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Crystal LEDを背景に映画撮影、ソニーPCLバーチャルプロダクションの可能性

東宝スタジオ
©1954,2007 TOHO CO.,LTD. TM&Ⓒ TOHO CO.,LTD. ©2007 TOHO CO.,LTD.

高輝度で高精細な巨大ディスプレイを“背景”として使い、映画などを撮影するバーチャルプロダクションの活用が、クリエイティブの現場で本格化しようとしている。4月には、ソニーPCLが、国内最大規模の撮影スタジオである東宝スタジオに、8K/440型のソニー製Crystal LEDを期間限定で設置。実際の映画撮影でどのように使われているのか、現場の模様を取材した。

東宝スタジオのNo.6ステージ

潜入したのは、東宝スタジオのNo.6ステージ。撮影されていたのは、新型コロナウイルス感染症の影響を受けているクリエイターや制作スタッフ、俳優が継続的に創作活動に取り組めることを目的とし、12人の映画監督と12本の短編からなるオムニバス映画を制作する「DIVOC-12」(ディボック・トゥエルブ)の1作品。

タイトルは「ユメミの半生」。「カメラを止めるな!」でお馴染み、上田慎一郎監督の作品で、主演にはNHK連続テレビ小説「ひよっこ」('17年)や、ドラマ「この世界の片隅に」('18年)に出演し、最近では声優にも挑戦している松本穂香。共演はNHK連続テレビ小説「半分、青い。」('18年)で話題になり、在放送中のドラマ「ラブコメの掟~こじらせ女子と年下男子~」('21年)で年下男子を演じている若手俳優・小関裕太。DIVOC-12のその他の作品・詳細は公式サイトを参照のこと。

「ユメミの半生」のスタジオに足を踏み入れてまず驚くのは、奥の壁が巨大なディスプレイになっている事。超高輝度・高精細な表示ができる、ソニー製Crystal LEDを用いて構築した8K/440型ディスプレイだ。

ソニー製Crystal LEDを用いて構築した8K/440型ディスプレイ

このディスプレイの前に、役者が立ち、その様子をカメラで撮影する。屋内スタジオだが、例えば夕日に染まる荒野の映像をディスプレイに表示すれば、外で撮影したようにしか見えない映像が撮影できる。これがバーチャルプロダクションの基本的な仕組みだ。

Crystal LEDに森のCG映像を表示
高精細かつ高コントラストな映像なので奥行き感がある
森の映像をバックにカメラで撮影すると……
本物の森の中で撮影したような映像が撮れる

リアルな映像にするためには、カメラの移動やズームなどと連動して背景の映像も変化させる必要がある。そこで、天井に印をつけて、カメラに設置したセンサーでカメラ自体の動きをトラッキング。それに対応した映像を、ディスプレイに出力する。また、背景をゲームエンジンの1つであるUnreal Engineで作る事で、リアルタイムに背景を変化させる事も可能。これらの技術を組み合わせたものが、バーチャルプロダクションとなる。

夕日の映像をバックに撮影
背景映像の中に、画角の違う映像が表示されている。これが、現在カメラで撮影している画角とマッチした背景の映像部分だ

もともと、ソニーPCLがスタジオブロス、モデリングブロスとの3社で進めてきた「LAB.」活動の一環で、2020年8月からソニーPCL本社で展開してきた「VIRTUAL PRODUCTION LAB」におけるゲームエンジンを活用した映像表現の追求や、映像ソリューション開発を加速させるために、東宝スタジオに環境を構築した。ソニーPCL・ビジュアルソリューションビジネス部の小林大輔統括部長によれば、実際の作品作りで活用してもらう事で、バーチャルプロダクションの設置やワークフローなどのノウハウを蓄積する狙いがあるそうだ。

ちなみに、今回の背景ディスプレイの設置や、キャリブレーション、色合わせ、カメラのトラッキングといったバーチャルプロダクションの構築に要した時間は3~4日だそうだ。

撮影に使われているシネマカメラ
カメラの動きをトラッキングするため、天井につけた印を、カメラに設置したセンサーで読み取る

バーチャルプロダクションの利点

バーチャルプロダクションには様々な利点がある。例えば、現在のようなコロナ禍では、そもそも屋外で、大人数が参加してのロケは難しく、海外での撮影となるとさらにハードルが上がる。しかし、バーチャルプロダクションであれば問題なく撮影できる。場所を移動するわけではないので感染症への対策もしやすい。

さらに、外ロケでは複数の場所で撮影する場合、ロケ隊の移動時間も必要となるが、バーチャルプロダクションであればディスプレイの表示背景を変えれば、一瞬で違う場所に移動できる。

室内で、夕日をバックにした荒野での撮影ができる

実際に、今回の上田監督作品において11のシーンがこのバーチャルプロダクションで撮影されているが、それに要した時間はなんとたった3日間。半日だけ外での撮影があったそうなので、実質2.5日で11シーンを撮影できたという。通常の映画撮影では“1日に2ロケーション”と言われているので、スケジュールを詰め込んでも11シーンを撮影しようとすると、8日や10日かかる。驚異的なスピードと言っていい。

出演者からもバーチャルプロダクションは好評だという。通常の撮影では「この撮影場所は、この日しか借りられないので、その場所で撮影するシーンを先に撮る」などの理由で、映画の物語の順序通りに撮影できない。しかし、バーチャルプロダクションであればそうした制約が無いため、ストーリーの進み方そのままに“順撮り”できる。役の演じ方は、物語の進み方によって変化するわけだが、順撮りであればその変化を順序通りに撮影できるわけで、“演じやすい”というわけだ。

