藤本健のDigital Audio Laboratory
第790回

NutubeとDSDリマスタリングでピュアオーディオに挑む、コルグ「Nu I」
2018年12月3日 11:42
11月下旬、コルグからNu I(ニューワン)というUSB-DAC/ADC+プリアンプが425,000円で発売された。コルグはこれまでも「DS-DAC 10」や「DS-DAC 100」などのDSD対応USB DACは出していたが、Nu Iはより本格的なオーディオ製品として登場したモデルだ。また、コルグとノリタケ伊勢電子が共同開発した新世代真空管「Nutube」が搭載されているのも大きな特徴。DSD 11.2MHzの再生だけでなく、録音もできてしまうのもユニークなところ。
オーディオファン向けの製品にも見えるが、実はYouTubeなどの再生にも最適化しているというのもこの製品における面白いポイント。ここにはレコーディングエンジニア・マスタリングエンジニアであるオノセイゲン氏による「S.O.N.I.C.リマスタリング・テクノロジー」というシステムが使われているらしい。実際Nu Iとはどんなものなのか、見てきたので紹介しよう。
スタンドアロンでも動作するアナログモード搭載
Nu Iは、425,000円という値段からもわかる通り、楽器メーカーであるコルグが、オーディオ機器メーカーであると名乗りを上げた製品だ。特徴としては
- DSD 11.2MHzでの録音・再生に対応
- MM/MCカートリッジ対応のフォノ・アンプを搭載
- PCなしのスタンドアロン駆動が可能なアナログRIAA回路搭載プリアンプ
- 掛け録り/後掛け選択が可能なDSDフォノ・イコライザー
- Nutube HDFCの搭載
- S.O.N.I.C.リマスタリング・テクノロジーの搭載
- 最⼤4台による8トラック・マルチDSD録音を実現
などがあげられる。もちろん、開発の背景にはDS-DAC10など前身となるDSD対応USB DACの存在があるわけだが、そこで指摘されていた問題を解決する形で登場させたものが、今回の新製品なのだ。
Nu Iを開発した永木道子氏は「これまで多くのユーザーから寄せられていた、USBバスパワーではなく外部電源にしてほしい、後ろの端子をよりしっかりとしたものにしてほしい、バランスヘッドフォンへ対応してほしい、MM/MCカートリッジに対応してほしい……といった要望をすべて満たすように開発したのが、Nu Iなのです」と話す。
しかも単にユーザーニーズに応えるだけでなく、まったく新しいコンセプトなどもいろいろと盛り込んで作られている、もう少し具体的に見ていこう。
まずDS-DAC10やDS-DAC100などと異なるのは、USBオーディオ機器として使えるUSBモードがあるほか、スタンドアロンで使えるアナログモードを持っていること。ブロックダイアグラムを見るとわかる通り、レコードプレーヤーと接続した場合、USBモードではプレーヤーからNu Iに入ってきた音を、PCで処理してNuTubeを通して音が出てくるのに対し、アナログモードではフォノ・イコライザーをハードウェアが持つと同時に、その他の処理もPCなしに出せるようになっているのだ。
ただ、アナログモードであってもPCと接続するとPC経由の音も同時に出せる仕掛けになっているのもユニークなところだ。ここには高音質を実現するためのフル・ディファレンシャル回路、アナログ音質を重視したトロイダル・トランス電源を採用しているといった点も強調していた。
一方、このNu IにはプレイヤーソフトであるAudioGateが付属しているのだが、これがバージョンアップして「AudioGate 4.5」へと進化しているのも見逃せないポイント。これまでも録音機能を持つDS-DAC100R用に、ソフトウェア処理によるフォノイコライザーが搭載されていたが、今回のAudioGate 4.5ではそのバリエーションがさらに3つ増えた。
Eu78、Am78、Postwar78がそれだが、これらのフォノイコライザーを掛けた音で録音し、アーカイブすることも可能。とりあえず生の状態で録音しており、あとで再生時にじっくりさまざまなフォノイコライザーを試して聴き比べることも可能だ。ハードでこれだけのフォノイコライザーを揃えることは大変だが、ソフトだからこそできる新しい楽しみ方だ。
Nutubeで真空管のサウンドを楽しめる
もう一つオーディオファンにとって楽しいのは、Nu Iが真空管を使ったプリアンプであるという点。以前にも取り上げた蛍光表示管技術を応用した新しいタイプの真空管である、超低消費電力の「Nutube」を使っているのだが、さらに新開発で、現在特許出願中のNutube HDFCなる回路が使われているのだ。
HDFCとは“Harmonic-Detecting Feedback Circuit”の略で、「倍音抽出帰還回路」を意味する。3極真空管であるNutubeを使うことで、真空管特融の豊かな倍音が作れるので、オーディオとしての良さを発揮できているそうだ。これはヘッドフォン出力とライン出力の双方に有効だが、フロントパネルのノブを使うことで3段階の調整が可能。聴き比べたみたところ、それぞれで微妙にサウンドが変わってくるのも楽しいところ。まるで違うアンプを通したような音を、ノブの切り替えだけで楽しめるというのは、オーディオファンの心をくすぐるところではないだろうか?
