レビュー

“音の良いTWS”の先へ。Proを超える圧巻サウンドNoble Audio「FoKus Mystique」

FoKus Mystique

“イヤフォン”と言えば“完全ワイヤレス(TWS)”を意味するようになりつつある昨今。多様化も進み、各社から高音質な高級モデルも登場するようになった。そもそも「便利なだけで音はイマイチ」と言われていたTWSに対して、「いや、音も良いじゃん!」と評価が変わるキッカケを作ったブランドが、Noble Audioだ。

現在もそうではあるが、Noble Audioはもともと有線の高音質イヤフォンを手掛ける、ガチな高級オーディオブランドだ。そんなNoble Audioが2019年に、“真逆”とも言えるTWS市場に突然参入。「FALCON」(発売当初の実売16,800円前後)というイヤフォンを発売。「あのNoble AudioがTWS!?」と驚かれるのと同時に、その音質の良さと、Noble Audioとしては非常にリーズナブルな価格が大きな話題となり、以降、ハイエンドなオーディオメーカーがTWSに参入する流れを生み出した。

Noble Audio自身はその後、2020年に「FALCON2」(同13,900円前後)、「FALCON PRO」(同26,900円前後)と、FALCONシリーズを進化・拡充。そして2021年に、バランスドアーマチュア(BA)とダイナミック型のハイブリッド構成となる高級機「FoKus PRO」(同49,500円前後)を投入。Noble Audioらしく、TWSでもハイエンド・サウンドを追求し、その高音質ぶりと、5万円近い高級TWSなのに「音が悪くなるから」とアクティブノイズキャンセリング(ANC)を搭載しない、オーディオメーカーらしい“こだわり”と“思い切りの良さ”で市場をあっと言わせた。

FoKus PRO

そしてまた、驚きのTWSが登場する。FoKus PROを超える後継機種「FoKus Mystique」だ。価格は58,300円前後と、FoKus PROより少し高価になったが、結論としては、FoKus PROのコンセプトをさらに突き進めつつ、使い勝手も良くなった、新たな“化け物TWS”になっている。

そもそも“FoKus”とはどんなTWSなのか

FoKus Mystique

前述のように、Noble AudioのTWSには初代から続く「FALCON」と、今回のFoKus Mystiqueも属する「FoKus」という2つのシリーズが存在する。価格だけ見ると「FoKusが上位シリーズで、FALCONが下位シリーズなんでしょ?」と思いがちだ。いや、価格だけ見ると確かにその通りなのだが、2つのシリーズはそもそものスタートラインが異なる。

簡単に言えば、FALCONは「音質の良いTWS」を追求したシリーズだ。そのため、音質は追求しつつも、TWS市場でトレンドとなる機能も盛り込んでおり、アクティブノイズキャンセリング(ANC)を搭載した「FALCON ANC」というモデルもラインナップされている。

対してFoKusは、Noble Audio製品の音質チューニングを担当する“Wizard”こと、ジョンモールトン氏が「Nobleの有線カスタムイヤフォンの中にTWS用のモジュールを組み込んだら、ワイヤレス化できるのかな?」と、半ば遊びで作ってみた試作機が誕生のキッカケとなっている。

つまり「いい音のTWSを作ろう」ではなく、「Noble Audioの有線カスタムイヤフォンをそのままワイヤレス化してみよう」という発想で生まれたのが、シリーズ初代機・FoKus PROだったわけだ。

Noble Audioの設立者であり、“Wizard”の異名を持つジョン・モールトン氏によるチューニングもFALCONの魅力

このコンセプトの違いと、進化の具合は、デザインを見るだけでわかる。FALCONと比べると、FoKus PROの外観は有機的で、より“カスタムIEMっぽい”フォルムになっているのだ。

左からFALCON PRO、FoKus PRO

そして、FoKus PROと新製品のFoKus Mystiqueを比較すると、さらに全体が丸みを帯びた形状になり、さらに有線のカスタムIEMに近い雰囲気になっている。また、フェイスプレートも、星が煌く星空のように、深い青とラメの光沢が美しい“Galaxy”デザインに変更。さらに高級感のある仕上げになっている。

左からFoKus PRO、FoKus Mystique
よりカスタムIEMっぽいフォルムになったFoKus Mystique

ユニットは、Knowles製BA×2と、8.2mm径ダイナミックドライバーを組み合わせたハイブリッドで、FoKus PROと同じだ。しかし、FoKus Mystiqueではジョンモールトン氏が新たに音質チューニングを行ない、音質にさらに磨きがかけられているのがポイント。Bluetoothの対応コーデックは、SBC、AAC、aptX、aptX Adaptiveだ。aptX Adaptiveは48kHz/24bitまでの対応となる。

