものルーターを経由するため、それぞれでレイテンシーが発生する。そう簡単にすべてが解決するとは思えない。たとれ光の速度のまま届くとしても、光速が30万km/sだから、3,151km離れていれば、それだけでも10msecはかかる。これがホントにSYNCROOMを超えるものなのか? 興味はあるので、今後検証してみたいと思っている。

以上、だいぶ偏った見方だとは思うが、2020年を振り返ってみた。2021年はぜひコロナから脱した新しい世界が広がってくれることを期待したい。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto