レビュー
有線イヤフォンは次世代へ。デュアルダイヤフラムBAで超進化、Campfire「Andromeda/Solaris」
2023年5月12日 08:00
人によって好みの機器が異なるのがオーディオ趣味だが、その中で、多くの人に長年支持される人気モデルがやがて“名機”と呼ばれるようになる。イヤフォンにも幾つか名機が存在するが、Campfire Audioの「Andromeda」(アンドロメダ)も、その1つだろう。
そんなAndromedaが劇的に進化した。結論から先に言うと、新ドライバー技術“デュアルダイヤフラムバランスド・アーマチュアドライバー”を活用しており、その音は、新モデルと言うより“次世代モデル”と言った方がいいほど、劇的な向上を遂げた。名前も「Andromeda Emerald Sea(アンドロメダ エメラルドシー)」(実売約184,900円)と、より美しい景色が浮かぶものになった。
これだけでも大きなトピックだが、この新ドライバー技術はハイエンドモデルにも搭載され、もう1つの名機と言っていい、あの「Solaris」(ソラリス)も進化。「Solaris Stellar Horizon(ソラリス ステラホライゾン)」(実売約339,800円)として、どちらも4月末に発売された。
そこで、より手が届きやすいAndromeda Emerald Seaの進化具合をメインにしつつ、上位モデルSolaris Stellar Horizonのサウンドもチェックする。
そもそもCampfire Audioって?
ポータブルオーディオファン歴が長い人にはお馴染みかもしれないが、Campfire Audioについて簡単に振り返っておこう。
設立したのは、アメリカの“超”がつくポータブルオーディオマニアであるKen Ball氏。彼はもともと、ALO audioというブランドを率いて、ポータブルアンプやケーブルを手掛けていた。大の日本好きで(奥さんは日本人)、日本のポータブルオーディオイベントにも頻繁に参加。日本のマニアの意見もどんどん製品に取り入れ、その音の良さから多くのファンを獲得していた。
そんなKen Ball氏は、やがてケーブルやアンプに飽きたらず、自分で理想とするイヤフォン/ヘッドフォンを作ろうと決意。2015年に立ち上げたのがCampfire Audio。金属筐体や新しい技術を投入したイヤフォンを相次いで発表し、高い音質で話題となり、今では人気かつ定番のイヤフォンメーカーに成長した……というわけだ。
余談だが、Campfire Audioの登場当初は“高級イヤフォンを買ったらALOの良いイヤフォンケーブルまでセットでついてくる”という“コスパの良さ”も、人気の理由の1つだった。
そんなCampfire Audioの人気を確かなものにしたのが、今回メインとして聴くAndromedaだ。もともとは2016年にフラッグシップモデルとして、5基のバランスドアーマチュア(BA)ユニットを搭載して登場。それ以降も、何度かマイナーチェンジを繰り返して現在に至っているが、“BA×5基”という構成は変わっていない。
Andromeda Emerald Seaの進化点
新モデルAndromeda Emerald Seaは何が変わったのだろうか。
まずドライバー構成は“BA×5基”から変わっていない。進化したのは“BA自体”だ。Knowles製のデュアルダイヤフラムBAというドライバーを搭載している。これはその名の通り、1つのBAユニットの中に、2つのチャンバーを搭載したもので、1つ1つのチャンバーに、個別のダイアフラムやドライブロッドを収容している(駆動する磁気回路は1つ)。2つのチャンバーからの出力を組み合わせる事で、BAユニットとしての“小ささ”を維持しながら、今までよりも高出力が得られるのが特徴だ。
さらに、歪みが少なく、安定性と弾力性にも優れているそうだ。このデュアルダイヤフラムBAを、Andromeda専用に調整・カスタマイズしたものが、Andromeda Emerald Seaに搭載されている。
その搭載の仕方も豪快だ。1個や2個ではなく、低域用にカスタムデュアルダイヤフラムBA×2、中域用にカスタムデュアルダイヤフラムBA×1、高域用にカスタムデュアルダイヤフラムBA×2と、合計5基のBA全てをカスタムデュアルダイヤフラムBAに変更している。
特徴はこれだけではない。高域用のカスタムデュアルダイヤフラムBAには、「Tuned Acoustic Expansion Chamber(T.A.E.C)」という技術も投入。これは、BAユニットから音が出る部分に、3Dプリンターで精密に形成した小さな「アコースティックチャンバー(空気室)」を取り付けたもの。一般的なイヤフォンで使われる音導管では、その内部で発生する共鳴などが音に影響を与えるが、T.A.E.Cによって音導管に起因する問題を省けるわけだ。
