西田宗千佳のRandomTracking
第628回
REGZA開発陣に聞く「テレビ長寿命化」時代の開発・販売体制とは
2025年9月1日 08:00
本連載では毎年恒例になっている、REGZAへのロングインタビューをお届けする。
本記事はREGZAのテレビ事業がどうなのか、ということに加え、その年の「テレビという産業がどういう状況にあるか」を把握するための、非常に優れた定点観測にもなっている。
今年のポイントは「大型化」「ミニLED」そして「テレビ以外」だ。TVS REGZAは昨年以降、ゲーミングディスプレイやプロジェクターといった製品もラインナップするようになっている。
テレビ自体の変化も興味深いが、新たなジャンルの製品はどういう意味を持つのか? そして、それら製品と「REGZAというブランド」の関係はどうなるのだろうか? 開発のキーパーソンにじっくりと聞いた。
今回ご対応いただいたのは、TVS REGZA株式会社・取締役副社長の石橋泰博氏、同・営業本部 ブランド統括マネージャーの本村裕史氏、商品戦略本部 商品企画部 シニア プロダクト プロデューサーの槇本修二氏、R&Dセンター副センター長の山内日美生氏の4名だ。
世界規模の「数」を背景にラインナップを拡充
まずはレグザの現状について見ていこう。REGZAは現在業績が非常に好調だ。日本でのテレビの販売シェアはほぼトップであり、幅広くビジネスができる状況にある。
BCN総研が2024年に発表した国内テレビシェア情報によれば、シェア1位はTVS REGZA。2位はシャープで、3位がハイセンス。ハイセンスグループで1位と3位を占めていることになる。
その上でテレビ市場をどういう風に見れば良いのだろうか? 石橋氏は副社長の立場から、REGZAの現在が「グローバルとローカルの融合にある」と話す。
石橋氏(以下敬称略):現在の製品ラインナップは、僕たちがハイセンスにいるからできることです。東芝時代だったら絶対にできていません。
その理由はワールドワイドでベースとなる数があるからです。日本で製品がなぜ支持を受けているかと言うと、グローバル製品の上に日本市場に合わせたローカライズを厚くできるようになったからです。
昨年末以降、REGZAはゲーミングモニターやプロジェクターなども発売している。これらは実際のところ既に他のメーカーから似たようなスペックの製品が出ており、機能だけだと特に驚くべきところはない。
だが、REGZAブランドで発売されているものには、絵作りやUIの工夫の面で、TVS REGZA自身によるチューニングが行なわれている。
石橋:ゲーミングモニターもプロジェクターもワールドワイドのフレームワークの上に載っています。しかし、絵作りについては、REGZAらしさがちゃんと維持されています。ワールドワイドのフレームワークと言う広い面の上に、ローカルの価値を載せられているからできているんです。
これは、今年1月のCESで石橋氏にインタビューした時にも出てきた話だ。特に、サイズバリエーションの拡大については明確にハイセンス傘下である価値が出ている。
本村氏も、背景を次のように語る。
本村:日本の市場だから受け入れられると言うものがあります。日本人向けの味付けとして、他国の製品とは違うところがあるのは間違いありません。ハードウェアとしてはワールドワイドで共有ワールドワイドスタンダードの製品だけれども、REGZAのバッジをつけるだけの仕事ではないです。
ユーザーインターフェースもREGZAに合わせましたし、画像エンジンもREGZAと同じ。完全にチューンナップして世の中に出しました。そのことについてお客様も気がついてくれたのです。
製品企画を実際に担当した槇本氏も、以下のように補足する。
槇本:脈々と続くレグザらしさっていうのは何かを考え抜いて作ったところがあります。内部からもどういう風につければいいのかと言う話があって、その上でやるんだったらとことんやるしかないね、と言うことになり、どう反映するかを考えて作ったものです。
例えば、レーザープロジェクターにしても、このまま出してもしょうがないねと言うことになって、画質・ソフトの開発メンバーが実際に入って、相当に手を入れました。使いやすさについても同様です。ただモニターについては1年目なので努力を残しながらも作った部分がありますが、これからさらに改良を加えていきます。
「2画面同時表示」復活の背景にあったものは?
