藤本健のDigital Audio Laboratory

第800回

連載800回! デジタルオーディオと音楽制作、18年間の移り変わり

AV Watchが創刊した直後の2001年3月12日に、このDigital Audio Laboratoryの連載をスタートして、今回で第800回、ちょうど18年が経つ。毎週月曜日の連載で祝日は休載としたため、ハッピーマンデーで休みの多いこのコーナーは、水曜日連載の小寺信良氏の週刊 Electric Zooma!と比較すると90回の差が出ているが、よくここまで来たものだと感慨深い。

単純計算で第1,000回を迎えるのは4年以上先となるが、ホントにそこまでたどり着けるかも怪しいところ。そこで、このタイミングで創刊当時を振り返り、この18年間で何が変わって、何が変わってないのか、Digital Audio Laboratoryの的に3つのテーマに絞って考えてみたい。

CDはやっぱり今でもスタンダード

もともと、この連載は「デジタルオーディオのオカルト的な話を科学的に検証して、いい加減な迷信を叩いていこう」なんて思いでスタートさせたものだった。

当時、雑誌などでは「A社のCD-Rにコピーすると、高域がクッキリ出る」、「B社のCD-Rは中域が沈んでドンシャリになるけれど、海外メーカーC社のものだと、かなり音が劣化する」……なんてことがいっぱい書かれていた。もう少しもっともらしい話でいうと「シアニン系色素を使ったCD-Rは高音域がクリアに出て音の抜けがいい」とか「フタロシアニン系色素を使ったCD-Rは低音が強調されて図太い音がする」などというのもあり、そんなテーマのムック本なども出ていたくらいだ。

そこで、こうした怪しい話を叩き切ってやろうと、とっても軽い気持ちで引き受け、まあ10回程度の連載で終わるくらいのつもりでいたのだが、気が付いたら18年、800回も続けてしまったのが正直なところ。人生の1/3をAV Watchに捧げてしまったなんていうと大げさだが、ここまでくるとライフワークという感じ。では、そのオカルト潰しは簡単にできたのか、というと否だ。まだビットパーフェクトなんて言葉もなかった時代だったが、ビットパーフェクトを実証するところまでは早い段階でたどり着いたけれど、それで音が変わらないとは言い切れなかったのだ。

第1回:迷信だらけのデジタルオーディオ
【CDにまつわる噂を徹底的に解体!】

確かに「A社のCD-Rだと高域が強め」なんてカセットテープのような単純な話ではないことまでは分かった。けれどデジタルでのコピー結果がビットパーフェクト達成で同じだから音が変わらないとは断言できなかったし、実際自分でもメーカーの異なるCD-Rにコピーした際に音に違いが出るのを実感してしまっただけに、泥沼にハマっていったのだ。その当時に出した結論としては、下記の通り。


  1. CDメディアは再生時にエラー補正を行なうために、エラーが見つかるとサーボモーターが機能する
  2. サーボモーターの動きによって電磁波が発生し、オーディオ回路にノイズを誘導する
  3. その結果、CDの再生音に影響を与えることがある

つまり、DACを持たずアナログ回路のないCDトランスポーターなどはメディア(CD-R)が変わっても音質が変わることはない、というのが、ここでの基本的な結論。

ただCDプレーヤー関連でいえば、S/PDIFケーブルをオプティカル(光デジタル)とコアキシャル(同軸デジタル)で音が違うのか?その原因はどこにあるのか、外部クロック供給して本当に音が変わるのか、それはなぜか?……など検証しきれていない課題はいろいろ。デジタル技術が急速に進化している中、CD自体がこんなに長く使われ続けるとは思っていなかった。SuperAudio CDやDVD-Audioなんて規格が出てきた時代だったので、そちらに移行していくのでは…と期待もしていたのだ。DVD-Audioを自分で作成するためのソフトの紹介などもしたが、その後DVD-Audioは消え、SuperAudio CDもリリースは続いているものの一般的にはほとんど知られないまま、現在もCDの時代が続いているのはちょっと残念な気もする。

DVDオーディオの特徴(DVDオーディオプロモーション協議会の発表資料より)
DVDオーディオ作成が可能なソフトとして2002年に発売された「DigiOnAudio」

そのほか、一時期PCでリッピングができない「コピーコントロールCD」(CCCD)なんてものが登場。CD-R/MP3再生対応プレーヤーでは再生できないことなどもあって、問題になった。それを記事にしていたが、レコード業界が犯したもう遠い過去の失敗……といったところだろうか。

【特別編】AVEXにコピーコントロールCDについて聞く

連載開始の2001年はiPodリリースの年だった

この連載がスタートした2001年は、デジタルオーディオの世界においてはトピックス的な年でもあった。AppleがiPodを2001年11月にリリースしており、そこからポータブルプレーヤーは大きく変わっていったのだ。iPodが登場したときは、一般メディアも含め、それなりに騒がれていたが、実はDigital Audio Laboratoryでは当初まったく触れていなかった。

取り上げなかった深い理由があるわけではないが、1998年に韓国メーカー、SaeHan Information Systemsが発売されたMP3プレーヤー、mpmanを当初から使っていた。その後、1999年にDiamond Multimediaが発売したRio PMP300をすぐに買って、当時も使っていたから、iPodにあまり興味を持てなかったのが実際のところだ。確かRioは今も手元にあるはずと、先ほど探してみて電池を入れたら、ちゃんと動いてくれた

