レビュー

“最強エントリー”、2.5万円でデュアルDAC+バランスの価格破壊機Fiio「X3 III」

 ポータブルオーディオプレーヤーに何十万円もかけるのは……、でも安くて音がイマイチなプレーヤーだと「スマホで聴けばいいんじゃね?」と考えてしまって、なかなか購入に踏み切れない……という人は多いだろう。そんな人に注目のモデルが、2月中旬に発売されるFiioの「X3 Mark III」。実売約24,000円と、プレーヤーとしてはリーズナブルだが、音質・機能に磨きをかけ、同社が「最強のエントリー」を謳う製品だ。

 また、ハイエンドモデル「X7 Mark II」も同時に発売される。ハイエンドと言っても、価格は実売約83,000円と、他社のハイエンドと比べるとかなり安く、こちらも注目度が高い。最強エントリー「X3 Mark III」のサウンドをメインに、X7 Mark IIについても紹介する。

左からFiioの「X3 Mark III」、「X7 Mark II」

“ユーザーとメチャ近い”メーカー、Fiio

 2007年に設立されたFiiOは、中国の広州に本社があるポータブルオーディオのメーカーだ。プレーヤーやポータブルアンプでお馴染みだが、最近はイヤフォンも手がけている。日本を含めたアジア、北米、欧州、合計60カ国以上で販売するなど、世界最大級のポータブルオーディオメーカーに急成長している。

 この勢いを示すように、6,000m2もの広さを持つ開発・製造拠点へと2011年に移転。そこに研究開発、製品テスト、品質管理のための最新設備も導入しているそうだ。

 日本ではこれまでオヤイデ電気が総代理店を担当。“リーズナブルなポータブルプレーヤーやアンプのメーカー”という印象が強いだろう。そして2月1日からは、国内総輸入代理業務をエミライが担当する事になった。プレーヤーに関しては「X3 Mark III」と「X7 Mark II」が新たに登場。従来からラインナップされるX5も併売され、“改めての日本展開”がスタートしたばかりだ。

Fiioの「X3 Mark III」

 そんなFiiOの特徴だが、実は、単に“安いポータブルプレーヤーを作っている”事ではない。リーズナブルな製品が多いのは結果的なもので、その根底には、世界的な規模のメーカーにも関わらず“ユーザーとの距離がメチャ近い”という特徴がある。

 例えば、海外で人気のあるポータブルオーディオのコミュニティ・Head-Fiに、FiiOのGeneral ManagerであるJames Chung氏が自ら書き込み。製品への質問に回答するだけでなく、「こんな新製品を作ろうと思っているんだけどどうかな?」という相談までユーザーに向かってしてしまう。そしてユーザーと意見を交換しつつ、製品としてカタチにしていく。大きなメーカーの新製品と言えば、発表までシークレットなのが普通なので「真似されたりしないの!? 大丈夫?」と見ている側が心配になってしまう。

General ManagerのJames Chung氏

 Chung氏によれば、その根底には、とにかく“Customer Oriented”(お客様のニーズに忠実)であれという、信念があるという。例えば、ハイエンドのX7 Mark IIには当然として、エントリーのX3 Mark IIIにも、2.5mmのバランス出力が搭載されている。バランス出力と言えば、他社では“上位モデルに搭載される差別化機能”という扱いが多いが、FiiOではユーザーニーズが高まっていると判断すれば、一番安いエントリーモデルにも搭載してしまう。この方針は一過性のものではなく、「今後発表する製品では全て対応していくのが基本方針」だそうだ。

 価格についても「欧米では“高いほど音が良い”という図式はもう通用しなくなっている」とし、一部のユーザーに向けて超高級モデルを提供するのではなく、より多くのユーザーに、リーズナブルな価格で、高音質な製品を届ける事を重視している。Chung氏は以前、これを「オーディオブランドの“トヨタ”になりたい」と表現していた。

 こうした姿勢のメーカーなので、とにかく各国の“市場の声”を重視する。エミライとタッグを組んで展開する新体制では、今まで以上にユーザーの声を聞く形にしていくという。エミライによれば、今後、FiiOユーザー向けに“ユーザーミーティング”のようなイベントを開き、積極的に意見を聞く、といった機会も検討しているとのことだ。

X3 Mark IIIの概要

 X3 Mark IIIの概要をおさらいしよう。カラーバリエーションは黒と赤の2色。microSDカードスロットを用意し、256GBまでのカードをストレージとして利用できる。

X3 Mark IIIの側面。microSDカードスロットに加え、再生/一時停止やボリュームボタンなどを備えている。

 DACチップはTI「PCM5242」を採用。スゴイのは、約24,000円とのプレーヤーにも関わらず、このDACを左右それぞれ独立で、合計2基搭載した“デュアルDAC仕様”な事だ。

