小寺信良の週刊 Electric Zooma!

第1020回

Zooma!:ズームレンズ、ズームすること、ズームする人、ズズーンの造語

AirPods以外の選択肢、NCも空間オーディオも使える「Beats Fit Pro」

ようやく日本でも発売されたBeats Fit Pro

約3カ月遅れで日本発売

昨年6月より、Apple Musicで「空間オーディオ」の配信がスタートして以来、業界全体を巻き込んで慌ただしい展開が続いている。10月に第3世代となるAirPodsが登場したかと思うと、その翌日にはAmazonが、従来Amazon Music HDでのみ配信していた「3Dサウンド」音源を、追加料金なしでAmazon Music Unlimitedのユーザーにも提供開始した。

加えてEcho Studioや一部の3Dスピーカー、サウンドバーといったスピーカー製品でしか聞けなかった3Dサウンドを、どんなヘッドフォン、イヤフォンでも聴けるとアピール。オーディオの名称も「3Dサウンド」から「空間オーディオ」へと変わった。

Apple Musicでは今のところDobly Atmos音源のみ、Amazon Music UnlimitedではDolby Atomsと360RAの音源を配信中で、配信楽曲数も当然違うわけだが、両者の違いはそれだけではない。もっとも大きいのが、「ダイナミックヘッドトラッキング」の有無だ。

ダイナミックヘッドトラッキングは、イヤフォン内のジャイロセンサーを使って音の正面を定義することで、頭の角度が変わった場合には、音像を定義した正面へキープする働きがある。これにより、実際に空間で音が流れているようなイメージを得ることができる。

これまでダイナミックヘッドトラッキングは、AirPods Pro、AirPods Max、第3世代AirPodsしか対応していなかったが、AirPodsシリーズ以外で初めてこれに対応したのが、今回ご紹介する「Beats Fit Pro」である。

すでに米国では昨年11月に発売されていたが、日本でもようやく、1月28日より発売が開始された。Apple Storeでの価格は24,800円。第3世代AirPodsの23,800円より少し高いが、AirPods Proの30,580円よりだいぶ安い。第3世代AirPodsにはなかったノイズキャンセリングを搭載することで、性能的にはAirPods Proに近い事になる。

Beats Fit Proは、AirPods Pro以外の選択肢と言えるのだろうか。早速試してみよう。

小さく見えるよう工夫されたボディ

そもそもBeatsは2006年創業のオーディオブランドだが、2014年にAppleに買収され、現在はApple傘下の別ブランドという位置づけになっている。元々はヘッドフォンで知られたブランドだったが、2019年に 「Powerbeats Pro」で完全ワイヤレスイヤフォンへ本格参入。以降Apple製W1やH1チップ搭載のモデルを毎年リリースしている。

今回のBeats Fit Proは、Beatsの完全ワイヤレスとしては最上位モデルで、ウイングチップ一体でフィットするということで、「Fit」の文字が使われているようだ。最初はネーミングからフィットネス向けなのかと思っていたのだが、製品ページでは特にワークアウトを意識した訴求はされていない。

カラーは4タイプで、ブラック、ホワイト、ストーンパープル、セージグレイがある。今回試用しているのはホワイトだ。

カラーバリエーション
Beats Fit Pro ホワイトモデル

形状としては、AirPodsのようなアンテナ用のステムが下に伸びるわけではなく、あの形状が不満だった人にはいい選択肢となるだろう。表面にはシリコン素材のウイングチップが取り付けられている。従来製品では、ウイングチップは着脱可能なパーツとして提供されるケースがほどんどだったので、取り外しはできないタイプは珍しい。

ウイングチップ一体型がユニーク
AirPods Pro(上)とサイズ比較

ロゴの「b」の部分がハードウェアスイッチになっており、曲の再生・停止、スキップ、モード切替などに対応するが、ボリューム操作はできない。開口部は前面、下、背面の3箇所あり、それぞれがノイズキャンセリングや外音取り込み、通話用マイクとして、モードにより機能が変わっていくようだ。