そこでもう一つ大きな関連性があるのが「どこで売れるのか」だ。
海外、特にアメリカなどでは量販店が非常に厳しくなり、特に家電ではあまり機能していない。一方日本はまだ家電量販店が大きな力を持っている。
この点も、REGZAにとっては重要な要素だ。
石橋:やはり製品としてのレグザらしさと言うものは大切です。その中で良い時も悪い時も製品を続けてきました。それを地場の商流に合わせて提供していく。
日本人は嗜好品について「モノを見ないと納得して買わない」という国民性があるように思います。
現在と東芝時代の違いは、価格やサイズなどで、上から下まで豊富なバラエティーを持っており、どこの売り場でもその量販店に合った商品展開ができるところです。これはやはり基礎体力の部分もあって、ハイセンスに感謝している部分があります。
ここで重要なのは、単純に製品の価格やサイズのバリエーションだけを広げているわけではない、という点だ。
商品は消費者に支持されなければ売れない。機能などについて、消費者や売る側に支持されるものがあることが重要だ。
そうした要素の好例として、REGZA開発陣があげたのが「2画面表示機能」の復活だ。
過去、日本のテレビの多くには、2つの入力を同時に表示する「2画面表示機能」を搭載する製品が多かった。だが現在は、意外なほど搭載製品が減っている。REGZAも、長らく2画面表示機能が非搭載となっていたが、2025年モデルからは再度搭載されるようになった。
石橋:(お店の)支店長さんとの会議の時に「次の世代では、どんなものがあれば売れるのか?」という対話をしました。
その中で「2画面復活させたら、もっと売れます」という話が出てきたわけですよ。
そなれら「じゃあやってみようか、でも2画面復活させたらもっと売ってくださいよ」ということで(苦笑)、実装することになったわけです。
ここで石橋氏が苦笑したのには理由がある。現在のテレビの作り方では、そもそも2画面同時表示を実装するのが大変なのだ。
過去の日本のテレビは「日本のテレビ向けに作られたSoC」を使っていた。だからこそ、2画面同時表示も、最初からSoCに機能に入っていたのだ。
だが、現在はグローバルに提供されているSoCを使ってテレビを作ることが増えている。日本以外の市場では2画面同時表示のニーズが小さく、結果として、SoC側にも2画面同時表示を想定した機能がついていない。
だからソフトで全て実装する必要があるわけだ。それを自分たちで全て作らなければいけないので、石橋氏は苦笑いしたわけだ。
それが可能になったのにはもちろん理由がある。スマートフォンほどではないが、テレビ向けのSoCも性能が上がってきたために、ソフトウェアで2画面機能を実現することが不可能ではなくなってきたからだ。これまでだとSoCの性能に限界があるのでソフトウェア実装も難しかったが、その辺は、技術の進化が解決してくれた。
ただ、同じ2画面同時表示といっても、使い方が過去とは違う部分が出てきている。
本村:やはり今時の画面同時表示が必要になってきています。過去は放送と外部入力を見る場合が多かったのですが、今は「YouTubeと放送」もしくは「YouTubeと外部入力」。YouTubeをどう使うか、TikTokに対応するなど、テレビの新しい使い方の提案が重要になっているのは間違いありません。
結局それは、スペックではなく「感動」や「ワクワク」を伝えることなんです。
本村氏は、家電量販店の販売担当者を対象とするセミナーで話すことが多い。ただその中で、スペックの話をすることは「もうほどんとない」という。
本村:どう感動をどう伝えるかが大事です。