 DAC部分はディスクリート構成で、それに続くローパスフィルタやアンプ部も左右独立設計になっている。“単にバランス出力端子を取り付けました”というのではなく、内部までしっかりと左右信号経路の分離を意識した設計になっているわけだ。

 PCMは192kHz/24bitまで、DSDは2.8MHzまでサポート。ここは上位機種と比べると見劣りする部分だ。だが、現在配信されているハイレゾ音楽を楽しむには、必要十分なスペックと言えるだろう。ファイル形式はWAV、APE、WMA、FLAC、ALAC、DSF、DFFなどに対応する。

 Bluetooth 4.1にも対応しており、Bluetoothイヤフォン/ヘッドフォンも利用できる。BTモジュール部には、低レイテンシーのデータ送信を可能にする「F1C81チップセット」を採用、音楽信号のドロップを低減したそうだ。

 Bluetooth信号の同時送受信を可能にする“デュアルモードBluetooth”にも対応している。何に使う機能かというと、BluetoothヘッドフォンとBluetoothリモコンを同時にペアリングできるようになり、別売で「RM1 Bluetoothリモコン」もラインナップしている。プレーヤーをリュックなどから出さず、リモコンで操作できるわけだ。

 内部回路は、大きく3つに分割。デジタル処理用、アナログ増幅用、Bluetooth用で、それぞれが影響を与えないように考慮されている。これにより、無線接続でも有線接続でも、高い音質を実現したとする。

 ヘッドフォン出力は底部に備えており、前述の通り、3.5mmのシングルエンドに加え、2.5mmバランス出力も搭載。3.5mmは、ライン出力や同軸デジタル出力も兼ねている。

3.5mmのシングルエンドに加え、2.5mmバランス出力も搭載

操作性は?

 X3 Mark IIIはディスプレイを備えているが、タッチパネルではなく、下部にコントロール用のホイールを装備。その四隅に「戻る」ボタンや「曲送り/戻し」などを配置している。ホイールは物理的なボタンではなく、フラットなタッチパネルエリアになっており、そこを回すように指でなぞると、メニュー内の選択カーソルが連動して動く仕組みだ。中央は物理的なボタンで、なぞって選び、中央ボタン押し込みで決定というのが基本的な操作方法だ。

コントロール用ホイールをなぞって操作する

 Androidなどの汎用OSではなく、UIデザインも独自のものだ。ホイール操作にマッチするよう、各機能のアイコンが弧を描くように配置されている。選択カーソルの速度は高速で、「カカカカッ!!」っという選択音とあいまって、指でグルグルなぞっているだけで気持ちがいい。たまに回しすぎて行き過ぎるのがご愛嬌だ。楽曲選択なども特に待たされる印象は無く、快適なのだが、DSDを再生すると流石に処理が重いのかカーソルの動きが鈍くなる。

「カカカカッ!!」っという選択音と相まって、操作感は気持ちがいい

 左の側面には電源ボタン、ボリュームボタン、再生/一時停止ボタンを装備する。これにより、ポケットの中で手探りで音量を調整したり、再生を停止するといった操作は迷いなくできる。

 昔のiPodを思い出すような“懐かしい操作感”なのだが、だからといって使いにくいわけではない。シンプルで快適だ。再生楽曲のプレイリスト追加も、ショートカットボタンとホイールの組み合わせで行なえる。スマホのようにタッチパネルディスプレイで操作した方が“今っぽい”のは確かだが、純粋なオーディオプレーヤーとしては、X3 Mark IIIの方が落ち着くという人もいるだろう。

フォルダ選択画面
設定画面
アルバムアートも表示可能だ
プレイリストへの追加も可能

X3 Mark IIIを聴いてみる

 X3 Mark IIIから、アンバランス接続で聴いてみよう。音が出た瞬間に驚くのは、ワイドレンジでありながら、力強さも備えた、非常に堂々としたサウンドが展開する事だ。どうしても「約24,000円のエントリープレーヤー」という情報が頭に入っていると「痩せた音が出るのでは」とか「レンジが狭く低音だけ膨らませたような音なのでは」と余計な心配をしてしまうのだが、そういった予想を気持ちよく裏切ってくれる、とても真面目なHi-Fiサウンドなのが嬉しい。

 特にスゴイと感じるのが、低域の沈み込みの深さと、中低域の音圧の豊かさだ。電源やアンプ部が貧弱だと、このあたりが弱くなりがちなのだが、X3 Mark IIIはまったく問題なく、「藤田恵美/Best OF My Love」のベースが「ゴーン」と沈み込み、肺が圧迫されるような分厚い中低域が押し寄せてくる。低価格ながら、デュアルDACかつ、ローパスフィルタやアンプ部も左右独立設計である効果が良く音に出ている。

