【新製品レビュー】

背景が透けて見えるユニークHMDの実力は?

「なにに使うか」が問題。エプソン「MOVERIO BT-100」


MOVERIO BT-100

 これまで数多くの製品が発売されてきたヘッドマウントディスプレイ(HMD)だが、大きな市場を形成するに至ってはいない。しかし2011年は、ソニーが3D対応で有機ELデバイスを採用した「HMZ-T1」を投入し、その画質や3Dの再生品質などが話題を呼び、HMDへの注目度は高まっていると感じる。

 そんな中、エプソンが発売したのが「MOVERIO BT-100」というHMDだ。ただし、そのコンセプトはHMZ-T1とは全然違う。「頭に固定して、目の前に表示される映像を見る」という点では同じHMDというジャンルといえるが、HMZ-T1など多くの製品のように、「真っ暗に遮光し、大画面表示して、“迫力”、“没入感”を演出する」という方向の製品ではないのだ。

 MOVERIOは、目前に映像は表示されるものの、比較的小さく(仮想視聴距離5mに約80型相当)、メガネ部分を完全遮光していないため、投写される映像の先には現実の視界が広がる。イメージとしては「サングラスの中央に別の映像が映っている」という感じだ。画面と同時に周りの状況も確認できるこのHMDを、エプソンでは「シースルーモバイルビューアー」と名付けている。

 非常にユニークなこの「BT-100」。価格も直販で59,980円とHMZ-T1とほぼ同じだが、“何に使えばいいのか”が今一つわからないのも事実。今回このMOVERIOを体験し、その活用例を考えてみた。



■ やや大きなヘッドセットとAndroid動作のコントローラ

ヘッドセット部パッケージ

 MOVERIO BT-100は、ヘッドセット部とコントローラ部で構成され、専用のケーブルで接続。コントローラ部には内蔵メモリ(1GB)のほか、microSDメモリーカードスロットを装備。内蔵メモリ/microSDカードに記録した動画や音楽をヘッドセット部のディスプレイ/ヘッドフォンで楽しめる。同梱品は、イヤフォンやキャリングケース、3種類のノーズパッドなどだ。

 ヘッドセット部は左右の側部が厚めの形状だ。この側部の左右にそれぞれ独立した0.52型/960×540ドットの高温ポリシリコンTFT液晶と光学系を内蔵し、投射映像をプリズムで2回反射させ、前面のハーフミラー層に映像を映し出す。画角は約23度で、仮想視聴距離5mに約80型相当の画面を表示できる。

 重量は240gとやや重いのだが、荷重が前寄りに偏っていたソニーの「HMZ-T1」と比べるとバランスは悪くなく、首を振ってブレるということは少ない。ただし、ノーズパッドがしっかりフィットしないと画像が安定しないだけでなく、鼻がとても痛くなるので、ここは慎重に選択したい。外形寸法は205×178×47mm(幅×奥行×高さ)。

 装着している人にとっては大きさや感触は問題ないが、課題は装着時のスタイルだろう。かなりゴツいので外で使うと、他者の視線がきつい。また、正面から見ると「目線」のように見えてしまうのも考えどころだ。


ヘッドセット部左右の側部に液晶と光学系を内蔵している側面
前面のハーフミラー層に映像を映し出す投射映像をプリズムで2回反射させる

 イヤフォンを接続することで、音も楽しめるが、左右独立して接続するタイプとなっている。そのため汎用的なイヤフォンが利用できないのだが、もし自分で用意したヘッドフォンを利用する場合は、コントローラ側のヘッドフォン出力を利用できる。付属イヤフォンは、高級感は全く無く、音も軽くて遮音性も低いのだが、音場が広く映画や音楽は聞きやすい。またDolby Mobile技術によりサラウンド再生時の臨場感を高めている。

イヤフォン端子ノーズパッドは3種類
ヘッドセット部

 コントローラとヘッドセットは専用ケーブルで接続。ヘッドセット部には1GBの内蔵メモリとmicroSDカードスロットを装備し、microSDや内蔵メモリ内の動画や音楽を楽しめる。対応ビデオ型式は、MPEG-4とMPEG-4 AVC/H.264で、サイドバイサイドの3Dにも対応。音楽はAACとMP3の再生が可能となっている。

 また、OSとしてAndroid 2.2を搭載。IEEE 802.11b/g/nの無線LANにも対応し、YouTubeの動画再生やWebブラウズにも対応する。操作はコントローラ部に備えたタッチパッドで行ない、文字入力にも対応する。なお、Androidマーケットには対応しない。

 コントローラ部の外形寸法/重量は67×107×19mm/165g。前面に大型のタッチパッドを備えているほか、Androidの基本操作を行なう「HOME」、「MENU」、「BACK」ボタンを装備。また、中央下にはカーソルキーと決定キーを、左に「2D/3D切り替え」、右に輝度調整ボタンを備えている。ヘッドフォン出力も装備。通常のイヤフォンの接続も可能となっている。インピーダンスは16Ω。再生周波数帯域は20Hz~20khz。

