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ヘッドフォンは“行動認識”で進化する。ソニー「1000X」の秘かな革命

 ソニーは今秋、Bluetoothヘッドフォンのフラッグシップを「1000X」という名称に統一し、3つのモデルを揃えた。オーバーヘッドタイプで、昨年のMDR-1000Xの後継である「WH-1000XM2」、インナーイヤー型でネックバンドにバッテリを内蔵する「WI-1000X」、そして左右分離の完全ワイヤレス型「WF-1000X」だ。いずれもノイズキャンセル(以下NC)対応であり、音質にもこだわっている。どれも販売は好調であるようだ。

WH-1000XM2(シャンパンゴールド)

 今回、ソニーはハイエンドBluetoothヘッドフォンのブランドを統一したが、変わったのはそれだけではない。「スマートフォンとともに使う」ことを前提に、スマホアプリ連携による機能を強化したのだ。

 ソニーは、競争も厳しい「ハイエンドBluetoothヘッドフォン」の市場をどう見ているのだろうか? そして、どのような思想で製品を作ったのだろうか? 開発および商品企画の担当者に話を聞いた。ご対応いただいたのは、ソニー・ビデオ&サウンドプロダクツ 企画マーケティング部門 商品企画部 Sound商品企画1課の大庭寛氏、同 V&S商品設計部門 モバイル商品設計部 商品設計2課の生出健一氏、同 V&S商品設計部門 機構設計部 機構設計4課の飛世速光氏だ。

左から、ソニー・ビデオ&サウンドプロダクツ V&S商品設計部門 モバイル商品設計部 商品設計2課の生出健一氏、同 V&S商品設計部門 機構設計部 機構設計4課の飛世速光氏、企画マーケティング部門 商品企画部 Sound商品企画1課の大庭寛氏

アプリ連動でスマホのセンサーを活用。ノイズキャンセルは“必要な音だけ残す”

 まず、1000Xシリーズの特徴を簡単に説明しておこう。ハイエンドBluetoothヘッドフォンなので、当然音質にはこだわっている。左右分離のWF-1000X以外はハイレゾ対応であり、コーデックも、ソニーのLDACはもちろん、aptX HDにも対応した。

WI-1000X
WF-1000X

 だが、一番の特徴は音質にはない。冒頭で述べたように、ソニーは1000Xシリーズで、スマートフォンアプリ「Sony | Headphones Connect」との連携を強化している。

「Sony | Headphones Connect」。ソニーの各オーディオ製品向けのアプリだが、1000Xシリーズ向けに特別な機能を多く搭載している

 ヘッドフォン市場では、すっかりBluetoothヘッドフォンが主流になった。特にアメリカ市場では、それなりの価格の製品は、ワイヤレスでなければ勝負にならない時代、といわれる。当然皆、スマホと連携して使うためにBluetooth対応になっている。ヘッドフォンの設定をするのは面倒なので、細かな設定を行なうため、あえてヘッドフォン本体のボタンよりも、スマホアプリを使う例は増えてはいた。ソニーは、ヘッドフォン連携アプリの導入については後発といっていい。

 だが、今回導入したアプリは、他社よりもさらに高機能なものになった。

 もっとも特徴的なのが「Sony | Headphones Connect」と1000Xを組み合わせると、スマホの振動センサーやGPSと連動し、「止まっている」「歩いている」「乗り物に乗っている」などの状況を判断し、それに合わせてモードを自動切り替えする「アダプティブサウンドコントロール」の導入だ。

 1000Xシリーズでは、外界の音をどれだけ取り込むかを設定できるようになっている。歩いている時・走っている時は、自動車の走行音などが多少聞き取れるように外音取り込み量を増やしたりできるわけだが、その切り換えを自動化できるのだ。

アダプティブサウンドコントロールを使うと、自分の行動に合わせてNCの設定が自動的に変わる

 筆者は主にWF-1000Xで試したが、これがなかなかいい。確かにちょっとしたことなのだ。だが、歩いている時に完全に遮音するのでなく、「ちょっと自動車の走行音が分かる」だけで、確かに少し安心できる。一方で、座って仕事をしている時には、自動的にNCをしっかり効かせて、集中して取り組める。これを「自動で」できるのは大きい。

 極端に言えば、これは、NCという仕組みを使い、音の中で不要な部分だけを排除し、より生活しやすくするための仕組みだ。この方向性が進んでいけば、「とにかくノイズはキャンセルする」という今のNCから、「その時の行動に必要な音だけを残す」形へと進化していく過程の存在なのだ。