要するにFoKusシリーズは、「TWSのトレンドはさておき、とにかく音質重視」なイヤフォンだ。FoKus PROが5万円近いTWSにも関わらず、ANCや防水などのトレンド機能を「音が悪くなるじゃん」と、一切搭載しなかったが、その“割り切り”はFoKus Mystiqueにも継承されており、ANCは非搭載。防水対応ではないが、Noble Audio CEOのジム・モールトン氏によれば「IPX4相当の性能はあると思う」とのこと。

ただ、機能面での進化は確かにある。

音質以外も大幅進化。マイクのクオリティは“別物”に

音質以外の強化点、それはマイクの改良とヒアスルー(アンビエントモード)の搭載だ。

前モデルのFoKus PROは、音質は高いものの、マイクと通話の品質が今ひとつという声がユーザーから寄せられたそうだ。FoKus Mystiqueはそこを大幅に向上させたという。

また、ANCは搭載していないが、マイクは備えているので、それを使って外の音を聴くヒアスルー(アンビエントモード)を追加した、というわけだ。

フェイスプレート部分に小さな穴が見えるが、これがマイクの穴だ

実際にマイクを比較してみよう。Pixel 6 Proに標準で搭載されているレコーダーアプリを使い、FoKus PROのマイクで喋った音と、FoKus Mystiqueで喋った音を録音したのが以下の動画だ。

FoKus PROとFoKus Mystiqueのマイク比較

その差は歴然。FoKus PROは声がこもっており、布団の中にいる人の声を聞いているようだが、FoKus Mystiqueはハッキリとクリアに声が集音されている。これならば、通話相手にも明瞭に声が届けられるだろう。

FoKus Mystiqueではヒアスルーモードも搭載された。「ANC無しで、ヒアスルーだけあっても便利なの?」と思われるかもしれないが、実際に使ってみると“アリ”だ。もともと、耳穴にフィットするサイズのイヤーピースを選べば、ANCが搭載されていなくても、外部からの騒音はかなり静かになる。

例えば電車の通勤で使ってみると、「ゴオオオ」という電車が走行する時に、車体の振動で発生する騒音も、FoKus Mystiqueを装着するだけで感覚的には7~8割低減される。「ウォオオン」というモーターの音も小さくなるので、音楽にしっかり集中できる。

「次は浜松町、浜松町」というような社内のアナウンスも、かなり小さくなる。ANCのように「アナウンスがあった事も気が付かなかった……」とはいかないが、音楽の世界に浸っている時に、アナウンスの声で現実に引き戻されるほどの力は無くなる。

逆に言うと、「あれ? いま、次の駅なんて言ってた?」と聞き逃してしまう。そんな時は、アプリから外音取り込みをONにすると、「次は浜松町」としっかり聞き取れる。ONにする事で、アナウンスの声の輪郭がしっかり耳に入るようになるので、言葉が聞き取りやすくなる。

アプリの下部に外音取り込みモードの切り替えがある
アプリの画面。操作ボタンの割り当てカスタマイズも可能だ
FoKus Mystiqueの付属品一覧。ダブルフランジのイヤーピースも付属する

FoKus PROとFoKus Mystiqueを聴き比べる

FoKus Mystique

音を聴いてみよう。気になるのは「FoKus PROからFoKus Mystiqueになって、どのくらい変わったのか?」なのだが、ユニット構成は、BA×2 + 8.2mm径ダイナミック×1と同じであり、再チューニングされたそうだが「そんなに変わってないのでは?」「マイクとかをブラッシュアップしたマイナーチェンジモデルでしょ」と思う人が多いだろう。ぶっちゃけ私もそう思っていた。

だが、FoKus PROを聴いたあと、FoKus Mystiqueに切り替えると「いやいやいや……え、なにこれ!?」と言うほど音が変わっている。もちろん“良い方に”だ。

実はこのイヤフォン、当初マイクを変更したマイナーチェンジモデルになる予定で、製品名も「FoKus Pro (なんとか)」になる予定だったが、カスタムIEMで人気となっているNobleのアイコニックな「Galaxy」デザインを採用して外観を一新し、チューニングもさらに進化させたことで、「FoKus Mystique」という名前が新たに付けられたそうだ。

ジャズボーカル「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を聴く。もちろん、FoKus PROの音は素晴らしく良い。もともとTWSとしては最上級のサウンドであり、ワイドレンジな余裕を感じさせる再生能力、ハイブリッドでも低域から高域まで音の質感は統一されており、ナチュラルで高解像度な音が楽しめる。ある意味「これで十分」といえる音だ。

