レビュー

チューニング超楽しい、FAudio伝説のドライバ内蔵「Mezzo」を聴く

FAudio「Mezzo」

ちょっと高価なイヤフォンを買う時、お店で試聴する人が多いだろう。その時に、どんな音が聴こえたら「これにしよう!」と決めるだろうか。「低音が出る」とか「細かな音が聴こえる」とか好みは人それぞれだが、やはり様々な音楽に対応できる「ニュートラルな音」を選ぶ人が多いだろう。でも、売り場にあった、味のある、ちょっと特徴的な音のイヤフォンも気になって……どちらにしようか迷って、でもニュートラルを選んだ、なんて経験はないだろうか。

ニュートラルなイヤフォンと、特徴のある派手目なイヤフォン、2つ買って気分によって使い分けられれば理想的だ。でも、高価なイヤフォンを2個も買うお金の余裕はないから諦めるしかない……。というのが、今までの常識だった。しかし、それが変わりそうな新製品がFAudioから登場した。「Mezzo(メッゾ)」(日本国内100台限定/オープンプライス/実売約295,800円)というモデルだ。

結論から言うとこのMezzo、追加でもう1個買うどころか、3個、いや7個買ったよな気分になる“7変化イヤフォン”に仕上がっている。

ダイナミック、BAにピエゾドライバーまで搭載

ケースをオープン! さすが高級イヤフォン、収納もカッコよく、付属品も充実している

7変化の前に、仕様を見ていこう。ユニバーサルタイプのイヤフォンで、シェルの形状やデザインはカスタムIEMライク。緑と黒が織り込まれたデザインで、イヤフォンではあまり見ないカラーリング。「なんとかエナジー」的なドリンクを想像するが、なんと正解のようで、「有名なエナジードリンクからインスピレーションを得たもので、日夜努力する人々を応援したいという気持ちが込められている」そうだ。これは非常に面白い。

FAudio「Mezzo」
「有名なエナジードリンクからインスピレーションを得たもので、日夜努力する人々を応援したいという気持ちが込められている」カラーリング

気になる内部のドライバーだが、これも面白い。

低域用にダイナミック型×1、中高域用にBA(バランスドアーマチュア)×1と、ここまではよくあるハイブリッドだが、さらにフルレンジ用のBA×1と、同じくフルレンジのダブルレイヤーピエゾドライバー(圧電素子型ドライバー)まで1基搭載している。

このイヤフォンは、エレキギターの「ストラトキャスター」からインスピレーションを受けて作られたもので、ピエゾドライバーは、エレキギターのセミホロウボディからヒントを得て搭載したという。セミホロウというのは、ギターのボディ内部を全部空洞(フルアコ)にするのではなく、その中心部分に木材を配置し、空洞の部分が少なくなった構造の事だ。

ここから着想を得て、セミホロウ構造のボディがもたらす“微振動効果”を再現するために、ダブルレイヤーピエゾドライバーを搭載したという。これにより、イヤフォン全体の音の立ち上がりの速さ、音の響きが高められたという。まぁ、言葉だけではイマイチイメージがつかめないので、これはあとで聴いてみよう。

ピエゾドライバーにばかり注目しがちだが、実はこのイヤフォンは低域用のダイナミック型がスゴい。ポータブルオーディオファンの人には、FAudioと言えば名機「Major」というイメージをお持ちかもしれないが、あのMajorの心臓部と言える10mmのダブルレイヤー振動板のダイナミック型ドライバーを移植している。配置など物理的な部分を精密に調整して、低域のみに注力させることで「低音域のスピードや質感などすべてにおいて優れた性能を発揮している」とのこと。

FAudioの名機「Major」

さらに、ダイナミック型のためにTriple Built-in Acoustic Chamber(T.B.A.C)という三層構造のアコースティックチャンバーも内蔵。ダイナミックドライバー特有の周波数特性の不安定さや過剰な空気の流れを適正にして、ドライバーのエネルギー効率を向上させるそうだ。これは聴いてみるのが楽しみだ。

これらのドライバーに、前述の通り、中高域用BAと、フルレンジBAを組み合わせた、かなり凝ったドライバー構成になっている。各ドライバーの性能を発揮するために、Ture Crossover Technology(T.C.T)というクロスオーバー技術を投入。フルレンジBAを通して周波数帯域のクロスオーバーポイントを補正する事で、間違った位相や歪を発生させずに、スムーズに各周波数帯域を繋ぎ、音のまとまりを生み出すという。

イヤフォン全体の周波数特性は12Hz~60kHzで、入力感度は108dB@1mW。インピーダンスは20Ω@1kHz。

音を大胆にチューニングする「Personal Tuning Control」

Mezzo最大の特徴と言えるのが、音を変化させる「Personal Tuning Control」機構だ。

先程、「ストラトキャスターからインスピレーションを受けて作られたイヤフォン」と書いたが、ギターにもチューニング機構が搭載されている。MezzoのPersonal Tuning Controlは、ストラトキャスターのピックアップのトーンコントロールやスイッチデザインをヒントに、再生音に様々なサウンドキャラクターを持たせる機構として作られた。

