本田雅一のAVTrends

IFA特別編:企業間競争の号砲鳴る「フルHD 3D」

-先行するパナソニック、ソニーから各社に波及



 今年のIFA、AVベンダーに共通したテーマは、読者の多くも感じているように3Dだ。もし将来、振り返るならば、このIFAは3Dテレビを中心にした企業戦争が静かにスタートしたイベントと記憶されるだろう。Blu-ray対HD DVDのようなフォーマット戦争は起こらなかった(発生する以前に統一された)が、テレビのデジタル化、そしてフルHD化の後に続く企業間競争のスタート合図が鳴った。

 ソニーが展示会前々日の夜に2010年の3D製品投入を約束し、以前から積極的な3D技術を見せてきたパナソニックも「うちが一番乗り」と早期の製品化に言及している。昨年のCEATEC Japanでいち早く3Dプラズマディスプレイを展示。既存のBDプレーヤーのソフトウェアを書き換えただけのプレーヤーで再生させ、規格さえ完成すればいつでも商品を出せるというところをパナソニックは見せた。実際、1月のCESで開催されたプレスカンファレンスでは「2010年に製品を発売する」とアナウンスして周囲を驚かせている。

ソニーは52型BRAVIAでフルHD 3Dのデモパナソニックはアバターの共同プロモーションで3Dを訴求フルHD 3Dがパナソニック3Dのキーワード

 こうしたパナソニックに対して、ソニーは主に映像制作や映画館向けシステムの3D対応で実績を積み重ねてきている。3Dアニメーション映画の制作では、ソニーイメージワークスがナンバーワンのシェア(ディズニー作品のボルトを含む多くの3Dアニメが同社の制作)を誇るほか、4K2K SXRDプロジェクタを活用した3Dシステムが、大手映画館チェーンで採用を次々に決めているものの、家庭向けの3Dテレビに関しては黙して語らずを通してきた。それだけにソニーが2010年に3D分野でいくつかの製品(テレビ、レコーダ、VAIO)を投入するとコミットしたことは大きい。

 この2社が突出して3Dへの動きを早めているが、しかし、他社もこの動きに追従する姿勢を見せた。

 たとえばサムスンとLGは、それぞれプラズマディスプレイを用いた3Dディスプレイのデモを行なった。両社とも液晶メーカーというイメージが強いだろうが、プラズマパネルの生産も行なっている。理由はパナソニックが掲げた「3D フルHD」というキーワードへの対策である。

 パナソニックはBDの3D規格提案に際して、フルHD品位をそのままに3D化することに徹底的にこだわった。その経緯から、比較的容易に液晶テレビの3D化が行なえるが解像度の落ちるXpol(走査線ごと交互に円偏光の方向を変えたフィルムを前面に貼り付ける手法。3D時の縦解像度は半分になる)を用いた3Dディスプレイの展示を行なわず、応答速度の速いプラズマを用いてフレームシーケンシャル(左右の眼用のフレームを順次表示し、メガネ側の液晶シャッターを用いて左右の眼に映像を振り分ける方式)の展示を行なったものと思われる。

 というのも、パナソニックとソニーが積極的に家庭向けの3D映像規格策定や社内の技術、商品の3D化に向けた摺り合わせを行なっていたのに対し、他社は上記2社の動向をウォッチしながらの動きだったために出遅れた。パナソニックとソニー以外が、3Dテレビとその周辺技術を本機で整備し始めたのは今年も春以降になってからだった。

 このためソニーが展示したような、フレームシーケンシャル表示の3D液晶テレビの開発が間に合わなかったのだろう。言い換えると、液晶テレビでフレームシーケンシャルの3D表示を実現するのは、それだけ難しいということだ。左右の眼用の映像を順次切り替えながら表示するといっても、応答速度が遅く順次走査で画素を書き換えていく液晶パネルの場合、左右映像のクロストークを抑え込むのがとても難しい。無理に抑え込むと、今度は明るさを損ねてしまう。

 ソニーで3D技術を担当するオーディオ・ビデオ事業本部 事業開発部門長の島津彰氏は「液晶テレビでもフルHDの3D表示が十分に可能という見通しが立ったことで、コンシューマ向けの3D技術立ち上げにソニーも賛同し、パナソニックとともに規格策定などの準備を進めてきました」と話す。今年1月のInternational CESではXpolを用いた3Dテレビでデモンストレーションを行なっていたが「あくまで本命はフルHDと3Dの両立だった」と話す。

 「パナソニックが先行して展示会で技術を披露してきましたが、彼らの目的はプラズマの特徴を活かすことですから、フレームシーケンシャルによるフルHDの3Dを前面に押し出すとわかっていました。加えて3Dでリアリティが高まるのに、解像度が下がって、その部分での質は下がるというのは、技術の方向として間違っています。やはりフルHDは大前提で、その上に新たな要素を積み上げなければならない。Xpolを用いることも検討しましたが、最終的に解像度が落ちてしまう技術は提供すべきではないと考えました(島津氏)」

Samusungは、58型のフルHD 3Dテレビを参考展示

 さて、いずれにしろ103インチ3Dプラズマディスプレイの展示に始まった3Dテレビの話題は、パナソニック1社の戦略からソニーの事業戦略へと飛び火し、業界全体が3Dに向かうことは確実になってきた。それも、Xpolを用いたお手軽3Dではなく、駆動周波数を高めた上での解像度を落とさない3D化が前提条件だ。

 今回は3Dプラズマテレビの展示にとどまったが、韓国の2社が得意の液晶技術でフレームシーケンシャル型3Dテレビを開発しているのは間違いない(2社とも展示会などではフレームシーケンシャルの試作製品を見せている)。来年のInternational CESには、いずれも液晶技術でフレームシーケンシャル方式の3D表示を行なう試作機を持ち込むのではないだろうか。技術的には難しいが、ソニーのフレームシーケンシャル3D液晶テレビの出来具合が上々だったことから、彼らとしても解像度の落ちるXpolは採用しづらい。しかし、液晶パネルを自社で生産していないメーカーはXpol方式での3D化を見せるほかない。今回のIFAではビクターがXpol方式の3Dテレビを展示した。

 IFAでは3D関連の技術展示が無かった東芝やシャープも、今年1月には何らかの形で3Dテレビの展示を行なうことになるだろう。

LGの60型PDPもフレームシーケンシャル方式LGは液晶では偏光グラスを用いた3Dのデモを行なっていたビクターの3D展示
(2009年 9月 8日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]