FoKus PRO

しかし、FoKus Mystiqueに切り替えると、音が広がる空間がブワッと拡大し、その広々とした空間に、キチッと音像が整理されて展開する。あまりの違いに「え、ドライバ構成同じだよね?」と戸惑ってしまうほどだ。

これを一度聴いてしまうと、FoKus PROは狭い空間に、音が押し込まれているように聴こえてしまう。そんな状態でも、豊かな低域に埋もれない中高域のクリアさや、それらの音像の背後に広がる空間描写はしっかり楽しめるので、悪くはない。悪くはないのだが、「部屋の壁なんてありませんよ」みたいなFoKus Mystiqueの広々としたサウンドを聴いてしまうと、「あああ! こっちの方がいい!!」と頭を抱えてしまう。

FoKus Mystique

楽器やボーカルが展開する空間が広いので、ふぅと一息ついて、全体を見渡して音楽を楽しめる。音と音のあいだにある空間もしっかりと広いので、個々の音の表情も見やすい。また、これはTWSで大事な事だが、“頭に音を詰め込まれている感”が少ないので、長時間聴いていても疲れにくい。

「手嶌葵/明日への手紙」のように、シンプルな楽曲だと、この違いがさらに鮮明だ。最初のピアノが中央より少し右に、その後で左奥にストリングスが出現するが、そうした楽器の距離感がFoKus Mystiqueではハッキリとわかる。

FoKus PROでは、ピアノやボーカルの口が近い。コンサートホールで例えるなら、客席のど真ん中より少し前の方というベストポジションがFoKus Mystiqueだとすると、FoKus PROは最前列から上半身を乗り出して、ステージにかぶりついているような感覚。

口の動きのリアルさ、楽器の演奏を覗き込むような“近さ”が生む魅力はあるのだが、ずっと聴いていると前のめりが疲れてきて、ちょっと椅子を引いて、全体を見渡したくなってしまう。

FoKus Mystiqueは、楽器やボーカルに近い“ダイレクト感”は減るのだが、「味気ない音になったかと?」いうと、そんなことはない。高解像度なサウンドで、情報量の多さは健在なので、口の動きに意識を集中させれば、リアルな口の動きが見えてくる。広角レンズで撮影しつつ、時折ズームしてボーカルだけに注目するような聴き方ができる。

もちろん、どちらのTWSも基本的な再生能力が高いので、FoKus PROでも満足感は得られる。最終的には好みの問題になると思うが、ピュアオーディオライクな、スピーカーに近いサウンドを求める人には、FoKus Mystiqueの方がマッチするだろう。

音場だけでなく、低域も進化している。もともとFoKus PROは量感と解像度が両立した低域再生が可能だったが、その深さや解像度がさらにアップ。音場だけでなく、低域の見通しも良くなった。ジム・モールトン氏も「Noble Audioの有線イヤフォンと比べても遜色ない、あるいは部分的には優っている」と語るクオリティだ。

なお、前述の専用アプリを使うと、ユーザーの聴力に合わせたパーソナライズ化も可能だ。測定をスタートすると、低い音から高い音へと、順番にブザーのような音が聞こえ、その聞こえた回数のボタンをタップするという仕組み。測定が完了すると、聞こえにくい帯域を補正するようなイコライジングカーブが得られる。イヤーピースが自分の耳にフィットしているか、密閉がちゃんとできているかを確認する意味でも測定すると良いだろう。これ以外にも、プリセットでクラシック、ジャズ、ポップといったモードも用意されている。

ユーザーの聴力に合わせたパーソナライズ化も可能
クラシック、ジャズ、ポップといったイコライジングのプリセットも備えている

FoKusシリーズの確かな進化モデル

FoKus PROからFoKus Mystiqueへの、音の進化の幅は大きい。初めてFoKusシリーズを聴く人だけでなく、FoKus PROユーザーも、この音は一度体験した方がいい。大きな違いに驚くだろう。

“音質特化の割り切りTWS”という姿勢を維持しているのも、オーディオブランドらしくて小気味良い。それでいて、マイク性能という、「そうは言っても電話する時にも使うよね」という最低限の機能をブラッシュアップしたのも評価できる。

そういった意味で、FoKus Mystiqueは「高音質TWS」という世界をさらに一歩先へ進めつつ、現実的な使い勝手も良くした。確かな進化モデルと感じられる。

FoKus Mystique

(協力:エミライ)

山崎健太郎