 WF-1000Xは設定幅が狭いのだが、WH-1000XM2やWI-1000Xはより細かな設定ができるし、音が聞こえてくる方向の変更などもできる。NCの効きの最適化もアプリから行なう。

WH-1000XM2では、音の定位を変更できる「サウンドポジションコントロール」に対応
WH-1000XM2では、服装や気圧に合わせて最適化できるが、これもアプリ上から行なう

 一般的なヘッドフォン連携アプリは、あくまで設定や音質調整を行なうものだったのだが、ソニーはあえて「スマホのセンサー」を活かし、「スマホアプリを連携させなければ、すべての機能を活かせない」ものに仕上げてきた。1000Xのすべての機能を使うには、スマートフォンと一緒に使うことが必須となっているのだ。

WF-1000X

Bluetoothだけでは差別化できない。スマホ連動の新体験を

 なぜこのような製品になったのか? それを知るためにも、ソニーが現在のヘッドフォン市場をどう認識しているか、確認してみよう。大庭氏は以下のように説明する。

大庭氏(以下敬称略):Bluetoothヘッドフォンは欧米を中心に製品数が増えており、パッシブ(有線・NCなし)型を上回っています。一方で、今まで以上に差別化が難しくなっているのも事実です。

企画担当の大庭氏

 昔はBluetooth、ワイヤレスであることが付加価値であったわけですが、いまは違います。その中で弊社は「いい音」戦略、ハイレゾ戦略を主眼にヘッドフォンを作り、一定の評価を得てきたと理解しています。その中で今回もラインナップ戦略を組み立てています。

 ただ、新しい提案だけでなく、「いい音」はやはり基本。そこにプラスして、新しい提案が必要になってきました。「いい音」プラス「どこでも静かな環境が得られる」「どこでも快適に聴ける」ことが必要になっています。

 ここ2、3年の傾向として、実態としてお客様の音楽利用動向がスマートフォン中心に移ってきました。弊社としてはウォークマンを含め、両面を訴求してきたのですが、スマートフォン由来の「途切れづらさ」、「バッテリー動作時間の向上」なども伴い、ワイヤレスでの利用がより実用的になってきました。

アダプティブサウンドコントロールを使うと、自分の行動に合わせてNCの設定が自動的に変わる

 一方で、ヘッドフォンも技術進歩が非常に早くなっています。左右分離型のヘッドフォンについても、新興メーカーが先に提案したものです。その中で、音響メーカーでなければできない取り組みはもちろん、「行動認識エンジン」も含めたグループ全体での取り組みを活かし、NCも含めた差別化・高付加価値戦略として取り組んでいます。

 すなわち、もはやBluetoothであることは当たり前で、ソニーである以上「いい音」であることも当たり前と捉えられている。利用の中心もスマホとなり、「スマホだから困る」点も減ってきた。ならば、その先で差別化するにはどうするか……という判断が働いたのが、今回の製品、ということなのだ。

 そこで、付加価値である「アダプティブサウンドコントロール」をスマホ側の機能とし、連携で付加価値を出した背景には、どのような判断があったのだろうか? 開発を担当した生出氏は次のように説明する。

生出:これまでも弊社は、ヘッドフォンで色々とユーザーエクスペリエンス(UX)の拡張を行なってきました。最初はボタンだけでしたが、スライダーバーになったり、今なら長押しも採り入れています。

 ヘッドフォンをより技術的に進化・拡張させようと我々は考えていたのですが、そのひとつが今回搭載された「行動認識(アダプティブサウンドコントロール)」です。

 今は強力なDSPがスマホに載るようになりました。当然ながら、同じレベルのものをヘッドフォン側に搭載することはできません。同様に、センサーもスマートフォンには多数搭載されています。加速度センサーやGPSはもちろんですが、ジャイロセンサーや気圧センサーなどもあります。非常にスマホが把握できる状況がリッチです。

 ならば、ヘッドフォンを高度化する上では、スマートフォンの機能を積極的に利用するのが有利だろう……と判断したのです。

生出氏

 差別化要因としてアダプティブサウンドコントロールが選ばれたのも、ヘッドフォンにおけるNCの価値を高めるためだ。

大庭:昨年発売した「MDR-1000X」にも、NCの効きや外音取り込み量の変更をする機能はありました。しかし、そこで手動切り替えが必要では、没入体験を阻害されてしまう。

 なんとか自動化できないか……と考えていたところ、設計内部で「行動認識技術を使えばできるのではないか」という話が出てきたため搭載を決めました。

 ハイエンドだからこそ、オーセンティックな高音質ヘッドフォン、という売り出し方はあります。しかし、そうではない次元でこのシリーズは考えています。搭載されている解析技術を総称して「SENSE ENGINE」と呼んでいますが、その賢さをユーザーに伝える必要があります。