左からSDカード32GB、スマートメディア32MB、Rio PMP300、iPhone XS

久しぶりにスマートメディアを手にしてみたが、Rioに入っていたのが32MB。この辺はムーアの法則に従い、着実に進化してきたところといえそうだ。

いまやiPodもほぼなくなり、iPhoneに統合されてしまったのはご存知のとおり。競合である各社のAndroidスマホも、高音質を謳う音楽プレーヤー機能を装備し、ポータブルプレーヤーの中心はスマホへと変化していったわけだ。しかも、ヘッドフォン・イヤフォンの主流は、ワイヤードからBluetoothワイヤレスへと変化するなど、音楽の聴き方は大きく変化していった18年間だったように思う。とはいえ、元となる音楽ソースは44.1kHz/16bitが主流。要は、便利になったけれど、音質面は18年前と同じか、それ以下なのが実情というのが悲しいところ。もちろん、音楽配信の世界ではハイレゾがあるし、それに対応した高級・高性能なDACもいろいろ出ているのは確かだけれど、音楽市場全体で捉えれば、極めてわずかなマニアの世界というのが実際のところ。YouTubeで聴いたり、Spotifyのようなストリーミングがメインとなっているのを考えれば、CDよりも絶対的に低音質になってしまっているのは、寂しい限りだ。

ちなみに、このDigital Audio Laboratoryでは、MP3やAAC、ATRACなどなど、圧縮オーディオの音質検証はいろいろと行なってきた。ちょっと聴いた感じでは、あまり劣化しているとは気づないケースも多いけれど、波形で比較するとかなり違っていることがハッキリ捉えられるのは面白いところ。そのエンコーダーも、18年前と今では、同じMP3、同じAACでも微妙に進化していることはその後の検証で確認できたけれど、元のCD音質より良くなることは決してないわけで、今後は高音質化という方向にもう少し世の中が動くといいな……と切に願うところだ。

WAVEファイルそのままのサイズ(左)とMP3変換後(右)を比較(Windowsのプロパティ画面)

第9回:パッケージソフト全盛時代の「現代MP3事情」

DTMはMIDI音源の時代からDAW全盛に

では、音楽制作、DTMに目を向けると、この18年で何がどう変わってきたのだろうか?実はこれも連載がスタートした2001年あたりが大きなターニングポイントになっていたと思う。1990年代は、まさにMIDI音源全盛の時代であり、多くの人がRolandのSC-55mkIIやSC-88、またYAMAHAのXG音源などを購入して、使っていた時代だった。それが2000年になったあたりから様子が変わっていったのだ。パソコン通信の時代からインターネット時代に入っていったタイミングで、JASRACが著作権違反の取り締まりを強化させたこともあり、MIDI音源マーケットが一気に縮小してしまったのだ。

一方で第30回、第31回の2回で「2001楽器フェアに見るDTM最新動向」という記事を見てみると、CakewalkからSONARが登場し、SteinbergのCubase VST 5、emagicのLogic 5が展示されるなど、現在のDAWのベースとなるものはできあがっていた。この時点でエフェクトも音源もプラグインとして動作し、自由に拡張できるようになっており、音楽制作の主流は完全にDAWの世界へと切り替わっていったのだ。もっとも、その後emagicはAppleに買収され、SteinbergはPinacleを経てYAMAHA傘下に、そしてCakewalkはGibsonに買収された後にBandLabに移るなど、会社のほうは激変しているわけだが、システム的に見れば、現在のDAWは当時の延長線上にあるわけだ。

第30回:2001楽器フェアに見るDTM最新動向 Part1
第31回:2001楽器フェアに見るDTM最新動向 Part2

そのように捉えると、2000年ごろまでのRoland「ミュージ郎」に代表される第一世代のDTMと、2001年以降のDAWを中心とした第二世代のDTMでは、まったく異なる環境となっている。しかし、いまでもDTMというと、第一世代のことしか頭に浮かばない40代以上の人も少なくなく、DAW時代で育った30代以下の人たちと、話がかみ合わないケースが多いのは少し困ったところではある。

2001年の「ミュージ郎V6」

ちなみに第二世代DTMの時代に、大きく進化して盛り上がったのがYAMAHAのVOCALOIDだ。VOCALOIDの初期バージョンが発表されたのが2003年2月。その後、2007年8月に登場したVOCALOID 2そして初音ミクによって、一大ムーブメントが起こっていったのはご存知のとおりだ。

VOCALOID 2を採用し、2007年に発売された「初音ミク」

もちろんVOCALOIDだけでなく、サンプリング音源は18年の間にどんどん大容量かするともに、生音とまったく区別がつかないほどの高品位なものに進化していったし、物理モデリング音源も、PCの演算能力の向上によって、より高性能なものになっていた。同様にエフェクトもIRを使ったコンボリューションリバーブが当たり前になったり、高性能なモデリング技術で実現できるギターアンプが多数登場するなど、手軽に安価に、楽しいことがいろいろできる時代になっていったのだ。

ここ最近は、あまりドラスティックな変化がなくなりつつあるが、それでもここ2、3年でのAIを取り入れた技術進化は目覚ましいものがある。例えばAI歌声合成による人間ソックリな歌唱や、AIによる自動ミックスや自動マスタリングなど、従来とは明らかに異なる技術を用いた音楽制作へのアプローチ。4~5年先の第1,000回を迎えるころには、DTMもまったく異なる次元に進化しているのでは……とワクワクしている。

以上、Digital Audio Laboratory連載スタートしてからの18年間をざっくりと振り返ってみた。大きく変わってないようにもみえるけれど、やはりさまざまな進化をしてきているのも事実。これからも第1,000回を目指しながら、デジタルオーディオに関する実験を繰り返していこうと思っている。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto