レビュー

ロスレス聴き放題の「Deezer HiFi」上陸。CD音質のストリーミングで音楽生活は変わる?

 2017年末に、“ロスレス再生”の看板を引っさげて日本上陸を果たした「Deezer(ディーザー) HiFi」。平たくいえば、CD相当の音質で楽しめるサブスクリプション型(定額)音楽配信サービスだが、なにぶんロスレス再生対応のストリーミング配信は国内初であり、既存サービスと同一には語れない。その全容を紹介しつつ、対応機器を使って実際に聴いた音質や使い勝手についてお伝えしたい。

日本初の「ロスレス」ストリーミングサービス

 現在、音楽配信サービスは「ダウンロード型」と「ストリーミング型」に大別される。日本レコード協会(RIAJ)が四半期ごとに発表している有料音楽配信売上実績によれば(2017年第3四半期)、ダウンロード型/ストリーミング型の比率がそれぞれ47%、46%と拮抗しており、ついにストリーミング型の比率がダウンロード型に追いついた形だ。米国音楽市場では、2015年にストリーミング型の比率がダウンロード型を上回っており、国内市場もこれに追随することになるのだろう。

 拡大傾向にあるストリーミング型音楽配信サービスだが、その利便性だけでなく、「音質」という基準でも注目の動向がある。非可逆圧縮フォーマット(ロッシー)の音質に飽き足らず、44.1kHz/16bitのリニアPCMというCD品質を損なうことなく、リスナーの耳へ届けられる可逆圧縮フォーマット(ロスレス)を採用する動きだ。定額制においては曲数が選択の重要な基準となるが、音質でも訴求しようというわけだ。

 今回取りあげる「Deezer」は、2007年設立のフランスDeezer社が185カ国で展開する定額制音楽ストリーミングサービス。取り扱い曲数は4,300万曲以上(CD音質での配信は3,600万曲以上)と、他のストリーミングサービスに引けをとらない。日本では2017年12月に提供を開始、CDクオリティ・FLAC 44.1kHz/16bitのロスレス配信は「Deezer HiFi」というサービス名のもと、月額1,960円(税込)の料金で提供されている。

Deezerの操作画面(写真はオンキヨーDP-S1A)

 ロスレスのストリーミングサービスは、「TIDAL」の国内サービスインが噂されてきたが、結局Deezerが一番乗りを果たすこととなった。その実力、特にロスレスフォーマットでのリスニング体験がどれほどのものか、レポートする。

Deezer HiFiを利用するには

 Deezerは基本的には無制限聴き放題のサービスであり、本拠地といえる欧州では広告あり/曲スキップ制限あり/ビットレート最大128kbpsの「Discovery」を無償提供するほか、広告なし/オフライン再生対応/ビットレート最大320kbpsの「Premium+」を月額9.99ユーロ、そこに6アカウント利用権をくわえた「Family」を月額12.99ユーロで提供している。一方日本でそのような区分はなく、Premium+相当機能にロスレス再生を加えた月額1,960円の「Deezer HiFi」のみの展開だ。

 Deezer HiFiのロスレス再生を楽しむには、対応機器が必要。2018年2月時点で正式対応をうたう国内製品は、オンキヨーのポータブルオーディオプレーヤー「DP-S1A」と「DP-S1」(ファームウェアアップデートが必要)、パイオニアのプレーヤー「XDP-20」と「XDP-30R」(ファームウェアアップデートが必要)」、ヤマハのMusicCast対応製品(一部を除く)となる。ヤマハを例にすると、サラウンドシステムの「デジタル・サウンド・プロジェクター」やAVアンプ、ネットワークレシーバなど幅広いジャンルで30を超える製品を対応させており、製品を購入済のユーザーも、アンケートに答えることで3カ月分の無料トライアルコードをもらえるなど、かなりの力の入れようだ。

オンキヨーのDP-S1A
ヤマハのMusicCastとDeezer HiFiが連携

 ロスレス再生はWindows/macOS対応の専用ソフト「Deezer Desktop」でも楽しめる。現在のところベータ版という位置付けであり、オフラインモード(デバイスにダウンロードした楽曲の再生)がサポートされないなど開発途上の部分も見られるが、後述するMP3のアップロードといったPCならではの機能も利用できる。

Deezer Desktop(画面はMac版)

 スマートフォン/タブレット向けには専用アプリが提供されるが、再生はロッシー(MP3/最大320kbps)となる。ただし対応デバイスは充実しており、iOSとAndroid OSのほか、Windows Phone 8とBlack Berryもサポートされる念の入りようだ。スマートウォッチもApple WatchとAndroid Wearを利用できるから、場所を選ばず再生できるという点ではSpotifyなど競合サービスに引けをとらない。