 音のバランスもニュートラル。“エントリーなので低音を持ち上げて派手にしています”という感じはまったくない。高域から低域までよく耳に入ってくるので、ハイレゾソースを再生しても女性ヴォーカルの高音や、ヴァイオリンの弦の響きなど、細かな音がよくわかる。

 何十万円もする超高級プレーヤーと比べると、重低音などの部分でかなわない部分もあるが、X3 Mark IIIを聴いていて、特に不満は感じない。むしろドッシリとした本格サウンドなので「お前ホントにエントリーモデルなのか?」と再確認したくなるくらいだ。

 さらに、2.5mm 4極のバランス出力を使うと、ここから音質がワンランクアップ。音場がググッと広くなり、奥行きも深くなる。空間が広くなるので、ギターやボーカル、ベースといった音像の定位や、音像同士の距離感などもわかるようになり、音楽の構造が聴き取りやすくなる。

X3 Mark III+F9=約37,500円で満足度の高いサウンド

 2月下旬にはFiiOのイヤフォンも登場する。「F9」(オープンプライス/実売約14,580円)、「F9 PRO」(同20,844円)、「FH1」(同11,124円)の3機種で、中間に位置する「F9」は、価格を抑えながらも、ダイナミック型×1、バランスド・アーマチュア(BA)×2を搭載するハイブリッドタイプだ。再生帯域は15Hz~40kHzで、ハイレゾに対応している。

FiiOのリーズナブルなイヤフォン「F9」

 F9(約13,500円)とX3 Mark III(同24,000円)を組み合わせても、合計約37,500円で、4万円を切る。試しにこのセットで音を出してみると、F9が素直な音のイヤフォンなので、とても満足度が高い。1万円ちょっとのイヤフォンと言っても、低域を無理に膨らませたりしていないので、X3 Mark IIIのポテンシャルの高さが良く伝わってくる。

F9とX3 Mark III

 イヤフォンとしてのレンジも広く、BAらしい抜けの良い中高域と、量感のあるダイナミック型の低域とのマッチングも良好だ。欲を言えば、低域の沈み込みの深さがもう一声欲しいが、価格を考えると十分な実力と言えるだろう。

 さらに驚くべきは、F9には2.5mm 4極のバランスケーブルが最初から同梱されている点。前述のように、音場が拡大し、音像の立体感が増す、バランス接続による音質のグレードアップが、ケーブルを買い足さなくても楽しめる。バランスケーブルだけで1万円してもおかしくない世界なので、F9のコストパフォーマンスの高さは驚異的と言っていい。

2.5mm 4極のバランスケーブルが最初から同梱されている

最上位のX7 Mark II

 ハイエンドモデル「X7 Mark II」は、音質を追求するだけでなく、個性的な機能も備えている。ストレージは64GBを内蔵するほか、microSDカードスロットも2基備え、256GBのカードを2枚、合計512GBまでの拡張が可能。

 DACチップはESSのハイエンド「ES9028PRO」を搭載し、D/A変換用の水晶発振器は44.1 kHz系、48kHz系、ハイレゾ用に計3基備えるなど、内部パーツはかなり豪勢だ。

ハイエンドモデル「X7 Mark II」
側面。ボリュームダイヤルも備えている
microSDカードスロットを2基搭載している
底部。2.5mm 4極バランス出力も装備する

 オーディオ再生用にカスタマイズされたAndroid 5.1ベースOSを採用。「Androidモード」では、他のアプリも利用でき、ユーザーがアプリの追加も可能。Spotify、AWAなど、音楽ストリーミングサービスのアプリも利用できる。要するに“普通のAndroid端末”として使えるわけだ。

 一方の「Pure Musicモード」では、純正アプリ「FiiO Music」など特定のアプリ以外を停止し、音楽再生にソフトウェアレベルで影響を及ぼさないように配慮している。

 モードの前述切り替えボタンは、画面上部からフリックで下ろす設定メニューの中にある。これを押すと、瞬時にPure Musicモードに切り替わる。

Androidモード
Pure Musicモード

 タッチパネル対応で、スマホを使っている人なら迷うことなく使えるだろう。プロセッサも高速なようで、操作感もサクサクだ。

画面上部からフリックで下ろす設定メニューから、「Pure Musicモード」と「Androidモード」を切り替える

 モード切替でどのくらい効果があるのか聴き比べてみると、確かにPure Musicモードにした方がSN比が良く、クリアで細かな音がより多く聴こえる。切り替えには2秒もかからないので、基本はPure Musicモードで使い、他のアプリを使いたい時はAndroidモード、という使い分けがいいだろう。