様々な音源をDSDクオリティに“リマスタリング”
一方、個人的に一番楽しいと思ったのがオノセイゲン氏プロデュースのS.O.N.I.C.リマスタリングテクノロジーという技術。このS.O.N.I.C.は「Seigen Ono Natural Ideal Conversion」の略で、YouTubeなどの音楽ができる限りいいサウンドで聴こうという発想のもの様々な音源を、リアルタイム変換によりDSDクオリティに“リマスタリング”してNu Iから出力するという。
「DSDやハイレゾの新しい音源は出てきているけれど、なかなかいい音源がないのも事実です。SACDが登場したころは、機材が高かったこともあり、一流のエンジニア、プロデューサーによる名盤が多くありましたが、いまは状況が変わってきています。スペックがよければいい音楽というわけではないのです。一方、スペック面では劣るもののYouTubeなどネット上には希少で、素晴らしい音源が数多くあり、しかも誰もが簡単に、しかも無料聴くことができる時代になっています。でも、そのままパソコンで聴いても、なかなかいい音で鳴ってくれません。そこで、できる限りいい音で聴こえるように調整するのがS.O.N.I.C.リマスタリングテクノロジーなのです」とオノセイゲン氏は話す。
このS.O.N.I.C.リマスタリングテクノロジーは、Nu I本体に搭載されている機能ではなく、ドライバ内に組み込まれた機能。WindowsであればWDMおよびASIO、MacであればCoreAudioに直接組み込まれる形になっている。そのため、AudioGateに限らず、iTunesやWindows Media Playerを始め、各種プレーヤーソフトで利用可能だ。そしてNu I Control Panelというところで調整するものとなっている。ここにはプリセットが数多く用意されており、それらを選べば結構アグレッシブに音の雰囲気を変えられる。
このプリセットの100番台はレコーディング状態がいいものに対して使うものであり、わずかな味付けで変化を楽しめるというもの、200番台は結構アグレッシブに変えるもので、iTunesなどのEQのプリセットのように結構サウンドを変化させるタイプのものだ。そして300番代は特定の曲に向けてチューニングしたプリセットとなっており、何向けのものかは、プリセット名を見れば想像がつくようになっている。
例えば1985年に行なわれたLIVE AIDのビデオはYouTube上にも数多く残っているが、これをそのまま聴くのに比べ、プリセット320番を適用して鳴らすのでは、その迫力、リアル感が大きく変わってきて、すごく楽しめるのだ。いわゆるピュアオーディオとは真逆といってもいいほど違うアプローチのシステム。でもいい音楽をより良い音で聴きたいという人にとって、すごくハマるシステムだと感じられる。
このS.O.N.I.C.リマスタリングテクノロジーはバイパスもでき、その場合は11.2MHzのDSDへのアップサンプリングだけが行なわれる形となる。もちろん、ここでも音質の向上化を図るようにしているのだが、このプリセットを当てることで、これとはまったく印象の違うサウンドが飛び出してくる。さらにこの画面にあるL、CONSCIOUS、Hの3つのパラメータで、自分で音を調整できるようにもなっている。
「今回こだわったのはLとHの真ん中がMIDではなく、CONSCIOUSとなっている点。しいて言えばPRESENCEに近いところで、『自分の中で何を聴きたいか』を持ち上げるためのパラメータです。ただPRESENCEと特定の周波数帯であることをイメージさせてしまいそうで、そうしたくなかったんですよ。LとHは上下10dB動かせるようになっています。それぞれが何Hzなのか、カーブも公開はしてないですが、それぞれいい感じになるように調整ています」とオノセイゲン氏。どのプリセットを選ぶかによって、内部的な設定も変わってくるようで、3つのパラメータの意味も少しずつ変わってくるようになっている。