 付属のキャリングケースには、ちょうどいい感じでヘッドセットやコントローラ、ACアダプタなどが収納でき、重宝しそうだ。

コントローラ部。上半分はタッチパッド右側面にボリュームとキーロックスイッチ上に電源ボタン。2秒長押しでON/OFF
ヘッドフォン出力は専用ケーブル接続端子などを装備右側面にメモリーカードスロット
同梱品キャリングケース

■ 装着/データ転送時の注意。転送や文字入力のハードルが高い

ミュートボタン

 ヘッドセット部の装着方法自体はメガネと同じなので戸惑うことはない。ただし、鼻で支持して、微調整して最適なポジションを確保するという形のため、ノーズパッドの選択には注意したい。なお、メガネをつけている人でも直接装着可能だが、幅147mmを超えるメガネには対応できないとのこと。

 ディスプレイ部とコントローラ部は専用ケーブルで接続。このケーブル中程にはミュートボタンを用意しており、ディスプレイ出力を一時的にOFFにできる。ディスプレイを装着し、コントローラをポケットなどに収納することでモバイル利用が可能となる。バッテリ駆動時間は動画ファイル再生時で約6時間だ。


USBストレージをONして、次の画面で決定しないとUSBストレージモードに移行できない

 使う前に重要なのがデータ転送や設定だ。MOVERIOでは、内蔵メモリやmicroSDに記録した動画/音楽/写真ファイルを再生できるが、これを転送する必要がある。

 まずは、MOVERIOをUSBストレージとしてパソコンから認識させて、転送するだけなのでそれ自体は難しくはない。だが、MOVERIOをUSBストレージモードにするために、パソコンに接続した後にMOVERIOの「USBストレージモードをON」にして、「決定」という2回の操作を行なう必要があるのだが、このメッセージを確認するために、いちいちMOVERIOを装着しなければいけないのだ。

 これはかなり面倒くさいので、できれば接続直後に自動で切替わるとか、ハードウェアスイッチでのUSBモードへの対応を期待したい。現時点ではユーザーフレンドリーとは言い難い仕様と感じた。microSDのリーダー/ライターを持っている人であれば、そちらを活用したほうがいいだろう。

 IEEE 802.11b/g/n無線LANも搭載し、Webブラウザでのネット閲覧やYouTubeの利用も可能だ。そのためには、Androidの設定メニューをMOVERIOのディスプレイで確認しながら、無線LAN設定をしなければいけないのだが、これも面倒だ。

 WPSやAOSSなどのいわゆるかんたん設定には対応していないので、自動検出するSSIDを見ながら、パスワードを入力する必要がある。そしてこの文字入力をタッチパッドで行なわなければいけないのだが、これが入力しづらいのだ。パッドで任意の英数字を選択し、パッドを叩いて決定動作なのだが、MOVERIOのディスプレイに表示される文字を見ながら、コントローラ側のタッチパッドを操作するというのは苦行に近い。

 普通のディスプレイであればまだしも、MOVERIOで設定画面を凝視するととても疲れる。ほかのAndroidの設定メニューはパッド下の方向キーが使えるのでそれほど苦にはならないので、ここでも方向キーを使えるようにしてほしかった。片目を閉じて片方の映像だけを見ながら、地道に入力していくことで何とかパスワード入力できたが、2度とやりたくないと感じた。

 MOVERIOには外部入力/出力もないので、画面をディスプレイに出して設定ということもできない。日本語入力時の文字変換などはしっかりしているのでもったいないと思う。

無線LANの設定画面文字入力。カーソルキーが使えず、タッチパッドで文字を選択するという仕様なので、とても使いずらい

■ シースルーHMDのユニークな体験。画質も良好

メインメニュー

 起動すると、メニュー画面には、ギャラリー、ミュージック、ブラウザなどの項目がディスプレイ上に並ぶ。登録したビデオや写真ファイルはギャラリーから再生できる。ビデオの対応形式はMPEG-4とMPEG-4 AVC/H.264だが、詳細は書かれていない。DSC-HV9VでMP4形式で撮影したAVCファイルは、1080p(1,440×1,080ドット)、720p、VGAのいずれも再生できたが、AVCHD撮影したmtsファイルは再生できなかった。ファイル形式、解像度、ビットレートなどの情報も、もう少し詳細を公開してほしい。ビデオ再生はAndroid標準アプリなので、方向キーやタッチパッドを使って早送りや再生停止できる。至ってシンプルだ。