 Webブラウザの利用も可能だが、こちらも再生はロッシーのみだ。macOS版Safariで確認したところ、再生にはHTML5を利用していた。フォーマットは明示されないものの、最大320kbpsとあるからスマートフォン/タブレットと同じMP3と推定される。気軽に利用できるが、どちらかといえばDeezer Desktopが用意されないOS(Linuxなど)向けだろう。

Webブラウザでも再生できるが、圧縮音源(最大320kbps)となる
スマートフォンアプリも用意されるが、現在のところロスレス再生には対応しない(画面はAndroid版)

 ほかにも、テレビやセットトップボックス、自動車(CarPlayやAndroid Autoを含む)など再生可能なシステムはかなりの数にのぼる。前述したオーディオメーカーとのタイアップや上陸当初からロスレス再生をサポートしたことをあわせると、日本市場に対する考えかたがうかがえる。

ロスレス再生をポータブルプレーヤーやパソコンで聴く

 ロスレス再生のテストは、オンキヨーのハイレゾ対応小型オーディオプレーヤー「rubato DP-S1A」とパソコン(MacBook Air/macOS High Sierra)+ Deezer Desktopで実施した。どちらのデバイスもネットワークへの接続にはWi-Fi(IEEE 802.11ac/5GHz帯)を使用、Googleのスピードテストで下り20Mbps以上となる場所で視聴している。

DP-S1Aにイヤフォン「AZLA」(2.5mmバランスケーブルに換装)を接続して試聴した
Deezer Desktopでは「HiFi」を選択するとロスレス再生になる

 DP-S1Aには、Deezer HiFi対応のアプリがプリインストールされている。同じオンキヨー製のDAPでは、前モデルのDP-S1も対応するが、ファームウェアアップデートが必要となるため導入のハードルはやや高くなる。

 アプリを起動すると、Deezerの特長といえるお勧め曲を流し続ける機能「Flow」のほか、「Deezerピックアップ」や「チャート」などの項目が目に入る。画面トップに表示されることからわかるように推しは「Flow」で、日本市場で先行するSpotifyやApple Musicと同様、レコメンドシステムを用意して"ユーザが気に入りそうな曲"を流し続けるリスニングスタイルだ。

ユーザーが気に入りそうな曲を流し続けるリコメンド機能「Flow」

 Flowで勧められた曲を再生中に画面右下のボタンをタップし、現れた画面で「ハート」ボタンをタップすると好みの曲として次回以降の選曲に反映され、「ハート」に斜線が入ったボタン(Deezer Desktopでは「×」ボタン)をタップすると、その曲は次回以降表示されなくなる。

 再生ソフトウェアは実装に依存するようで、DP-S1Aではアップサンプリングも可能だ。再生中にアルバムカバー右下にある「…」をタップすると、現在再生している楽曲のフォーマット(FLAC 44.1kHz/16bit)とともにいくつかのボタンが表示される。そのうち画面中ほどにある「|||」をタップすると、最大192/176.4kHzへのアップサンプリングと32bitへのビット拡張を行なうオプションが現れる。なお、デスクトップ版/スマートフォン版アプリにこのようなオプションは見当たらない。

FLAC 44.1kHz/16bitを再生していることがわかる
DP-S1Aでは、再生時にアップサンプリングやビット拡張も行なえる

 音質評価にはDP-S1Aを利用した。ファイル再生(microSDに保存した同じアーティストの同じ楽曲、フォーマットも同じFLAC 44.1kHz/16bit)と聴き比べる形で試聴したが、筆者個人の感性評価で言う限り、音質的にはほぼ同水準と言っていいだろう。たとえばシンバルのシズル感、アコースティックギターのサスティーン描写の生々しさはロスレス再生ならではで、MP3などロッシーの再生音とは明確な差がある。圧縮音源で気になりがちな低域の歪み感/ノイズ感も格段に減り、直接CDを再生した時と近い印象だ。

 なお、デスクトップ版アプリ(Deezer Desktop)には、「Smart Cache」というストリーミングデータをストレージ(1~10GBで可変)に一時保存する機能が用意されている。この機能は、次に再生する予定の楽曲データを先読みして再生を安定化するほか、繰り返し再生する楽曲データを何度もダウンロードせずに済ませる効率化の目的も果たす。DP-S1Aにこのような設定項目は見当たらないが、Deezerの開発資料を眺めた限りでは内部で同様のキャッシュ処理を行なっているはずで、ファイル再生と遜色ない音質はここにも理由がありそうだ。

「Smart Cache」により、再生品質を安定させることができる

 ただし、DP-S1AのWi-Fi接続性はやや厳しい。Macでは余裕で再生できる信号強度(RSSI-76dBm前後)でも、DP-S1Aでは信号が途切れてしまいがちで、リスニングポジションを選ばざるをえなかった。オフラインモードに対応しないこともあり、屋外で聴くときにはWi-Fiアクセスポイントの近くに陣取るなど、運用のノウハウが必要になりそうだ。

オンキヨーのスマートスピーカー「P3」でも、DTS Play-Fi対応アプリ「Music Control」からDeezerを選択できる

音質は満足。オフライン対応が今後のカギになる?