解析技術を「SENSE ENGINE」と命名

 現在、消費者の嗜好は急激に変化しています。音楽を楽しむ場合であっても、「高音質」で満足する顧客だけではなくなっています。

「アクティブ」なヘッドフォンだから出来る音質を追求

 もちろん、音についてこだわるのは基本だ。NCを搭載した上で音質を向上させることについて、音質設計を手がけた飛世氏は次のように説明する。

飛世:この製品については、もちろん、NCが搭載される前提で設計をしています。人の声の聞こえ方、どうチューニングしたらどう聞こえ方が変わるのか、という部分については、社内に色々と知見があります。普段からものの聞こえかたを考え、どう調整したらどう変わるか、設計したらどうなるか、それぞれのモードでどのようにどう聞こえるか、厳密に評価しながら開発を進めています。

飛世氏

 筆者もそれぞれの製品の音を聞いてみたが、特に感心したのがネックバンド型「WI-1000X」の音質だ。昨年までのソニーの同タイプの製品に比べ音質向上が大きく、ライバルとの差別化もできている。完全ワイヤレスのWF-1000Xに話題を奪われがちだが、1000Xシリーズの中でもっともお買い得なものをひとつ、といわれれば、筆者はWI-1000Xを推す。飛世氏はWI-1000Xを担当しており、「自信作」と話す。

WI-1000X

 ここで重要なのは、1000Xがノイズキャンセルを含め、積極的に音質処理をヘッドフォンの側で行なう「アクティブ」な存在である、ということだ。

生出:元々我々は、NCと高音質が排他なものだとはおもっていません。NCがあるがゆえに、アシストされていい音になる、という発想で作っています。例えばSN比の部分ではより改善ができます。そこはヘッドフォンに入っているDSPの力です。「アクティブだからこそできる音質」がある、と我々は思っているのです。例えばDSEE(ソニー独自の非可逆圧縮音楽用の音質補間技術)などがそうです。

 音の定位を変える「サウンドポジションコントロール」も、アクティブだからできること、として考えられたものだ。

大庭:外音の中で音楽が一部に浮いているような体験ができないか……ということは、商品企画内部から出てきました。これは、スピーカーだったらできないことです。ヘッドフォンならではのものはなにか、ということで出てきたのが、サウンドポジションコントロールです。「ヘッドフォンならでは」というのは、NCしかり、アダプティブサウンドコントロールしかり、なのですが。

WH-1000XM2

ソフト改善で機能が進化するインテリジェントヘッドフォンへ

 一方、実際に1000Xを使ってみると、色々気になる点もある。理想に対して実装が道半ばなのではないか……と感じる部分が多々ある。

 ひとつめは、アダプティブサウンドコントロールの切り換え。自動切り替えなのはいいが、切り換え時に「ポーン」という切り換え音が鳴るため、音楽からの没入感を削がれる。電車の乗り換え待ちなどが絡むと、「乗り換えて電車内で座って移動」の間に、多い場合には3回も状態が変わって「ポーン」という音が鳴り、多すぎるようにも思う。

大庭:意図しない切り替えが起こる可能性もあるため、インフォメーションとなることを主眼に入れました。

 現状はどうしても、NC設定のフィルタリングが切り替わる際、音楽が途切れてしまいます。それが音飛びなのか行動認識なのか違いが伝わらないため、バランスを考えて、他のUIでは使用していない音から選んでいます。また、いきなり切り替わると、ユーザーにはそれが「故障」に感じるリスクもあったための措置です。

 当方の設計上の想定では、通常の通勤ルートであれば、片道30分で3回程度の切り換え、という形になっています。

 もうひとつ気になったのは、左右分離の完全ワイヤレス型「WF-1000X」での音切れだ。電波が混み合う場所などで、特に右側の接続が途切れる場合があるように感じていた。

 と、伝えると「1000Xはスマホアプリと本体ファームウエアのアップデートで改善できる構成になっており、鋭意検討を進めている」(生出氏)とのことだったが、11月30日のファームウェアアップデートにより、まさにこの「音途切れ」の抑制に手を入れてきた。筆者はまだきちんと試せていないが、アップデートにより機能向上していく点は大いに歓迎したい。

 行動認識に代表されるように、ヘッドフォンがどんどんインテリジェントなものになるとすれば、1000Xのようなソフトウェア比率の高い製品が増えていくのだろう。その場合には、いままでのヘッドフォン開発とは異なるニーズやアプローチも必要になる。ソニー1000Xシリーズは、その変化への一つの回答といえるだろう。

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WH-1000XM2WI-1000XWF-1000X

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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