なお、筐体内部に配置するチャンバーも3Dプリンターで作られているそうだ。
筐体はアルミニウム削り出しで、さすがCampfire Audioと唸る質感の良さ。角ばったデザインは今までのAndromedaと同じなのだが、Andromeda Emerald Seaでは、より細かな面が増加しており、全体の印象としては“より少し丸くなった”と感じる。既存モデルユーザーからの意見を取り入れ、装着快適性などを高めたとのこと。
確かに従来モデルと付け比べてみると、Andromeda Emerald Seaの方が耳に当たる部分がよりなめらかで、装着感・装着安定性もアップしていると感じる。今まで耳にしっくり来なくてAndromedaを諦めていた人も、Andromeda Emerald Seaを試す価値はあるだろう。
深いエメラルドグリーンの筐体カラーは、既存のAndromedaと同じ……だと思ったのだが、並べてみると、ほんの少しAndromeda Emerald Seaの方が色が明るく、より爽やかな印象になった。
また、従来モデルに存在していた筐体のネジも見えなくなっており、よりスッキリとした見た目になった。スパルタンな前の見た目も嫌いではなかったが、Andromeda Emerald Seaは高級モデルらしい気品を備えたと言えるだろう。
本体以上に進化が目立つのが、ケーブルだ。MMCX端子でケーブル着脱ができるのだが、Andromeda Emerald Seaは、新ケーブル「Time Stream Cable」が付属する。
導体は銀メッキを施した銅で、それが透けて見えるシースを採用。形状もきしめんのように幅広のケーブルとなった。明るくなった本体カラーと共に、ケーブルも明るい色になった事で、Andromeda Emerald Seaの“次世代感”に磨きがかかっている。
なお、この付属ケーブルは3.5mm、2.5mmバランス、4.4mm端子バランスの3種類が標準で付属している。いちいちケーブルを買い足さなくて済むのはありがたい。
従来のAndromedaとAndromeda Emerald Seaを聴き比べる
Andromeda Emerald Seaを聴く前に、既存のAndromedaを聴いてみよう。DAPはAstell&Kernの「A&ultima SP3000」を使っている。
ジャズボーカル「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生。一聴してわかるのが、バランスの良さだ。低域から高域までキッチリと出力され、特定の帯域が盛り上がったり、主張しすぎる事がない。アコースティックベースの量感は豊かだが、それが膨らみすぎて音像を埋もれさせたりせず、ボーカルやピアノの中高域もスッと聴きやすい。いわゆるモニターライクなバランスの良さで、曲を選ばない再生能力の高さを感じる。さすが名機と言われるだけある。
もう1つ素晴らしいのは、オールBA構成らしいスピード感。低域から高域まで、トランジェントが良く、キビキビした描写がキッチリと揃っている。ベースはパワフルでありながら、音の輪郭がシャープなので非常に聴いていて気持ちが良い。
それゆえ、「米津玄師/KICK BACK」のような疾走感のあるロックとの相性がバツグン。ゴリゴリのベースラインをシャープに描くだけでなく、その高解像度がボーカルやコーラスの高域までピチッと揃っている。自分の耳の性能が良くなったような、全てが見えるような聴こえ方で、ある種の快感を覚える。
一方で、不満点も無くはない。ダイアナ・クラールの歌声の余韻は、ある程度広がる様子がわかるが、「どこまでも広がる」ほど広大ではなく、音像も少し近めだ。また、低域もタイトで気持ちが良いが、もう少し沈み込みが深く、音圧にパワフルさがあっても良いかなと思う。逆に言えば、そのくらいしか文句がつけられない完成度だ。
では、Andromeda Emerald Seaに切り替えてみよう。なお、ケーブルは4.4mmのバランス接続にしている。
「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を再生。「デュアルダイヤフラムBAになったから、音圧がグッと出てパワフルな音になったのかな?」と予想していたのだが、音が出た瞬間に良い意味でそれを裏切られる。変わったのは音圧どころではない。空間の広さも、解像度も、音圧も、そして低域の深さも、あらゆる面が大幅に進化している。