 サブスクリプション型音楽ストリーミングサービスとして欧州では高い知名度を持つDeezerだが、ここ日本では最後発であり、「ロスレス再生」を金看板として掲げるのは必然だったのかもしれない。他社のストリーミングサービスも320kbpsという高ビットレートとはいえ、それなりの環境で再生すればロスレス音源とのクオリティ差は歴然、今回のテストでも音質に関しては文句なしに他社サービスを凌駕した。

 しかし、気になった点がいくつかある。ひとつはポータブルプレーヤーで「オフライン対応」ができていないこと。ここ数年で家庭のWi-Fiは高速化が進み、1曲/10MB程度であれば数秒でダウンロードは完了するほどだが、ポータブルオーディオでの利用を前提とすると、再生時にWi-Fi接続必須という条件は厳しい。スマートフォンでテザリングしたり、ポータブルWi-Fiルータを使うという手もあるが、今度はパケット代の負担が大きくなる。

 スマートフォン対応の改善も喫緊の課題だろう。再生用アプリは提供されているが、音源はMP3/最大320kbpsとなってしまうからだ。オフライン対応はあるが、これではロスレス再生のメリットが活かせない。Bluetoothで聴くぶんには大差ないのでは、という声も聞こえてきそうだが、Android 8.0から「LDAC」(最大96kHz/24bit)と「aptX HD」(最大48kHz/24bit)がOS標準のコーデックとしてサポートされるなど、状況は変わりつつある。

 一方ホームAVでは、良好な状態でのインターネット接続は必須となるが、直接AVアンプやネットワークレシーバーでロスレス再生できるため、NASを用意したりという面倒さがない。自分好みのジャンルがDeezerで充実していることが大前提ではあるものの、CDからリッピングする手間をかけずにほぼ同品質の音源が聴き放題なのだから、毎月CD1枚程度の費用はむしろリーズナブルだ。他社サービスがロスレス再生を始めない限り、Deezer対応製品を指名買いする消費者は増えることだろう。

機器別の現状

ロスレス(FLAC)再生
・パソコン(Deezer Desktop)
・対応の据え置きAV機器/ポータブルプレーヤー

ロッシー(MP3)再生
・スマートフォン(Deezerアプリ)
・パソコン(Webブラウザ使用)

 ところで、MP3限定となるが、Deezerには楽曲アップロード機能がある(Web/デスクトップアプリのみ)。Google Play Musicでも同等のサービスが実施されており、Deezerの最大2,000曲に対しGoogle Play Musicは最大5万曲、しかもGoogleアカウントさえあれば無償で使える。Google Play Musicは、楽曲をアップロードするとFLACやWAVでも所定のフォーマット(MP3)に自動変換してくれるが、Deezerにそのような機能はないため、MP3に変換済の楽曲を選ぶしかない。残念ながら、楽曲アップロード機能に関しての比較ではGoogle Play Musicの圧勝だ。

Deezer DesktopまたはWebブラウザから操作すると、MP3を最大2,000曲アップロードできる
Deezerはデベロッパー向けに開発キットやAPIを公開、マルチプラットフォーム対応を進めている

 国内初のロスレス再生対応音楽ストリーミングサービスは、音質という点では満足できるものだった。しかも、「Flow」による新しい音楽との出会いがCD相当の音質で始まるのだから……。AM放送で初めて聴いた曲よりもFM放送で出会った曲のほうが鮮烈な記憶が残ることは、“エアチェック世代”ならば肯けるはず。もっとライトな層に、音質のみでリーチするのは難しいかもしれないが、Deezer HiFiのメリットである「同期/ファイル転送不要で圧縮音源より明らかに良い音」で聴ける点を活かしつつ、今後も操作性向上や対応機器の拡大などを続け、音楽体験の向上にひと役かう存在になってほしいものだ。

海上 忍

IT/AVコラムニスト。UNIX系OSやスマートフォンに関する連載・著作多数。テクニカルな記事を手がける一方、エントリ層向けの柔らかいコラムも好み執筆する。オーディオ&ビジュアル方面では、OSおよびWeb開発方面の情報収集力を活かした製品プラットフォームの動向分析や、BluetoothやDLNAといったワイヤレス分野の取材が得意。2012年よりAV機器アワード「VGP」審査員。