“演じやすい”のはCG合成と比べてもだ。グリーンバックなどを背に撮影して、あとからCGで背景を合成する場合、緑のスクリーンを背に演技をしなくてはならない。しかし、バーチャルプロダクションは、夕暮れや密林、砂漠など、目に見える背景を背負って演じられるので「こういう背景が合成されるんだろうな」と役者が想像しながら演じるよりも、リアルな演技ができるようになる。

さらに、キャスティングの段階でも利点がある。例えば商業施設で撮影しようとすると、当然ながら営業時間外、深夜などの撮影になる。しかし、出演者に未成年がいた場合、夜の撮影ができない。バーチャルプロダクションで再現すれば、施設が営業している昼間でも、関係なく撮影ができてしまうため、未成年の俳優も起用可能になる。

便利だが、注意点もある

利点ばかりのように感じるバーチャルプロダクションだが、便利だからこそ、注意しなければならない点もあるという。

まず“時間や場所の制約なく撮影できる”という利点だが、これは逆に言えば“いつまででも撮影できてしまう”という意味でもある。実際の夕日では、それが暮れて夜になってしまえば夕日の撮影はできないので、「もう撮れないから、今まで撮影した中で一番良かった映像を使おう」という話になる。

しかし、夕日を維持してずっと撮影できると、「もっとこう撮ったら良くなるのではないか」とこだわりはじめた場合、いつまでもこだわれてしまい、なかなかOKが出ない事になってしまう。

また、高精細・高輝度・高コントラストな映像を表示できるとはいえ、背景のディスプレイは平面なので、そこに奥行き感のある映像を表示しても、撮り方によっては“カキワリ”のように見えてしまう事もあるという。

それを防ぐために、例えば“役者をカメラの手前から奥に向かって歩いてフレームインさせる”とか“背景ディスプレイ、その前に役者、その前に草”といった奥行きのあるレイヤー構造にするため、美術で作った草をカメラの近くに配置する、といった工夫をする事もある。

役者がカメラの手前から奥へと歩いてフレームインする事で、画面に奥行きが出せる
森のシーンで奥行き感を出すために、カメラの前に設置する木の模型

ただし、その“手前の草”は、バーチャルプロダクションで撮影しているから“仕方がなく登場したもの”でもある。つまり、バーチャルプロダクションで撮影しているために、“画作り”に制約が発生する事になる。もし同じシーンを屋外で撮影していたら、“草を入れない画”になっていたとしたら、“余計なもの”が入る事になってしまうわけだ。カキワリ感をどこまで恐れるのか、恐れないのか、といった判断を、監督らがしなくてはならない。

また、例えば“風が吹きすさぶ草原”の映像をバックに撮影しているのに、バーチャルプロダクション内が無風だと、“背景の草は風に揺れているのに、役者の髪はまったく風になびいていない”という“変な映像”になってしまう。この場合は、役者をあおぐなどして風を作れば解決だが、そう簡単な事例だけではない。

例えば、太陽が役者の背中にあるのに、カメラの向きを変えた次のカットでは、役者の前から照明(太陽の光)が当たっていたら、それは不自然な映像になってしまう。それを防ぐためには、このバーチャルセットの中で、どの位置に太陽があって、カットを変えたら、どの方向から照明を当てれば不自然にならないか、といった情報を、撮影に参加している全員が共通認識として持っていなければならない。

そのために、撮影前に、照明スタッフやカメラマンを含めた入念な打ち合わせが必要になるという。また、当然ながら“現実の世界でこう撮影したら、こうなるハズなのに、いま撮影しているバーチャルプロダクションの映像は、そうなっていないから不自然だ”と気がつくためには、現実世界での撮影経験が必要になる。リアルな映像を、バーチャル空間で撮影するためには、“リアルな世界を知っている事”が大事というわけだ。

それでも、バーチャルプロダクションには利点が多い。例えば、“役者の髪が風になびく”というシーンも、従来のグリーンバックで撮影する場合、細い髪の毛の隙間を、グリーンバックで抜いて、そこにCGを合成するのは難易度が高い作業になる。バーチャルプロダクションであれば、そんな苦労もなく、“CG合成した後”のような映像が、そのまま撮影できてしまう。

前述の“照明”も、バーチャルプロダクションだけで必要なわけではなく、屋外ロケ地での撮影でも当然照明は必要になる。しかし、時間や場所の制約がある現実のロケ地では、その制約により照明を作り込む事ができない事もある。バーチャルプロダクションであれば、照明を作り込み、光がちゃんと当たっているか、役者にフォーカスがバッチリ合っているかといった細かなポイントまで、その場で、“最終的な作品に近い画”でゆっくり確認できる。こうした効果がうまく発揮されれば、最終的な映像のクオリティが、外ロケ撮影したものより高くなる可能性を秘めている。

バーチャルプロダクションはまだ、クリエイティブの現場で使われはじめたばかりの技術だ。しかし、小林統括部長によれば、コロナ禍も手伝い、映像コンテンツ制作に携わる監督やスタッフ、プロデューサーといった人達からの注目度は非常に高く、単にどのような技術かを知りたいという段階を超え、「使っている現場を見てみたい」、「実際に使ってみたい」、「どのくらいの価格で可能なのか」といった具体的な問い合わせも増えているそうだ。

コロナが収まった時が来たとしても、バーチャルプロダクションの利点は引き続き多いため、撮影の現場で活用される事例は増えていくだろう。また、取材を通じて感じたのは、単に“屋外ロケの代用品”ではない可能性を秘めている事。つまり、自然の中で撮影した映像を再現するだけでなく、バーチャルプロダクションで撮影するからこそ、外での撮影を超えた、より自由で、ユニークな映像が生み出される可能性もある。そんな、“クリエイターの想像力を刺激する技術”とも言えそうだ。

山崎健太郎