鍵となるのが、先程紹介したクロスオーバー技術の「T.C.T」とフルレンジのBAだ。回路とT.C.Tを連携させて、フルレンジBAを制御することで、周波数帯域を補正するのだが、その能力を使い、周波数全体の線形性を変えつつ、様々なチューニングにした場合でも、音の滑らかさとコヒーレンスを維持するという。

音を変化させる「Personal Tuning Control」機構

この開発にはかなりの苦労があったそうで、従来のスイッチ回路のメカニズムでは、すべてのチューニングの位相や周波数特性全体に影響を与えてしまう事がわかり、それを防ぐために、長期間のテストと調整を繰り返す事で、「音楽の種類に合わせて音を変化させる機構を完成させた」という。

付属のピンで、ディップスイッチを操作して音を変化させる

最初から4.4mmバランス入力を採用

高級モデルだけあり、付属品もハイクオリティだ。Tone Master Shieldと呼ばれる専用のアップグレードケーブルが最初から付属しており、芯線には黄金比率を採用たという日本製のUPOCCクリスタル銅導体を採用。それに銀メッキを施し、撚り合わせている。各芯線の外層には純銀性のシールドを施し、対電磁場能力を高めたそうだ。医療グレードのソフトPVCジャケットで保護する事で、ケーブルワイヤーの酸化も軽減している。

Tone Master Shieldと呼ばれる専用のアップグレードケーブルが最初から付属

内部も最高級のHi-Fiオーディオ用のハンダを使い、専門の技術者がハンダ付けしているそうだ。ちなみにこのハンダは、Mezzo本体の内部配線にも使われている。

入力端子は4.4mmバランス

ケーブルの入力端子は4.4mmバランス。端子部には最新のCNCメタルパーツが使われている。イヤフォンとの接続部分は2ピン。ケーブルの長さは約120cmだ。

イヤフォンとの接続部分は2ピン

イヤーピースはFA Premium+ EarTips(FA Vocal+、S/M/L)、FA Instrument+(S/M/L)、FA Foam×1)が付属。キャリングケースなどもついてくる。

各種イヤーピースを付属する

圧巻の空間表現と低域、そして“まとまりの良さ”

プレーヤーは、Astell&KernのハイエンドDAP「A&ultima SP2000T」を使用

では聴いてみよう。プレーヤーは、Astell&KernのハイエンドDAP「A&ultima SP2000T」を使用し、アンプはオペアンプモードを選択している。

まずは、なんのスイッチも操作しないニュートラル状態で、「M八七/米津玄師」をハイレゾで再生する。

夜空を見上げるような楽曲だが、音が出た瞬間に、夜空の高さまで感じるような空間表現に圧倒される。その広い空間に、米津玄師のボーカルが立ち昇るように広がっていく、そして荘厳なストリングスの低域がグワーッと下から押し寄せてくる。1分も聴かないうちに、このイヤフォンがタダモノではない事がわかる。

この楽曲では、途中に低音が「ドドドド」と歯切れよく連続で登場するシーンがあるが、低域の量感が凄くて、耳で聴いているのに、肺を上から圧迫されたような迫力を感じて、息がつまるような錯覚を覚える。

続きて「藤井風/まつり」を再生したが、こちらのベースラインも凄い。「ズシーン」「グォーン」と地に響くほど深く沈み込むのだが、低音が震えて広がるだけでなく、その中心部に、芯のような硬い音があり、それが「ズシーン」という音が響いている中でも、「コツコツ」と非常にタイトなカタマリとして存在しているのが音でわかる。イヤフォンでこんな低音は、なかなか聴いたことがない。さすが名機Majorのドライバーを移植した低域だ。

低域の凄さに耳が慣れてくると、今度は中高域の凄さと、低域を含めた“まとまりの良さ”にも気がつく。

例えば『SPY×FAMILY』のエンディング主題歌「星野源/喜劇」のような楽曲を聴くと、肉厚なベースが、ダイナミック型らしい自然でウォームな音色で再生され、とてもゆったりした気持ちになる。

だが、途中で入ってくるエレクトリック・ピアノや、サビのコーラスなど、高い音の音色も、ダイナミック型と同様にウォームなのだ。普通、BAとダイナミック型を組み合わせたハイブリッドでは、ドライバーユニットの方式の違いが音にも出て、低域と高域で音色が変わり、高音が硬く、金属質な響きになったりするのだが、このイヤフォンは、まったくそれが無い。

この自然な音の中高域は、ウォームな音色のまま、ダイナミック型ではなかなか出せない、超高解像度で描写される。これはかなり凄い。中高域用のBA活躍するだけでなく、ピエゾドライバーがイヤフォン全体の音の立ち上がりの速さ、響きを高めているそうなので、その効果もかなりあるのだろう。見事なチューニングと言うほかない。

細かい話をいろいろ書いているが、実際に音を聴くと、低域から高域まで全体のまとまりが良いので、「ドライバー構成が」みたいな難しい話はまったく頭をよぎらない。単に“メチャメチャ音が良いイヤフォン”として何も考えずに聴ける。これこそ“まとまりの良さ”の証拠だろう。