 映像は、ちょうど両目の眼球の間ぐらいに広がって見える。ただし、装着したままノートパソコンの画面を見たりすると、焦点がずれて像が2重になってしまうこともある。画面サイズは2.5m先を見たときに40インチ、5m先で80インチ、20m先なら320インチ相当とのことで、確かに遠くを見れば見るほど大きく感じられる。


ギャラリー動画再生画面

 投写映像の解像度は940×540ドットとなるが、画質はなかなかしっかりしている。シースルータイプのため、背景が明るいと発色にも影響がでてくるものの、やや明るめなオフィスであれば映像の内容はしっかり知覚できる。映画なども問題なく楽しめる。

 なにより、生活空間の上に映像がオーバーレイして表示されるというのはちょっと奇妙な感覚だ。自分には映画が見えている一方で、その先に視界が広がっており、2つの空間が同時に進んでいるようで面白いのだ。シースルーの弊害が無いわけではなく、MOVERIO装着者の見た目がごついので、奇異の視線が向けられているのがわかってしまう。


屋外での利用例
あくまでイメージ画像だが、映像を楽しみながらその背景も見えてしまう

 シースルーモバイルビューワと命名しているものの、一部視界を塞ぐことには変わらない。そのため、移動しながらの利用などは推奨しておらず、出張時の新幹線など、ある程度落ち着いて使える環境での利用を提案している。バッテリ駆動でスタンドアロン動作するので、“モバイル”できるのだが、通勤電車などでこれを使うのは避けたほうがよさそうだ。もちろん自動車の運転は論外だ。「ミュート」機能を使うことで、映像をOFFにすることは可能だが、そうするとそもそもMOVERIOを装着している理由がなくなってしまう。

 面白かったのは、真っ暗な部屋で視聴した時。映像が空間に浮いているように感じられるのだ。ただし、MOVERIOに慣れてくると、迫力ある映像を楽しむ場合は、「もう少し画面を大きくして没入感を上げたい」と思うし、ながら視聴には「片目だけ」とか「もう少し画面を小さく」といった気持になってくる。

 このサイズが最適か? と問われると、映像品質を優先すればもう少し大型化を望みたい。ちょっとどっちつかずな画面サイズにも感じる。将来的には画面サイズを変更して、シースルー利用時の子画面と遮蔽時の大画面のように利用シーンに合わせて切り替えられると活用の幅は広がるとは思うが、直近ではなかなか難しそうだ。

透過率10%(遮光率90%)の前面シェードを外したところ前面シェード

 また、2D-3Dの切り替えも可能。ただし、対応しているファイル形式が良くわからない。基本的には3Dあんまり意味がないと思う。

 音楽再生にも対応し、SDカード内のMP3/AACファイルを再生できる。操作もシンプルでアルバム、アーティスト検索などに対応し、早送りやスキップも可能だ。音質も悪くないのだが、残念なのは画面を消して音楽だけを楽しもうとケーブルのミュートボタンを押すと、音楽も消えてしまうこと。

音楽再生画面ギャラリーから写真を表示
Webブラウズも可能

 無線LANを使ってWebブラウズなども可能。YouTubeなども楽しめる。Webの情報をがっちりみるにはちょっと画面が小さく、「強制的にながら視聴」させられている感がある。ビデオ再生などをメインにしたほうがよさそうだ。ただ、いかんせん文字入力がしにくいので、WebやYouTubeを積極的に使おうという気があまり起きない。MOVERIOを使いこなすためにもこの点の改善は急務と感じた。



■ 掛け値なく「面白い」が、どう使うかは悩ましい

 MOVERIOを使ってみると、視界に映像が浮かんで見えるという体験は確かに新鮮。数年前に発売されたニコンの片目HMD「UP」にも似ていると思っていたが、両目に映像が入るからか、また違った感覚がある。多くの人が使ってみて、「面白い」と感じてくれるだろう。ただ、「具体的になにに使うか?」という部分については、使用を終えた今でもまだうまくイメージできない。

 例えば映画を見るのであればもっと大画面がいいし、工場や物流現場などで両手で作業したまま使うディスプレイと考えると画面と本体が大きすぎる。例えば、美術館や博物館の展示の前で、MOVERIOを装着するとAR(拡張現実)的に情報を重ねて表示する、といった使い方は面白そうだ。エプソンでも、製品を発売することでこうしたパートナーを募っていきたいとしているので、各社が協力することでこの“面白さ”を具体的な利用例に落とし込んでいって欲しいと思う。

 また、「モバイル」を名乗るからには、もう少し威圧感の少ないディスプレイにしてほしいし、文字入力やUSB接続時の操作などコンシューマ向けに展開するにあたり、操作体系やインターフェイスの部分ももっと改善してほしい部分もある。シースルーモバイルビューワという提案を現実の市場に定着させるためにも、さらなる熟成を期待したい。


(2011年 12月 20日)

[ Reported by 臼田勤哉 ]