ステムがないぶん、ボディはそれほどスリムとは言えないが、耳のくぼみにちょうど全体が入るので、コンパクトに見える。内側には着脱センサーがあり、耳から取り外すと自動で再生が停止するといった機能は、AirPodsなどと同じだ。

本体の大半が耳のくぼみにピッタリ入る

イヤピースは3サイズが付属。購入時にはMが装着されている。充電はUSB-Cで、ケーブルも付属する。

イヤピースは3サイズが付属

内部のドライバ構造についてはBeats公式サイトにはあまり情報がなく、Apple Storeの商品説明に少し記述がある。「2枚の振動板を採用した独自のドライバをデュアル・チェンバーのハウジング内に搭載したことで、クリアなサウンドと高度なステレオセパレーションを実現しました」とあるが、初見では何を言っているのかさっぱりわからない。

要するにドライバはシングルだが、振動板が2枚ある。そしてハウジング内の空間(チャンバー/Chamber)が2室、おそらく二重構造になっていると思われるが、このサイズの違うチャンバーで音質を調整している、という事だろう。

ちなみにこのデュアルチャンバー方式は、2013年に日立マクセルが有線イヤフォンで採用している。Beatsで最初に採用されたのは、2017年の「BeatsXイヤフォン」からのようだ。

バッテリーは本体のみで6時間、ケースに18時間分のバッテリーを内蔵する。5分充電で1時間再生のFast Fuel機能を搭載する。

ケースは昨今の製品にしてはかなり大ぶり。AirPods Proのケースと比べると、1.5倍といったところだろうか。本体はくぼみに対して磁石でくっつくので、ケースに入れたものの充電されてないといったトラブルを回避する。

ケースは大ぶりだが、質感が良い
AirPods Pro(左)のケースと比較

スマートな使い勝手と音質

では早速使ってみよう。まずはペアリングだが、さすがH1チップ搭載だけあって、手順や挙動などはAirPodsと同じだ。ケースのフタを開けてiPhoneに近づけるだけで接続ウィザードがポップアップしてくる。ここで接続を選ぶと、AirPodsと全く同じ情報表示が始まり、セットアップが完了する。ペアリングしただけで色も合致した画像が出てくるあたりは、すでにiOS内に標準で画像も用意されているのだろう。

ペアリングはAirPodsシリーズと全く同じ

オーディオコントロールに関しても、AirPodsシリーズ同様、コントロールセンターのボリュームを長押しして、ノイズキャンセリングやダイナミックヘッドトラッキングの調整ができる。挙動としてはまさに「純正」と同じなので、別途設定変更用の専用アプリのインストールも不要だ。

オーディオコントロールの挙動も同じ

Androidでも使用できるが、その際は設定変更のために専用アプリが提供されている。だがここまでiOSにインテグレートされているなら、やはりiPhoneで使わない手はないだろう。

音質に関しては、AirPods Proとかなり傾向が違う。以前からBeatsはドンシャリと言われているところではあるが、本機に関してはそれほどドンシャリ感はない。AirPods Proが割と低音を量感たっぷりに出してくるのに比べると、Beats Fit Proは低音の輪郭をシャープに出してくる。

かといって低音が控えめなわけではなく、音的にごちゃごちゃしそうな中低域あたりを下げて、解像感良くスッキリ聴かせるタイプである。

装着感は悪くないが、AirPods Proのフィット感には劣る。丸いボディ部を耳のくぼみに充填する感じなので、外したときに若干耳の凝り感がある。またフィンが常に耳たぶを引っ張り上げてる状態なので、長時間の装着では違和感を感じる。家で聴くならフィンは特に必要ないが、はずせるわけではないのが残念なところだ。

「ダイナミックヘッドトラッキング」に関しては、AirPods Proと効果は変わらない。頭の角度が変わっても10秒程度でセンターにリセットされるのも同じだ。

なお、あまり知られていないところであるが、AirPodsとBeatsでは、iPhoneの設定から音質調整ができる。[アクセシビリティ]- [AirPodsとBeats]からペアリングされている製品を選び、[オーディオアクセシビリティ設定]-[ヘッドフォン調整]へ進むと、音の明るさ調整ができる。明瞭感が足りないと思われる場合は、ここで調整してみるといいだろう。

iPhoneでは「設定」から音質調整ができる

また無料の聴力検査アプリの中には、「ヘルスケア」アプリへオージオグラムという聴力データを出力できる機能を持つものがある。これで事前に聴力を検査しておくと、そのデータを元にしたカーブを使って音質補正を行なうことができる。