ちなみに、ピエゾドライバーを搭載しているから鳴らしにくい、なんてこともない。SP2000Tで、ボリューム値50~55程度で十分な音量が得られる。

音をチューニングしてみる

では、いよいよ目玉の「Personal Tuning Control」で、音をチューニングしてみよう。

付属のピンを使って3つのディップスイッチを上げ下げするのだが、3つ全て下がった状態がデフォルトというか“ナチュラル”状態。前述の音質評価はこのナチュラル状態で行なったものだ。

組み合わせとしては全部で以下の8通りがある。詳しくは下記の図の通りだ。

先程と同じ「藤井風/まつり」を聴きながら、あれこれとスイッチを触っているのだが、これが超面白い。この手のチューニング機構の搭載は、このイヤフォンが初めてというわけではないが、他の製品ではスイッチを操作しても変化の幅が小さく、「あれ? 音変わったの?」と首をかしげる製品も少なくない。

しかし、Mezzoの場合はもともとの情報量が多いためか、変化量が多いためか、この違いがわかりやすい。

試しに、全部のスイッチを下げた状態のナチュラルから、全部上げた状態の「ハイゲイン」に切り替えると、先程までのモニターイヤフォンライクな自然なサンドが、一気に派手目なノリノリサウンドになる。

低域から高域まで、1つ1つの音像がよりクッキリし、音圧も豊かになり“前へ前へ”と音が飛び出す力が強くなったように感じる。元気いっぱい、パワフルなサウンドになった印象で、「まつり」も気持ちがいいのだが、疾走感のあるロックや、打ち込み系でギンギンなアニメソングなどを聴くとバッチリハマる。これは聴いていて非常に楽しい。

一番右側のスイッチだけを下げた「1+2」に設定すると、中低域の印象は「ハイゲイン」と同じだが、高域の刺激が抑えられ、結果として低域よりの低重心な、ズッシリとしたバランスになる。ビートが響くようなヒップホップに向いた音に変化する。

一番左を下げて、その他を全部上げた「2+3」にすると、逆に低域のパワフルさはあまり目立たなくなり、相対的に中高域がソリッドになった事がわかる。ポップスやR&Bにオススメと書いてあるが、確かにそんなバランスだ。

面白いのは、真ん中だけを下げた「1+3」モード。いわゆる“ドンシャリ”に近いバランスになり、低域と高域がソリッドでパワフルになり、ドラマチックなサウンドになる。映画のサントラを聴くとか、ゲームを聴くにも良いだろう。派手ではあるが、“美味しいサウンド”で、これはこれで魅力的だ。

いずれのモードでも、電気的に音をいじっているわけではないので、変化後のサウンドに不自然さは無い。それでいて、変化量が小さ過ぎる事もなく、「あ、音が変わった」というのがしっかりわかる。これは楽しいのでぜひ体験して欲しい。

こういう機能は、あれこれいじった後で「やっぱりデフォルトがいいや」と、製品出荷時の状態から触らなくなる……というパターンが多いが、前述のように、変化後のサウンドが自然なので、積極的に使いたくなる。特に「1+3」や「ハイゲイン」は、常時この音だと派手過ぎると感じるが、胸にグッとくる音楽はこのモードで感動的に再生して、普段はナチュラルモードで使う……なんて、使いこなしもアリだろう。

個人的には、ダイナミック型が担当している低域が非常に良い音なので、一番左のスイッチだけを上げる「Low Boost」で、低域の旨味をたっぷり味わうチューニングが気に入った。

余談だが、イヤフォンのスイッチをチマチマとピンでいじっていると、まさに“趣味の時間”という感じで、ニヤけてしまう。

まとめ

FAudioの高級イヤフォン、それもMajorのダイナミック型ユニットを移植したというだけあり、基本的な再生能力の高さは市場でもトップクラス。聴いていてほとんど不満を感じさせない、まとまりの良さ、低域の分解能などは、“圧巻”と言っていいデキだ。

これだけでも注目に値するイヤフォンだが、追加で使えるPersonal Tuning Controlが本当に面白く、オマケどころか、この機能がMezzoの魅力を大きく高める事に成功している。

ニュートラルなサウンドの、いわゆる“優等生的な音”のイヤフォンだったのに、スイッチを操作しただけで「ちょっとハメを外しちゃうぜ」みたいな音に変化するので、冒頭で書いたように、追加でもう何個か、違うイヤフォンを買った気分になる。これは大きい。

高級イヤフォンを買っても、しばらく使うと飽きてきたり、不満を感じて買い替えたりするものだが、Mezzoの場合は、スイッチの操作で、そうした気分の変化に対応できる。その結果的に利用頻度が高まり、長期間愛用できるイヤフォンになるだろう。そう考えると、Personal Tuning Controlにはイヤフォンのコストパフォーマンスを高める効果もあると言えそうだ。

(協力:ミックスウェーブ)

山崎健太郎