一番最初に驚くのは空間の広さだ。ダイアナ・クラールの声の響きが、本当に遠くまで広がる様子がわかり、音場が広くなった事の開放感を感じる。近かったボーカルや楽器の音像が少し遠のき、音楽全体を見渡したり、その中にあるボーカルや楽器に意識を向ける……という聴き方ができるようになる。
この違いを据え置きのオーディオで例えるなら、「小さな部屋に設置したブックシェルフスピーカーを近い位置で聴いていた状態」から、「広い部屋に引っ越してフロア型スピーカーを聴いている状態」に似ている。これは進化であると同時に、ワンランク、いや、2ランクほどグレードの違いを感じる音だ。
面白いのは、空間が広くなっても細かい音が不明瞭にはならず、むしろAndromeda Emerald Seaの方がよりダイレクトに、細かい音が見えるようになる。ダイアナ・クラールの口の開閉だけでなく、その中を覗き込んでいるような生々しい声にドキッとする。
音楽を支えるアコースティックベースも、Andromeda Emerald Seaの方が圧倒的に深く、頭蓋骨にズシンと響くような芯のある低域に圧倒される。ベースの弦がブルンと震える様子が見えるソリッドさがありつつ、押し寄せるような音圧の豊かさもアップしている。
こりゃあヤバいなと思いながら「米津玄師/KICK BACK」を聴くと、もう気持ち良すぎてのけぞってしまう。BAらしいキレの良さを維持したまま、音の1つ1つが重く、押し寄せる力もアップしているので、ベースのカッコ良さが疾走感を通り越して、こちらに襲いかかってくるような迫力がある。
情報量が多いため、シンプルな楽曲でも進化の具合がよくわかる。例えば「Aimer/カタオモイ - From THE FIRST TAKE」では、歌い出しで吸い込む息の音が、明らかにAndromeda Emerald Seaの方がリアルで、細かい。あまりに生々しいので、収録現場の緊張感が伝わってくるようで、聴いていてドキドキする。
こうした鮮度感の良さ、情報量の多さは、イヤフォン自体の進化もさることながら、採用されている新ケーブル「Time Stream Cable」の効果も多くありそうだ。
Solaris Stellar Horizonの進化点
Andromeda Emerald Seaの進化具合を確かめたので、さらに上位モデルのSolaris Stellar Horizonも聴いていこう。
Solarisシリーズもこれまで様々な派生モデルが存在するが、今回のSolaris Stellar Horizonは、本流モデルの新機種となる。
ドライバー構成はBAとダイナミック型のハイブリッド。フルレンジとしてカスタム10mm ADLCダイナミックドライバー + ラジアルベント、中域用にカスタムデュアルダイヤフラムBA、高域用にカスタムデュアルダイヤフラムBA + T.A.E.C×2基を搭載する。
デュアルダイヤフラムBAについては、Andromeda Emerald Seaで解説したものと同じだが、Andromedaで搭載したものとまったく同じユニットではなく、Solaris用に調整・カスタマイズしたものとなる。
フルレンジ用のラジアルベント搭載、10mm径ADLCダイナミックドライバーは新開発のもの。ラジアルベントは、ドライバーを囲むように配置するパーツで、ドライバー周りの空間を物理的に増やす事で、「サウンドステージの表現力が高まり、ダイナミックドライバーの性能をより均一に発揮できる」ようになるそうだ。
筐体はステンレススチールからの削り出しで、ブラッシュド加工を施した。触るとツルツルとした質感だ。フェイスプレートは抽象化された星図をデザインしたそうだ、レーザーカットされたブラックのアクリルに、ゴールドのPVD加工を施している。質感の高い筐体と組合わさり、イヤフォンというよりも、宝飾品のような雰囲気が漂っている。
耳に装着すると、装着感はとても快適。それもそのはず、サイズは今までのSolarisの中で最もコンパクトだとういう。ハイエンドイヤフォンは巨大なものが多いが、この耳への収まりの良さは高く評価したい。
ケーブルは着脱可能で、端子はMMCX。こちらもAndromeda Emerald Seaと同じく、Time Stream Cableが付属。3.5mm、2.5mm、4.4mm端子、3種類のケーブルが付属するのも同じだ。
Solaris Stellar Horizonを聴く
DAPは同じSP3000、4.4mmのバランス接続で「ダイアナ・クラール/月とてもなく」を聴く。
ハッキリ言ってAndromeda Emerald Seaの音が相当に良いので、「フラッグシップとは言え、Andromeda Emerald Seaを超えるのは簡単じゃないのでは」と思っていたのだが、音だ出た瞬間に、ちょっとショックを受ける。