例えばプロジェクターについても、AV機器的なスペックや機能を細々と説明しません。実際に表示させてその場で体験してもらって、こんなに大きい、こんなに綺麗だということを体験してもらい、「ワオ」と思ってもらう方を重視しています。その体験が、量販店の方々からお客様に伝わる。この、当たり前の順番が大事です。
例えば大画面については、「画質が良い」ことを訴求する場合が多いが、本村氏はあえて「見やすい」ということをアピールする。その方が、買いに来た人々にわかりやすいからだ。
大画面シフト・買い替えサイクル長期化の中で「わかりやすさ」に投資
テレビのサイズにも似たところがある。
100インチ・110インチの超大型テレビは大量に売れるものではない。しかし、店頭で見た時の「ワオ」という体験が重要だ。結果として大きさへの感覚が変わる。
槇本:お客様は店頭に来るものの、大きなテレビを買うことに二の足を踏む部分もあります。
ですが、大きいものを見て、体験していただくことで、55インチを買うつもりで来た方が75インチの購入につながる効果も見られます。
そうした消費者の反応を開発メンバーが内覧会や量販店で見て、驚くことは多いという。実際になにが求められているのか、はっきりと理解できるからだ。
その中でも、特徴的なのが「画質」だ。
画質はテレビにとって重要な要素だが、画質の違いを多くの人に理解してもらうのは難しいことでもある。どこがどう違うのか「勉強」しないといけない部分があるからだ。
そこで現在のREGZAには、店頭向けに「高画質化機能の有無でどう変わるのか」を見せる、デモモードが用意されている。
この機能では、バンディングノイズの除去などのネット動画の高画質化、アニメでの顔検出、Dolby Atmosなどの音響デモなど、「製品のクオリティがどうアップしているか」をわかりやすく示せるようになっている。筆者も取材などで見たことはあるが、このモードが標準的に用意されているものだとは知らなかった。
店頭では、現在のREGZAが過去のものに比べ、どう進化しているかを比較して見せる接客が行なわれているという。
もちろん、これは、わざわざ工数をかけて開発されたものだ。開発の経緯を、石橋氏は以下のように説明する。
石橋:これはハイセンス風のやり方ですね。要はお客様に価値をどう見せるのか? ということ。どう価値を伝えるべきか、ということをハイセンス側からはよく言われます。
だからこの機能を実装したわけですが、今の体制だと、こういう「コストはかかるが売るために必要な機能」にもお金を使えます。
さらに、現在の開発姿勢について、こうも言う。
石橋:今は、「どう違うか」をプロモーションできないような機能は、全て開発をやめさせました。実際の顧客体験につながり、お客様に価値を明確に説明できる機能でないと、搭載する意味がありません。
本村氏は、テレビの売れ方の変化とこの「説明できる違い」の価値を、また別の切り口から、次のように話す。
本村:現在はテレビの買い替えサイクルが長くなりました。8年だったものが10年になり、さらに13年後にしか買わない……というお客様さえいらっしゃいます。消費者の3割が、買い替えるのは13年後、
だとすれば、「買っていただければ良さがわかる」じゃダメなんです。買っていただいたあと、次に選ぶのは10年後・13年後なんですから。買うときに、はっきりと違いがわかっていただけないといけません。
製品のファンになってもらうには、買った後にわかる良さが重要……と言われてきた。もちろん、それが重要であることに変わりはなく、品質は重要だ。
だが、買い替えサイクルが「一生に数回」レベルになった製品の場合、もはやはるか先のチャンスに向けた良さでは価値が出ない。売り場ですぐに伝わる良さが重要であり、売り場で良さを伝えるためにはコストもかける価値が十分にある、ということなのだろう。
ミニLED躍進の背景にある「競争原理」
だとすると、現在の「画質」価値はどこにあるのだろうか?