「プリセットとして用意されているものを、ぜひいろいろと試してみてください。やはり同じ時代のサウンドにはすごくマッチしたりするんですよ。たとえば320 LIVE AID 1985はPeter Gabrielの『Don't Give Up(ft.Kate Bush)』にマッチするし、303のHeart of Gold '71はJoni Mitchellの『Woodstock』にピッタリといった具合。自分でL、CONSCIOUS、Hのパラメータを調整した上でセットリストを作れるようになっているので、これを設定していくと楽しいですよ」とのこと。
気になるのは、ここで何をしているのか、という点。実際のところ中で動いているのはEQとコンプであり、その中心はEQのようだ。その意味では、Nu IやS.O.N.I.C.リマスタリングテクノロジーを使わなくても、できる人なら自分で設定してそれに近い音に加工することは可能。ただ、11.2MHzへのアップサンプリングと合わせた形で、より簡単に気持ちいい音を作り出せるという意味で、これがよくできているのだ。
「僕自身、仕事的にはハイレゾのマスタリングなどをしていますが、プライベートではYouTubeやSNSでネット上の曲を聴くことが多いし、それに夢中になっています。30年前にあるヨーロッパの放送局が流したライブであるとか、こんな音源があったのかと驚くような宝の山がいっぱいです。ただ、フォーマットはAACだし、そもそも録音状態が悪かったりはするんだけど、音楽としては素晴らしいものがいっぱいなんですよ。これをできるかぎりいい音に引き上げたい、という思いで作ったんですよ、『スペックで聴くな、音楽を聴け』ということですね」とオノセイゲン氏。
DSD 11.2MHzでの録音も可能
そしてもう一つ、オーディオ機器では珍しいNu Iの特徴がDSDのレコーディング機能。これを使うことで最高11.2MHzでの録音が可能だ。驚くべきは、Nu Iにはワードクロックの入出力が装備されており、これを4つ接続すれば計8トラックのレコーディングができ、8つのモノラルDSFファイルを生成できるのだ。ここで、思い浮かぶのがコルグのDSDのワークステーション「Clarity」だ。Clarityはあくまでもコルグ社内で使う機材であり、市販されていないが、DSDをマルチトラックで処理でき、編集できる数少ないシステム。Nu Iを4つ接続すればClarityに近いシステムが構築できるのではないか……と永木氏に尋ねてみたところ、答えはノー。
「Nu Iの録音機能はあくまでも、その音をDSD 11.2MHzで正確に記録するためのものであって、Clarityのような編集機能を備えたものではありません」とのこと。このレコーディングはAudioGate Recording Studioというソフトで行なっていく形で、確かにできるのは録音と再生のみ。いまあるアナログサウンドをできる限りいい音でアーカイブしていく、という目的で使うためのもののようだった。
以上、コルグのNu Iについて紹介してみたが、いかがだっただろうか?金額的に簡単に手が出せるものではないが、S.O.N.I.C.リマスタリングテクノロジー搭載に、11.2MHzのでのマルチトラックレコーディング機能など、気になる機能もいろいろ。今後どのようなユーザーが購入し、使っていくのかも気になるところだ。