オージオグラムデータがあれば、聴力補正するカーブも選択できる

こうした機能がAirPodsシリーズだけでなく、本機でも使用できるところが強みである。

ノイズキャンセリングと通話機能の差

本機はノイズキャンセリングも搭載している。第3世代AirPodsはノイキャンなしなのが弱点だったが、価格が1,000円違いでノイキャンありの本機を心待ちにしていた人も多いだろう。

ノイズキャンセリングモードもコントロールパネルから選択できる

ノイズキャンセリングの効き具合を、路上とショッピングモール内の両方でテストした。キャンセルの量感としてはほぼ同じだが、AirPods Proの場合は耳栓したとき特有の「ドー」という低音が取り切れていない。一方Beats Fit Proは低域は完全にカットできており、高域だけがサラサラと漏れ聞こえる感じだ。人の喋りなどはどちらも良好にカットできる。

余談だが、実は今回もダミーヘッドのサムレック君でノイズレベルを測定するはずだった。だが本機の人感センサーは単純に明度ではなく、静電容量や温度など、別のパラメータも測定しているようだ。したがってダミーヘッドに突っ込んでも、装着されたという反応にならず、測定できなかった。

AirPodsシリーズでは明度だけしか測定していないため、片側だけ外して自動的にOFFになっても、外した方をポケットに入れるとまたセットされたと誤認して再生が始まることがある。一方本機では暗くなっただけでは装着したと判定されないので、ポケットに入れても誤動作しない。

またノイズキャンセリングが物足りない場合も、iPhoneの[設定]-[アクセシビリティ]- [AirPodsとBeats]からペアリングされている製品を選び、[オーディオアクセシビリティ設定]-[バックグラウンドサウンド]へ進むと、バックグラウンドノイズを加えることで周囲の気になるノイズを緩和する機能が使える。

ノイズでノイズをマスク処理する「バックグラウンドサウンド」

通話機能も比較テストしてみた。どちらも通話時のノイズキャンセリングが効くようで、周囲のノイズはほとんど聞こえない。通話音質としてはほとんど差がなく、非常に明瞭、というわけでもないというのが実情だ。それほど大きな声でしゃべったわけではないが、音声はそこそこ拾えている。一方で、やや音声が途切れがちなのが気になるところだ。

音声通話のテスト

総論

Beats Fit Proは、AirPodsシリーズ同様、Apple製品との組み合わせでは純正品完全互換として動作するというのがよくわかった。SoCが同じH1チップということもあり、音楽再生音質以外の挙動がほとんど同じである。

音質は元々明瞭感重視なのだが、加えてAirPods同様にiOS内の音質調整が対応するので、非常に明瞭感のある方向へ振ることができる。特別なアプリを使うことなく、AirPodsとはまた違った音質の振り幅が体験できるというのが、本機最大の魅力だろう。

惜しいのはフィット感だ。ウイングチップで固定されるため、激しい運動でも外れることはまずないのだが、AirPods Proがほぼシリコンチップの感触しかないのに比べると、樹脂製ボディが耳いっぱいに詰まってる感があるため、窮屈感がある。

純正と同等の機能が使えてAirPods Proより約6,000円ほど安いのは魅力である。ただAirPods Proも昨今は価格が下がっており、実売では3,000円程度の差に縮まってきている。

完全ワイヤレスは、ノイキャン、ヘッドトラッキング、高音質コーデックなど、変更できないハードウェア軸と、パーソナライズされた音質調整といった変更できるソフトウェア軸の両方をどうバランスするかといった、非常に複雑な商品となった。その一方で常時身につけるウエアラブル商品でもあるので、単純に気に入る・気に入らないというところが未だ大きな要素でもある。

本機はAirPodsシリーズのあの形が気に入らない、音質がノーマルすぎると感じる人にとっては、もう一つの選択肢になるだろう。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。