特に今は、ミニLEDを使った大型・高輝度の製品が増えている。有機EL(OLED)も重要であり、REGZAは両方をやってはいるが、今年の新製品に関してはミニLEDへのシフトが強くなっているのを感じる。
画質関連機能の開発を指揮する山内氏は、現状を次のように説明する。
山内:OLEDでしか出せない良さがあり、一方でミニLEDの価値もあります。
現状、ミニLEDを使った大画面向け製品が伸びているのは事実です。ですから、AI高画質機能も、より大画面向けのものにシフトしてきました。
従来はネット動画の場合、どんな映像が流れているかわかりませんでしたが、今はAIで流れている画像を認識し、最適化することができます。そこで今年音楽ライブに向けた最適化機能を入れたのは、大きな画面でより映えるコンテンツだからでもあります。
ディスプレイ技術が進化して、制御領域がどんどん増えています。そこで最適化を進めるには、どんな絵が写っているかが(高画質化エンジン側からも)わからないと、冒険ができません。現在はAIで判別できますから、より制御を追い込めます。
REGZAの高画質化エンジン自体は「液晶でもOLEDでも効果を発揮するものではある」と山内氏はいう。
槇本氏と本村氏は、その中で、ミニLED採用の液晶テレビにおける優位性と、市場の変化について以下のように話す。
槇本:LEDでは多数の分割されたLEDバックライトを駆動して発色とコントラストの向上を目指すため、バックライト制御でより高い技術を必要とします。大画面になればなるほど見えてくるノイズ感を改善するにも、ミニLEDではエンジン側の制御が重要になります。
本村:現状、日本のテレビ市場は年間480万台くらいで、このまま需要は変わらずに推移するでしょう。
ピーク時に比べると数量は半減したわけですが、そうなると単価は上げなくてはいけない。重要なのは「サイズ」と「クオリティ」です。
数年前までは「OLEDの画質がすごい」ということで感動し、一気にそちらに流れるのでは……という時期がしばらく続きました。
ミニLEDが出てきても、当初は「OLEDに一歩近づいたね」くらいで、まだまだ差があると思っていたんです。
しかし3年前、ソニーがミニLEDに一気にシフトしました。その画質には、我々も感心しました。OLEDと遜色ない、とまでは言わないまでも、確実にクオリティは上がっています。
サイズを大きくしていけば、価格バランス的には圧倒的にミニLEDが有利になり、サイズを含めた商品のバラエティを増やすと、ミニLEDが有利になってきます。
ここにはさらにもう1つ背景がある。
ミニLEDの品質とバリエーションが増えているのは、それだけ競争が激しく、多くの企業が関わっているからでもある。
我々は「ディスプレイパネル」という製品を、1つのメーカーから出てくるもののように思いがちだ。だが実際には、複数の企業が協力し合って作られるものでもある。
特に液晶は、必要な部材が多い関係で関わる企業が増える。
液晶パネル自体を作る企業に加え、表面のフィルムやコーティングを作る企業、バックライトの拡散板を作る企業、バックライト自体を作る企業が競合する。
OLEDに比べ部材が増えることはマイナスの面もあるが、多数の企業が関わる分、競争と改善のスピードも速い。
ディスプレイパネル自体を見ても、OLEDはサムスンかLGディスプレイの2社だが、液晶はさらに多い。
そもそも液晶はOLEDに比べ、コストや画質で不利なのだが、「多数の企業が競争をしている構造」自体が、価格下落と品質向上を促す結果になるのだ。
これはある部分、過去の「プラズマ対液晶」で起きた現象に近い。
プラズマ対液晶と異なるのは、OLED自体はすでに求められる品質を実現しており、大型化とコスト以外は不利ではない。OLEDの方が良い領域はあり、特に日本ではOLEDの画質が好まれるサイズ帯・ニーズ(ゲームなど)があるものの、それでも、大型化が進むテレビでは、ミニLEDの価値を無視できない。
今年のREGZAでミニLEDが目立つのは、そうした事情が絡んでいる。
他方で、同じミニLEDで独自の要素を入れやすいということでもある。
同社は年内に「116型」のミニLED採用テレビを製品化すべく、改良を続けている。このテレビではRGB独立発光による独自のLEDバックライトを採用しており、超大画面での高画質化を目指す。
石橋氏はこうした「ハードの投資も続ける」と明言する。
ソフトについてもハードについても、フリーハンドで開発は続けていくことで、消費者にわかりやすい製品を提示することが、今のREGZAが考える「勝ち筋」なのだ。