あまりにも音場が広い。広大になったAndromeda Emerald Seaよりもさらに広く、まるで開放型ヘッドフォンを聴いているかのようだ。
さらに驚くのはスピード感。低域にダイナミック型を使ったハイブリッド構成ながら、低域から高域まで非常にハイスピードで、切れ込むような鋭さがある。
フラッグシップらしく、圧巻は低音の深さ。Andromeda Emerald Seaよりもベースの低音が深く、重く、地鳴りのようにズシンと響く。ダイナミック型だけあり、音圧の豊かさもSolaris Stellar Horizonの方が一枚上手だ。こんなに気持ちが良い「米津玄師/KICK BACK」を、今までイヤフォンで聴いたことがない。
Andromeda Emerald SeaとSolaris Stellar Horizonの大きな違いは、音色にある。Andromeda Emerald Seaは、あくまでナチュラルで色付けは少ない。対して、Solaris Stellar Horizonは筐体にステンレススチールを使っているためか、少し寒色寄りで、硬質なサウンドになっている。
これが悪いかというとその逆で、この硬質なサウンドがトランジェントの良さが掛け合わされると、ゾクゾクするほどスピード感のある音に聴こえる。中高域の鋭さもさることながら、深く沈む低域も、余分に膨らまずタイトでシャープ。平面駆動型の開放型ヘッドフォンを聴いているような気分にもなる。
音の傾向からすると、「女性ボーカルやアコースティックな楽器をウォームに楽しむ」イヤフォンではない。疾走感のあるロックやEDM、クラシック、映画サントラなど、低域のスピード感や、音場の広さ、微細な描写が必要となる楽曲を再生すると、敵無しの魅力を発揮するだろう。
“Campfire Audio次世代イヤフォン”の先駆け
余談だが、どちらのモデルも付属品が超充実しており、新レザーケース「Dimensional Folding Case」や、ケーブル用ケースも付属。さらにユニークなのが、パッケージで、本物のウッドボックスになっており、蓋を立てて、同梱する小さな“手のフィギュア”を差し込むと、イヤフォンを飾るディスプレイスタンドとして使えるようになっている。ポータブルオーディオイベントでCampfire Audioの展示を見た事がある人はピンと来たかもしれないが、“あの展示”を家で再現できるわけだ。音楽を聴かない時でも、インテリアとして飾れるというのは粋な計らいだ。
サウンド面ではカスタムデュアルダイヤフラムBAを軸に、ユニット・筐体どちらも大きく進化した。その“進化の度合い”は間違いなく今までのマイナーチェンジの比ではない。そういった意味で、Andromeda Emerald SeaとSolaris Stellar Horizonは、“Campfire Audio次世代イヤフォン”の先駆けになるモデルと言えるだろう。
どちらのモデルも、音がパワフルなだけでなく、細かな描写が非常に聴き取りやすくなっており、カスタムデュアルダイヤフラムBAの効果を実感できる。他の方式と比べると新鮮味が薄れていたBAだが、“BAはまだまだ進化できる”事を実証したイヤフォンでもある。
2機種がマッチするユーザー像を考えると、楽曲を選ばず、どんなソースでもキッチリと再生するモニターライクなイヤフォンを求める人にはAndromeda Emerald Seaがオススメだ。ワイドレンジかつナチュラルな音で、多くの人が気に入るのは間違いない。登場したばかりだが“次世代Andromeda”としてCampfireの定番・人気モデルになるのは間違いないだろう。
そんな優等生的なAndromeda Emerald Seaに対し、その“先の個性”を求めるならSolaris Stellar Horizonだ。なんといってもヘッドフォンのような広大な音の広がり、ソリッドでゾクゾクするシャープさ、ダイナミック型らしい圧倒的な低域の量感・迫力などは、1曲聴いただけで「まいったなぁ」とニヤニヤしてしまう魅力に満ちている。30万円を超える高級機は、その音が何日も忘れられず、惚れ込んで買う価格帯だが、Solaris Stellar Horizonは間違いなくその魅力を備えている。
利便性の高い完全ワイヤレスイヤフォンも、高音質化しているが、Andromeda Emerald Sea、Solaris Stellar Horizonを聴くと、情報量の豊かさや、低域の深さ、量感などの面で有線の“格の違い”も見せつけてくれる。イヤフォンの進化がまだまだ止まらない事を実感できる、要注目の2機種だ。
(協力:ミックスウェーブ)