Pure Musicモードでは、プレーヤーアプリだけが表示される

 また、Windows PCとUSBで接続し、USB DAC兼ヘッドフォンアンプとして使うこともできる。

楽曲選択画面
豊富なエフェクト機能も備えている

 筐体のアンプ部分がモジュール式になっており、着脱できる。標準ではアンプモジュール「AM3A」が取り付けられ、3.5mmのシングルエンド・ヘッドフォン出力に加え、バランスの2.5mm 5極出力も搭載。オペアンプは、アナログ・デバイセス製の高精度・広帯域な「AD8620」を使っている。

下部のアンプ部が交換できるようになっている

 モジュールの交換により、他の出力端子に対応したり、よりハイパワーなアンプに変更する、といった事が可能になる。端子類のトレンドが変化しても、プレーヤー自体を買い換えずに済むというのは嬉しい。それ以前に、“着脱可能なモジュール機構”というだけでも、マニア心をくすぐられる。

 Bluetooth 4.2にも準拠しており、コーデックはaptXもサポートしている。

X7 Mark IIのサウンドは?

 F9とX3 Mark IIIという4万円を切る組み合わせで満足度は高かったが、約83,000円のハイエンドプレーヤー「X7 Mark II」に切り替えると、音はどう変わるのだろうか。

 F9+バランスケーブルでX7 Mark IIに接続すると、X3 Mark IIIよりも、音場がもう一段拡大し、立体感がさらにアップ。低域の沈み込みも深くなり、中高域の音の細かさも向上。シンバルやバックコーラスの描写などで、今まで聴こえなかった音に気づいてハッとする。

 DACの性能や、余裕を持ったアンプのドライブ力など、確かに上位機種らしい違いがある。「マイケル・ジャクソン/スリラー」のビートのキレが、X3 Mark IIIでも十分に鮮烈だったのだが、X7 Mark IIではそれを通り越して“凄み”を感じる。

 まさに“ハイエンドなサウンド”だが、合計価格は10万円を切っている。この値段であれば、検討したいという人は多いだろう。

ポータブルオーディオ=高級というイメージを覆す

 こうして2機種を細かく見てみると、単に“リーズナブルなプレーヤー”というイメージから、“価格を抑えつつも、マニアが喜びそうなツボはしっかり押されたプレーヤー”という印象に変わる。このあたりの製品コンセプトの上手さに“Customer Oriented”の成果が発揮されているようだ。採用しているオペアンプの型番など、細かな情報をオープンにしているのも、FiiOらしい部分と言えるかもしれない。

 X3 Mark IIIとX7 Mark IIに共通しているのは、価格帯を越えた音質を備えている事と、それでいてBluetoothなど多機能でもあり、2.5mm 4極バランスなどのマニアックな機能も備えている事だ。安いからといって、何かを我慢しなくて済むというのは、消費者にとって素直に嬉しい事だ。

 特にX3 Mark IIIとF9の組み合わせは、4万円以下とは思えない音で、なおかつ追加投資不要でバランス駆動も楽しめてしまうというのは、まさに価格破壊的な組み合わせだ。「3万円台でこんな音が出ちゃうと、他社は困っちゃうだろうな」と余計な心配をしてしまう。これからポータブルオーディオを楽しんでみようという人には、オススメできるセットだ。

 余談だが、同じく2月下旬に発売されるイヤフォンのラインナップ「F9 PRO」(同約20,844円)、「FH1」(同約11,124円)の完成度も高く、低価格かつ、バランス接続に対応したイヤフォンを探しているという人には注目だ。

 マニア向けとしては、USB DAC内蔵ポータブルアンプ「Q1 Mark II」(同約13,200円)も同時期に発売となる。小型なX3 Mark IIIのライン出力と組み合わせて、リーズナブルに外部アンプ環境を楽しむというのもアリだろう。

「F9 PRO」
USB DAC内蔵ポータブルアンプ「Q1 Mark II」
X3 Mark IIIとQ1 Mark IIを組み合わせたところ

 X7 Mark IIは、アンプ部を交換できる機構が面白い。Head-FiのJames氏の投稿によれば、4.4mm
5極端子のアンプモジュールも計画中のようだ。ニーズが高まれば、新しい仕様も柔軟に取り入れてくれる姿勢は、メーカーに対する安心感にも繋がるだろう。

 普通のAndroid端末として使えるところも評価したい。プレーヤーを買ったのに、定額音楽配信と契約したので、それが聴けるスマホばかり使うようになった……という人もいるかと思う。X7 Mark IIの場合は、アプリをインストールすれば、そうしたサービスも楽しめるというのは1つのポイント。SIMカードスロットは無いので、屋外ではモバイルルータなどと組み合わせないと通信できないが、家の中や職場で、スマホを使わずに音楽配信が楽しめるというのは便利だ。手持ちのライブラリも音楽配信も、“どっちも高音質で楽しむプレーヤー”という評価もできるだろう。

(協力:エミライ)

山崎健太郎